殺戮を欲する少年の悲痛を謳う。
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6話 知りたくなかった絶望感(ディスペア)
早くも。4つのマガジンに込められた弾丸がなくなり、僕とクロノスはナイフに依る白兵戦へと移行していた。
僕が出した刺突が回避され、彼のナイフが首の手前を滑空する。追撃に反対の手から逆水平のナイフが飛んできて、それも又屈んで回避。彼の両手が塞がった瞬間、彼の首にナイフを突き立てた。彼は体をひねるようにナイフをギリギリで回避する。僕はバランスを崩している彼の足を打ち上げ体を地面に叩きつけ、そのまま体重を込め、ナイフを地面に降ろす。クロノスは上半身を捻り、遅れ足で僕の側頭部をめがけ蹴りを飛ばす。僕は前方に飛び込み、蹴りを回避した。
クロノスは立ち上がる。
距離は5メートル。僕は右足を踏み込む。彼は同時に右足を踏み込む。
僕は反対の足を前に出し、つま先を11時の方向に向け腰を回し遅れて足を出す。すると、飛び込んできたクロノスの脇腹に当たり、鈍い音が響く。これはクリーンヒットだろう
僕の足はクロノスの腹と左手にガッチリ抑えられた。彼は左足を後ろに大きく出し体を回転させ僕を投げ飛ばす。僕はクロノスの後方に投げ出され、建物の壁に背中を打ち付けられた。
互いに動きを鈍らせる損傷を負いながら戦闘態勢に戻る。
僕はナイフをクロノスに投げつける。すると彼はダッキングで回避する。
「未だそんな余力が残ってんのかよ」
勢いづいた肉体を、クロノスは前進する。僕は背中をかばうように立ち上がり、胸ポケットから4つのナイフを出す。2つを空中にストックし、彼のナイフの攻撃を刃で凌ぐ。
「器用だな!」
クロノスは交感神経を活性化させ、痛みを和らげていたのだ。だから、肋骨が折れた程度では動じなかったのだ。
「動体視力は優れてるんだよ!」
僕は息を切らしながら反対側のナイフで斬りかかる。彼はバク転で後退し、その際の振り上げた足で僕の左手のナイフを弾いた。僕は痛みを堪え空中のナイフを手に取り、バク転から通常の構えに移行して隙だらけの彼に2つ、連続で投げつけた。
クロノスは左掌をこちらに向けて腕を盾にして急所を守る。その際腕にナイフが刺さった。
「浅いか!」
僕は台詞とともに息を吐く。こうすると痛みが和らぐと、本能が知っていたのだ。
僕は匹夫の如く駆ける。クロノスに一撃食らわすために。
クロノスは立ち上がり、ナイフを抜き、筋肉を突っ張らせ止血をした。食い込んでいないナイフだったからなせた技だ。
偶に、僕の耳に囁く声が聴こえる。
『殺せ』
僕の声で、僕の言葉で、僕の耳に問う。
僕の殺人衝動が始まったのは飼い主が原因だろう。昔、僕の飼い主は異常者だった。家に人を招いては人を拷問台に座らし、爪を剥がし、皮を剥がし、人格を剥がし、彼女は笑う。『人の歪む顔が好きだ』と。
激痛に耐え切れず、魂が無くなった肉体を僕は渡された。死体と接するのは僕にとって日常。僕が拷問されるのも僕にとっての日常。
殺人は好きだ。一度スイッチが入ると、肉体が疲れ果てるまで衝動は消えない。
リーナは、殺人スイッチの切り方を唯一知っている少女だ。
目覚めたら、アパート内のベッドの上だった。気づくのにほんの3秒ほど時間がかかった。
リーナはベッドの前の椅子に座りながら看病をしてくれていた。
「カリヒさん。おはようございます」
「リーナ。僕はどれくらい僕じゃなかった?」
「どれくらい?ですか…そうですね。私達が駆けつけていた時点では、カリヒさんはいませんでしたし」
「わかった」
僕は自分の体に巻かれた包帯を解いた。
「未だ駄目ですよ!」
「いや、傷の確認だ。その後付け直す」
「わかりました」
僕はクロノスに突っ込んだまでの記憶はあるが、それ以降、思い出せない。と言うか無い。
「左脇に軽い刺し傷。右肘に擦り傷。右の太腿から脛にかけて打撲傷。おっと。腹にも刺し傷が」
僕はこれだけ確認して包帯を巻こうとする。
「手伝いますよ」
