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拳と弓

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1部分:第一章


第一章

                   拳と弓
 この学園では部活が盛んである。
 運動部も文化部もそれぞれ実績のある部が多い。その中でもとりわけ空手部と女子弓道部は有名で全国大会で何度もいい成績を残してきている。
 しかしこの二つの部は仲が悪かった。その理由は誰にもわからない。
 だがとにかく仲が悪いのだ。それを学園で知らない人間はいない。
 とりわけ部長同士は酷かった。顔を見合せばしょっちゅう喧嘩をする。
「拳使って人殴るなんて野蛮よ」
 女子弓道部部長小松麗の言葉である。彼女は袴の似合う奇麗な少女だった。黒い清楚なロングヘアと切れ長の目、細長い顔に小さな唇、すらりとしたスタイルで長身である。生徒会では書記も務めており教師からも後輩からも評判の女の子だった。
 その彼女の大して空手部部長小山田直樹は武骨な顔立ちの大男だった。全体的に筋肉質で眼光も鋭い。如何にもといった感じの昔ながらの硬派である。髪の毛は硬くゴワゴワとしていて顔も四角い。だが意外にも後輩思いで知られており心優しくよい厚生部長として有名なのだ。彼もまた教師からも生徒からも評判がいい。
「弓なんかでいざという時勝てるか」
 直樹の言葉である。とにかく麗と直樹は犬猿の仲である。それは最早誰が何をしても無駄という領域にまで達していた。しかしそれを何とかしたいという二人がいた。
「とにかくあれだよね」
「ええ」
 男子弓道部部長大野大次郎と女子空手部牧本悠里である。大次郎は普通の背丈に細身で穏やかな外見の男で悠里は髪をショートヘアにした小柄な女の子だ。二人の仲は特に悪くはなく。互いの部員達に頼られている。何故か女子空手部と男子弓道部の仲は昔から悪くはないのだ。これもまた伝統であった。
 その二人が今校庭で二人話し合っていた。ぽかぽかとした陽気の中で彼等にとっては深刻な悩みを話し合っていたのだった。
「あの二人に何とかしてもらわないと」
「その何とかができないのよねえ」
 悠里は困った顔で言う。大次郎の横で短いスカートのまま体育座りをしている。見えてもいいようにかその短いスカートからスパッツが見える。これが実に健康的な印象を見る者に与えていた。
「ほら、二人共あれで頑固だし」
「そうそう」
 大次郎もまた困った顔で頷く。
「本当に頑固だよね、彼等」
「そうなのよね。喧嘩したら引かないし」
「しかもあれだよ」
 大次郎は上を見上げて溜息をついてきた。
「お互い自分が正しいと思っているから。余計にね」
「どうしようもないのよね」
「けれどさ、何とかしないといけないよ」
 大次郎はここで言う。
「さもないとこれ以上あの二人の関係が悪くなるとお互いの部にとってもよくないしさ」
「わかってるわよ。けれどどうすればいいと思うの?」
「そうだなあ」
 大次郎は腕を組み首を捻って考えだした。やはり困った顔のままで。
「何か一緒にしてもらうとか」
「何かって?」
「うん、例えばだよ」
 彼はここで言う。
「空手部と弓道部で一緒に何かするとか」
「一緒にねえ」
「これだとどうかな」
 そう提案してきた。提案といってもまだ具体的なものは何もない。
「とりあえずお互いをよく知ればさ、考えも変わるだろうし」
「よく言われるわね、それは」
「そうだろう?だからさ」
 彼はとりあえずそれでやってみようと思った。悠里に対してもそれで言う。
「何か考えてみない?」
「そうねえ」
 悠里もここで腕を組んだ。体育座りの足が開く。しかしスパッツなので見ても何も嬉しくない。黒いスパッツに包まれている脚は意外と奇麗なものだったが。
「そういえばさ」
「うん」
「生徒会がこの校庭の大掃除を考えてるらしいのよ」
「大掃除を!?」
 それを聞いた大次郎はふと閃くものがあった。
「そう、大掃除。何処かの部活に頼みたいらしいけれど」
「ああ、それいいね」
 大次郎はそれを聞いて顔を明るくさせる。彼もそれがいい話だとおもったようである。
「それじゃあさ、それ受けようよ」
「空手部と弓道部でね」
「そう、男女合同で」
 二人はその路線で話をしていく。話をする二人の顔がどんどん明るくなっていく。
「そうしたら男子空手部も女子弓道部もさ。お互いのことがわかって」
「喧嘩しなくなるわね」
「むしろこれで仲良くなるかも」
「うわ、そうなったら最高ね」
「うん。じゃあ決まりだね」
 大次郎はその日本風に整った顔を綻ばせて述べる。
「それじゃあそういうことで」
「え、受けましょう」
 こうして二人は生徒会の募集を受けた。会長はそれを聞いてまずは驚きの顔を生徒会室で二人に向けた。
「本当にいいんですよね」
「はい」
 二人は笑顔で会長に頷く。
「それで御願いします」
「是非」
「それならいいですが」
 会長は二人の笑顔を受けて一応は受けた。だがどうにも困惑した顔は隠せなかった。その表情がありありと彼等にも見える。それでも言うのだった。
「任せて下さい」
「きっと」
「大丈夫ですよね。特にあの御二人」
 直樹と麗のことであるのは言うまでもない。会長もこの二人の仲の悪さには頭を痛めているのが実情なのである。そうしたところに合同で大掃除を受けるというから戸惑っているのだ。
「大丈夫です」
「ですから」
「はあ」
 二人は会長に対して押し切った。こうして合同の大掃除が行われることになった。最初にそれを部員達に話をすると予想通りの反応が返ってきた。
「嫌よ」
「何であんな偉そうな奴等と」
 それぞれ女子弓道部と男子空手部のうちの一人の言葉である。
「大体何時の間に決めたんですか?」
「そうだよ、何でまた」
 彼等はとかく不満に満ちていた。これは大次郎も悠里も予想していた。当然ながら例の二人のことも予想をつけていた。彼等はそれぞれ二人に食ってかかっていた。
「おい、何でこうなるんだ」
「何時の間に決められたのですか?」
 大次郎と悠里がそれぞれの部員達を一緒に集めて説明した後で直樹と麗は二人のところに来たのだ。そうして眉を顰めさせて二人に対して言う。犬猿の仲なのに今回ばかりはどういうわけか息が合っていた。
「よりによって何でこんな女と」
「このような方とは御一緒できません」
 それぞれ言う。
「今からでもいい、俺達だけでやるように生徒会に言え」
「男子空手部だけは外して下さい」
「おい、それはどういう意味だ」
 直樹は今の麗の言葉に素早く反応して抗議してきた。
「そっちこそそんなことできるのかよ。掃除なんてよ」
「見くびってもらったら困りますわ」
 麗はきっと直樹を見据えて言い返す。
「女子弓道部は誰もが淑女です。掃除もまた」
「お嬢様が掃除なんてできるのかよ」
「真の淑女ならばできます。そちらこそ何時までも空元気ばかりというのは如何でしょうか」
「何っ!?」
「あらっ、やりますの?」
 大次郎と悠里の前でもいつもこうだ。二人はそんな彼等を見て内心溜息をつきながらもこう述べるのであった。
 
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