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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 25.

 
前書き
2014年7月22日に脱稿。2016年1月24日に修正版が完成。 

 
 ロイドが、ミヅキの返答を待っている。
 アイムも相当食えない男だが、ロイドの扱いにくさはまた別なところにある。世慣れたミシェルでも、彼には振り回されがちだ。
 それを回避する為によく逃げ出していたが、ロイドの場合、ZEXISが説明を避けたがっているという印象を植え付けても別の誰かを捕まえ結局同じ説明を求めた。
 良く言えば、探求の鬼。悪く言えば、明日の敵である事をわきまえない子供。ブリタニア貴族とは思えないくだけた物言いで人に絡みついた後、核心を突く質問に誘導し少なからずZEXISを凍り付かせる。
 他の貴族騎士ならば、ゼロを敵視し黒の騎士団を格下の武装集団と侮るのが常だ。基本的にこちらの話は聞くに値しないと考えている分、戦場で相まみえるああいった連中の方が操縦のしやすさでは遙かに上だ。
 ミヅキからは、場のさばきにくさを感じた。彼に対する苦手意識が外に漏れ出てしまっている。
「別に、大した用事じゃないのよ」グランナイツの最年長として、さりげない仕種である方向を指し示す。「監視してたのなら、知ってるんでしょ? 私達が昨日、ここに車を置いたままにしてるのを。あれ、全部借り物なのよ。ついでに、買い物を引き取るつもりだっただけ」
「そんな事で来たの?」声を裏返したロイドが大袈裟に唱え、「昨日、次元獣が出現した場所に~?」と更に付け加えながらミシェル達を見回す。
 男の視線は何人かの顔を流した末、谷川のところで止まった。
 勿論、意図しての事だ。ZEXISのメンバーについて、役割どころか個々の性格まで掴んでいるのだから。
「僕、覚えているよ。君は、21世紀警備保障のタニカワ社員だ」
「は…、はい。お久し振りです、ロイド博士」
 たどたどしい日本名の呼び方に、谷川が多少強ばった表情で会釈する。
「はい、お久し振り~。なるほど。君がいるのなら、対次元獣とは関係ないのかもしれない」
「だから言っただろ? 俺達別に、そんなじゃないって」
 赤木が誤魔化しにかかると、「それ、本当ですか?」と突然スザクが食ってかかる。「確かに谷川さんはパイロットではないけれど、21世紀警備保障の社員。つまりプロです。車を管理しているクラッシャー隊ではなくZEXISのメイン・メンバーが直々に動いて、昨日次元獣が現れたばかりの場所を訪れている。しかも、昨日とほぼ同じ時刻に。何か、もっと別な狙いがありますよね?」
 上官に代わり、生真面目な少年が彼らしく鋭角に抉り込む。
「別な狙いって、別に…」と、赤木も流石に言い淀んだ。
 大山が、ちらりとミヅキを伺い見る。ロジャーがいれば彼は自らの出番と心得るのだろうが、件のネゴシエイターは今日バトルキャンプに残る方を選んだ。特派と遭遇した者だけで、降って湧いたこの難局を乗り切るしかない。
 扇が赤木の前に出、スザクの視線を代わりに受ける。
 黒の騎士団と特派の視線が絡み合った。
 まずいと思ったミシェルは、ミヅキにわかるよう館内のある方向を指さしつつ声を上げる。
「ええと。こんなところで微妙な立ち話も何だし、久し振りに特派とZEXISが戦場以外で会ったんだ。お茶でもしませんか? この1階にいい店がありますよ」
「店? ああ、あるある! とっておきのが」とデュオも話題に合わせ、声を一段上げる。「昨日、俺達が密談に使った店なんかお誂え向きだ」
「密談? 随分あっさりばらしちゃうんだね~」
「じゃあ、私達は忙しいから二手に分かれましょう!」撒き餌がすぎるデュオを肘で突き、ミヅキが大山に目配せをした。「大山さん達はこのまま冷蔵ロッカーに寄って、昨日の車を全部出してくれる? 牛乳と卵が傷むと困るから、その足で先に帰っちゃって。お茶の相手は、私と…」
