| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

swordarton-line~二度目の世界~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

普段→家庭

「「いってきます」」
二人でそういい家を出る。駅までは一緒に歩いていく。駅についてからは別の電車に乗る。二人とも中学生だが、行く学校は異なる。芽吹は公立の普通科であるのに対し、黒は私立の学校だ。裏鳴家にエリート教育の風潮はない。それなのに黒が私立校に通っているのは、他でもない本人の希望である。
瞬間記憶、絶対記憶を持っている黒にとって、勉強などただの暇つぶしにしかならない。そして能力により、小学校から突出した成績をたたき出していた。また黒もいろいろな情報を得て私立中学への入学を希望した。加えて黒の心は、養子である自分に愛情を注いでくれた両親を喜ばせたいと思う気持ちが大きかった。
 そういう意図もあり私立の学校への入学を決意した。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
「ああ。いってくるよ。芽吹も気を付けてな」
「うん!」
これだけ会話をして電車に乗り、それぞれの学校まで歩き出す。このときとは限らず、黒はいつでも負い目を感じている。しかし、こんな日常の他愛無いような会話で、少しずつ黒は変わっていった。
 駅から出ると誰とも関わらずに校門まで一直線に歩いていく―予定だった。しかし校門に入る直前、ある少女が話しかけてくる。同じ中学の制服を付けた学生。生徒会長。今村(いまむら) 藍(あい)華(か)だ。端麗な顔立ちで黒髪ロング。「黒」も髪色は黒だが、藍華は少し青に近い、名前にあるような。藍色が特徴的だ。
目元もくっきりしており百人いれば百人が美少女と認めるような容姿だ。
「おはよう…」
「おはようございます」
黒はそれだけ挨拶をして教室に早足に向かおうとする。すると黒の手を藍花は掴みとり、黒は立ち止まる。
「あなた、もう中学校最後の年なのよ。今までいろいろ言ってきたやつらを見返してみようとか思わないの?見ていても腹が立ってくるわ」
「別に実害はないので問題ないですし、多分みなさん自分が今村さんと話していることに嫉妬しているだけだと思いますよ」
藍花は少しだけ顔を赤めて、言葉をだす。
「嫉妬って、あなたは…。真面目に聞いているのに、何流暢なこと言っているの!」
黒は相手の顔色を伺い言葉を返す。もちろんこの場を抜け出すための言葉だ。
「自分は急いでいるのでこれで」
この場を抜け出すには全く以て心許ない言葉だが、一刻でも早くこの場から退散するには言葉で押し切る他無いと黒は思ったのだ。黒が考えなかっただけで、話し合うなどの方法も考えられる。
「ま、待ちなさい!」
聞く耳を軽く立てて言の葉を返す。
「まだなにか用事ですか?」
「いや、あの」
「ないのならこれで」
黒はこれだけ告げて学校の校門を抜け、自分のクラス、三-Aの教室に向かい入る。
 黒は藍華を避けているように見えるが、別に嫌いなわけではない。むしろ好いている。ここまで不愛想に接している自分に対して声を掛け続けている。そのことから会長としての責任感も強く、生徒の為に働こうとしているのだ。1個人としてはそれだけで嬉しいものだった。
 黒のような一般家庭出身の生徒は少数のためか肩身の狭い思いをしている。しかも学校が家柄を重んじる傾向の学校のため、一般家庭出身の生徒たちが肩身の狭い思いをしてきた。その風潮は薄くはなって来ているが、まだ残っている。
そして黒はそんな校内のパワーバランスを崩す存在になった。偏差値の高い私立中学において常にトップに位置し、あらゆるスポーツも完璧にこなす、完全無欠な生徒…それが黒だったのだ。
 その一方で、そんな黒を好ましく思わないものも、もちろんいた。しかし黒が最上級生になった今、反抗を行える者などは同じ学年の三年生の中にしかいなくなった。
しかも、三年生の中でも黒に何かしたところで勝機はないとわかっているため、反抗を行おうとする者などいなかった。つまり学園でトップに位置する存在だったのだ。そんな黒が生徒会長となっても特に不備はなかっただろう。だが、最も信頼が足りないので生徒会長など夢のまた夢だった。しかし、元々黒は生徒会長をする気などはないので実害等はなかった。
 午前の授業が終わり昼食の時間に入る。
この中学の校則として昼食をとる場所は規制されておりそれが終わると昼休みに入る。
それぞれの人が各々の場所で昼を過ごす。黒は図書館へ向かい角の目立たないスペースで本を読み耽る。黒は日々このように過ごしている。
黒が閲覧しているのは平凡な生活をしている中では手に入れ難い医学書だ。もちろん、このような貴重な本には規制が掛かっているが、先生に頼み込みこの本に目を通しているのだ。
成績もいいので難なく許可はもらえる。しかしこの時間を害するものが現れる。朝、出会った生徒会長だ。
「貴方、またこんなところに一人で居て誰か一人くらい連れてきたらいいじゃない。ここに来ること自体は悪いことでは無いのだから、もう少しくらい友達付き合いをよくする気は無いの?」
こんなところと藍華が言ったのは、此処図書館は人の出入りがとてつもなく乏しいからだ。唯今図書館にいるのは藍華や黒を合わせても四人のみだ。私立の学校というからに蔵書数も多く、それなりに学習も捗る場所なのだが、昼休みは少ない休憩時間の一環なのだ。その時間まで学習に使おうと考える者は少数だといえよう。勉強だけでなく、時には休憩が必要なのだ。
 藍華の問いに対して自分の意見を述べる。
「将来の目標のため日々精進せねば成りませんので、友達付き合いなどに現を抜かす気はありません」
そう言い終わると同時に次の授業の予鈴が学校中に響き渡る。人との接触を避ける黒にとってはとてもタイミングの良いものだった。
「では、つぎの科目が始まる前に自分はこれで。あ、それと一つ質問いいですか?」
 黒が質問をするのは途轍もなく珍しいためか、藍華は吃驚し固まる。しかし藍華はそれを悟られないよう、ポーカーフェイスで、冷静に話す。―否。話せなかった。
「え、ええ。何かしら?」
 藍花は目に見てとれるほど動揺しており、驚いているのは一目瞭然だ。藍華の努力は儚いものに消えた。
「今村さんは…。すいません。やはり何でもないです」
 そう言い残し黒は教室に戻る。
 そこには儚くポツンと佇む藍花の姿があった。
「なんなのよもぉ」
 何を聞かれるか期待していた分、裏切られたことがより心に響いていた。



