木の葉詰め合わせ=IF=
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IF 完全平和ルート
偽装結婚シリーズ
偽装結婚幕間の話
前書き
甘くしてみたけど〜、なんかデンジャラス……。
――目にしたのは、ほんの他愛無い光景だった。
かつての自分であれば、興味の無い目で見る事の出来たそんな光景。
しかし今となっては、それは酷く自分の脳裏に焼き付いて己の胸の内を乱した。
「――……マダラ、どうしたんだ?」
声の聞こえた方向へと振り返る。
大分伸びた黒髪を背の半ばで柔く結び、小紋の散らされた色無地の上に羽織を羽織って柱にもたれかかるようにして座り込んでいる姿は、見慣れた無骨な甲冑で身を覆った恰好ではなく、その線の細さを誤摩化す様な衣装である。
しかしこうして近くで見れば、確かにその身が女の物であると誰にでも理解出来るだろう。
「……」
無言のまま近寄って、その側で膝を付く。
そのまま絹糸の様な髪を掬い上げれば、きょとんとした眼差しが己を見つめ上げた。
「随分と、不安定だな。――どうした」
軽く溜め息を吐かれ、細い腕が己の肩を引き寄せる。
敢えて逆らう様な事をせずそのまま相手の肩口に額を乗せれば、宥める様に背を叩かれる。
背を叩く単調なリズムが静かな室内に響いて、そっと視線を伏せた。
「……柱間」
「ん? なんだ、マダラ」
柔らかな声が耳朶をくすぐって、引き寄せる力が少しだけ増す。
まるで幼子に対して行う仕草だが、不思議と不愉快な気分には陥らず、波打っていた心が凪いでいく。
「なんというか……落ち込んでいる様に見えるのだが……気のせいか?」
「別に、そのようなことはない」
思わずそう呟けば、くつくつと頭の上で笑う声がする。
視線を持ち上げれば、普段は服で隠されている細い喉元が震えているのが見えた。
喉は言うまでもなく、人体の最大の急所の一つだ。
頭部と胴体を繋ぐこの部分は、数ある急所の中で最も強度が弱い。
今は同盟を結びこそあれ、互いに最大の敵対者として対峙して来た自分達だ。このように無防備に己の弱点を晒して良い物なのだろうか。
「マダラ……?」
不思議そうな声が聞こえるが、応じる事無く相手の首に手を伸ばす。
細い、細すぎる。両手どころか、下手すれば片手でへし折る事だって出来そうだ。
一瞬、危うい誘惑が脳裏を巡ったが――それを黙殺する。その代わりに、相手の首元へと、ちょうど男で言う喉仏のある位置へと歯を立てる。
「――いっ!?」
抗議の声が上げられるが、それを無視して顎に込める力を強める。
軽く息を詰めた音がして、目の前の体が微かに硬直する。
このまま食い千切ってやろうかと獣の様な事を半ば本気で考えたが、そんな事をしても奴がその身に掛けている自動治癒能力によってその傷はたちどころに癒えるのだろう。――だとすれば、そんな事をしても意味が無い。
「……ふぅ」
噛み付いていた箇所から歯を外し、そっと喉元に唇を這わせれば、安堵した様な溜め息が聞こえた。
余程緊張していたのだろう。全身が軽く弛緩していた。
それが面白くなくて、再び喉元へと歯を立ててみせれば手を置いていた肩が再度震える。
「マダラ……。出来ればこの一連の行動を止めてくれるか……離れてくれるとオレは非常に助かるのだが」
「いやだ」
がり、と薄い皮を歯で挟めばそこから血が滲んでくる。
赤い血を舌で掬い上げれば、そっと己の背に手が置かれて――宥める様に撫でられる。
「分かった、じゃあ、離れなくていい。好きなだけそうしていろ」
どこか諦めを含んだ声音に、己が子供扱いされている様な気がして動きを止める。
「もう一回聞こうか。なんか有ったのか?」
「どうしてそう思う……?」
「お前が訳の分からない事をする時は、たいてい何かお前が気に食わん事があった時が多いからな」
「――別に、なんでもない」
脳裏に浮かんだ不愉快な光景を思い起こして、口を閉ざす。
……他の男と仲良く談笑している姿を見て腹を立てたとか、口が裂けても言うものか。
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