「ありがとう。いつもバックアップしてくれて。君がいなかったら、僕はサイボーグ戦で死んでたし、今回だって…」
リーナにお礼をいうと、彼女は唇を指で塞いできた。
「これは言わない約束です。私の命だって、何度もカリヒさんに助けてもらっていますし、カリヒさんの事を心の拠り所にまでしています。お互い様なのに、自分だけ礼を言うなんて卑怯ですよ」
「わかった」
突進してくるカリヒ。クロノスは目の前に居る敵が誰かわからなくなった。
さっきカリヒが投げてきたナイフを手に持ち、猛進する少年を闘牛のように左側に回避し、右手のナイフをボディブローの用量で突き刺すが、カリヒは左手を上から叩きつけ、威力が激減した。刺さったには刺さった。通常の人間なら出血して目眩がするはずだ。しかしカリヒは先ほどクロノスがやったように筋肉で止血をした。
「バケモノかよ!」
カリヒはそのまま左ハイキックを繰り出し、クロノスの後頭部に直撃させる。クロノスは堪えながら倒れると同時に前宙し、踵落としを打ち込む。彼はそれを回避し、クロノスと距離を取る。
カリヒは足を曲げた側転をしてクロノスの左面に回りこみ今度は右ミドルキックを繰り出す。
クロノスは辛うじて回避した。
そしてクロノスは反撃のナイフを投げつけるが、彼は投げナイフは専門外もいいところ。カリヒにダメージを与えることなど出来なかった。
クロノスはその時、死を覚悟した。
これは恐怖という生易しい単語などではない。やることなすことが通用せず、自分の得意である戦闘ポジションをすべて潰されたのだ。これは絶望の言葉でも安易に表せないくらい複雑な劣等感だった。
カリヒの攻撃は基本的に格闘で、ナイフを使わなかった。
「カリヒ?」
クロノスは震えた声で問う。
「なんだい?」
カリヒは死体のような声量で返す。その声を聞いてクロノスは確信した。これは自分を甚振っているのだと。同時に相手はカリヒではないということも。
「カリヒじゃないな?」
思った事を問う。カリヒは首をふる。
「僕は僕だ。会ったばかりの君に何がわかる?」
カリヒの威嚇にも似たその声はクロノスの劣等感と恐怖心を煽った。
「確かに、さっきまでの僕と今君と戦っている僕は違うように見えるだろう。だって、さっきまでの僕は僕のことを知らないんだから!」
クロノスはカリヒから全力で逃げた。目の前に居るのは人間ではない。悪魔だ。彼は察知した。
「逃げるなよー。アメリカの精鋭さんが!」
クロノスが逃げたのには理由があった。ただプライドを汚したわけではない。味方、ルースフェルトとメリラのアラルとライフルでの援護射撃が来ることを知っていたからだ。
勿論カリヒは知らなかった。しかし、彼は鉛弾の飛ぶ位置を正確に把握し、避けながら駆けている。
「此処かぁ!?」
カリヒは弾道で援護射撃をしている人を見つけた。工場の2階だ。通常ハシゴしか上に行く方法がないのにもかかわらずカリヒは脚力で壁を斜めに駆け出し、降り注ぐ鉛の雨を躱し、とうとうたどり着いた。
「邪魔すんなよ!僕とクロノスの殺し合いをよぉ!」
カリヒの威圧に2人は怯んだ。そして彼は折りたたんだナイフをポケットから出し、開きながら接近し、ルースフェルトの臍に刺した。
「ルースフェルト!」
メリラは叫ぶ。しかし彼女には何も出来ない。カリヒはナイフを首辺りまで滑らせ、内蔵を吐き出させる。
「ねえ。君、名前はなんていうの?」
「来るな…」
メリラは弾が切れたアサルトライフルの銃口をカリヒに向け震えだす。
「こんにちは。アナザーカリヒさん」
リーナはハシゴを登って、カリヒ達が居る場所にやってきた。
「なんだ?リーナ?どうして此処に?」
「カリヒさんの奥歯に発信機が埋め込まれています」
彼女はカマをかけた。実際、発信機など存在しない。しかし、これをいうことでカリヒの反応を確認し、今の精神状態を把握し、1番いい策を練っているのだ。
「埋め込まれている?そんなはずはない。だって僕は主人格だ。もう1人の僕の体験や経験は僕に行き渡るはずだ!?」
リーナはカリヒの話を聞きながらメリラの頭を撫でる。そして耳元で、「もう大丈夫だよ」と呟いた。
