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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第七十六話

 おそらく―――。

 寧々の遺体を漆多が持ち去ったのは間違いない。
 寄生根に支配されたとしても、元の人間のパーソナリティは維持されているはず。たとえ、その欲望はねじ曲げられ、より一層強化されているとしても……。

 それは如月、蛭町の例を見ても間違いない。

 漆多の望み、それは寧々を自らの手に取り返す事……そして、俺を殺すこと。
 彼が行った連続殺人は彼を苛めた生徒、またそれに気づきながら彼の訴えを無視した教員への復讐であり、あくまでそれは本来の目的を果たす途中の通過点でしかないんだ。

 そして、あいつは、もう寧々は手に入れたんだろう。

 ならば、次は俺の命か。

 ……殺し合いの時は、近いということか。
 そう思うと気分が滅入る。当たり前なんだけど。

 だけど、そんな陰鬱な思いに浸ってばかりはいられない。兎に角、今は不在の漆多の状況を調べる事くらいしかできないんだ。

 俺の足は自然と職員室へと向かっていた。もう担任に聞くしかないだろ。

 ―――放課後の職員室。

 この時間、いつもなら部活の為に先生達は出払っているはずだけど、部活は全面中止となっているし、連続殺人の被害者に教員も含まれていたことからまだ結構の人間が残っていた。先生達も集団下校するために残っているのだろうか?
 俺は部屋の奥の方に机がある担任の佐藤先生のところへ歩いていく。
 俺のクラスの担任は椅子に座り、誰か、……見たこともない全く知らない女生徒と話していた。
 茶髪で長い髪をポニーテールにしている。
 うちの高校の制服はブレザーなんだけど、その子はセーラー服を着ていた。上着は白で襟が黒のやつ。襟と袖に白の二本線が入っている。ネクタイも黒だ。スカートは黒のタイプ。で、彼女の長く細い足には黒のニーソックスだ。
 転校生かな? こんな時期にしかもゴタゴタしている時に転校するなんてついてないなと同情する。

 先生が俺に気づき、こちらを見る。
「月人か、……どうしたんだ? お前が職員室に来るなんて珍しいじゃないか。それに授業が終わったらさっさと帰らないと駄目じゃないか」
 なんだか最近の事件続きのせいなのか、疲れ気味の顔をしている。

「ええ、すぐに帰るつもりなんですけど、すみません、ちょっと教えてほしいことがありまして……」
 と俺は答え、セーラー服の子の方を見た。
 まだその子と話が話があるんだったら後でいいですよ的な視線を送る。

「ああ、彼女は来週からこの学校に転校してくるんだ。(つむじ)さんだよ。あ、……こいつは君と同じクラスになる月人だ」
 先生は俺が彼女を紹介しろと思ったみたいで、勝手に紹介をしてくれた。
 顔つきはどうみたって純粋な日本人じゃないよな。肌は白いし、瞳の色も蒼い。髪だって染めてないんだろうけど金色に近い茶色だもんね。前髪は少し長くて、左眼は前髪のせいで隠れてしまっている。

「辻です、はじめまして。こちらでお世話になることになりました。よろしくお願いします」
 と、少女がこちらにお辞儀をする。日本語は流暢だ。
 そして大きな蒼い瞳が印象的だ。じっと俺の顔を見つめてくるので、なぜだかこちらが照れてしまう。

「はじめまして、月人です」

「まあ、彼女のことはおいおい知っていけばいいだろうな。で……月人。何を教えてほしいんだ? 」

 俺は辻って子を一瞥した。まあ、どうせ、同じクラスになるんだから知っても問題ないかなと考える。
「漆多の件なんですけど、あいつ、今日も学校休んでいますよね」

「お前は何か聞いているのか? 」

「いえ。真田に聞いたら、体調が悪いからしばらく休むとかって聞きました」
 寄生根(きせいこん)に取り込まれ、人で無くなったから来ていないとは決して言えない。

「その通りだよ。彼のお母さんから電話があったんだ。流行性耳下腺炎、どうやらおたふく風邪らしいぞ。熱もかなりあるそうで2週間くらいは休むことになるそうだ。……ちょうど学校もいろいろゴタゴタしているから、まともな授業にもならない可能性が高いからちょうどいいかもしれませんので、ゆっくり休ませて上げてくれって伝えている。お母さんもそのつもりのようなことを言っていたな……。そういや、おたふく風邪は大きくなってからなるとあとが大変なことが多いからな。あいつ大丈夫かな」
 と、暢気な感想まで言う。あまり心配していない感じで、全然切迫感がない。

