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執務室の新人提督

作者:RTT
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43

「まーみーやー……おかわりデース」
「はいはい、少しお待ちくださいね」

 間宮食堂のカウンター席でだらしなく両肘をついて息を吐くのは、金剛型姉妹の長女、金剛である。対照的に、背を伸ばして隣に座しているのは彼女の妹、金剛姉妹の末っ子霧島だ。霧島は複雑な相で湯のみを両手で包むように持ち、ゆっくりと嚥下した。
 いつもなら、彼女達はカウンター席ではなくテーブル席に座って食事を摂る。間宮食堂のテーブル席は、姉妹の多い駆逐艦娘にも合わせた大型の物だ。そこにたった四人で座るのか、と思われるかもしれないが、霧島の姉である金剛と言う艦娘は、そこに居るだけで人を惹き付けるところがある。
 
 任務行動の都合一人、或いは少数になった艦娘達や、何事かの相談を持ちかける艦娘などがテーブルに寄ってくると、大型のテーブルで丁度良いくらいなのである。
 が、今回彼女達はカウンター席を選択した。霧島の優秀な頭脳が、今夜はそこで摂るべきだと訴えたからである。
 その証拠に、常ならば寄ってくる艦娘達もまったく来ない。カウンター向こうの調理場で金剛に頼まれた物を用意している間宮も、完全に苦笑いである。
 さて、いったいぜんたい何がそうさせているのかと言えば。
 
「ブー……ブー……提督ー……提督ー……」

 金剛がこの調子だからである。この金剛、鎮守府に所属する艦娘達のトップ2という立場にある。錬度と戦果も十分に誇れる金剛だが、彼女が長門に次ぐ立場に在るのはそれだけではない。
 長門とは違った懐の深さと面倒見の良さ、そして接しやすい彼女の在り方が自然と金剛をそういった立場へと押し上げたのである。
 金剛自身、そういった自身に不満もないようで、むしろ率先して皆の面倒を見ていた。
 自身の心を殺してまで皆の意見を汲み取る長門、親しみやすさを持つ金剛、参謀役の大淀、艦娘と提督の橋渡し役初霜、白装束と血糊が似合う山城。この艦娘達が提督の鎮守府におけるトップ4、いわゆる四天王である。
 
「はい、どうぞ……その、飲み過ぎは毒……かしら? いえ、きっと毒ですよ?」
「わかってマース……分かってても女にはストップできない時があるんデース……」

 そういった立場の艦娘が、顔を真っ赤にして管を巻いているのだ。何事かと遠巻きに見ることはあっても、近寄ってくる者は少ないだろう。
 間宮から受け取ったそれを、金剛は大きく呷った。ビールジョッキで一気飲みでもしているような姿だが、金剛の手に在るのは小さなティーカップである。
 当然、中を満たしていたのも、今金剛の胃に流し込まれているのもただの紅茶だ。決してアルコールは含まれて居ない。居ないはずなのだが。
 
「ぷっはー! 仕事あがりの一杯は格別ネー!」

 背を伸ばしたままながらも、疲れきった顔の霧島の隣で仕事帰りのサラリーマンが居酒屋で一杯やったあとの言葉を吐く金剛の姿は、完全にそれその物であった。
 
「……うぅ……提督……てーいーとーく……金剛頑張ってるヨー……前にいきなりハグしてクラッシュさせちゃったけど、金剛頑張ってるヨー……シット、あの課長人の仕事ちゃんと見てないネー……自分の仕事をまずしっかりやれって話だろ、なー?」

 そして躁からの鬱も居酒屋のサラリーマンに良く見られる姿であった。そして何故か愚痴までサラリーマンの様になっていた。
 
「なんでこんな時に限って霧島一人で……」

 そう呟く霧島の姿は、伸ばされた背に反して完全に折れていた。今金剛の隣に居るのは霧島ただ一人だ。普段一緒に食べる比叡と榛名の姿はそこにない。比叡は陽炎姉妹達に誘われてお料理DVDの鑑賞会で、その後料理勉強会のついでに夕食を済ませると言って別行動だ。
 霧島の双子の姉である榛名は、伊勢と日向と一緒に空いている港で弁当を広げて夕食である。事情を知らない者が聞けばおかしな事をやると思うかもしれないが、史実を知っていれば言葉を失うだろう。最後の最後まで、着底して尚本土を守るため砲火を放ち続けた彼女達の絆は、何人にも断てぬ物なのだ。
 
 折れた霧島の姿を見つめる間宮の相も、苦笑こそ浮かんでいるがなんとも言えない物だ。何せ金剛が頼むのはただの紅茶である。これが本当にアルコールであれば適当なところでとめる事もできるのだが、紅茶の適当なとめ時など間宮は知らない。
 如何したものかと首を傾げる間宮の相には、しかし金剛を心配する色が添えられていた。隣にいる霧島も、今間宮食堂にいる他の艦娘達にも、だ。
 霧島は先ほど、なんでこんな時に限って自身一人で、と呟いたがそれは面倒事を自分だけが負わされた、という意味ではない。
 長姉を慰めるのに、自身一人では荷が勝ちすぎると自覚したゆえの霧島の弱音だ。
 