「僕は人から尊敬されたかった。この考え方は、友達をなくす。だから僕は皆に慕われるように繕った。でも限界に達した。だから僕は人格を作った。人から信頼される人格を!」
侵蝕率90%。リーナに迫られた判断は…。
「そうですね。では問います、信頼されていないカリヒさん。今目の前にいる少女をこれからどうしますか?」
「この子次第だ。クロノスを殺しそびれて機嫌が悪い。そこの少女は死なないために無様に命乞いをするか、死んだ仲間の仇討ちに来るか?」
リーナは又メリラの耳元に囁く。
「落ち着いて答えて?今目の前に居る人に何を伝えたいのかしっかり考えて」
メリラは呼吸を整え、聞いた。
「どうして。私だけを生かした?」
カリヒはそれを聞いて高笑いをする。
「いや。どちらかを殺すつもりだったし。僕が出てきたってことは誰かが死なないと、維持も、消去も出来ないからね。下手にとどまると感情が入り乱れるからさ」
答えになっていない返答だ。
「どうしてアメリカ軍に歯向かう!?」
「もう二度と、僕みたいな思いをする人を出さないためだ!飼い主に殺されかけ、飼い主を殺し、そして飼い主のせいで快楽殺人者になった!そんな人間がうじゃうじゃと増えていいものか!そんなのゴメンだろ!」
彼の言葉は工場内を反響し、メリラの耳に入る頃にはカリヒは疲れ果てて倒れた。彼の“殺人”の人格は疲労が弱点。睡眠欲が働くとすぐに意識がなくなる。これは彼が主人格で無いことを現す最大の特徴だ。
「大丈夫だったでしょ?」
リーナは少女に向けてニッコリと笑う。
「あの?あなたはどうして?あなたみたいに優しい人がどうしてアメリカに敵対するんですか?」
「優しさだけじゃ世界は救えないでしょ?敵対はしているつもりは無いわよ。彼がいるから私はSRAにいる。それに、彼のもう1つの、さっきの人格を作った原因は私に在るの。だからせめてもの罪滅ぼしにって思って」
その後、メリラは安堵して意識を手放した。
これは僕が9歳の頃、リーナがSRA、第三部隊に入ってきたばかりの話だ。
僕が当時の隊長に言われ、リーナの訓練を担当していたのだ。
「そう。ガード」
まずは基本体術。僕はリーナの動きに合わせて、守りと攻めを繰り返すが、彼女の攻撃は一撃一撃の力が強く、守りの力加減を間違えると、彼女にカウンターの投技を食らわしてしまったことがあるくらいだ。
「ごめんなさい。私じゃ無理です」
彼女はいつも悲観的だった。
リーナのせいで、当時好きだった読書の時間を切り裂かれていたのだが、それも嫌ではなかった。彼女には僕を惹きつける何かが在った。
「わかった。リーナ?ところで君は本は好きかい?」
僕は唐突に聞いた。当時、彼女には体で覚えさせるというやり方は通用しない事を知っていたから、取り敢えずマニュアル化して説明しようと、少なからず僕は思っていたのだろう。
「文字を教えていただければ…」
その後、僕は訓練を後回しにして彼女に僕の知っている知識をすべて流し込む。
彼女はその後、余すことなく自分の力を使い熟せるようになり、大きな成長が見られた。
3年が経った。僕は12歳、リーナは11歳。丁度隊長の腕がSRAの上層部に認められ、第一部隊に繰り上げられたのだ。
「隊長を誰にするか決めるぞ!」
最年長であるカイさんが会議の場を仕切っていた。もう彼でいい、誰もが思っていた。
「前線に出るAB班の中から決めたい」
当時はトラック1台と四駆1台しかなかった為、2つの班しかなかったのだ。四駆であるA班が、僕とリーナとサジ、それから前に居た隊長。トラック部隊のB班が海彦さんとミレーナ。カイさんはバイクを使い、弾薬を補充していた。
当時四駆には戦車砲を取り付けて居た。隊長曰く、これが本当の駆逐戦車だと。
「俺はカリヒがいいと思うな」
これはカイさんの言動から始まり、僕は隊長に任命された。
その後、僕は隊長としてどのように振る舞えばいいのか、本を読んだ。
しかし、本ではわからなかった。その時、リーナは「特に何もしなくていいんじゃないですか?」と呟いてくれた。その言葉がすべてをいい方向へと変えてくれた。
