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八神家の養父切嗣

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十四話:落ちた少女

 ベッドの上で一人の少女がボンヤリとした表情で窓の外を見つめていた。
 外では鳥達が楽しそうに飛び回っており、まるで今日という日を祝っているようだった。
 しかし、少女の心はそんな鳥達とは正反対にどこまでも沈みこんでいた。
 優しい心を持つ少女であるが今日ばかりは鳥達が飛び回るのがやけに気に障った。
 自分の心もあの鳥達のように自由でいられたら、そう思わずにはいられなかった。

「二人が来たみたいだぞ。入れても構わないか?」
「……うん」

 扉の向こう側からは兄が自分を気遣いながら親友の訪れを知らせてくれる。
 少女はその優しさに少しだけ気持ちが楽になり返事を返す。
 すると、明らかにホッとしたような空気が流れてくる。
 おそらくは面会拒絶の可能性も考えていたのだろう。
 そんなことを考えていると少女の親友二人が遠慮気味に部屋に入って来る。
 少女はそんな様子におかしくなってクスリと笑う。

「なんや、心配して損したわ」
「うん。もっと落ち込んでいるかもって」
「二人の顔を見たら元気が出たんだ」

 三人はそこで一同に笑いを零す。
 するとどうだろうか、少女の胸に巣くっていたモヤモヤとした感情が消えていくではないか。
 そのことに驚きつつも少女は納得する。
 自分は多くの人に支えられていてその笑顔があれば何度でも立ち上がれるのだと。
 いつまでもこんな場所で立ち止まっていても仕方がないと少女は顔を上げる。

「いつまでも落ち込んでいたらダメだよね。ねえ、二人とも。私、決めたよ。絶対に―――」

 少女の強い視線に友人二人は黙ってその宣言を聞き届けようと見つめ返す。
 そして、不退転の覚悟が籠った言葉が可憐な口から紡ぎだされる。


「次の執務官試験で受かるから!」


 少女、フェイト・テスタロッサは不合格のショックを乗り越えて力強く宣言した。
 しかし、純粋な彼女はそれがフラグと呼ばれるものだとは知る由もない。
 同様に親友のなのはも彼女の覚悟を素直に受け入れるばかりである。
 はやての方は少しだけ微妙な表情をするが、言ってしまう方が本当にフラグになりそうなのでスルーする。

「フェイトちゃんなら大丈夫だよ!」
「その意気やで、フェイトちゃん」
「うん、私頑張るからね。なのは、はやて」

 がっしりと握手を交わして、応援してくれる友の優しさに目を潤ませるフェイト。
 その様子は外に居たクロノには分からなかったが精神リンクで繋がっているアルフが主と同様に落ち込んだ状態から復活したことで胸を撫で下ろす。
 なんだかんだ厳しいことを言ったりしながらも妹のことを大切に思っている兄なのだ。

「しっかし、フェイトちゃんが試験に落ちて引き籠った聞いたときはどないしよー思ったなぁ」
「ご、ごめん。心配かけたよね」

 はやてからのからかい半分、心配半分の言葉を聞いて申し訳なさそうに縮こまるフェイト。
 合格発表の場で自らが落ちたことを確認した後のフェイトは結果をクロノとリンディに伝えた後に部屋に籠りアルフを抱き枕にしてふて寝をしていたのだ。
 その落ち込みようがクロノからなのは、はやてに伝えられて今の状況に至るのだ。

「誰だって落ち込むときはあるから仕方ないよ、フェイトちゃん」
「ありがとう、なのは。でも、これから頑張るから」
「そう言えば、なのはちゃん。ヴィータからこの前、撃墜されそうになったって聞いたけど大丈夫なん?」

 見つめ合い、二人きりの世界に入っていきそうになるなのはとフェイトを引き戻すべく、別の話題を出すはやて。
 すると、面白いほどの勢いでフェイトが心配から釣れてしまう。
 一瞬で心配で仕方がないという顔になりペタペタとなのはの体に触りだす。

「大丈夫、なのは! 怪我とかしてない!?」
「フェ、フェイトちゃん。大丈夫だから、大丈夫だからやめて! くすぐったいよ!」
「ほほう、怪我か、それは大変やなぁ。フェイトちゃん、私も手伝うで」
「はやてちゃんも悪ノリしないでよぅ!」

 その後、たっぷりとなのはで遊んで後で開放するはやて。
 その顔は何故か異常な程に輝いていた。最近、主がセクハラまがいの行為を行ってくるとシグナムとシャマルが頭を抱えているという噂は真実だと悟り、なのはは少しばかりはやてから距離を取ることにした。
 そして、もう来ないことを確認した後で小さく喉を鳴らして説明に入る。