「そうなんですか。……じゃあしばらくは出てこられないですね」
 つまり、漆多の母親は何も知らないってことなのかな? どうやって誤魔化したのかはわからないけど。

「ところで、何かあいつに用事でもあるのか? 」
 先生は俺と漆多が友達だってことを知っている。何で直接連絡を取らないのか(いぶか)しんでいるように見える。

「いえ、特に用事は無いんですけど、何で休んでるのかなって思ったんで。聞いても知っている奴いなかったですから、先生に聞いたほうが早いと思って来ました。……えっと、それだけです。ありがとうございました」
 俺はそういうと、そそくさと職員室を後にした。

 とりあえず、漆多は学校には連絡を入れるように手配はしていたんだ。つまり、まだ人としての意識はちゃんとしているということか。どうやって母親を騙したんだろう? あいつはお母さんと二人暮らしの筈だから誤魔化しなんかきかないはずなんだけど。
 そんなことを考えながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。
 駄目だ駄目だ。用事も無いのに学校に残っていたら先生に注意されるな。
 俺は帰ることにした。

 すでに校舎内には人気がほとんど無くなっている。
 靴を履き、外へと出る。校門の前でたっている警備の警察官に軽く会釈をして、校門から出るとそこには職員室にいた転校生が立っていた。

「どうも」
 そう言って彼女はこちらを見て、ニコリと笑った。
 どうやら俺を待っていた感じなんだけど。

「ああ、辻さん」

「そう。辻月丹映礼(つむじ つきたみ えーれ)よ。長ったらしい名前だからエイレって呼んでちょうだい。ふふ、よろしくね」
 そうフルネームを名乗ると微笑んだ。
 背丈は俺よりちょっとだけ低いくらいか。どうみても外人さんだな。スタイルが凄くいい。腰の位置がぜんぜん違うよ。

「俺は月人柊。ところでさ……キミ、こんなところに一人でなにやってんの。誰かを待っていたっていうのか? 」

「うん? 私が待っていたのは、あなたなんだけど。一人でいたら何かあるのかしら? シュウ」
 いきなりなれなれしいなあ。

「じゃあ……エイレで良かったよね。エイレは最近の学園都市で起こっている事件の事を全然知らないのか? 」
 俺も彼女のことを名前で呼ぶことにした。うん、普段ならそんなことできないんだけど、何か彼女は名前で呼んだほうが相応しいイメージがしたんだ。それに向こうが名前で読んでるからバランスも考えた。
 しかし、……なんか能天気な子だな、と俺は半ばあきれ気味に聞いてたんだけど。

「ううん、もちろん知ってるわよ。ここの学校の先生や生徒が殺されているのよね。そして連続殺人鬼の犯行の可能性があるらしいんでしょ? 」
 と、それがどうしたの? といった感じの口調で、実に暢気な感じで返してくる。

「あのね、女の子が、それも君みたいに凄い目立つ子が一人でいたら、普通でも変な気を起こす奴がいるってのに、こんな状況なんだよ? 来たばっかりで分からないのは仕方ないけど、ちょっとは自覚持ったほうがいいよ。なんかあまりに無防備じゃないのかな」

「うふふ、褒めてくれたのかしら?? ありがとね。でも、私なら大丈夫だよ」
 そういって、手に持っていた鞘袋を俺に差し出した。
 1メートルは越える長さだ。鞘袋っていうくらいだから日本刀が入っているんだろうけど、まあ多分木刀かな?