「俺もご一緒しますよ。グランナイツの美しい方」ミシェルが志願し、「他にも…」と目線でさりげなく扇とキラ、そしてアレルヤの3人を指名する。
 元々、前向きな気持ちではいたのだろう。扇が、静かに首を縦に動かした。
「僕もいいんですか?」と改めて志願するキラに「俺も残る」とアスランが加わる。
「じゃあ俺も!」と身を乗り出すシンには、「それじゃあ護衛が足らなくなる」との理由から赤服の先輩が自粛を促した。
 戸惑いが一番表情に出たのはアレルヤで、「何で僕なんだ?」と、デュオや赤木、斗牙、青山、ティエリア、そして指名したミシェル本人を次々と見比べる。彼としては、場を和ませる話術の持ち主や冷静に聞き手をする分析家の方が適任に見えたのかもしれない。
 何故かデュオが、実に嬉しそうにアレルヤの肩を叩いた。
「こういう場の調整ってのは難易度高いぞ。何しろゲストが最強最悪の茶化し役だ。俺じゃやりすぎになるんだと。なら、どう見たって求められるのは優良なクッションだ。ま、頑張れよ!」
「僕が、クッション…!?」
 特派とZEXISの問答どころか立ちこめる空気までリアルに想像したらしく、アレルヤがげんなりと顔を歪めた。
「向いてるわよ」といぶきが微笑みかけ、「大変そうだな。俺も残ろっか?」と自身を指す赤木の背を押し別行動に移る。
「こちらの事は全て任せろ、アレルヤ」
 班分けに合意したらしいティエリアと刹那、そして異様ににまにまとするエイジに背を叩かれ、アレルヤがミシェル達とその場に残った。
 背後に消える別働隊を一瞥し、静かになったところでスザクが憮然とする。
「大山さん達に通報させるつもりなんですね。僕達ブリタニアの特派がバトルキャンプに向かうって」
「そう思ってくれても構わないわよ」腰に手を当て、気丈な態度でミヅキも応じる。「時には味方で、時には敵。それが特派と私達ZEXISの関係なんだから、仕方がないじゃない。それとも、通報が嫌なら帰る?」
「いや」ロイドが、まさかと言わんばかりに頭を振って否定した。「話が早く進むのは大歓迎だよ! どうせ、僕達の立ち入りも加入も許可される。来る者は拒まず。そして、エルガン代表には事後承諾で問題無し。それが、君達ZEXISじゃないか~」
「それ、褒め言葉じゃありませんよね」多くが飲み込んだ思いを、1人アレルヤが敢えて声に出す。「ガードが甘いから、この後バトルキャンプで好き放題にできる。そう聞こえますよ」
「まぁ、そんなに身構えなくても。仲良くやろうよ。前みたいにね」人を食った態度で、ロイドが残ったZEXISの全員に満面の笑みを振りまいて諸手を挙げる。「で、お茶をするの? しないの?」
 館内に、音楽が鳴り響く。客と従業員に12時を伝えるハンド・ベルの時報放送だ。
「そうだな。場所を変えよう」
 携帯端末の画面を覗いた後、扇が昨日クロウ達と入った店の方向を指す。
「ああ。全員俺について来てくれ。案内する」
 開店前を承知の上で、ミシェルは特派とミヅキ達を先導する。
 幸いにも、店長は昨日の混乱の中で避難誘導にあたったZEXISの顔を覚えていた。ブリタニア貴族まで加わった顔ぶれに思うところがあったのだろう。ミシェル達9人の為、自ら最奥の席を勧めてくれた。
 ZEXISからは、ミヅキ、扇、キラ、アスラン、アレルヤ、そしてミシェルが。特派のロイド、セシル、スザクと共に。開店準備の整っている店で、大きくテーブルを囲む。
 全員の前で、飲み物が白い湯気を立てている。アレルヤとキラだけがカップに口をつけ、気まずい空間にふうという小さな息の音を差し込む。
 ミヅキが切り出し、話が再開した。
「ねぇ、悪気はないんだけど。このまま帰ってちょうだい、っていうのはダメかしら? 今、結構ややこしい事になってるのよ。特派の加入でこれ以上こんがらがってもねぇ」
「それは無理だよ~!!」ロイドが眉の形を変え、速攻で押し返す。「僕も見たよ。君達ZEXISの攻撃が、あの植物には通用しなかったところ。相当ショックなんだろうけど、ダメだよ~。苦し紛れに、アリエティス頼みの戦術とかに逃げたら。大変な事になっちゃう」
