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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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九十八 思案の外

 
前書き
あけましておめでとうございます!!(←遅すぎる)大変お待たせしました!!

九十二話冒頭の独白・八十七話タイトル・八十五話最初の六文・五話最後の一文……実は全部彼女に関しての伏線のつもりでした。
サクラちゃんファンの方には良くない展開だと思われます。ご注意ください!!
 

 
恋は盲目、と人は言う。

それは常識では律し切れず、分別をつかなくさせ、理性を失わせる―――不治の病。
その相手しか目に入らなくなって、周りなど視界に映らず。他には目もくれず、ただずっとその人だけを見つめるのだ。

少女もまた、その不治の病の犠牲者であった。


彼女の中では、恋い焦がれるその人が世界の中心で、自分もまた、その人の周りを回っている。
その様はどことなく太陽系を思わせるが、太陽に似通っているのは少女と同班の子であり、好きな相手はどちらかというと、太陽というより月のようだった。
冷たい月の如き鋭さを纏っているその人に、少女は寄り添いたかった。その冷たさを自分が和らいであげたかった。

たとえ、相手が自分のことなど眼中になくとも、どんなに素っ気なくされても。
その人だけを、ただひたすらに少女は見つめる。

やがて、次第に相手からも見つめ返して欲しいと、見返りを求めたくなる。
野望を叶えるのが相手の望みなら、その手助けをする。その人が故郷を捨てるのであれば、ついて行く。

少女は願う。恋い焦がれるその人の傍にいたいと。
その人の為ならば、故郷も家族も捨て去っても構わない、と。

だからどうか、私だけは捨てないで。お願いだから、私をみて。
………―――――サスケくん。




春野サクラはアカデミーに通っていた頃から、うちはサスケを盲目的に好きだった。

同じ七班に決まった時は感激のあまり、もう一人の同班の子の存在など気にも留めないほどである。
当時、アカデミーにおいて優等生とされてきたサクラは、落ちこぼれの波風ナルをどこかしら見下していた。

あの頃のサクラは色々な面で器用だと周りから褒められ、一方の波風ナルは何かにつけて不器用だと周囲から嘲笑されていた。
要領が良いサクラに対し、ナルはいつも敬遠されていた。

いのと出会ってからは、誰からも好かれる自信を抱き始めていたサクラに反して、ナルはどことなく自分の力に自信が無さそうに周囲からは見受けられていた。
幾度となく悪戯を繰り返し、目立とうとするのは自分が弱いから虚勢を張っているのだろうとの噂が流れ、その噂をサクラもまた信じ込んでいた。アカデミーに通っていた当時はナルと会話する機会がほとんど無かったので、ナルの人柄を噂通りだと受け止めていたのである。

アカデミー時代、共に過ごした日々にて、優等生と落ちこぼれは比較対照されるものだ。
同じ班になったのなら、猶更顕著に比べられる。特に同性故、優秀とされてきたサクラと落ちこぼれのナルは常に比較され、サクラはよく里の大人達から声を掛けられた。
「あんな落ちこぼれと一緒じゃ大変ねえ」
そういった言葉を投げられるたび、サクラはナルを慰めていたのだが、内心優越感に浸っていたのも確かだった。

サクラちゃん、と慕ってくれるナルを妹のように思うのと同時に、この子は自分を目標にしているのだ、自分に憧れて追い駆けているのだと勝手に思い込んでいた。
かつて、山中いのに憧れたサクラ自身のように。


だからだろうか。
いくら、同じ班の女の子でも、サスケはナルに見向きもしないだろうとサクラは思っていた。
落ちこぼれであるナルと、優秀な自分ではサスケはきっと自分を選ぶ、だなんて勝手な安堵感を得ていた。
よって、サクラはナルを恋のライバルだとは微塵も思っていなかった。
むしろ女としての魅力を始め、体力面・頭脳面等何もかも自分のほうが勝っていると考えていた。
何の焦りも感じていなかった。


けれど、今や逆だ。
劣等感の塊だったナルがどんどん心身共に成長するのを目の当たりにして、サクラの胸中には酷い焦燥感が培ってゆく。

サクラ自身はアカデミーの頃と全く変わらないのに、いつの間にか、ナルはずっと先を見ていたのだ。前へ前へと進んでいる。その事実に愕然とし、同時に彼女は気づいた。

単なる器用貧乏なだけの自分は、大した取り得のないくノ一に過ぎないのだと。


その認識の決定打となったのは、『木ノ葉崩し』にて、我愛羅を追ったサスケを追い駆けていく際、奈良シカマルに何気なく言われた一言。

『大した取り得のないくノ一』

そこで初めて、彼女は思い知った。自分の力の無さを。
内心馬鹿にしていたナルの急成長ぶりに、人知れず戦慄するサクラ。
同時に、同じ女でありながらナルに嫉妬と羨望、そして劣等感を彼女は抱いた。