 授業時間が終わり放課後に入る。皆それぞれの部活動場所に向かう。
 黒は剣道部に入っているので、校庭の隅の道場に向かう。ここまで剣道などという日本の文化が残っていることは驚異的なことだと考えられる。
移動時、途中で会う生徒も勿論いるが、黒は会話する必要性もメリットもないので、そのまま道場へ向かい練習を開始する。下級生は先に来ており練習を開始している。
 黒に友と呼べるものはいないといっても、過言ではないだろう。しかし、剣道をするには一人ではもちろんできないので、同じ部活動の相手との会話等が生じてくる。つまり同級生、又は下級生で仲がいい者が出てくる。その一人が二年生の籠(かご) 平(ひょう)真(ま)だ。
「先輩!今日も相手よろしくお願いします!」
平真が活気のある声をかける。次の大会まで近いわけではない。逆に余りあるほど時間は残っている。つまりそれまでに1年で大会優勝者、剣道部主将の黒に稽古をつけてもらおうと、ここ最近声をかけ続けている。黒も度外視などはせず、主将として稽古をつけている。平真もエリートではなく、一般家庭の生徒の為、黒を尊敬しているのも練習を頼んでいる要因だと考えられる。
「ああ。いいだろう。」
そういい端にある試合場に移動する。
近くにいた二年生に声をかける。
「すまないが、審判を頼めるか」
「は、はい」
 頼まれた二年生は審判が務まるように準備を始める。黒も防具を着けたりなどの行動を始める。準備が終わると同時に立ち位置に着く。
一本勝負で試合を開始する。理由は簡単。アドバイスを直ぐに伝えられ、上達しやすいからだ。
「始め」
その声がかかると同時に平真は攻撃を開始する。
「面!」
平真は何度も攻撃を繰り出す。面、小手、胴、多種多様なところに攻撃を仕掛けてくる。その攻撃の速さに審判や見物している部員も呆気にとられている。しかし黒は攻撃を見切り、全てを避け一撃のみを繰り出す。
「小手」
しばしの間驚きの為か沈黙が続く。そしてその沈黙を打ち破るかのように審判が声を出す。
「小手あり!」
そういい審判は旗を上げた。勝負は当たり前であるかのように黒の勝ちだ。黒が平真に言葉を発する。
「太刀筋は読み難くなっているが攻撃に気が回りすぎだ。防御を固めないと破られるぞ」
しかし黒はこの様な事を言うが、中学生に今の平真の攻撃を守りきれる者はごく少数だろう。この練習はそのごく少数の者に勝てるようにする為に、黒もアドバイスをして技術の発展に貢献していた。
「すいません。もう一本お願いできますか?」
この様な調子で最終下校時刻まで勝負を続けた。この学校での中心は勉学の為、部活動の時間は限られている。多くても大会前に一時間になる程度だ。
この短い時間では、上位は目指し辛いだろう。だから大会に参加する者と不参加の者でメニューを分けて素早い上達を行い、大会出場者はできるだけ敗北の無くなるようにしていた。