「大変な事って? ナニ?」
 妙に引っ張る言い回しをするロイドへ、ミヅキが露骨な苛立ちを示す。
「連合軍が介入に乗り出すよ」
 突然滑らかに話すロイドが、この上もなく物騒な可能性を示唆した。
 誰もが一瞬声を詰まらせる。現状を鑑みれば、決して無い話ではない。
 そもそも三大国家連合軍がZEXISを泳がせておくのは、彼等連合軍が未だにZEXIS程の戦力を持ち合わせていないからだ。インペリウム帝国や獣人、機械獣といった脅威を繰り返し排除し続けようとすれば、イナクトやフラッグ、ティエレンなど量産MSや主力KMFサザーランドがパイロットの棺桶として炎に焼かれる事になる。
 敵を退けるMS隊の映像は実現させる事が困難な上、戦死者を示す数値の大きさは国民を大きく失望させるだろう。それを確実に回避しつつ最良の結果を得る為に、連中が何を決めたか。
 目の上のこぶであった筈のZEXISを、即刻排除するのではなく難敵排除の全てを押しつける対象に変更した。つまり、生かす事を決めたのだ。
 エルガン代表の思想に賛同し集っているのだから、誰が要請せずとも自発的に動き脅威の全てと戦ってくれる。戦死者は全てZEXIS持ち。実に都合のよい盾だ。
 但し。三大国家連合軍とZEXISの関係は、単に利用する・されるという単純な構図に留まらなかった。
 多方面同時対応の為にZEXISが隊を分ければ、好機到来と自軍を投入し叩きにかかる組織は現れる。黒の騎士団やソレスタルビーイングが、ZEXISとZEUTHの両方を束ねる組織として政府を脅かす瞬間を恐れているのかもしれない。
 介入しZEXISの全てを掌握する機会は、元々彼等が非常に欲しているものだ。
「覚えてるよね。サンクキングダムの時」ロイドが自ら、一時加入した2度目の時期に触れる。「君達の言うスーパーロボット6機とブラスタが中破して、それまでにない損害の大きさが随分と問題になった」
「問題になった、って? 何処で?」
 扇が敵に問いかけると、ブリタニア貴族が口端をぐにゃりと上げる。
「それは秘密~。しかも、昨日の君達の損害がまた問題になってる。アリエティスの攻撃しか効かないところとか。だから、僕達特派が動いたんだよ。アイムと君達ZEXISが手を組まないよう監視する為に」
「ち、ちょっと…」
 言い淀むミヅキの心中が、ミシェルにはよくわかる。
 ZEXISの焦りが外に漏れているも同然だ。妄想ではない。三大国家連合軍は、実に鋭いところを突いている。
 午前中、他でもないミシェル自身がその話を前向きに検討すべきだと主張しロックオンと対立さえしたのだから。
 ZEXISの独力で怪植物のDフォルトを突破する事が困難な現状、単機で敵に有効なアリエティスは大いに魅力的な戦力と映る。クロウへの執着を逆手に取るべきだ、との誘惑は今もミシェルの中にあった。
 当然、幾らかの代償が伴うであろう事も理解はしている。それが驚く程間近に迫っていたとは。
 ただ遠巻きにし如何なる脅威の出現にも加勢一つしようとしない三大国家だが、彼等の信用程度でも失うとなると痛くはある。もし連合軍が本格的な介入に踏み切れば、事態の理解の甘さ故、おそらくはあの異界の敵を持て余し最悪の事態へと導いてしまうだろう。
 奇しくもあの会議中、エウレカ達の機転によりZEXISが三大国家による介入を受ける可能性から脱していたのだ。そういう意味で彼女達には感謝しているが、アリエティスの利用を諦めるなどクラン救出の為には何の得にもないない決断になる。
 気持ちが割れた。もし、ここで三大国家連合軍などがしゃしゃり出て来なければ、もっとやりようがあったかもしれないのに。
「なるほど。つまり、特派は誰かの差し金なんだな」
 ずばりと切り込むアスランを、「それについてはご想像にお任せします」とセシルが柔らかくいなす。
 ミシェルはカップを持ち上げ、冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。