追い駆けられていたはずが何時の間にか追い越されている。その事実を認めたくは無い。
でも、どうすればよいのか解らない。
努力だとか精進だとかは今まで自分には縁の無いモノだと思っていたのだから。
それに自分は女だ。女というのはか弱い生き物で、男には敵わないモノだ。
そんな甘ったれた言葉を言い訳にして、何もしなかった、そんな愚かな自分が。
今更になって、どうしようもなく嫌いになった。


だからサクラは、その時何故か自分を助けてくれた香燐という少女の助言を素直に聞いた。
自分の特技や取り柄を見つけるようにとの指摘を受け、サクラがまず思い浮かべたのは担当上忍たる畑カカシの意見。
幻術の才能があると言われたばかりのサクラは、すぐにその言葉に従った。
『木ノ葉崩し』以降、即座に幻術が得意な夕日紅の許へ向かい、教授してもらう。
そうして今までとは一転して、一心不乱に修行する毎日をサクラは送った。

ナルが連れ帰ったという五代目火影が就き、里が平和を取り戻したかのように見えた時も、自分と同じ名の花が舞い落ち、家族が花見を楽しむ季節になっても、サクラはひたすら幻術の修行に打ち込んだ。今まで甘えていた自分を諫めるように。


そんな折、サクラは偶然にも見てしまったのだ。
桜吹雪の中、里を出るサスケの姿を。


声をかけようと手を伸ばしかけたものの、何か決意を秘めたその背中に、サクラは逡巡する。
自分の行動は無意味だろうか。無力だろうか。足手纏いにしかならないだろうか。

サクラは不意に、背後をみた。今出て行った者の事など素知らぬとばかりに、家族は、そして里人は皆平和を謳歌している。
さわさわと揺れる桜並木からひとつ、またひとつと雨粒の如く落ちてゆく花弁が、肩まである彼女の髪に触れた。

中忍試験中に、サスケとナルを助ける為に、自ら切り落とした髪。
肩までに短くなった髪先に触れるたび、サクラは自分があの頃と何も変わらないのだと思い知らされる。あの中忍試験の際、孤軍奮闘した自分が少しでも成長出来たなどと一瞬でも思った自身が恨めしく感じるからだ。

何も変わってないのに。アカデミーの頃と何一つ。
大した取り柄のないくノ一のままなのに。


結局のところ、サクラは同期達の成長ぶりに嫉妬していたのだ。特に同班であり仲間であり親友のナルを彼女は羨んだ。
落ちこぼれと言われ続けていたナルが実は自分の全てを上回っている存在だという事実が悔しく、同時に無力な己自身が醜い存在だとも自覚していた。

だからこそ、サクラはサスケへの恋慕は他の誰にも負けたくなかった。
サスケが復讐するというのなら、その復讐の手助けをする。その復讐を果たしたところで誰も幸せになれないとわかっていながら、サクラは彼の為なら何だって出来ると自負していた。

恋い焦がれる人の為に、自分は何もかもを捨て去る事が出来るのだと。それこそが愛なのだと勝手に勘違いし、愛ゆえに故郷も家族も友達も捨てる自分自身に陶酔した。


遠ざかるサスケの背中を、サクラは今一度見つめる。
ここで何もせず見送るだけなんて、自分の恋心はその程度だったのか。
サスケへの想いはそれぐらいのものだったのか。

サクラは一歩、前へ足を踏み出した。
サスケを追うことが、自分が先へ進める第一歩に繋がるなどと勝手に思い込んで。
自分の行動がどんなに大それたものなのかも知らないで。

――――けれど一時の迷いが後に後悔へと繋がるくらいなら。


七班になったばかりの頃。家族がいないナルを身勝手にもサクラは馬鹿にしたことがある。
それをサスケは怒った。家族がいない苦しさを突き付け、孤独の辛さをサクラに教えた。

だからこそサクラは、誰よりも孤独を知っているサスケの孤独を癒したかった。サスケがいなくなったら、彼女にとっては孤独と同じだからだ。


恋い焦がれるサスケをサクラは追い駆けた。幼き頃からずっと見つめ続けてきたその人の背中だけを見つめる。
背後の平和な故郷も家族も友達も、彼女の視界には何一つ入っていなかった。

恋い焦がれる人への想いと、それ以外を天秤に掛け、春野サクラは想いを選んだのだった。



春特有の穏やかな陽射しの中、淡紅色の花弁が舞っていた。
咲き乱れる満開の桜から止め処なく落ちゆく。
何処へ行こうか迷うように、くるくる輪を描き、やがて風に身を任せる。
ひらひらと、ただ風に乗って。優雅に気儘に東西を弁ぜず。
流れ着いたその先に何が待ち受けているかも知らずに。


