| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

bringer

作者:金木犀
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 次ページ > 目次
 

とある村にて
  第3話

「私はとても恐くなりました」

そう語る彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。恐らく当時の事を話すうちに恐くなってしまったのであろう。

無理に語らなくてもーーーー

彼の言葉にそれでも彼女は小さく首を横に降り話し続けた。


彼女は言い知れぬ恐怖を感じ、思わず家を飛び出したのだそうだ。何故なら彼女の母は今まで自分に対して、一度として不安にさせるような冗談など言ったことは無かったからだった。

彼女はそのまま村の広場に飛び出すと、昔からこの村に住んでいる人達に片っ端からアルバスの事を尋ねた。しかしその結果は。

「誰もアルバスおじさんの事を覚えていなかったんです。」

「それだけではありません」

「この村に、アルバスおじさんが“いた”という痕跡さえ無くなっていたんです」

彼女が訪れたのは、やはり宿屋だった。きっとアルバスおじさんは宿屋にいるはずだ。そう思い宿屋に辿り着いた彼女は、そこで“あるもの”を見てしまった。


「それは、壁に飾られた家族写真だったんです」

そしてその写真には

「アルバスおじさんの姿だけが写っていなかったんです」

それを見て、彼女はアルバスが“消えた”事を悟ったらしい。

「でも、私は以前見ていたんですよ」

「ポーションを届けに行ったときに、おじさんと、おばさんと、小さな子供の……家族全員が写った“同じ写真を”!」

話すうちに、感情が高ぶってしまったのか、つい大声を上げてしまった彼女は徐々に落ち着きを取り戻し、「……すみません」と小さくうつむいた。




「でも、本当の神隠しは……ここからでした」

アルバスが姿を消して暫くした後、再びひとりの村人が姿を消した。今度は村で青果店を営む若者だった。両親想いの好青年で、村の若い娘達からの人気も高かったらしい。その青年が、突然に行方が解らなくなった。

次はその青年の母親が姿を消した。やはり村人達は彼らの事を一切覚えていなかった。

そして次はその父親が。その次は隣の家に住む少女が。
村人達が次々と姿を消していった。


「もう、私にはわかりませんでした。」

「どうして村の人達が消えてしまうのか、どうして私だけがそれを覚えているのかも」



彼女は小屋の窓へと視線を向けた。話し続けて多少疲れが出たのだろうか、一旦口を閉ざす。

先程まで多少なりとも見えていた空は、今ではすっかり夜の暗闇に閉ざされ、月がわずかに顔を覗かせている。秋から冬へと変わり始めた季節が運んできた風が、小屋の窓ガラスをカタカタと揺らす。

彼もその様子を見ながら、ふと彼女に聞かされた話を思い出していた。

…………これは神隠しなのだろうか?姿だけが消えるのでは無く、人々の記憶すらも消え、その人物がいた痕跡すらも消え去ってしまう。


まるでこれはーーーあのときとーー



グウゥゥ~~~~

そのとき、なんとも気の抜けた音が静まり返っていた空間に響く。

「あっ……あははは…………」

横を向けば、ニケが物凄く、ものすごーく申し訳なさそうにお腹を両手でさすっていた。

お前というやつは…………お陰で考えも吹き飛んでしまう。

…………気不味い。物凄く。

奇妙な沈黙の中で彼女はクスリと笑いをもらす。

「もうけっこうな時間ですし、よろしければ何か召し上がりませんか?」

「簡単ですけれど、シチューくらいならご用意出来ますから」

そう言って彼女は立ちあがり、隣の部屋へと歩いていく。


「わぁい!ごはん!ごはん!」

ニケは無邪気にはしゃぐ。その緊張感の無い姿に思わずタメ息が漏れた。少しは遠慮というものを知って欲しいものだ。

その姿を見られたのか、ニケは「ムッ」とした顔をして彼へと詰め寄る。

「ご主人さま?タメ息つくと幸せが逃げちゃいますよ?」

「いつも笑顔でいませんと!」とにこりと笑う。

ため息はお前のせいだ、とニケの額にデコピンを食らわせる。パチンと小さな音がなる。

ぷぎゅ!?と額を押さえてうずくまるニケを放置して、改めて彼女に礼を述べる。後ろから「ぼうりょくはんたい~~」とかいう声が聞こえる気がするが、気のせいだろう。

そんなニケを見てか、彼女の顔にクスクスと笑みが浮かんでいる。どうやら先程の暗い雰囲気は多少は収まったようだ。


しかし、今さらではあるが良いのだろうか?自分達は今日会ったばかりの他人である。小さな女の子をつれた男とこのような時間まで人通りの無い小屋で二人きり。更には食事まで頂くというのは如何なものだろうか?例え彼女はよくとも彼女の母親は…………

そこまで考えてみれば彼はハッと気が付いた。

初めて彼女に会ったとき、彼女は言っていた。


「もう、ここには誰もいない」と。

つまり、それはーーーー


その時、鼻に届いた食欲をさそう香りに考えを中断し顔を上げる。ちょうど戻ってきた彼女がテーブルにシチューが入った皿を並べるところだった。

「作り置きですけど」


「わ~~い!ごはん!あったかいごはん!」

漂う美味しそうな香りにニケがはしゃぐ。

…………とりあえずは食事をいただく事にしよう。

 
< 前ページ 次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