「ところで」と、今度はそのセシルがさも訊きたげな顔を向ける。「ミヅキさん達は、ここへ何をしにいらしたのですか?」
 持ち上げかけたカップが、ミヅキの手元で揺れた。
 セシルとて特派の人間。ミシェル達ZEXISが忘れてくれればと願っていた疑問を、ものの見事に蒸し返す。
「さっきも言ったでしょ。借りた車と昨日の買い物を引き取りに来ただけ。それが済んだら帰るつもりだったわ」
「にしては、随分と人数が纏まっていますね」スザクの視線が扇を指す。「黒の騎士団にソレスタルビーイング、コロニーの工作員達もいましたし。何かの下見か確認、の方が僕達も納得しやすいです」
「まぁ…。護衛の意味はあるわよ。さっき、アスランがシンに言ってたでしょ?」一拍置いたミヅキが、突如話を肯定で進め始めた。「実際こうして、ブリタニア・ユニオンの特派がKMF持参で出没したところに出会してるし。一旦外出したら、何が起こるのかなんてわからない。それが多元世界の現実よ。…昨日は昨日で、ライノダモンの口だけがそこの吹き抜けに浮いてたし。今じゃ、屋内で次元獣に備えなきゃならない事態なの」
「え? ミヅキさん、それは…」
 制止を試みかけたアレルヤが、何を思ったのか続きの言葉を飲んでやめる。
 そう。この瞬間に、ミヅキはしらを切り通す事を諦めた。特派と出会してしまった現場の判断として、彼等の掴んでいる事実だけは認めようと決めたのだ。
 元々特派は、ZEXISに対し幾らか好意的なところが目につく。連合軍の武力介入と特派の介入を秤に掛け、後者を選んだ方がましと腹を括ったに違いない。
 全く以て素晴らしい女傑だ。
 ミヅキが、息をつきながらミシェル達を順に見回す。
「仕方がないわ。…バトルキャンプに来るっていうんだし、着いたら結局秘密にしてはいられなくなるのよ。今からいい関係は作っておかないと」ZEXISのメンバーをそう納得させた後、ミヅキが改めて特派に向き直る。「認めるわよ。ここに来た理由を隠しているのは事実。だけど、生憎ここで全部を話す訳にはゆかないの。私の独断で話す事もね。ソーラーアクエリオンの一発逆転拳だけじゃない。本当にややこしい事になってるんだから」
 カップに残った液体全てを派手に呷った後、ミヅキが「あー、言っちゃった…」と座ったまま頭上を仰ぐ。
 思い切りよく吐露した女性の声には、疑心暗鬼な者達の疑念を払拭するだけの説得力が十分にあった。スザクの表情がランスロット専属のデヴァイサーに変わり、掴んだものの端を握ってロイドが破顔する。
 そのタイミングで、ミヅキと扇の携帯端末が鳴った。
 ほぼ同時に耳へと当てる2人が、数秒後に揃って「まさか!?」と喚きながら立ち上がる。
「バトルキャンプからですか?」
 合わせて立ち上がるキラに、顔を見合わせた2人の中から「そうなんだけど…」とようやくミヅキが絞り出す。
 2人は、しきりと特派の視線を気にしていた。どうやら、通信の内容を今彼等には知られたくないようだ。
「とにかく、全員バトルキャンプに戻るぞ!」
 それだけを呟いて、扇が伝票を持ち最初に立ち去る。
 直後、ミヅキとキラ、アスラン、アレルヤも小走りに店外へと消えた。
「どうしますか?」上官へ問うセシルに、「急いで駆けつける事は奨励しないな」とやや残念な思いでミシェルが牽制する。「今後はともかく、今この時点で特派は部外者だ。セシル。あなたとは夜に、プライベートで逢瀬を重ねたいところなんだけど」
「冗談を言っている場合ではないでしょう!?」既に立ち上がっているスザクが、事情が見えないながらも激高する。「僕達も合流します。ZEXISが持て余している、そのややこしい事態とやらを解消する為に」

          * * *

「∀ガンダム? ∀に、やらせたいのか?」
 ロランには申し訳ないと思いつつ、アイムの真意を測りかねクロウは機体名を強調し二度尋ね返した。
 その場にいた全員は、全く同じ連想をする。意識の混濁が原因で起きたアイムの指示ミスではないか、と。昨夜の凄まじい対怪植物戦を覚えているからこそ、セオリーを無視した機体選択に皆が首を捻ってしまう。
