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dark of exorcist ~穢れた聖職者~

作者:マチェテ
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第32話「慈愛の天使」

アイリスの姿を見て、シャルルはふとこう思った。

天使、というものは実在するのかもしれないと。



死んだと思っていたアイリスが突然起き上がり、大鷲とクリスを静かに見据えている。
輝くほど綺麗で真っ白な髪をなびかせ、表情は感情を一切感じさせない無表情だった。
その姿は、先ほどまでとはまるで違う、凛々しさと神々しさを感じさせた。

血塗れだったはずの身体には、傷跡はおろか血の跡すら付いていない。致命傷を負ったのが嘘のようだった。


透き通った金色の瞳が、シャルルの方をゆっくりと向いた。

「シャルルさん………私に……任せて……」

そう言うと、アイリスはクリスと大鷲のもとに歩き出した。
それを止めようとしたが、身体が思った通りに動かず、そのまま見送る形になってしまった。

"魅入られた"とはこのことを言うのか。







「アイリス……君は一体……」




















アイリスは、いまだに呆然と自分を見ているクリスのすぐそばまで歩み寄った。
困惑と驚きが混じった複雑な表情を浮かべるクリスとは対照的に、アイリスは無表情だ。

「アイ、さん…? 生きてた……でも、なんで?…あの時の傷は……?」

治療も蘇生も期待できない状態だったアイリスが、自分の前にいることが信じられないらしい。
クリスの口からは、思った疑問が次々と出てくる。
しかし、アイリスはその疑問に答えようとはしなかった。


「………クリス君…」

ゆっくりとした足取りでクリスに歩み寄る。
明らかにいつものアイリスとは様子が違う。
今目の前で起きている事態に頭がついていかず、呆然としてその場に立ち尽くしていた。
目の前にいる人物が本物かどうかさえも疑わしく思えてしまった。

いつも自分の隣にいた大切な人が、いつもと違う様子でこちらにゆっくりと近づいてくる。
その姿に、恐怖に近い感情が沸き上がり、思わず後ずさりする。

目と鼻の先まで近づいてきたアイリスの白い手が、クリスの髪をそっと撫でた。


「クリス君……髪……真っ黒だよ? ごめんね、私のせいで…」


見た目や雰囲気が大きく変わっても、穏やかで優しい口調は変わっていない。
クリスの黒ずんだ髪を優しく撫で、悲しげな表情を浮かべてごめんね、と小さく呟く。

「あ……違いますよ…これは、僕が……アイさんのせいじゃないですよ……」

「ううん。違わないよ。私のせい……だから…………」














「私が止めなきゃいけないの」



アイリスのこの言葉を聞いた途端に、何故か強烈な眠気がクリスに襲い掛かってきた。

「アイ、さん………?」

正体不明の眠気を堪えながら、クリスは自身の髪を撫でるアイリスの手を握る。

「そん、な……なんで………アイさん……待って、くださ……」

このまま眠って目が覚めたら、アイリスがもう自分の目の前からいなくなっているかもしれない。
自分の嫌な想像が現実になってしまうような気がして怖かった。

このまま眠ってしまうことが怖い。



そんなクリスの心情を読み取ったのか、アイリスは握られた手とは反対の手をクリスの背中に回し、優しく
彼を抱きしめた。なだめるように背中を優しくさすりながら。


「大丈夫だよ。大丈夫……私はいつでも君の隣にいるから…今はゆっくり休んで……」


アイリスのこの言葉を聞いた直後、クリスは完全に意識を手放した。
深い眠りについたクリスを床に寝かせ、大鷲の方へ視線を向ける。

大鷲は既に虫の息だった。
怒りに支配された"フォールマン"の拳を何十回と喰らえば、無理もない。
クチバシはへし折れ、身体中の骨も滅茶苦茶に粉砕され、最早動くことすら出来ない。
刃をも通さなかった強靭な羽根も、赤黒い血とともに周囲に散らばっている。
眼球が揺れているため、視点が定まっていないように見える。
しかし、ただならぬ気配と仕留めたはずの獲物の匂いを感じたのか、後ろに下がろうとしている。
無論、グチャグチャに潰れた脚ではそれも叶わないが。

「ゲッ………グギギッ……」

ひどく掠れた呻き声をあげる大鷲。
まるで「来るな」と言わんばかりにアイリスを睨みつけている。

しかし、それもささやかな抵抗だった。
まともに動くこともできないまま、ただ彼女がそばに来るのを睨むことしか出来ない。



「大丈夫だよ。大丈夫。私はあなたに何もしないよ」

大鷲の目の前まで来たアイリスは、両手を大鷲の頭に近づけ……優しく抱きしめた。



「痛いよね…私のせいだね……ごめんね…本当にごめんなさい……でももう大丈夫。もう、苦しむ必要はないの。
このまま目を閉じて、ゆっくり休んでいいんだよ?」



アイリスの慈愛に満ちた囁きを聞いた大鷲に、変化が訪れた。
今まで敵意を剥き出しに睨みつけていた眼が、急激に穏やかになり、ゆっくりと眠るように瞼を閉じた。
その瞬間、あり得ないことが起きた。

大鷲の身体を、無数の小さな白い光が覆い始めたのだ。
白い光は、まるで蛍のように大鷲の周りを飛び回っている。
白い光は徐々にその数を増やし、大鷲とアイリスを包み込む。

あまりの眩しさに、シャルルは手で光を遮った。
決してこの光景を見逃すまいとしていたが、呆気なく視線を逸らしてしまった。


視線を逸らした数秒後、まばゆい光がその輝きを失い、ようやく直視できる明るさに戻った。
再びアイリスの方に視線を向けると…………



そこに大鷲の姿は欠片もなかった。
その代わりに、アイリスがその場に力なく仰向けに倒れこんでいた。

「アイリス!」

あまりの事態に頭がついていけない様子だったが、それでもシャルルはアイリスの安否を優先した。
横たわるアイリスに駆け寄り、彼女の様子を伺う。

「スー……スー……」

とても穏やかな寝息が聞こえる。体力を使い果たしたのか、寝込んでしまっているようだ。



それにしても、不思議だった。


瀕死の重傷だったはずなのに、突然生き返り、この場を収めてしまった。
その姿は"天使"を彷彿とさせた。

「君は本当に何者なんだ……アイリス………」

今すぐにでも聞いてみたいが、今は2人を安全な場所まで運ぶのが先だ。

シャルルはファルシオンをアタッシュケースにしまい、クリスを背中におぶり、アイリスを抱きかかえて
凱旋門を下り始めた。



抱きかかえているせいでシャルルは気づけなかったが、眠るアイリスは苦悶の表情を浮かべていた。 
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