無理が通って道理も通す
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その2
「よし、できた!」
服を部屋着(Tシャツ、半パン)に着替えたあと、早速夕食を作りにかかった。
具材は、人参、玉ねぎ、ピーマン、もやしという野菜のみのヘルシー焼きそば。
食器棚から皿を取り出し、盛り付ける。
「うん、まぁまぁかな」
もぐもぐと頬張りながら、左手でテレビのリモコンを操作し、番組表を眺める。
今日は特に気になる番組や観たいものがなかった。
テーブルの隅に置いてある時計に目をやる。
18:26
時間もあるし、ウィッグの手入れをやろうかな。
そう思いながら夕食を食べ終えると皿を流しにおき、洗面所へ向かった。
ウィッグの手入れは中々面倒である。
特に夏場は汗をかくから毎日手入れしなければならない。
手入れの仕方はこうだ。
お湯で濡らしたあと、シャンプーでよく洗い、リンスをつける。
そしてよく洗ったあと、ドライヤーで濡れているところがないように乾かし、ブラシで髪をほぐす。
そしてヘアアイロンで髪型を整え、完成。
香水なんかで誤魔化すこともできるかも知れないが、念には念を入れるって感じだ。
ウィッグを付けていることがバレれば確実に怪しまれる。
そこから正体がバレるかもしれない。
そこからオトコであることがバレて刑務所にいくことがあれば、人生終わりだ。
それはちょっと大げさかもしれないけど。
そんなことを思いつつ、ドライヤーでウィッグを乾かしていく。
ブラシでウィッグの髪をほどきつつ、ふと物思いにふける。
なんでこんなことになったんだろ……
オレはごく普通の一般家庭の一人息子として生まれた。
顔立ちは少し女の子っぽくて幼稚園では、よく女の子に間違われたりした。
しかし、小学校に入ってからはそんなことは無くなっていき、中学に入ってからは、声変わりこそ無かったが身長はそれなりに伸びたり、身体的に変化はあった。
高校に入り、彼女もできた。
周りの何人かは高校のうちからヒゲが生えたり、よりオトコっぽくなっていった。
自分は生えなかったが、そのうち生えるだろうとたかをくくっていたが、まさか今になっても生えないとは一体どうなっているんだ。
そういえば前にテレビで男性でも生まれながらにして女性ホルモンを持っていると聞いたことがある。
ただ、バランスには個人差があり、女性ホルモンが多い人は身体つきも女性っぽくなるらしい。
その影響かもしれない。
まぁそれは置いといてとりあえず高校までは何不自由なく過ごしていった。
元々大学には行くつもりがなかった。
勉強はできればしたくなかったし、大学にいってやりたいことも無かった。
しかし、高校3年の時の担任が進路相談で「いま、就職活動をしても就職氷河期で中々就職できない」なんて言われたもんだから、とりあえず大学にいってやり過ごそうと考えた。
そしてそのまま、大学に入ったまでは良かった。
ここからだ、問題は。
あれだけ熱心に就職がどうとか言ってたのに実際はそうでもなく、むしろオレが大学に入ってからの方が氷河期はより厳しさを増していた。
案の定、就活をしても内定はもらえない毎日。
特に取り柄もなく、大学でも際立ってやりたいことも無かったオレには当然の結果だった。
そして大学4年の夏。
未だに内定が一つもない。
もう終わりだ……
そう思っていた時だった。
そんなオレを見かねた母さんが一言こういった。
「オトコで面接がダメなら女性として行けばいいじゃない」
「は?」
思わず反射的にそう聞いてしまった。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことである。
そんなオレに構わず、母さんは言葉を続ける。
「だからさ、女性として面接受ければなんとかなるんじゃない?とも君、女の子みたいな顔だし」
ここで名乗っておこう。
オレの名前は河野智明。
ちなみに名字は「かわの」と呼ぶ。
「こうの」では無いのでご注意願いたい。
さて話しを元に戻そう。
何を言ってるんだ?この母親は?
オトコがダメなら女性?
