八神家の養父切嗣
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十七話:至誠通天
人混みの中を白い髪に浅黒い肌をした男が歩いている。
一見すれば目立つ容姿を持つ男ではあるが多種多様な世界の人間が入り乱れるミッドチルダの中であれば特に目立つこともなく人々の記憶から消えていく。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
近くの人間にも聞き取れない程小さな声で呟き、変装した切嗣は空港の中を歩いて行く。
彼が今来ている場所は、ミッドチルダ臨海第8空港と呼ばれる民間運営の空港である。
民間が運営している空港ではあるが、元は国営の空港であった。
しかし、数年前に経営上の問題から民間に委託されて久しい。
ミッドチルダにあるために客入りも上々、利益も十分にあがっている。
だが、それだけでは満足しないのが人間の悪癖だ。
この会社は表の運輸だけでなく、“裏の運輸”も行っている。
簡単に言えば裏社会で取引される品を大金と引き換えに審査を通さずに運んでいるのだ。
麻薬、質量兵器、ロストロギアなどが何食わぬ顔で客と共に運ばれている。
そして、そういった物は幾らでも利益を引き出せるので高額でも安全な方法をとってこの空港を利用するバイヤーが多いのだ。
勿論、そんな悪事がいつまでも隠し通せるはずもなく管理局に尻尾を捕まえられた。
普通であればそのまま検挙、調査という流れが取られるだろう。
しかし、最高評議会の目に留まったのが運のつきだ。
彼らは骨の髄まで利用尽してから滅ぼすことにしたのだ。
「すいません」
「はい、ご用件はなんでしょうか?」
「置いておいた荷物が見つからないのですが、そちらの方には届いていないでしょうか?」
「少し待ってください。何か特徴などはございますか」
切嗣が職員に一般の客のフリをして話しかけ、その職員を引き付ける。
その間に、その職員と全く同じ顔をした女性、ドゥーエが何食わぬ顔で職員以外に入ることのできない管制室に入っていく。
基本的にスカリエッティの傍に居たくなどない切嗣だが仕事であり、相手が戦闘機人ならば我慢はできる。
もっとも、スカリエッティの因子を持つ者は基本的に信用していないのだが。
ともかく、ドゥーエの役目は火災などが起きたときに発動する防火扉や、スプリンクラーなどのシステムをダウンさせることだ。
これは後に防災対策が整えられていなかったことを追求する口実にするための伏線だ。
そして、今から行う作戦をスムーズに進める為でもある。
「申し訳ありませんが、こちらの方には届いて―――」
職員の言葉を遮るようにけたたましいベルが鳴り響く。
火災を告げる音色に利用客が一斉に不安な表情を見せる。
しかし、すぐに落ち着いて外に逃げるようにアナウンスが流れたことで幾らか冷静さを取り戻し、早足で外に向かって歩いて行く。
切嗣もすぐに逃げるように言われるが、流れに乗るフリをしてカメラに映らない隅に隠れる。
半分程の人間が外に出たのを見計らい、デバイスを操作して最後の仕上げを行う。
次の瞬間に利用客の耳に響いてきたのは爆発音。
それを聞いた彼らは若干パニック状態になり我先にと出口へ向かっていく。
もっとも、切嗣が爆発させたのは予め人が居ないことを確認した狭い範囲だ。
火の手が回るまでに利用客全員が逃げ出すのは難しくない。
しかしながら、音だけでも利用客を焦らせるには十分過ぎる効果がある。
この作戦で切嗣はできるだけ被害を出さないためにこのようなことを行っているのだ。
(こんなものか。後は上の連中の腹芸の見せ所だな)
切嗣の仕事はこれで終わり。
後は駆けつけてくるこちらの息のかかった地上部隊が鎮火するだろう。
そして、調査に入り防災システムに欠陥があったといちゃもんをつける。
次にマスコミにこのことを報道すると脅しをかけ、同時に管理局への資金提供をすればこのことはなかったことにすると譲歩を示す。
まず、間違いなく反抗されるだろうが、そこは交渉役の腕の見せ所である。
恐らくは多少強引でも利益を奪い取って来るだろう。
最も、それでも頷かない場合は裏取引を行っていた証拠を突き付けてやるだけだ。
そして、同じように資金提供を条件にマスコミへの報道、及び逮捕を免除してやる。
ここまでやれば、どれだけ頑固な相手であろうと折れるはずだ。
どちらも利益が生まれるのだからと妥協する。だが、そんな甘い終わり方などにはさせない。
会社の上層部には密売者や犯罪組織の情報を吐かせる。
吐かないのならば切嗣が始末する。一人殺せば吐かざるを得なくなるだろう。
そして、彼らに逃げ道はない。彼らは正義を敵に回してしまったのだから。
さらに、一度取引先の情報を明かしてしまえば当然そちらからも報復を受ける。
