拳と弓
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4部分:第四章
第四章
翌日。学校では例の二人のことで話題がもちきりだった。
「今度は決闘沙汰かよ」
「全くあの二人も」
生徒も教師もそのことばかり話す。流石に今度ばかりは呆れていた。
「といってもなあ」
「よりによって道場でやるとなるとな」
これが普通の喧嘩なら停学等の処分にすることも可能なのだが悪いことに道場でやるというのだ。だから会長も困った顔をしていたのだ。生徒達も教師達もどうなるのか不安で仕方なかった。不安でないのは当人達だけだった。
「今日こそはだ」
直樹は自分のクラスで型の練習をして意気込んでいた。
「やってやるぞ、あの女と決着を」
皆それを見て怪訝な顔をするがやはり彼は血気盛んな顔をしている。それは麗も同じだった。彼女は瞑目して神経を集中させていた。
「勝ちます」
静かに言う。
「必ず」
下手をすればどちらかが死にかねない雰囲気であり周りは戦々恐々だった。それは大次郎と悠里が特にそうだった。
「じゃあ見合う直前に」
「それで行きましょう」
二人は真剣な顔で生徒会室で打ち合わせしていた。やはりそこには会長もいた。
「もうすぐですね」
会長は二人に対して声をかけてきた。彼は会長室で強張った顔を二人に見せていた。
「彼等の試合は」
「はい」
「そうです、いよいよです」
二人はほぼ同時に会長に声をかけてきた。
「絶対に止めますから」
「私達が」
「私達がですか」
「そうです」
今度は二人同時に声を重ねてきた。完全に声が合わさっていた。
「絶対にやりますんで」
「だから」
言葉は半ば啖呵になっていた。それだけの決意があるということであろうか。
「わかりました。では」
会長もそれを受けた。今度は彼が二人に言う。
「戻って下さい、教室に。私もすぐ戻りますから」
「ええ」
二人は部屋を後にする。その後で何故か会長は去らなかった。入れ替わりにまた二人来ただけだった。
そうして放課後。遂に決闘がはじまろうとしていた。
「遂にか」
「全く。大変なことになったな」
皆道場に集まっておろおろとしている。その中で大次郎と悠里は不安げな顔で辺りを見回していた。時折それぞれの部員達に声をかけたりしている。
「いいか、あいつ等が来たら」
「わかってるわよね」
「止めるんですか?」
部員達は二人にそう問う。
「やっぱり」
「下手をすればどっちか死ぬよ」
大次郎は真剣な顔で部員達に言う。
「だからだよ。何としても止めないと」
「私達が一番最初に出るから」
悠里も言う。見れば二人はもうそれぞれの道着に着替えて準備を整えていた。そうして何とか最悪の事態を止めようとしていたのであった。
「いいね」
「いいわね」
「はい」
それぞれの部員達は二人の言葉に頷く。彼等は男子空手部や女子弓道部にも声をかけていた。とにかく何があっても止める気であったのだ。
そうして遂に二人が来た。もう着替えて麗に至っては弓まで持ってきている。完全にやる気なのはもう姿だけでわかるような有様であった。
「逃げなかったんだな」
「それはこちらの台詞ですわ」
麗は毅然として直樹に答える。直樹もまたそんな彼女を睨み据えていた。一触即発の事態になろうとしていた。
「決着をつけていやる」
直樹は麗に対して言う。
「覚悟しろ」
「ええ、宜しいですわ」
麗も負けじと言い返す。
「死に水は私が」
二人はまた前に出て睨み合う。皆おろおろして声もない。しかしそこに大次郎と悠里がやって来たのだった。
「待ってくれないかな」
「ここは抑えて」
「今更何を言ってるんだ」
直樹はきっと二人を見据えて言い返してきた。
「ここまで来て止められるものか」
「そうですわ」
麗も言うのだった。
「この方に引導を渡す為にも」
「やってやる」
「じゃあせめてそれぞれの持ち技でやりなさいよ」
悠里がここで二人に対して言った。
「何っ!?」
「何ですって!?」
「そうでしょ。幾ら何でも空手と弓道の対決なんて無理があり過ぎよ」
「そうだよ」
大次郎も悠里のその言葉に頷く。頷きながら彼は直樹の前に来ていた。悠里は悠里で麗の前にいてその弓を取ろうとしていた。
「それならそれぞれ拳と弓で勝負するべきじゃないかな」
「拳と」
「弓で」
二人はそれぞれその言葉を口にする。
「そうあるべきだと思うよ。どうかな」
「そうそう」
悠里もまた大次郎の言葉に対して頷く。何か二人の動きが合ってきていた。
「大野君の言う通りよ。だからここはそうしなさいよ」
「そうじゃないと卑怯だよ」
「卑怯」
仮にも武道をやっている。二人はこの言葉に眉を微かに動かしてきた。
「そうよ。勝負するのなら」
「それぞれの同じジャンルでね」
「同じジャンルか」
「そういえばそうですわね」
ここで意外なことが起こった。何と二人が納得しだしたのである。
「いいかな、それで」
大次郎がここぞとばかりに二人にまた問う。
「とりあえず物騒なことは止めて」
「ここは大人しくね」
「そうだな」
最初に納得したのは直樹であった。
「その方が真っ当な勝負だしな」
「ええ、確かに」
次に納得したのは麗であった。納得した証拠に頷いてもいる。
「それでは今は止めますわ」
「俺もだ」
直樹も下がることにした。
「悪いな、迷惑をかけてしまった」
「私も。何と言えばいいのか」
「わかればいいのよ」
悠里が謝った二人に対して言う。
「わかったらさあ。これ以上この道場にいてもあれだし」
麗に対しての言葉だった。
「弓道部の方に戻って」
「わかりましたわ」
「じゃあそういうことでね」
すかさず大次郎が麗につく。そうして麗は部室に戻ることになった。
「あんたもね」
悠里は次は直樹に声をかける。
「大人しくしてね」
「男に二言はない」
曲がりなりにも硬派を自認する男だ。己の言葉を曲げるようなことはしなかった。腕を組み堂々として言うのであった。
「だからだ。今は動かない」
「そう。それならいいわ」
悠里もそれを聞いて納得する。こうして騒ぎはすんでのところで二人によって回避されたのであった。
そう、二人でだ。皆二人に注目していた。
「おい、よくやったよな」
「見事だったぜ」
「あっ」
ここで二人は道場にいる皆の声に気付いた。気付けば道場の中央で皆に囲まれていたのである。
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