そんなことできるわけ………
と、ノーマルな思考回路ならそう判断していただろう。
だが、あいにく、この時のオレはノーマルではなかった。
就職への焦りから思考回路がショートしていた。
むしろ、「そっか!その手があったか!母さん、ナイスアイディア☆」とウインクしながら、そう思ってしまっていた。
今思えば、ここが人生の分岐点だったのだろう。
母さんの言葉を真に受けたオレは適当な(適当とかいって申し訳ないが、就職できればどこでもよかったので勘弁願いたい)会社に面接の電話をいれた。
もちろん、女声で会話をした。
元々声変わりがない影響で声は高いほうで、声色を変えれば女と勘違いされるほどだった。
そして面接の日程を設定したあと、自分に似合いそうなウィッグを購入し(この時、ウィッグを手にレジまでいったオレをその場の客とレジの店員さんが奇異な目で見ていたのは言うまでもない)女性用のスーツを買い、化粧道具を買い、より女性らしく見えるようムダ毛を処理し、面接に望んだ。
面接日当日。
家にある姿見の前で最終チェックを行う。
ウィッグはキチンと固定した。
化粧もバッチリ。
胸パッドもOK
うん、どこから見ても女の子だ。
むしろちょっと可愛い?
いや、ちょっとじゃないな。かなり。
「ウフッ」
鏡の前でニッコリ微笑んでみる。
うわっ、結構イケてる。
って、何やってんだ!?オレは!?
完全に頭が壊れてしまった……
自己嫌悪になる前にさっさと行こう……
結局朝っぱらから沈んだ気分のまま、面接へと向かうハメになってしまった。
そして電車に乗り、移動すること30分。
会社に到着。
何回も就職の面接はやったことがあるが、これには毎回緊張してしまう。
どうも慣れない。
いや、慣れてはいけないのだと思うが……
特に今回は性別を偽っている。
どこでバレるかわからない。
慎重にいかなければ。
受付にいき、手続きを済ませる。
数分後、係りの人に案内され、面接の部屋へ向かう。
部屋に入ると面接官がいた。
オレがオトコとして行った時と同じ人だ。
望み薄かもな……
そんなことを直感で感じつつ、イスへと腰掛ける。
面接官の人はオレの履歴書を見やるとフンフンと唸った。
「ちょうどうちの課に女性の働き手がほしかったんだよね。君、真面目そうだし、ちょうどいいね。よし、合格」
………はい?
合格って言ったか?このおじさん?
いくらなんでも早過ぎだろ……?
それに部屋に入ってから2分くらいしか入ってないだろ。
冗談か?新手の冗談か?
イマイチ信じられない面持ちのオレを見て、面接官のおじさんは言葉を付け加えた。
「冗談じゃないから安心して。正式な書類とかは君が大学を卒業する少し前に送るから。じゃね。よろしく」
そう言っておじさんは足早に部屋から出て行った。
そして一人取り残されるオレ。
えぇ~~~~………………
心の底から驚きの声しか出なかった。
そしてまさかの面接から早半年。
年が明けた頃、書類が届いた。
「上手くいきすぎだろ……」
思わずそんな独り言がでてしまった。
書類にはいつ入社式があるのかや、通勤の手続き、社会保険の加入などの紙が入っていた。
入社は大学の卒業から3週間後か。
なんか成り行きでこんなことになっちゃったけど、大丈夫なのか?
やめるなら今のうちだぞ?
今からまだ引き返せる。
思わず、心の中で自問自答する。
しかし、引き返してどうなる?
この機会を逃したら就職浪人になってしまう。
それどころか二度と内定がもらえず、一生就職できないまま人生を終えるのかもしれない。
それだけは嫌だ!
結局オレは茨の道を選んだ。
その先にどれほどの苦労が待っているのかも考えずに。
そして入社してから早二年。
すっかり女装にも慣れ、オレはOLとして働いている。
女装なんかに慣れたくはなかったが。
自身の境遇についての回想に耽りながら、ウィッグの手入れを終えた頃にちょうど風呂がたまった。
部屋着を洗面所に用意すると服を脱ぎ、風呂に入る。
洗面器で身体にお湯を何回かかけてから湯船へと浸かる。
「ふぅ…」
やっぱり風呂はいいな。
疲れがとれていく感じがする。
とくに今日は立ちっぱなしで疲れたからなぁ。
疲れが残らないように湯船でよくマッサージしとかないと。
湯船に浸かってから15分くらい経ってから身体を洗い始める。
しかし、始めから全身を洗わずにまずはムダ毛の処理にかかる。
女性なら1日くらい放置しても大丈夫かもしれないが、オトコはそうはいかない。
しかも、女性に比べ、肌が硬いからカミソリはなるべく切れ味が良いやつを選ばなければいけない。
これが少し面倒である。
安物であれば数回使っただけで切れ味が途端に悪くなり、使い物にならなくなる。
全身に泡を付けてからカミソリで剃っていく。
しかし、スベスベの肌に慣れてくるとムダ毛が本当に無駄に思えてくるな。
世の女性が永久脱毛したいと言うわけもわかる。
剃り終えると身体を洗い、髪の毛を洗い、全身の泡をシャワーで流したあと、再び湯船に浸かり、身体をあっためる。
そして5分ほど経ってから風呂から出る。
風呂に入っていたのはトータルで30分くらいだろうか?