僕はその時、今までやってきたことをすべて否定された気がした。主のためにご機嫌を取り、皆に好かれようと努力をした。しかしそれは無駄だったよと、彼女は伝えてくれた。
本当にそれだけのことで人格が2つに別れた。
何故これだけのことで別れたのか…それだけリーナの言葉に影響力が在ったのか、僕の心が軽量だったのか…難しい事を考えるのはやめよう。僕は変わった。これだけの事実で十分なのだから。だから時より、僕は僕に話しかけられる。
『そろそろ体を貸してくれよ!』
僕はそれを振り払う生活が始まった。
さっき僕は、すべてと言う言葉を使ってしまったがそれは間違いだ。悪いこともある。
以前使っていた四駆のサイドミラーに自分の顔が写った瞬間。もう1人の僕は話しかけてくる。
『いつ人を殺すんだ?殺すときは体を貸してくれ!』
と。
暗殺者とかは、虫を叩くかのように人の命をバッサリ切り捨てる事ができると、以前読んだ本でそのような表現が在った。それに僕も初めはそんな感覚だっただろう。しかし、自分よりも年が上で、自分よりも地位も名誉も備わった、僕に劣等感だけを掻き立てる存在を殺すことが何よりの快楽だった。
「おい。カリヒ!ちょっと一緒に酒を飲もうぜ!」
当時、僕は15。ミレーナは19歳の頃。彼女は酒が大好きだった。当時、娯楽が全くない頃。酒、煙草などのアイテムは近くに点在する、SRAの協力者がよく持ってきてくれるから、と言う理由も在ったのだろう。
彼女は煙草は臭くて嫌だと言って酒に溺れていた。
「飲んだこと無いからわからないけど、美味しいの?」
僕はそれを聞くと、ミレーナはケタケタと笑い出し、
「不味いに決まってんだろ」
と、言う。
「これが美味いと言って飲めるカイさんや海彦さんの気が知れねーよ!」
「じゃあなんで君は飲むの?」
僕は目を半開きにし、ミレーナを睨む。
「飲めばわかるさ。特に。苦労している私達からしてみればな」
珍しく真面目な顔を見た気がして、僕はすごく興味深いと思えた。
僕は彼女の部屋に行き、少量注いだビールを受け取る。
「ほれ。飲んでみ?」
これも本の引用だ。子供が子供でいられるのは先進国だけだと。最近では先進国だけになり、発展途上と言う言葉は歴史の言葉として伝えられているものだけになった。だからこそ、奴隷が必要なのかと思えることもある。
恐る恐る口をつけ、ビールを飲む。
確かに不味いこれを美味しいと言って飲める人達の気が知れない。
「なんだ?カリヒ。左目から涙が溢れてるぜ」
「え?」
僕はそれを確認する。
「本当だ?どうして?」
頭のなかにこみ上げてくるこの感情は何なんだろう?僕はそれを鮮明につかもうと意識し左手を伸ばす。
「カリヒ?」
僕の伸ばした左手の手首をミレーナががっちり握る。
「すまん。酔ったか?」
僕は首を振って答える。
「ねえ。ミレーナもういっぱいもらえるかな?」
「ベロンベロンになってもしらねーぞ」
「そうなったら介抱してくれ」
「ませるなよ」
この時に気がついた。もう1人の僕は“依存”で封じ込める事ができると。だから僕はその時から酒に依存し、煙草に依存した。すると、彼は出てこなくなった。例外は、人を殺した時に出てきて、人を殺せば消えるに変わっただけにすぎない。やたらと、変われ変われと言わなくなっただけだ。
「久し振りだね」
僕は洗面台の鏡を見てもう1人の僕に話しかけた。
『何だ?お呼び出しか?それとも消えろとでもいいたいのか?』
彼は乱暴に訴える。
『ふざけるなよ!主人格は僕だ!僕が拷問を受けて!僕が主を殺した。君は信頼を得るために創った僕の紛い物だ!消えるのは僕じゃない!お前だ!この偽物が!』
カリヒは歪んだ顔で僕を睨む。僕は恐らく彼に対して哀れみの顔を見せただろう。『拷問を受けていたのも、主を殺したのも僕だ』この言葉は嘘ではない。彼の口から出る言動はすべて嘘ではない。
勘違いだ
「ねえ。君は消えたくないのかい?」
『当たり前だろ!僕が消えたら君は欲望を制御できなくなる。君はリーナを殺す。それだけは避けたいんだよ!』
