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彼に似た星空

作者:おかぴ1129
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7.五月雨の誓い

 私達3人はフェリーの甲板に設置されたテーブルでティータイムを堪能することにした。今までは戦場でしかなかった海だったが、今こうやって穏やかな気持ちで紅茶を飲みながら眺めると、なんて美しい場所だったんだろうと思えた。頬を撫でながら駆け抜けていく潮風、太陽の光を反射してキラキラと輝く海面、遠くに浮かぶ緑の島々…今まで見慣れていたはずの光景のすべてが美しく、愛おしいものに思えた。

 五月雨が準備してくれていた紅茶とショートブレッドは、まさに私が提督に教えたままのものだった。五月雨は、自身が思っている以上のドジっ子だ。どれだけ料理に集中していても、100%の成功というのを私は見たことがない。必ずどこかで失敗をする。ショートブレッドであれば、焼き過ぎで消し炭にしてしまうような小さなものから…一番ヒドい時はオーブンの爆破まで、およそ予想できる類の失敗はすべてやらかしている。一体なぜそんな失敗が出来るのかと逆に興味が湧くほどの失敗も日常茶飯事だ。提督がそれを咎めることはなく、逆に『次はどんな失敗をやらかしてくれるのか…』と楽しみにしていたぐらいだった。そしてその度に五月雨はほっぺたをふくらませて、ぷんぷんという擬音が似合うかわいい憤慨を見せていた。

 そんな五月雨が、一辺の狂いなく、私が提督に教え、提督が五月雨に教えたままのものを作ってきたのだから、私は相当に驚いていた。

「五月雨も成長したんデスネ〜…紅茶もショートブレッドも美味しいデース」
「五月雨ちゃん…相当がんばってたみたいですよ? 今朝紅茶とショートブレッドを受け取ったんですけど、手にちょこちょこ火傷の痕がありました」
「五月雨…がんばったんデスネ〜…」
「今日から別の鎮守府に異動だったのに、五月雨ちゃん 、昨日の晩から寝ないでショートブレッド焼いてたんだって。“絶対に金剛さんに食べてもらってください!!”て言われたら、そりゃねぇ」

 そう。五月雨は海軍に残ることを選んだ。あの日五月雨は、提督の死を目の当たりにした。その時は、彼女は壊れてしまったと誰もが思うほどの憔悴を見せていた。数日の間は、誰かがそばにいなければ取り乱し、泣き喚き、提督の後を追おうとしたこともあった。

 しかしある日、五月雨は立ち直った。まっすぐに私を見据え、彼女はこう言った。

――提督は、私達をいつも守ってくれました。
  提督がずっと守ってきたものを、私も守りたいです。
  提督を守れなかったから、提督が守りたかったものを、私は守り通したいです。

 私には、それが五月雨の真意なのかどうかは分からない。もしかしたら、提督がいなくなってしまったことからの自暴自棄なのかもしれない。ひょっとしたら、そうやって強がっているだけで、心の奥底ではまだ提督の死を受け入れられず、ずっと泣き続けているのかもしれない。

 それでも、私には彼女が眩しかった。嘘であれ強がりであれ、生きる目標を見つけた五月雨を、私はその時羨ましいと思っていた。

――私を助けてください
  比叡と榛名を沈めた自責の念から、私を救い出して下さい
  彼を失った痛みから、私を守ってください

 昨日、霧島の携帯に電話をしてきたのは五月雨だったようだ。彼女は私たちに対して何か思うところがあったようで、私から提督へ、提督から五月雨へと受け継がれた紅茶とショートブレッドを渡すよう霧島にお願いしてきたという。加えて、無理やりでもいいから私の旅に同行するように…と霧島と鈴谷に連絡をしてきたらしい。

 五月雨は練度で言えば二人を軽く越し、私に次ぐ鎮守府でも第二位の練度を誇っていた。夜戦であれば、私ですら五月雨を捉えきることは出来ない。その実力の高さと、まさに可憐としか形容のしようがない性格、加えてドジっ子という愛すべきキャラクターのおかげで、鎮守府の中でもとりわけ皆から慕われていた。彼女の言うことなら、鎮守府の皆は大抵の事なら素直に従っていた。

「五月雨は他には何か言ってなかったデスカー?」
「青葉にも連絡してたみたいだよ? 予定が詰まってるからって断られたって言ってたけど」

 青葉が断った本当の理由を私は知っていたが、私は何も言わなかった。

 しかしこれで確信が持てた。おそらく五月雨は、あの日私が心の中で叫んだ声が聞こえたのだ。私の声が聞こえたから、わざわざ私に提督の紅茶とショートブレッドを食べさせ、霧島と鈴谷というあの時のメンバーを私によこしたのだ。

「やっぱり五月雨にはかなわないデス…ありがとう五月雨…」

 恐らくは霧島にも鈴谷にも真意が読めない独り言が自然と出た。私が提督との約束を果たすことでどんな答えを導き出せるのかは、ハッキリ言って分からない。しかし、私は彼との約束を果たしたいし、五月雨もそれを望んでいる。霧島と鈴谷という心強い仲間もいてくれる。青葉も私の背中を後押ししてくれた。

「お姉様! 見て下さい港がもうあんなに遠いですよ!!」

 霧島がさっきまで視界にあったはずの港の方角を指さした。確かに、出発した港との距離はもうだいぶ離れていた。

「ぉお〜、フェリーとやらも案外速いんだねぇ〜」

 鈴谷がいたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言い。確かにそうだと私も思った。体感的にどれだけ遅いスピードであったとしても、時が経てば、物事は意外と進んでいるものだ。たとえそれが、歩を進めた本人たちも気付かないような、極めて遅いペースであったとしても。

 目的地まではまだまだ遠い。今晩はこのままフェリーで一泊する。提督の生まれ故郷に着くのは、明日の夕方だ。 
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