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ホテル

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「ここはもう遊び場みたいになりましたよ」
「全くだな」
 山根はその言葉を聞いてまずはふう、と息を吐き出した。
「難儀な話だ。本当の意味で遊び場にしたいのに」
「ええ」
 尾松はそれに頷いた。警官と言えど人間であるということだる。
「けれどまあ仕事ですからね、これも」
「ああ、それはわかっている」
 わかりたくもないがわかることであった。
「じゃあ行くか」
「あのホテルですよね」
「ああ、あそこだ」
 もうあそこでわかる。ここのことに本当に詳しくなっていた。何度も事件で通っているうちに覚えてしまったのである。二人はこれも因果なことだと思っている。
「行くぞ」
「了解」
 二人は繁華街の道を進んでいく。そこから少し入るともうそこにラブホテルが並んでいる。その中の一つに足を踏み入れる。そして中に入っていく。
 中に入るとまずロビーがあった。ラブホテルではあるがそこは奇麗なロビーが置かれているのであった。中々洒落た若者向けのロビーである。座って待つ場所まである。
「御二人様ですか?それとも後で」
 ロビーの中のカウンターの奥から声がする。若い男の声であった。
 この場合二人だと男同士での利用となり、後でとなるとホテルの部屋から女の子を呼ぶことになるのだ。所謂ホテトル、デートクラブというやつである。実はこうした場所に入るのは男女のカップルだけとも二人とも限らないものだ。時には同性愛者も使うしアダルトビデオの撮影が行われたりもする。
「どちらだと思う?」
 山根はカウンターの中にいるであろう男に声を返す。カウンターの中は見えなくなっているのはこうしたホテルの常である。
「さて。後で来られるのですか?」
「残念だけれどどちらでもないんだ」
「といいますと?」
「警察だ」
 それが山根の答えであった。そう答えてすっとカウンターの前までやって来る。
「これを見てくれ」
 そして懐から警察手帳を出してカウンターに出す。それで充分であった。
「もう説明はいらないな」
「ええ、よくわかりました」
 心なしか答える声が不機嫌なものになっていた。何かなくてもこうした場所ではよく見られる反応である。何しろ部屋の中で何が行われているかはわからないからである。
「あの件ですね」
「話はもう聞いている」
 山根は言い返した。
「ついでに部屋もな」
「慣れてますね」
「いつものことだからな」
 言葉が少しシニカルになった。ただシニカルなだけではなく棘も感じられた。微妙にではあるが。
「じゃあ今から行くぞ」
「部屋は開けていますので」
「というかまだ使う人間がいるのに驚くな」
「噂は噂ですので」
 カウンターの中の男は言う。しれとしたものだ。
「何もわかりませんよ」
「そのうちネットで噂になって大変なことになるぞ」
「それはどうでしょうかね」
 とぼけるのを続ける。実に面の皮が厚い。
「都市伝説に過ぎません」
「リアルな都市伝説だな、本当に人が何人も消えるなんてな」
「まあお話はここまでで」
 男は話を強引に打ち切ってきた。やはりそこには図太さが感じられた。そうした話は慣れているといったところであろうか。
「他のお客様の迷惑になります」
「おっと、そうだったな」
 口の端を歪めて笑う。今丁度ミニスカートに黒いストッキングの厚化粧をした長い茶色の髪の女の子が一人で入ってきたところであった。身なりではなく一人で店に入って来たことから彼女が何なのかわかる。一見すれば普通の女の子に見えなくもないが。というよりはホテルの外で見ればそうも見えなくはない。
「二〇三号室です」
「わかりました」
 カウンターの男がそれに応える。そしてあらためてその女の子に言った。
「どうぞ」
「はい」
 女の子は一言応えてからエレベーターに入った。エレベーターが閉まり動く音が聞こえてきた。部屋に向かっているのである。
「繁盛しているみたいだな」
「休みなしですよ」
「そうだな。じゃあ今からその部屋に行かせてもらう」
 山根は言った。今度は感情のない声になっていた。
「いいな」
「はい、鍵です」
 古いタイプの部屋のナンバーが入れられたガラス棒付きの鍵が手渡された。ラブホテルではまだこうした形式の鍵が多いのである。古いが風情があるのも事実だ。
 鍵を受け取ると挨拶もせずに階段へと向かう。エレベーターはさっきホテトル嬢の女の子が使ったからだ。山根は尾松を連れて階段へと進んで行った。
「へっ」
 そんな二人を見送ってカウンターの男は悪態をついた。
「やっと行きやがったか。ったくよお」
 やはり警官が来て嬉しいということはないのだ。そういう手の風俗嬢が出入りしていて警官が来て嬉しい者なぞいない。例えその店が届出をちゃんとしていてもだ。面白くないものは面白くないのである。
 山根もそれは承知している。だがそれをあえて無視してホテルの中へと入ったのである。それは何故か。それが仕事だからだ。因果なものだとは思っていても顔に出すことはない。
 その部屋は十階の端にある。このホテルは十階建てだから屋上がすぐ上にある形となる。山根は今その部屋に入ったのであった。部屋の中は真っ暗で中は見えはしなかった。
 山根が入るとその後に尾松が続く。まずは部屋の灯りを点けた。
「普通ならここで興奮してくるんだがな」
 山根は苦笑を浮かべて呟いた。
「生憎そうはいかないな」
「男同士ですね」
「しかも部屋がいわくつきの部屋ときた」
 二人は部屋の中を進みながら中へと入って行く。そうした趣味はないので事務的にだ。 
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