「確かにお仕事の帰りに未確認の敵に襲われてちょっと危なかったけどヴィータちゃんが守ってくれたから大丈夫だよ」

 なのはは、少し前に武装隊の演習で異世界に行ったのだが、そこで謎の機械に襲われたのだ。
 しかし、相手は未確認と言えどなのはの相手ではなかった為にあっさりと撃退した。
 途中で日頃の疲れからか軽く攻撃に当たるという危ないところもあった。
 だが、一週間に一回は強制的に休まされていたおかげか大事には至らずに救援に来たヴィータによって助けられた。

「まあ、その後に念のために行った病院で無茶のし過ぎって言われちゃったけどね」
「なのはの砲撃はただでさえ体への負担が大きいんだよ」
「あんま怪我せんといてよ。なのはちゃんが休む日が増えたら私も一緒に増やされるからなぁ」

 闇の書事件でのカートリッジシステムの無謀ともいえるインテリジェントデバイスへの搭載。
 さらに闇の書の闇に対して使用したエクセリオンモード。
 これらの負担が自身とレイジングハートの体に蓄積されていると改めて言われて流石のなのはも反省した。
 同時に自分もはやてと一緒に休んでおいてよかったと思った。
 シャマルの策は時間を掛けてではあるが功を結んだのだ。

「あはは、どうしてもって時以外はできるだけ抑えるように頑張ります」
「なのはちゃんの場合、そのどうしてもって時がやたら多いからなぁ」
「そ、それは否定できないの」
「でも、私もなのはがピンチになったら無茶してでも行くよ」
「フェイトちゃん……」

 再び二人きりの世界に入っていくなのはとフェイトに溜息をつきながらはやては何となしに外を見つめる。
 切嗣が姿を消してから二年が経過した。
 死んだのではという不安もあるが、同時に生きているという確信もあった。
 後を追うことはできないが、明らかに『魔導士殺しのエミヤ』が介入したと思われる紛争が各地にあるのだ。
 今はまだ追うことができないがいずれは追えるように今は力と地位を上げていかなければならない。
 そう改めて確認をして二人に視線を戻すのであった。

「で、結局、何点足りんかったん?」
「うぅ……」
「はやてちゃん!」

 最近、自然と相手をいじるようになってしまったと噂のはやてであった。





「お帰り、クアットロ。ガジェットの試作機はどうだったい?」
「それが全部木っ端みじんにされちゃいました。流石に空のエース級は落とせませんねぇ」
「なに、この程度でやられては寧ろ興醒めだよ。壁は高い方がいいからね」

 試作機の性能を確かめる為にガジェットを伴い異世界へ赴いていたクアットロ。
 スカリエッティはその帰還を心の底から喜びながらなのは達に仕向けた成果を問う。
 成果事態はあがらなかったが逆にそのことが彼の意欲を高める。
 生粋の技術者とは不可能と思われる壁に挑戦する時こそが最も燃える時なのだ。

「しかし、これから忙しくなりそうですね。人造魔導士の素体もいいのが手に入りましたし」
「そうだね。レリックについてもそろそろ頃合いでもあるしね。おまけにスポンサー様からの特別な依頼もあるからね」
「特別な依頼ですか?」
「何、いずれ分かるさ。それまでのお楽しみというやつだよ」

 スカリエッティは不敵な笑みを浮かべてそう口にするのだった。
 それにクアットロは興味が引かれるものの、彼の言う通りに楽しみは取っておくべきだと判断し尋ねるを止める。

「しかし、魔導士クイントは良い素体だ。また彼女を素体として創るのも悪くない」
「そうなると九番目ですかね」
「そうだね。くくく、楽しくなってきたよ」

 今度はどんな素晴らしい作品を作り上げようかと忙し気に作業をしながらも、楽しげに試案するスカリエッティ。
 そんな様子を見ているとき、クアットロは机に見慣れぬ資料があることに気づく。
 何となしに手に持って見てみるとそれは脳の移植に関する資料であった。
 こんなものなどスカリエッティならば今更見返す必要などないと不思議に思うが先程の彼の言葉を思い返して気づく。

「なるほど、そーいうことですかー」

 一人で小さく呟き、頷く。しかし、まだ分からないことはある。
 あのスカリエッティが楽しみにしておいてくれと言ったのだ。
 自分が思う以上のことが隠されているのかもしれない。
 そう考えると自然と頬がつり上がってくる。
 彼女はスカリエッティの因子として、彼の冷酷さや遊び心を強く継いでいる故に。