 部活が終わり、帰るため駅に歩を進める。駅に着くまでも、電車に乗ってからも特に何事もなくごく日常を過ごす。自分の家の最寄り駅に着き、降りると同時と思うほど早く声を掛けられる。
「お!お兄ちゃんお帰り!」
「ただいま。芽吹」
そこに立っているのは、目上で黒い髪が切られたのが特徴的な少女。黒の妹の芽吹だ。
芽吹と合流してからは、家まで共に歩いていく。帰るまでの間は、黒はあまり口を動かさず芽吹が口を多く開いている印象が見て取られる。その会話の内容は学校での他愛無い話が多く感じられる。剣道で先輩に打ち勝ったという話や、テストの成績が良かった・・・という話だ。そんな調子で家まで付くと晩飯の準備をし始める。 
晩飯に手を付けるのは母の美夜が帰って来てからにしていた。そのため七時から食事をしていた。食事をしている間はテレビをつけ、明日の天気予報や話題の出来事について意識の傍らで視ながら咀嚼していた。視ているとき、タイミングを見計らったかのようにして例の話が出てくる。話題のゲームの話だ。テレビに出てくるのは、VRMMO技術の開発者、ゲームクリエイターにして量子物理学者の近郷創史だ。
それを見たためか何かを思い出した美夜は唐突に告げる。
「あ、そうそう。近郷さんのところにお手伝いに行ってみない?」
「なんのことですか?」
黒は思い掛けない不可解な発言に対し詳しい説明を求めた。このようなことを言われ即座に「はい」などと答える者はいないだろう。黒が手伝いに行かねばならない理由、経緯が全く分からず、何故?という思いで聞くのは道理だといえよう。
「ああ。ごめん、ごめん。説明が足らなかったね。今日取材に行った時、ゲームの為に剣とかを使えるモデルを探していたの。それで黒を紹介したってわけ。有段者に勝ったこともあるし、やってくれるかなって思ったからね。手伝ってくれたらもれなく、クローズドベータテストの千人に一つ枠を作ってくれるらしいよ」
「…本当ですか?」
あまりにも信じがたいことだった。ゲーム制作で忙しい近郷創史がインタビューに来た一雑誌記者の話をそれほど簡単に信じないと思っていたからだ。さらに協力すればクローズドベータテストに参加…つまり製品版までプレイできるということだ。
黒も勿論クローズドベータテストに応募していたが、現在の応募者数は百万人ということだ。千人限りしかプレイできないため倍率は百倍である。望みが薄い状況だが、協力―スタッフに参加すれば、無条件でそれがプレイできるということだった。
「本当よ。その証拠に連絡先まで貰ってきたのだから」
美夜が取り出したのは電話番号とメールアドレスが書かれたメモ帳の切れはしだった。半信半疑だったがとりあえず受け取る。
「近郷さんにあなたの事を話したら会いたいとも言っていたしね」
それまで声を発しなかった芽吹が唐突に口を挟む。
「腕がおちてないならやってみたらどう?」
「そうだな…まぁ行くだけでも行ってみます」
黒は了承の意を出した。自分でよいのかという躊躇いもありながらだったが、承知の対応を示した。
 会話を終えると、黒は食事を済ませ自室に向かおうとする。この日の会話はなんとも淡白だった。いや、この表現は違う。『この日の』ではなく『この日も』だろう。黒は家族に対して引け目を感じているのだから、当然と言えば当然である。致し方ないことである。
 黒は自室にて、プログラミングをするためにパソコンを立ち上げる。作っているのは先月から始めた簡易的なゲームである。至ってシンプルなRPGだ。主人公が五つある属性から一つ選び、それによって技が変化してくるゲームだ。属性―すなわち火、風、水などといった、ありきたりなものから選択し遊ぶものだった。
 このゲームももう少しというところまで来ており、スパートをかけているのだった。
 完成したからといっても、只の自己満足なのだが。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