「ありがとう。それを聞けただけで嬉しいよ」
僕は彼に笑顔で応答する。
『なあ、君は何が目的なんだ?』
震えた声で問う彼に僕は知識を振り絞り答える。
「君はエアフレンドって言葉を知っているか?」
『違う!僕はエアフレンドじゃない!僕はこの体の持ち主だ!』
「勘違いもいいところだよ。矢渕カリヒ。僕は人格なんて2つも持っていない。君は僕が作り出した我儘だ。僕が体験したことを一緒に経験し、一緒に劣等感を味わった中だ。君は僕にとっての掃き溜めだ。二重人格なんて詭弁だよ」
僕の言葉を聞いたカリヒは怒号のように泣き出した。
『嘘だ!僕は!僕は!僕は矢渕カリヒだ!』
「ああ。君は矢渕カリヒだ。優越感に浸るために創ったエアフレンド。創造の友達だ」
『嘘だ!お前は僕の人格だ!』
「違うよ。僕は僕だ」
『黙れ!お前は僕だ!』
彼の我儘は収まらない。
「ごめんね。君と話せてよかったよ。僕は僕だ。君は君だ。これは忘れないでくれ」
『待て。おい!待ってくれ!』
僕は鏡から離れる。
僕はアパートに居る、リーナ、アーシャ、メリラをソファーの在るリビングに呼ぶ。
「これから、クロノスが此処に攻めて来た時の対策を練るよ」
「待て!私はどうして呼ばれた!」
メリラは反抗的な態度を取り、僕を睨む。
「君は情に乗りやすいタイプの人間だ。感情の起伏が激しいと言ってもいいかな?メリラ。君はどっちを裏切ってもおかしくない。今はできるだけ、クロノスに味方をする事を考えて動くよ」
それを聞いてメリラの眼力は強くなる。
「さて、クロノスが攻めてくる時間帯を考えると、深夜から未明にかけてだろう。もし攻めてくるなら、窓にいきなり銃や爆弾を撃ちこんでくるかな?そうなると味方であるメリラまで巻き込むよね?だから、メリラはクロノスの味方をして欲しい。するとどうだろう。クロノスの先手必勝攻撃はメリラと言う少女のために牽制攻撃に変わるではありませんか」
僕は手をたたき、説明文を面白くした。するとリーナは納得の行かない表情で僕を睨む。
「なんだ?リーナまで?」
「カリヒさん。メリラちゃんを巻き込むのは私が許しません。もし攻めて来たならばメリラちゃんの引き渡し交渉までしか許しません!」
リーナの言葉は、巻き込みたくないと言って情を惹きつけ、メリラを味方に引き入れる策だろう。しかし、彼女の場合そこまであざとい事が出来るとも思えない。しかし、最小限である人質交渉。それも悪く無いと思う。
今の状況だと、メリラは攻めて来たクロノスに向かって手助けをしたとしても、結果的に僕達の味方をしたことになり、一掃クロノスの生存率を下げる。かと言って、彼女がこちらの味方をしたのならば、クロノスの生存率は比べ物にならないくらいガタ落ちして、それと比例するかのようにメリラの死亡率も底上げするだろう。
「アーシャはどう思う?」
「そうですねえ?クロノスが窓から侵入してきたと仮定して、メリラちゃんを縛り上げた姿を窓から魅せつけて、クロノスが窓を割って助けに来たところに何かしらの罠を使う。と言うのはどうでしょう?」
「それよ!」
リーナは指をパチンと鳴らす。
「アーシャは馬鹿だけど、偶にいいこと言うわね!」
「リーナさん!褒めるかけなすかどっちかにして下さいよ!」
クロノスはルースフェルトの死と、メリラが捕縛された事を知り、シャルラッハートに工場の破壊を任せ、カリヒ達が居る場所を聞き込みに行った。
初めて顔に泥を塗られた。だから彼はカリヒに怒り以上の憎悪が溜まっていた。
「なあ。この男を見たことがあるか?」
クロノスの立ち直り用は異常に早く、近くの住宅地を歩きまわり、似顔絵を見せ、聞いて回っている。
「知らないねぇ」
それもそのはず。矢渕カリヒは此処には住んでいないのだから。
「そうか。ありがとう、世話をかけたな」
クロノスは駆ける。アメリカの大地を。仇であり、敵であり、好敵手であるカリヒを探り…
……続く
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