そうなれば、彼らは曲がりなりにも正義であるこちらに縋るしかない。
そこへ、更なる資金提供や情報提供を促す。従わねばどうなるかは目に見えている。
だから、彼らは己の命と家族の命惜しさの為に一生従わねばならない。
どこをどう見てもこちらが悪にしか見えない手法だが暴走した正義は止まらない。
因みにだが、吐かせた情報はレジアスに渡される。
そうすれば、後は勝手に陸の名誉を上げる為に犯罪組織の検挙を行ってくれるだから。
それに交渉役に自ら買って出れば陸の資金を獲得することも可能だろう。
もっとも、ミッドチルダの為に使われる資金はほぼないだろうが。
切嗣も最高評議会も結局は海に回してより数の多い人間を守るのが行動指針なのだから。
(さて、僕もそろそろ抜け出さないと怪しまれるか―――)
そう思い、足を踏み出した瞬間に凄まじい爆音と衝撃が切嗣の体を襲う。
こんな爆発は計画にはなかったはずだと慌てて振り返ると、そこは既に火の海だった。
炎の向こう側から聞こえてくる悲鳴に思わず硬直してしまうがすぐに頭を動かす。
これだけの爆発と炎はそう簡単に出せるものではない。
石油タンクでも爆発させなければこんなことにはならない。
だが、空港にそんなものがあるはずもない。つまり、原因は別の物にある。
この空港には裏の運輸による危険なものが運びこまれることがある。
そうなると、最も確率が高いのは―――
「ロストロギアか…ッ!」
自然と顔が歪み苦々し気に声を吐き出してしまう。
何らかのロストロギアが爆発を起こしたのならばこの被害の大きさも納得がいく。
寧ろ、ロストロギアならばこの程度ですんでよかったとも言える。
しかしながら、何故ロストロギアが爆発を起こしたのかが分からない。
切嗣は危険物の傍で爆発を起こすような愚行は犯さなかった。
ならば、火の手がそこまで回ったのか。だが、それもない。
火の回る道順は計算しつくした。仮に予想外の動きを見せたとしても幾ら何でも早すぎる。
何らかの人為的な作用がなければあり得ない。
そこで、先程から姿を見ていないドゥーエの存在を思い出す。
まさかと思い、炎の向こう側を睨み付けたところでモニターが現れ、この場に似つかわしくない異形の笑みが映し出される。
「やあ、首尾はどうかね?」
「何をした、スカリエッティ!」
「おやおや、まるで私が何かをしたかのような口ぶりだね。私はスポンサーからの指令を忠実に守り、ドゥーエを送っただけだよ」
「白々しい」
苛立ちを隠すことなくぶつけてくる切嗣に対してもスカリエッティは嗤うばかりである。
しかし、切嗣の予想通りにこの爆発はスカリエッティが望んだものである。
ロストロギア『レリック』。このレリックをスカリエッティはある目的の為に集めているのだが、何も鑑賞するために集めているわけではない。
利用するために集めている以上はその性能を知っておく必要がある。
そのために今回は密輸されたレリックを他者に回収される前に“テスト”に使用したのだ。
魔力を注ぎ込んだ場合に起きる爆発の遮蔽物があった場合の範囲、威力などのテスト。
それを忍び込んだドゥーエが行ったためにこの火災は起きたのだ。
因みに最高評議会もレリックとこの件に関しては知らず、スカリエッティの独断だ。
もっとも、最高評議会としては多少の犠牲と空港の破壊は当初からの予定であるためにロストロギアが使われたこと以外はさほど気にも留めないであろうが。
だが、切嗣だけはそれを認めるはずがない。
「この範囲での爆発だと逃げ遅れる人間が出てくる…ッ。僕の計画通りなら全員の避難が可能だったものを…!」
「くくく、計画にアクシデントは付き物だろう?」
「人為的に起こしたものをアクシデントと呼ぶか…ッ!」
「いやいや、これは偶然さ。おや? ドゥーエからの連絡だね。どうやら逃げ遅れた人々が100人ほど火の海の中に取り残されているらしい。ふむ、実に由々しき事態だ」
画面の向こうで笑みを浮かべるスカリエッティを視線だけで人が殺せそうな迫力で睨む切嗣。
続けて一体誰のせいでこのような事態になったのかと怒鳴りつけようとしたところでスカリエッティがゾッとするような冷たい笑みを見せる。
その普段は見せることのない表情に思わず出かけた言葉を飲み込んでしまう。
そこへ、どこまでも残虐で遊び心に満ちた提案が出される。
「さて、取り残された哀れな人々がいる。このままでは彼らは間違いなく死んでしまう。
しかし、幸運なことに今その場には―――正義の味方がいるじゃないか」
ねっとりとした蛇のような眼差しが切嗣を射抜く。
何を言っているか分からずに一瞬呆ける切嗣だったが、すぐに業火のような怒りが湧き立つ。
誰かを救う為にその誰かを自分で傷つけ、それから助けろと言っているのだ、この男は。