「提督……ソーリー……ごめんなさいねー……」

 うな垂れて呟く金剛の姿は許しを請う罪人にも似て、それを傍で見た霧島は目を閉じた。普段の明るい姉も姉であるなら、この姿もまた姉であると受け入れる為だ。
 そして霧島は、金剛がただの紅茶でこうも見事に酔っ払った理由を思い出していた。
 
 提督篭る。金剛困る。提督出て来る。金剛喜ぶ。提督宴会する。オレサマ オマエ マルカジリ! アッオーンッ!! 狩リノ時間ダ!!
 
 霧島の優秀な頭脳はこれまでの流れを正確に導き出した。霧島の中では。
 兎に角、執務室から出て来なかった提督が突如とある宣言を行い、これは目出度いと宴会となった訳である。そして金剛は宴会開始早々提督を大破着底させたのだ。
 それ以来、金剛はふとした事で自身の行いを思い出すようで、その度沈むようになってしまったのだ。ただ、紅茶で酔っ払ったのはこれが初めてである。
 
 ――さて、いつもの金剛姉様に戻って頂くには、どうするべきか。

 そう考えて、霧島は腕を組んで思考の海へと潜っていった。潜行は速やかに、そして答えは明快に。艦隊の頭脳霧島は理想どおり速やかに、そして明快な答えを導き出した。
 
「金剛姉様、深海棲艦100匹くらい刈りましょう」
「き、霧島さん?」

 金剛は何を言ってるんだこいつは、といった相で霧島の言に首をかしげ、間宮はそういう問題じゃないと思いっきり書いた顔で霧島の目を凝視していた。
 霧島は顎に手をあて、むむむ、と唸ったあと晴れ晴れとした顔でぽんと手を打った。
 
「金剛姉様、姫級20匹くらい刈りましょう」
「霧島さん!?」

 珍しい間宮の狼狽した叫び声である。例えば第三次ソロモン海戦でやらかした眼鏡をかけた自称頭脳派の高速戦艦四女辺りならそれで気も晴れるかもしれないが、金剛はそうではないと間宮は霧島に伝えようとした。
 
「それもいいけど、今はそんな気分じゃないネー」

 それもいいらしい。間宮は肩を落として流し台にある食器を疲れた顔で洗い始めた。このままでは自分も大破する羽目になるのではないか、と考え始めた間宮の目に、新しい客の姿が見えた。
 
「間宮さん、俺いつものなー」
「間宮さん、俺もだ」
「はい、分かりました」

 気分を切り替えて常連二人の、いつもの、を作り出した間宮にとって、その二人は救いの神となった。二人はそのままカウンター席、金剛の隣に座ったのだ。
 どこか重い空気を感じられなかった訳ではないだろう。この二人は鈍いわけではない。むしろ聡いほうだ。となれば、今の金剛の隣に座ったのは意図した物である。
 
「どうしたんだよ、金剛。なんか暗いぜ?」
「そうだな、お前らしくないぞ」

 金剛の隣に座ったのは、この鎮守府のおっぱいのついた眼帯イケメンコンビ、天龍と木曾であった。金剛は話しかけてきた二人に視線を移し、愚痴を零し始めた。
 ちなみに、この鎮守府のおっぱいがついたイケメンは他にも加古や那智がいる。ついでにおっぱいのない性格イケメンが龍驤であり、おっぱいもついてないイケメンでもないのが提督である。
 
 妹に言えないことでも、この二人には言いやすいのか。金剛は胸のうちを訥々と語った。
 いきなりやらかした事、それでも提督は自身に怒っていない事、それに甘えてしまっていいのかという悩み、最近やたらと野菜が高いという現状、この前鍋をやったら最後に入れたご飯がこびりついて取れなくなったが鳳翔の知恵で助けられた事、最近提督の隠し撮りが上手くいかない事、最近榛名が提督抱き枕を作ったから自分も作ろうかと考えている事、それらをだ。
 
 聞き終えた天龍と木曽は半分聞き流した。聞き留めていい物ではないからだ。事実霧島などは耳を塞いでいた。姉と双子の姉の現状に何か思う事があるのだろう。気晴らしに敵を刈ろうとか言いだすような娘でも。
 
「まぁ……なんだ。提督は金剛のやった事をそんなに怒ってないだろ」
「いや、というよりあれはもう完全に流しているだろうな、あいつはそう言う男だ」

 天龍と木曾の二人が湯飲みを片手に笑った。イケメン力の高い二人である。
 この二人、如何した事かよく一緒に居る。下手をすれば姉妹艦よりもだ。艦時代、特に交友のあった関係でもなく、お互いこの鎮守府の役割も違う。
 木曾は重雷装巡洋艦娘の一人、特別海域の切り札とも言える主力の一人だ。一方、天龍はと言えば遠征要員である。旧式の艦故恵まれた性能を持たない天龍は、一軍メンバーに比べて一歩も二歩も劣っているのは事実だ。
 ただし、それは戦闘面の性能だけだ。天龍型の長所、燃費のよさに加え彼女には天性の才がある。天龍という艦娘は、駆逐艦娘にやたらと人気があるのだ。彼女自身の面倒見のよさもあるだろうが、個性豊かな駆逐艦娘達を捌き切れる彼女の才と、それによって補充される鎮守府の資材は決して軽視して良い物ではない。
 