里抜けした彼女の姿を、誰もみていなかった。


















「――――ご苦労だった」

机上で手を組んだ五代目火影を前に、シカマルは力無く頭を振った。握り締めた拳が震えているのを見咎め、綱手は労いの言葉を掛ける。

「本来の任務通りに事は上手く運んだ。お前はよくやったよ」
「春野サクラが里抜けしたと言ってもですか」

間髪容れずのシカマルの反論に、綱手は顔を顰めた。顔を伏せ、何度読んだかわからない報告書に今一度眼を通す。相変わらず容赦ない現実を突きつけてくる紙面を彼女は無造作に机上に放った。

「その事に関しては私としても予想外だった」
自嘲気味に伏せていた顔を彼女は上げた。依然として項垂れるシカマルを見据える。

「だがこれはお前に与えた任務外。小隊長に就いた初めての任務がこんな結果に終わって辛いのはわかる。しかし…」
「……任務に犠牲はつきもの。任務がどういうものか知っているし、忍びの世界がこういうものなんだというのも解っているつもりです―――でも、」

顔を伏せたまま、シカマルは答える。彼がどんな表情を浮かべているのか見えないものの、今のシカマルの心情は手に取るように綱手にはわかった。


「俺はアイツに、なんて声を掛けていいのかわからねぇ…ッ」
悔しげに吐かれたシカマルの声は悲痛な響きを以って、火影室に響き渡った。




うちはサスケを最後まで諦めずに追った波風ナル。

本来の任務――サスケを無事里から抜けさせる、その内容を知らぬ彼女をシカマルは追い駆けた。サスケを連れ戻す表向きの任務を信じ込んでいる彼女の行動を未然に防ごうとしたのだ。

しかしながら、ようやく追いついた時には、もう全てが終わっていた。

シカマルを迎えたのは『木ノ葉崩し』にて敵対していた、砂曝の我愛羅。
すぐさま警戒するものの、彼の腕に大事そうに抱かれている存在に逸早く気づいたシカマルは即座にナルの容態を確認した。気を失っているだけだとわかり、安堵の息を吐く。
そして我愛羅から現状説明を求めたのだ。

シカマル同様、サスケの里抜けが綱手容認によるものだと知っている我愛羅の話は実にわかりやすかった。
だが一方で、ナルと対峙した相手の容姿を耳にして、シカマルは眉を顰める。以前ナルから受けていた相談の中にあったアマルという人物に思い当って、シカマルは今更になって彼女をサスケ追跡部隊の一員にした事を後悔した。

友であり仲間のサスケを追い駆けた矢先、決別した友と敵として再会したナル。その心情を慮り、シカマルの心は沈む。

我愛羅によると、二人の敵と対峙したナルは相手になんらかの攻撃をしようと接近したらしい。
直後、眩いばかりの光が迸り、無事サスケを見逃した我愛羅が光の発信源に眼を遣った時には、ナルの前にいた敵二人の姿は無かった。
代わりに、霧のようなモノが彼女の周りを取り囲んでいた為、我愛羅は慌ててナルの許へ向かった。その霧が見るからに毒々しい色を帯びていたからである。

ナルを絶対防御たる砂の円球内に閉じ込め、自らも毒霧から身を守る。霧が引いたと完全に把握してから、絶対防御の砂を解いた途端、我愛羅の前にシカマルが現れたのだという。


気絶したナルを自分が木ノ葉まで運ぶと言って聞かない我愛羅に少々苛立ちながらも、シカマルは我愛羅と共に里までの道のりを引き返した。
道中、犬塚キバ・山中いのと合流する。仲間の無事な姿に安堵するのも束の間、いのを助けたというサイという少年に不信感を抱く。
いのの口添えがあって、サイが去ってゆくのを黙って見逃したシカマルだが、この事は既に綱手に報告済みである。

また、音忍五人衆の中で最強らしき君麻呂と闘ったネジは、前以って綱手が派遣した医療班が回収している。
折しも『終末の谷』上流で見つかったネジをその場で緊急治療した後、サスケ追跡の際に参戦したヒナタとシノを伴い、木ノ葉病院へすぐさま護送したようだった。
綱手自らがネジを診たところ、命に別状は無く、すぐに意識が戻るだろうとの事である。

木ノ葉に帰還し、火影室へ直行したシカマルは、綱手から仲間達の無事を改めて聞かされ、ほっと肩の力を抜いた。ネジと同じく木ノ葉病院へ連れて行ったナルは、現在病室で横になっている。想い人の無事を喜ぶと共に、シカマルは顔を曇らせた。