 衛宮切嗣は苦悩していた。
 ここ五年程はもはや苦悩することが日課となっているが今回は悩みの質が違った。
 いつもであれば世界の悲惨さや、自身の愚かさについてだが、今回は少しばかり明るい。
 いや、明るいというわけではないのだが決して陰鬱な気分ではない。
 純粋に困っているのだ。目の前の少女とどう接すればいいのかを。

「あー……おなかは空いてないかい?」
「…………」

 無言で首を横に振る薄紫色の髪の少女、ルーテシア。
 そんな少女に切嗣は犬のおまわりさん程ではないが困り果てていた。
 助けを求めようにもリインフォースは来ていないために誰にも頼れない。
 何故こんなことになったのかと頭を抱えたいところだが子ども前でそんな無様は晒せない。
 少しばかり残った大人の意地で目の前の少女となんとかコミュニケーションを図ろうとしていた。

「ああ……そうか。二歳の子どもならそんなに話せないか。そうなると遊びが良いな」

 ちょこんと座りこちらをジッと見つめてくる二歳のルーテシアの様子に内心で焦りながらも冷静に考える切嗣。
 そもそも、どうして切嗣が子どもの世話をしているのかというとだ。
 スカリエッティのラボを訪れたところで彼女が一人で居たからである。
 ウーノに聞いてみれば彼女の母親が人造魔導士の素体として送られてきており、彼女もまた素質があるためについでとばかりに送られてきたらしい。
 
 ただ、スカリエッティは別の案件に取り組んでいる最中なので今は何もされていない。
 その為に殺伐としたラボに小さな少女が一人居るという事態に陥ってしまったのだ。
 それを聞いた切嗣は自分には何もできないと分かっていながらも、罪悪感から世話を買って出てしまったのだ。

「何か、遊ぶ物があれば……」

 あたりを見まわして見るもののこんなところにあるはずもない。
 なおも真っすぐな視線で見つめてくるルーテシアに内心冷や汗をかいたところである物が目に留まる。
 それは世界の情勢を知るために買っていた新聞であった。
 これしかないと感じた切嗣は新聞を一枚ほど取り、彼女の目の前に持っていく。

「ルーテシアちゃん、ちょっと見ててごらん」

 返事はないがしっかりと目を向ける彼女に幼い頃のはやてを思い出して鬱になりかけるがそこは気持ちを切り替えて笑顔を作り続ける。
 そして、新聞の端を持ちちょうどいい速さで千切っていく。

「ビリビリビリビリー。ほーら、新聞がたくさん千切れたよ」
「……しんぶん……ちぎる」
「やってみるかい? はい、こうして持ってね。後は好きなように千切るだけだよ」
「すきなように…?」
「ルーテシアちゃんが楽しくなるようにすればいいんだよ」

 コクリと小さく頷き、見よう見まねで新聞を千切り始めるルーテシア。
 すると、新しい感触と独特の音が気に入ったのか目を輝かせて黙々と千切り始める。
 その様子にホッと胸を撫で下ろす切嗣。
 はやての養父になるにあたって色々と育児の本を読んだ経験が生かされた。
 少しというか、かなり昔のことを思い出して心が折れそうになるがそこは我慢である。

「…もっと」
「うん、いいよ。新聞はまだいっぱいあるからね。でもその前に千切ったものでまた遊んでみようか」
「どうするの?」
「こうやってね、千切った紙を集めてね。それをグシャグシャって潰すと……はい、ボールになったよ」

 新聞で作られたボールを見せるとルーテシアもすぐに真似をして丸め始める。
 そこまで見届けると切嗣はおもむろにゴミ箱を取って持ってくる。

「これがゴールだよ。それでこのゴールにポンって」
「……はいった」

 近場からフワリと新聞紙ボールを投げ入れる切嗣。
 その様子に無感情ながらもどこかワクワクとした表情を見せるルーテシア。
 切嗣がそっと促してあげるとルーテシアもボールを投げ入れる。
 スポッと小気味のいい音を立てて入ると少し嬉しそうな表情を見せる。

「これはね、いっぱい千切って、丸めて、ゴミ箱にポイするまでの遊びなんだ」
「わかった…」
「他にもこうして小さく千切って上に投げると、雪みたいになるよ」
「フワフワしてる……」