 片や提督の切り札である重雷装巡洋艦。片や鎮守府の資源調達の要である軽巡洋艦。
 職場も違えば役目も違う彼女達であるが、在り方が近い為今はこうして二人でつるむ事が多いのだ。ただし、在り方が近いといっても、同じという訳ではない。
 
「でも……二人は提督に苦手に思われてないでしョ……? もし私と同じ立場になったら?」
「そ、そりゃあ……ま、まぁ……俺は、別に、確りと、自分がやる事をやるだけで……」
「……駄目だな、俺はきっと球磨姉さんに泣きついてその後提督に泣きつくな」

 こういう部分は違う。
 天龍は意地をはり、木曾はとことん素直だ。いや、あぁいった姉達に囲まれると、素直であったほうが無難であるのかもしれない。
 
「那珂ちゃんにもこの前どうやったら提督とそんな普通に話せるのか聞いたけド、良く分からないっていわれたし……」

 金剛は金剛なりに、現状を把握した上で出来る事は何かを手探りで始めている。彼女は提督を愛している。愛ゆえに暴走もするが、愛ゆえに悩むのも一人の女だからである。
 
「苦手だって思われてるのは知ってるの。けれど、私は提督の傍に居たい。あの人を笑顔にしたい。あの人の為の私でありたい……邪魔でも、いらなくなっても、私はあの人の為の私でいたい」

 真摯な金剛の呟きに、天龍は間宮に差し出された秋刀魚定食を食べながら黙って聞いた。
 そして木曾は、だんだん日本語が流暢になっていく金剛を眺めながら秋刀魚の刺身を食べていた。
 ついでに霧島は紅茶で酔ってその発言なのかと嘆いていた。
 
「よし、分かった。ちょっと待ってろ」

 そう言うと、天龍は勢い良く秋刀魚定食を食べ始めた。隣に居た木曾も、少し送れてそれに倣う。霧島と金剛は、きょとん、とした相でそれを眺めていたが、カウンター向こうの間宮は笑顔だ。天龍と木曾が何をするのか、理解しているからだろう。
 暫しの時間で、二人は食事を終えた。
 
「ご馳走様、間宮さん。……ごめんな、食べ物こんな風に食べちまって」
「いいえ、天龍さんと木曾さんにその思いがあるなら、私からいう事は何も在りませんよ」

 天龍の横で済まなそうな顔を見せる木曾に笑いかけ、間宮はそう言った。二人は頭を下げてからカウンター席を離れた。
 
「よし、行こうか」
「おう、ほらほら、準備しろよ二人とも」
「え? え?」
「な、なんですか?」

 天龍が金剛の肩をたたき、木曾が霧島の背を叩く。何がどうなっているのか分からない二人に、天龍はにやりと笑った。
 
「大人ってのはな、弱音を吐いていい場所は限られてんだぜ? なら金剛よぅ。そっちに行くのがまず最初だぜ」
「そうだぞ。俺たちでよければとことんまで付き合うさ。仲間なんだ、お前の荷物半分くらいなら、俺たちだって持ってやれるさ」
「木曾……天龍……おまんら……」
「私完全に巻き込まれなんですが」

 天龍と木曾の言葉に目を潤ませてどこかの方言を使い出した金剛と、朝帰りコース確定かと額に手を当てる霧島の姿は対照的だ。木曾はそれを笑う。が、それは純粋な笑みだ。

「そんな事を言っても、霧島は付き合うんだろう?」

「当然です。私は金剛姉様の妹ですから」
 胸を張ってそう語る金剛姉妹の四女に、また木曾は笑みを深めた。天龍が金剛の背を押し、木曾が霧島の背を叩き、四人が間宮食堂から去っていく。
 消えた四人の背を思い浮かべながら、間宮はメニュー表を眺めた。
 
 ――紅茶、やめようかなぁ。
 
 と考えながら。
 
 ちなみに。
 鳳翔の居酒屋で酒を飲んだ金剛は即素面に戻った。

「鳳翔さぁのところのお酒は紅茶のごたる!」

 素面である。きっと素面である。
 あと、
 
「流石金剛姉様……この霧島の目をもってしても見抜けぬなんて! 霧島一生の不覚!」

 と叫んでいた眼鏡っ子が居た事をここに記しておく。 
 

 
後書き
 ここでこの作品の今後に関わる大事なお知らせです。
 鍋にこびりついたご飯は、お湯に浸して暫く放置しておくと取れやすくなります。 
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