いくら外傷は少ないと言え、ナルの心の傷はあまりに大きい。

スパイとして音隠れの里へ向かったサスケは、表向きには里抜けした罪人である。つまりは、木ノ葉を裏切った抜け忍だ。その上、以前仲良くなったというアマルもまた、ナルと決別し、大蛇丸の許へ走った。

友人二人を無くし、失意の底に沈んだばかりの彼女に、春野サクラまで里抜けしたなどと誰が言えるだろう。サスケに続いてサクラまで、同じ七班の仲間を同時に失って、ナルはどう思うだろう。なんて声をかけたらいいだろう。


ナルの心情が痛いほどわかって、シカマルは益々思案に暮れる。
周りからは散々聡明だとか、切れる頭脳だと言われているシカマルだが、ナルの憂いを晴らす事も出来ない頭脳のどこが役に立つのかと、彼は自嘲した。



「……でも―――皆、生きてる。それが何よりだ」

思案に尽きて気落ちするシカマルに、綱手はしみじみと伝えた。心底そう思っている彼女の声の響きに、そこでシカマルはようやく顔を上げる。

そうだ。自分も、いのもキバもネジも―――ナルも皆、命に別状は無い。
あの強い音の五人衆との戦闘で命を落とす可能性だってあった。でも結果として、死んだのは敵のほうで自分達はこうして生きている。
今は、それで十分じゃないか。


そう暗に告げてくる綱手の視線を真っ向から受け、シカマルは深々と頭を下げた。同時に、ナルの様子を見に行くように促され、火影室から出る。
ゆっくりしたものから駆け足になってゆくシカマルの足音が遠ざかってゆくのを聞きながら、綱手は机上に放り投げた報告書に眼を落した。


音の五人衆の一人・次郎坊はナルとの戦闘で生き埋めとなり、死亡。
同じく、鬼童丸は途中参戦したヒナタ及びシノに敗れ、死亡。
右近・左近は、身体を張ったいのと共に転落し、崖からの墜落死をサイに確認されている。
君麻呂はネジとの戦闘により、滝壺へ落下し、溺死。
そして多由也はキバとの戦闘後、キバ本人の証言により自決と報告を受けている。


報告書を前に、綱手は改めて手を組み直した。音の五人衆の死亡に疑念を抱いていないわけではないが、なにより、いのの危ない所を救ったというサイの行動が気にかかる。

五代目火影就任前、サスケにつきまとっていたらしいこの少年はどう考えてもダンゾウの部下である。『根』の息が掛かった少年がサスケ追跡部隊の一員たるいのを助けるなんて、そんな偶然あり得るだろうか。

(監視させていたか…。しかしサスケがスパイとして里抜けする事実を奴は知らないはず…)

サスケの隠密任務を知らぬダンゾウが、みすみすサスケの里抜けを黙認するだろうか。最初からサイという少年にサスケを監視していたのなら、すぐ里へ連れ戻すだろう。
以上から、ダンゾウはサスケ追跡部隊が里を出たのに気付いて、すぐさまサイを派遣した可能性が高い。

(ということは、ダンゾウはサスケのスパイ活動に関してはまだ把握していない…)

報告書から視線を外し、綱手は天井を仰いだ。今の彼女にとって、音の五人衆の生死よりもダンゾウの思惑を知るほうが優先事項だった。

彼らが、本当に死亡しているのか。その事実確認をする前に、ダンゾウの動向を探ろうとしていた綱手は知らなかった。
その裏で行われていた、取り引きの事など…―――。














天蓋のように枝を広げる大木。
その草叢の影で、何処かに連絡を取っていたハヤテは閉ざしていた眼をうっすらと開けた。

「音忍三名の死亡を確認。共に、左近という少年及び鬼童丸という少年の身柄を確保。このまま五代目火影の目を盗み、暗々裏に彼ら二名を『根』に取り込むとの事です」

木ノ葉の暗部養成部門『根』の創始者であり、『忍の闇』とも称されるダンゾウが下した結論。
そのパイプ役であるハヤテは目の前の少年に報告する。

「……そうか」
眼を伏せたまま、一言淡々と返す少年に、ハヤテは聞かずにはいられなかった。


「――これも想定内ですか?」

その問いに、少年は――ナルトは苦笑を返した。
 
 

 
後書き
ちなみに今回のタイトル「思案の外」は「恋は思案の外」と、考えあぐねるという二つの意味を込めています。

次回で章最後です。音の五人衆など詳しい話も次回でします。
昨年はお世話になりました!
不穏な展開からの始まりですが、今年もどうぞ、よろしくお願い致します!! 
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