『急ぎなさい。…私の抵抗にも、限界があります』
 おそらく、クロウの意図は正確に伝わっている。しかし、虚言家から否定が返って来る気配は全くなかった。
 素直に従うのが怖い。敵の指示だからという理由ではなく、理にかなっていないところが嫌なのだ。
 何故アイムは、初手を撃ち込む機体に∀ガンダムを選んだのか。
 そしてもう1つ。何故、ダイターン3を援護にさえ参加させようとしないのか。
 Dフォルト突破の為には大火力が必要不可欠なのだから、ダイターン3のサン・アタックにこそ脱出への望みを繋ぐべきだろう。あのアイムの事だ。ZEUTHの機体であろうと、武器や技について無知という事はあり得ない。
 ならば、朦朧とする意識の中で言い間違いでもやらかしただけ、と。そう受け止める方がどれ程楽になるかしれなかった。
 やはり、アイムの中には何らかの計算があると見た方が良さそうだ。
 当然万丈も、クロウと同じ結論に達する。
『対Dフォルトの観点で見るなら、僕のダイターン3の方が初手には適任の筈だ。火力が一番上なのは知っているんだろう? それでも∀にしたい理由でもあるのか?』
 愛機の火力を強調しながら、万丈が核心に迫る質問を織り交ぜた。
 不本意ながらインペリウム機の救助にあたらなければならないというのに、まさかの戦力外通告。万丈としては、愛機を誇るからこそ隠し事の一切をごっそりと引き出してやりたくもなる。
『いえ。私の判断に、誤りはありません』断言する口調が、ZEUTHとの駆け引きを激しく拒絶した。『ダイターン3は、離れていなさい。…味方と私の、足を引っ張りたくないのなら』
『言ってくれるじゃねぇか!』ロックオンもアイムの秘め事に神経を逆撫でされ、俄に声を荒げる。『この異空間で戦闘が可能なのは5機だけだ。ましてや、ダイターン3はスーパーロボット。こっちもアリエティスが当てにできないんだ。サン・アタックの大火力は外せないだろ』
 ふと、虚言家が息をついた。憐憫の吐息に苛立ちの色が仄かに混じる。
『昨夜と、同じ過ちを繰り返すだけですよ』
『過ち? 俺達が昨夜、何を間違えた?』問い返すロックオンに、虚言家が怒声で応じる。『ソーラーアクエリオンの、壱発逆転拳が食われた事を、もう忘れたのですか?』
『ソーラー…』言いかけた万丈の口から、アクエリオンの名が続いて出る事はなかった。代わりに『まさか…』という掴みかけた言葉を漏らす。
『ええ。波瀾万丈。あなたは、もう、おわかりですね。太陽機の攻撃こそ、この植物の好物なのです』
「太陽機?」
 造語と思われるその言葉が何を指すのか、クロウにも理解する事はできた。機体や武器のいずれかに太陽を指す単語が含まれていれば、太陽機という事になるらしい。
 確かに、太陽の威光を掲げるダイターン3は業火を放って悪を討つ。最強技のサン・アタックは母艦級の威力を誇り、マクロス・クォーターのマクロスキャノンさえ凌ぐ。ZEXIS、ZEUTHを合わせても、サン・アタックに勝る攻撃はガンダムダブルエックスのツインサテライトキャノンをおいて他にない程だ。
 ソーラーアクエリオンに至っては神話的能力まで兼ね備え、地上に降りた太陽と呼ばれる神々しさで大地に聳え立つ。拳の先に花を咲かせ味方パイロット達を鼓舞するなど、実際に体験しなければ信じられない神の御技の領域ではないか。
 しかし、その括りに何の意味があるのだろう。太陽の名を持つというだけで、ダイターン3とソーラーアクエリオンが同じカテゴリーとは余りにも強引だ。
 もし、その理屈で括るなら、斗牙達のソルグラヴィオン、あしゅら男爵からオリンポス神ゼウスと呼ばれているマジンガーZも、その太陽機とやらに加えられてしまう。
「だいぶ頭にきてるみてぇだな。AからZまで順番に言えるか?」クロウは取り敢えず、アイムの譫言と片付ける事にした。「ダイターン3を下げる理由にしちゃ弱いだろ。植物は太陽の光が好きだから、とか言うなら否応もなく却下だ」