多くの女性が長風呂する理由もこうしてみると分かる気がする。
やっぱり身体は綺麗にしておくのが大切だよね。
風呂から上がると頭をタオルでゴシゴシ拭きながらリビングへと戻ってくる。
今、何時だろ?
ふと時計を見やる。
19:17
ふむ。そんなに経っていないのか。
とくにやることもないし、どうしようかな。
とりあえず髪を乾かしながら考えるか。
ドライヤーで髪を乾かしながらこれからどうするか考える。
今から寝てもどうせ明け方前には目が覚めて会社にいく頃には睡魔に襲われて仕事どころではなくなるのがオチだ。
ウーン、困った。
こんな時、暇をつぶせる友人でもいればいいのだが、性別を偽って会社に入ってからは極力、人付き合いを避けている。
大学時代の友達にも就職のために引っ越したと嘘をついているので、遊びに誘うわけにもいかない。
電話でなら話せるが、色々と根掘り葉掘り聞かれて嘘がバレるのが目に見えている。
はぁ、どうしよう。
悩みながら部屋を見渡しているとふと目に留まるものがあった。
あ、そういえば少し前に借りたDVDがあった。
アニメなのだが、ネットなどで泣けるアニメだとかいわれているらしい。
元はゲームとして発売されたらしいのだが、あまりのシナリオの良さにアニメ化を希望する声が続出し、制作されたらしい。
レンタル屋には今、イチオシのアニメ!!とデカデカと書かれており、暇つぶしになればと思って借りたんだっけ。
この手のものは、オトコなら借りにくいかもしれないが女性となれば別だ。
店員さんにだって奇異な目で見られることもないし、何かと得だな~と思う。
ま、格好とか年齢の問題もあるんだろうけど。
オタクの人って何故かオタクって分かる服装着るし。
よし、せっかく借りたんだから見ようか。
時間もあるし。
そう思うと早速DVDプレイヤーの電源を入れて再生する。
さてさて、本当に泣けるのか。楽しみだ。
少しワクワクとしながら、アニメは始まっていった。
そして数時間後。
「うっ、うっ…」
まさかの号泣である。
涙がとめどなく溢れてくる。
なんて悲しい物語なんだ……
ティッシュで涙を拭きながらエンドロールを見る。
これでまだ話数の半分もいっていないのか。
一体どれだけ泣かせるつもりなんだ……
侮っていた。
まさかアニメにここまで感動するとは……
こんなに泣いたの物心ついてから初めてかも……
ちなみに話のストーリーはこうだ。
主人公には仲の良い友達4人がいた。
両親が病気で死んだ時、彼を支えてくれたのか彼らだった。
彼らとは小学校から高校までずっと一緒だった。
でもある日、事故が起きた。
その事故から生還できたのは主人公だけだった。
しかし、彼自身も意識不明の重体。
意識を取り戻してから皆がいなくなっていると分かれば今度は自ら命を断つかもしれない。
そうならないために、彼らは天に祈りを捧げた。
意識が戻るまでの間、自分たちも彼らの夢の中(虚構世界)で生きていられるように。と。
虚構世界では皆が楽しく生活している。
だが、残り時間は数えるほどしか残されていない。
その間に彼らは主人公の心を鍛えようとする。
たとえ、愛する人間がこの世からいなくなっても前を向いて生きていけるように。
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。
泣き疲れた。
ふと時計を見ると22:26と表示されている。
うん、いい時間だ。
あとは歯を磨いて寝よう。
今夜はグッスリ眠れそうだな……
こうして今日も一日が終わっていくのだった。
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