なみだ
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ゼロ
「オマエ、自分の価値ってモンを理解出来てないんだね。」
何処もかしこも真っ白な空間で、頭のてっぺんからつま先まで真っ白な人間らしき影が、真っ白な空を見つめるように上を向いてそう言った。
「まあ人間ってのはオマエに限らずそういうもんだけどさ。
だけどオマエはちょっと異常だなぁ。」
真っ白な影はワキワキと手を握ったり開いたりして、ナゼか動作の確認をしているようだった。
足首もグリグリと回して、指を鳴らす仕草もするが骨がないのか音は聞こえない。
空間は白いまま、シンという音もしない。
「これは、親切な私からの忠告だけど。
1人の人間が救えるものなんて、両手…いや片手で数えられる程度しかないと思っときな。
今後きっと役に立つだろうからさ。」
そこまで言って、真っ白な影はようやく視線を上から背ける。
目の前に立ち尽くす少女へと顔を向けた。
視線を向けられた少女は、瞼を閉じていた。
長く、薄っすらと色素の抜けたような茶色のまつ毛は、心なしか濡れているようだった。
閉じられた瞳の目尻や赤に染まった頬には、ひたすら流れた涙の跡がキラリと光って見えた。
「コレは私の経験から言える事なんだけど…
人間ってのは、夢を追うために最も必要なナニカを失くすと、絶望にひれ伏す。
まあ例外も多々あるんだけどね。」
少女はゆっくり瞼を持ち上げた。
瞳も色素の薄い茶色だ。
そこに眩しいくらいの白が襲って、それは深く眉間にしわを寄せる。
やはり、瞳は充血していた。
「この扉を通ってきて、全てを理解したような顔で私を見つめてきたやつは初めてだ。
オマエにはもうここが何処かわかってるんだろ?
酷だな。自分が何を支払わなきゃならないのかも、何となくわかった顔してる。」
少女は両拳をぎゅっと握って、震えていた。
口を開いたが、喉まで震えて声は出なかった。
「かなり奥まで見せたからなぁ、でかい通行料になっちまったが…
間違いなく等価交換だ、行ってこい錬金術師。
セカイは案外、面白かったりもするもんだよ。」
真っ白な影はニィッと両方の口角を上げ、歯をしっかと見せて笑った。
少女もそれを見て、歯を見せて笑った。
2つの笑顔はそっくりだったが、少女のそれは何処か悲しげな雰囲気を纏っていると思う。
そして、枯れたような弱々しい声が、最後に白い空間に響いた。
「2度と会う事はないわね、きっと…」
そう呟いた少女は、忽然と白い空間から姿を消してしまった。
話し相手のいなくなった真っ白な影は、自分の後ろにそびえ立つ大きな門を片方の手で撫でた。
門にはいつの間にか、絡みつくように鎖がかけられて重々しい錠前が一つぶら下がっていた。
真っ白な影はそれを見て、苦々しく笑うのだった。
「本当にバカだなぁ。」
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