 提案者は反論しなかった。息ができないのか、改めて考えを巡らせる為に集中しているのか。その理由は想像するより他にないが、間を置いた後、男はようやくぼそりと呟く。
『∀ガンダムに、攻撃させなさい。月光蝶が使えないのは、残念ですが。その効果が…、月の恵みがもたらす効果が、全てを語る筈です』
『アイム…。あなたは、一体何を知っているんですか?』
 携帯端末に映るロランが、突然何かに打たれた様子で声を上ずらせた。
 左目だけで見ていてもわかる。少年の変化は、知られたくない秘密を握られていた事に今気づいた者の狼狽だ。
 クロウ達ZEXISは知っている。ロラン程、嘘や保身といった行為から縁遠い少年も珍しい、と。共に柔らかな物腰で人と接するが、血液の代わりに虚偽を巡らせて命を繋ぐアイムとは違い、彼にこそ紳士という表現が相応しい。
 もし、そのロランが秘め事をするなら、間違いなくやむにやまれぬ事情によるものだ。
 月光蝶。
 そして、月の恵み。
 およそガンダムという戦闘兵器には似つかわしくない呼称だが、揃って∀ガンダムと共にある重い何かを指すものである事は話の流れから明らかだ。少年の表情を伺うだけで、その切実な問題が透けて見える気がする。
 できればZEXISにも隠しておきたい秘密だったのだろうに、よもや既にインペリウムの知るところとは。
 かつて、ソレスタルビーイングのメカニックが話していた事を思い出す。
 総合的なバランスを見ても、今の戦場で使用する武器が∀の全てではない。イアンは、冷静にそう分析していた。自己修復可能な装甲、GNドライヴとは全く別の原理で無限の機体運用を可能にする技術。ソレスタルビーイングさえ舌を巻く高みに到達した開発者達が、彼等にとっては旧式となる通常兵器の外付け運用で妥協するなど到底考えられない、のだそうだ。
 ∀ガンダムは、必ず何らかの武器を内蔵している。しかも、ソーラーアクエリオン並に掟破りな性能を持っているのではないか、とまで言い切った。
 但し、専属パイロットのロランは、出撃の度に通常兵器のみで戦果を上げる事を繰り返している。まるで、ZEXISの知らない最強兵器など存在しないかのように。
 使われないなら、何も無いものと解釈する。それがクロウのやり方だ。
 もし。封印すべき理由がパイロットとZEUTHの両方にあるのなら、それは全てに勝る最優先事項だ。アイムがこの異世界で何を望もうと、使わせていい筈がない。
『急げ、ロラン』当然桂も、少年の狼狽から決して見落としてはいけないものを読み取る。『質問攻めにするのは後回しだ。時間がない。とにかく言われた通りに試してみようじゃないか』
『わかりました』気を取り直した褐色の少年が、1つ深呼吸をした。『何でもいいという事なので、ビーム・サーベルを使います』
『大丈夫だ、ロラン。きっと上手くゆく!』
 それは、妙に力の入った万丈の励ましだった。
 本当に上手くゆくのか、とクロウは疑問に思ったが声には出さずそっと飲み込む。
 次元獣のものよりも遙かに厄介な障壁は、単機での攻撃どころか集中砲火さえいとも容易く無効化してしまう。昨夜、バトルキャンプでZEXISとZEUTHが嫌という程思い知った苦みを伴う事実ではないか。
 しかし、映像の万丈は眼光鋭く口端さえ上げていた。
『俺の勘さ』と爽やかに笑う男までも、∀ガンダムによる初手の成功を信じ始めている。
 太陽機という響きの何が、いや、月の恵みという言葉の何が万丈を動かしたのだろう。
『そして、クロウ・ブルースト』消耗激しいアイムが、クロウを呼ぶ。
「どうした?」
『今一度選びなさい。あなたの中で、受け入れるもの、と拒むものを。そして、強く念じるのです。怪植物の力を押し戻したい、と』
「念じるって。俺は、強く思うだけでいいのか?」
『ええ。∀ガンダムの攻撃が、始まる前に。そして、続けなさい。あなたの内と外で、何が起きようと』
「わかった。やってやるよ。今度はきっちりとな」
 若干の負い目があるので、今回くらいは一応アイムの指示に従っておこうと考える。
