死んだ目
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第六章
「ベルリンのあちこちで、です」
「略奪をしていますか」
「ソ連軍のあらゆる将兵達がです」
略奪、それをしているというのだ。
「ソ連軍は誰も止めていません、むしろ奨励している位です」
「略奪なぞを」
「観て下さい」
オーフェルはここで顔を右に向けた、運転をしつつ。
「あちらを」
「何が」
「彼等を」
見ればだ、その右手では。
ソ連軍の将兵達が肉を焼いて食っていた、そのうえで何処からか集めたビールやワインを飲んで乱痴気騒ぎをしていた。
グラッグスにその彼等を見せてだ、オーフェルは言った。
「あの肉や酒もです」
「全て、ですか」
「はい、略奪したものです」
「これではです」
その彼等を観てだ、グラッグスは唖然としつつ言った。
「傭兵と変わりません」
「三十年戦争の時の様な、ですね」
「あの戦争でもドイツは荒廃したそうですが」
「この戦争では、です」
「傭兵はおらずとも」
「彼等がいます」
こう言っている傍でだ、その肉を食べている将兵達が。
ぼろぼろの服を着た小さな男の子が肉をもの欲しそうに見ていることに気付いてだ、一人の兵士がつかつかと歩み寄って。
思いきり、それこそ犬を蹴飛ばす様に蹴り飛ばして追いやった。それを観てだ。
グラッグスは息を飲んでだ、こう言った。
「あんな小さな子を」
「あの子はまだ運がいいですよ」
「あれだけのことをされてもですか」
「運が悪かったら撃ち殺されています」
そうなっていたというのだ。
「彼等によって」
「そうなっていたのですか」
「はい、それに」
「それに?」
「女の子ならです」
オーフェルは汚物を見る様にして言った。
「もっと酷いことになっていましたよ」
「そういうことですか」
「おわかりですね」
「・・・・・・はい」
俯いてだ、グラッグスも言った。
「そうしたこともですか」
「ベルリンでは普通です」
ソ連軍が占領している今のベルリンは、というのだ。
「河のところに行きますか」
「河、ですか」
「そこに行けばもっとわかります」
「では」
グラッグスは河にこれまで以上にとんでもないものがあることを察していた。だが学者としての学究心からだ、オーフェルに答えた。
「お願いします」
「それでは」
オーフェルも頷いてだ、そうして。
ジープは河に向かった、その橋のところでジープを停車させてだ。グラッグスは車から出て橋の下の河を見下ろすと。
そこには多くの女性、老若全ての女性達の屍があった。一つ、また一つと虚ろな目や背中を見せて流れていた。
その河を流れる女性達を見てだ、グラッグスは蒼白となってだった。
河から目を離さずにだ、傍に立っているオーフェルに問うた。
「まさか」
「おわかりですね」
「ソ連軍にですか」
「はい、彼等にです」
「そして河に身を投げたのですね」
「これまで通った道ではそうしたことはなかったですが」
「今のベルリンでは」
「どうもベルリンでだけではないみたいですね」
オーフェルも沈痛な声だった、その声での言葉だ。
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