偽物だとか、本物の正義の味方の問題ではない。ただの異常者の行動だ。
言葉では到底言い表せない憤りをぶつけるように、切嗣は低く唸るような声を出す。
「自分で起こした火災から人を救い正義の味方になるだと? この上なく醜悪な自作自演だな」
「くくく! 何、心配することはない。これは不運な事故だよ。君はその事故の対処をするのであって自作自演をするわけではない」
確かに自作自演ではないかもしれない。
あくまでも切嗣は人が犠牲にならないように爆破を起こした。
そして、自分ではない人物が起こした火災現場に救出に向かう。
別に切嗣は自身が起こした爆発の後始末をするわけではないので自作自演ではない。
しかし、誰がどう見てもそれは滅茶苦茶な理論だ。
殺人犯が人を殺した帰り道に、迷い人に道を教えたから善人だと言っているようなものだ。
これは、もっと醜悪でおぞましい何かだ。
「以前言わなかったかね? 所詮は正義の味方も己の正義という名の欲望を満たすエゴイストに過ぎないのだと」
「だからといってこんなことが正しいはずがないだろう! こんなのは間違っているッ!」
歪んだ正義ですらこれを正しいと結論付けることはないだろう。
それほどにおかしいことだ。
だというのに、スカリエッティはさらに笑みを増すばかりである。
「くははは! 間違っている? 違うね、衛宮切嗣。この世界には最初から絶対的に正しいことなど存在しない。それは君もよく知っているはずだ。正しくあればあるほどに人は人でなくなっていく。それは君ですら間違いだと思うものだろう?」
「それでも間違っているものは間違っている!」
「いやいや、正しいという定義が定められない以上はその反対の間違いの定義も定められない。
白黒ハッキリできるものなど学校のテストぐらいなものだよ」
狂っている。何度もこの男に抱いていた感情をこの場でも感じさせられる。
悪魔の頭脳という代名詞はただ単純に高すぎる知能故につけられたものではない。
この、常人には決して理解することのできない異常な精神性故に、人とは一線を画す存在としてその名をつけられたのだ。
「君は君の欲望の赴くままに動けばいい。私がそれを正義にしてみせよう―――奇跡をもってね」
「……何を企んでいる、スカリエッティ?」
「なに、君の願いである全ての犠牲者の救済、そして恒久的に平和な世界を創り上げようとしてあげているだけだよ、私は」
明らかに“だけ”とは言えない絵空事を簡単に語るスカリエッティ。
しかし、彼が言えばそれはただの絵空事ではない。
いかなる方法をもってしてでも己の欲望を叶えてしまう。
それが、アルハザードの遺児、ジェイル・スカリエッティである。
「それだけじゃ、答えになっていないぞ。スカリエ……ッ!」
「そういえば、リインフォースⅠ以来かね、君が誰かを救えるのは」
なおも食って掛かろうとしたところであの声が聞こえてくる。
燃え盛る炎の中から聞こえてくるどこまでも純粋な願いの声。
救いを求め、残された生で必死にあがき続ける者達の言葉。
―――助けて。
その声を聞いた瞬間に切嗣の表情は凍り付き、目も当てられぬ様になる。
だが、スカリエッティはそんな彼の表情を心底楽しそうに見つめ声をかける。
誰かを救いたいという願いを切嗣が再び叶えるには、明確な犠牲者が、弱者が必要なのだ。
理不尽に奪われ、その生命を危機に晒される、正義の味方の為の舞台装置が。
「―――喜べ、衛宮切嗣。君の願いは再び叶う」
最後にたっぷりと溜めたセリフを言い残しモニターが消える。
切嗣はモニターが消えた場所を無言で見つめながら怒りと悔しさから体を震わせる。
こんなものを望んでいたわけではない。こんなことをしたかったわけではない。
こんなものが―――救いのはずがない。
「ふざけるな…ッ」
様々な想いが込められた重く苦しい言葉を煙火の中に吐き捨て切嗣は炎の中に飛び込む。
こんなことをする権利もなければ、スカリエッティを糾弾する権利もない。
所詮、自分は汚い犯罪者でしかないのだから。
だが、それでも、自分は少しでも犠牲を減らさなくてはならない。
こんな悪辣な方法でも、誰かを助けたいと祈ってしまったのは他ならぬ自分なのだから。
―――どれだけ狂っていようと、間違っていようと、誰でもいいから救えればそれでいい。
そんな歪んだ生き方でしか犠牲に報いつつ、己のエゴを満たせないのだから。
後書き
『至誠通天』
吉田松陰の言葉で「誠を尽くせば、願いは天に通じる」といった意味の言葉。
さて、次回はスバルが来るかそれとも別の誰かが来るか。
あ、Fateキャラはもう出ません。オリキャラも出ません。
そして、原作通りに犠牲者Zeroになるとは限らない。
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