 見回せば、葉と棘のついたバラの茎が視界のほぼ全てを占めている濃緑中心の世界だ。赤い光は、植物の重なった部分を避け隙間から僅かに差し込む程度。最早、異物取り出しどころの話ではない。
 一切触れる事ができず植物特有の匂いもしないが、体内に仕込まれた異物の背を押しここまで派手に敵を解放してしまった原因はクロウ自身にもあると思っていた。
 取り敢えず、アイムに対する警戒心を押し殺さなければ。
 視界がどうのと言っている場合ではないので、右手の覆いを外し右の瞼を開く。
 目前にあるのは、放射状に多方向へと広がる植物の発生点。眼球を突くのではないかと思わせてその実無害という、始まりの一点だ。
 こんな光景と比較しなければ、アイムに対する嫌悪を薄める事ができないとは。積み上げてきた関係というものは、容易に人心を操作させてはくれない。
『気持ちはわかるぜ』と、隻眼の男にクロウの心中を見透かされる。『お前ならやれる! 頑張れよ』
「ああ。今度こそヘマはしねぇ」
 クロウを励ましたスナイパーが、間を置かずに『アイム』と一音下げて呼びかけた。
『…何でしょう?』
『今のクロウはアリエティスの中だ。たとえお前が死んでも、クロウだけは守れよ』
『無論です。あなたの左目よりも、役に立ってご覧に入れましょう』と、アイムも減らず口で応酬する。
 元々敵同士なだけに陰険なやりとりが耳に痛い。その上ロックオンからは、バトルキャンプ上空でアリエティスがさっさと姿を消した事に対する憤りが溢れ出ている。
 尤も、今は互いに状況を理解している者同士。流石に、繰り返し斬り合うところまでは踏み込まなかった。
『準備はOKか? クロウ』と、万丈が試行の開始タイミングを探る。
 即答はしなかった。
 目前の発生点に対する不快感を、自分の中で更に膨張させてゆく。
 鳥籠のような形をしているバラの檻。
 常に右半分の視界を遮る植物の束。
 更には、仲間達を驚かせてしまった今の自分の有様。
 異常事態全体に目を向け気持ちを逸らしている場合ではない。アイムも嫌いだが、このトラップには個人的な怒りの念が湧く。
 元の姿に戻りたい。そんな小さな望みくらい叶えさせろ、と感情を迸らせる。
「ああ。始めてくれ」
 クロウは更に、バラの枝が大きく弧を描き扉に吸い込まれてゆく様を想像した。
 扉は、折角だから円形にしておく。青白い円盤の中央に割れ目が走ると、観音開きの扉は星々が瞬く宇宙の広がりを垣間見せてくれた。
 好き勝手に伸び放題だった長い枝が、捻れ、くねって、否応もなく1つの方向へと曲げられる。
 扉の向こうに帰るのではない。無理矢理吸い出され、この世界から追い出されてゆく光景だ。
 想像で終わらせたくはない。元の姿でバトルキャンプ上空に帰る為にも。
『それでは、僕も始めます』
 軽装備な白いガンダムが、ビームサーベルを抜いた。
 全ガンダムの中で最も細い光束が、∀の手元を明るく照らす。
 端末を握るクロウの左手に力が入った。
 友軍機と怪植物の映像を全画面表示に切り替える。携帯端末宛に映像を送ってくれるのは、仲間達の機体から距離を置いた万丈だ。
『さあ、アリエティスを離してください!!』
 叫びながら、ロランの∀ガンダムが植物塊の最も太い部分を横に薙ぐ。
 クロウとアリエティスを気遣ったのか、敢えて突こうとはしない。
 直後に、半球状のDフォルトが多色光を放った。
 やはり遮られてしまったか。
 と思いきや、ビームサーベルの先1/3程が光の障壁の向こう側まで突き抜けてゆく。
 しかも、剣先を走らせる勢いが全く死んでいないから驚きだ。
 クロウとロックオン、万丈にアテナの口が大きく開いた。
 光剣の先端が植物塊に沈む。
 ∀ガンダムがそのまま柄を右から左に動かすと、編み込まれた塊には1本の筋が描かれた。
 葉や枝どころか、絡み合った茎さえもが実にあっさりと両断される。
 ∀のビームサーベルだからか。いや、∀の攻撃だからだ。


              - 26.に続く -
 
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