 説明が終わるとすぐに新聞を千切る作業に入るルーテシア。
 その姿にこれで何とか退屈しのぎの遊びは教えられたかなと安堵の息を吐く切嗣。
 何となく疲れたような、気が楽になったような気持ちになりながらその後も彼女のおもりを続けていくだった。
 彼女が後にスカリエッティによって処置されることに罪悪感を覚えながら。






おまけ~イノセントに切嗣が居たら~

 シグナムとアインス。この二人は家で一番家に帰るのが遅い。
 シグナムは剣道場での練習や防犯講習の手伝いで遅くなる。
 アインスは夜間学校に通っているために必然的に遅くなる。
 そして、そんな二人を心配して遅い時間であればザフィーラが迎えに行くのがほとんどである。
 しかし、二人が同時刻に帰るとなればそうもいかない。
 しゃべって、戦えて、賢い、八神家の守護犬ザフィーラであるが流石に分身はできない。
 そのため、そういったときは片方には切嗣が向かう。
 だが、どちらがどちらを迎えに行ったかで状況は大きく変わるのだ。

「む、ちょうど同時に着いたのか、アインス、ザフィーラ」
「そっちには切嗣が行ったのか、シグナム……」

 八神堂の前でばったりと出くわし、珍しいこともあるものだと声を出すシグナム。
 一方のアインスはどこか羨まし気に切嗣の隣に立つシグナムを見つめる。
 その様子に気づいたシグナムが悪戯気に笑い切嗣の正面に立ち、口づけをするように背伸びをする。

「シ、シグナム!?」
「お父上、髪にゴミがついていますよ」
「ん? ああ、取ってくれてありがとう」

 まさかそのままキスをするのかと声を上げるアインス。
 しかし、シグナムは不思議そうにする切嗣にゴミを取る素振りをするだけである。
 そして、振り向きざまに軽くウィンクをされてアインスは自身がからかわれたことを悟る。

「シ、シグナムは意地悪だ」
「おや? 一体先程の行動の何が悪かったのだ。私とお父上が近づいたことが悪かったのか?」
「う、うぅ……」

 怒って文句をいうものの理由など言えるはずもなく顔を赤くすることしかできない。
 一方の切嗣の方はシグナムに近づかれたことにも特に何も思っていないのか首を傾げるばかりである。
 ザフィーラは察しているが空気を読み黙っている。

「どうしたのみんな。店の前で大きな声なんか出して?」
「ふふ、シャマル。実はな、アインスが―――」
「あー! シグナムは何も言わなくていい!」

 声を聞きつけて顔を出したシャマルにシグナムが楽し気に伝えようとする。
 しかし、その口はアインスの手によって塞がれてしまう。
 だが、目は笑っており、彼女をからかってを楽しんでいるのが手に取るように分かる。

「ははは、やっぱり家は賑やかだね、ザフィーラ」
「……そのようですね。お父上、つかぬ事をお聞きしたいのですが?」
「なんだい?」
「お父上はご結婚なさる気はないのですか?」

 ピタッともみ合っていた女性陣の動きが止まる。
 明らかに興味津々といった様子で耳を澄ませるが切嗣は気づかない。
 因みにシグナムは内心でザフィーラにナイスアシストだと送っていた。
 そして、奮発して高級ドッグフードを買ってやろうと思う。
 もっとも、彼からすれば主はやての作る物以上の物は存在しないのでいい迷惑であるが。

「そうだね……僕はみんなが居てくれればそれでいいからね」
「…………」
「みんなが幸せに過ごしてくれるなら他には何もいらないから今は考えてないかな」
「そうですか、お時間を取って申し訳ありませんでした」

 切嗣の本当に満足しきった笑顔を見て、何とも言えない温かい気持ちになる一同。
 そして、家族で過ごせるこの時がいつまでも続けばいいとザフィーラは願う。
 その願いはこの世界が続く限りきっと叶うだろう。

「あ、お父さん。ここにお父さんしだいでもっと幸せになれる子が―――」
「シャマルー!」

 こちらもアインスをからかうシャマル。そこにシグナムが入り、ザフィーラが仲裁に入る。
 そんな家族の様子を見ながら切嗣はどこまでも幸せそうな笑みを見せるのだった。

~おしまい~
 
 

 
後書き
なのは撃墜回避。少しは休んでたからね。
でも、フェイトは試験に落ちる。仕方ないね、難関だから。
ルーテシアは本編開始前の八年前だから、二歳。書いている最中に気づいて何か書いてしまった。
この歳の家遊びで積み木とかお絵かきがあった中で何故かこれを選んでしまった。
因みに初期案はモロトフカクテルで火炎瓶を作るつもりだった(黒)

次回のおまけは何を書こうか。 
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