「木刀で殺人鬼から身を護ろうというの? エイレは剣道とかやっているのか」

「違うよ」
 鞘袋から彼女は中身を取り出す。
 それは木刀などではなく、そこにあったのは鞘に収められた明らかな日本刀の拵えだった。ただ、その形の細部についてはよく見る日本刀の拵えとは異なる趣、細工が施されているようだけれど。なんか、結構今風の素材が使われている感じだし、何かローマ字で刻印までされている。色も博物館とかで見た日本刀のものとは、明らかに違う。
 エイレは柄を手にし、抜刀する格好をする。
 刀身は見せないが、そのなんだか古めかしい日本刀からは、えもいわれぬ狂気にもにた威圧感を感じる。抜刀せずとも斬られる、そんなかなり危険な感じ。

「それ、まさか本物? 」

「当然じゃない。私の愛刀【百人藤桜】の前に敵は無いわ。刀身は古いけど、鞘や柄、鍔は最新式なのよ。それに何よりも、……私、相当に強いわよ」
 当たり前のように答える。
 この子何者なんだ?
「だから暴漢に襲われたって、ぜんぜん平気。それより、襲ってきた暴漢さんが大変なことになるかもね。生きていられるかなあ」

「そんなの持っていたら逆に君が警察に捕まるぞ」

「大丈夫よ、許可は持ってるから」
 そんな許可証があるなんて、聞いたことないぞ。

「はあ? う、うん、まあ、……よく分からないけど分かったことにするよ。とりあえずそれについては保留ということにして、えーっと、俺を待ってたみたいだけれど、何か用があったの」
 どうも彼女は普通ではないようだ。普通ではない世界の住人らしい。よって俺の持つ常識を当てはめるのはあまり意味がなさそうなので切り替えることにした。
 彼女が真剣を持つのは普通なんだ。そして剣術に長けているから殺人鬼が徘徊する町でも一人で平気なのが常識なんだと。

「私ね、シュウ、あなたが月人家の人間だって知ったから、一応、挨拶をしておこうと思って、わざわざ待っていたのよ。事前にこの学校には月人家の人間がいるとは聞いていたけれど、顔までは知らなかったからね。職員室で偶然、あなたが来たときは驚いたわ」
 何故か真顔で答えるエイレ。

「俺が月人家の人間だと何かあるのか」

「当然でしょう? 京裏四家の月人といえば知らない者はいないでしょう? 月人家の人間が転校する学校にいるのなら、一応挨拶だけはしておくのが同じ道のものとしての当然の礼儀でしょ」

「え、そうなの? まあ、そりゃ古くからある家みたいだけれど、別にたいしたことないよ。古いだけでこれといった血筋じゃないみたいだし、いろんな事業をやっているけどそれほど儲かっているわけでもないし、そもそも俺の家くらいの稼ぎの家なら他に腐るほどいる。親戚に地方議員はいるけど政治家家系というわけでもないし。ちょっとした小金もちって感じだよ」

「それは表向きの顔でしかないじゃない。……そんなものは何の意味もないわ。そりゃもちろん本当の月人家の姿を知る人は少ないかもしれないけれどね。ん、あれ? ……まさか、あなたは知らないっていうの? 月人家の総領なのに? えーえー!! 総領なんでしょ? 左肩の後ろに刺青があるんでしょう? 形は真向き月に星の刺青が。上向きの三日月のかけた部分に丸い小さな星がある紋様が。……こんな時期に私が何でこの学校に転校して来たかも父君様から聞かされていないの? ホントに? ええ! 嘘でしょ」
 彼女は勝手に話し続ける。

「ははは、……はは」
 痛いところを突いてくるなあ。
「いやね、俺、一応長男なんだけど、跡取りじゃないんだよ。あまりに出来損ないなもんで、愛想つかされたみたいでね、跡継ぎ失格になったんだなあ。家からも追い出されて一人暮らしだし……。で、月人家は妹が継ぐことになっているんだよ」

「あれ? あれれ? ……あーーー! 」
 彼女は驚いたような顔をし、両手で口を覆った。もともと大きい瞳をさらに見開き、顔も赤くなっている。
「まっずーいっ」

「どうかしたの? 」

「えへっ、ごめんなさい、私、またドジっちゃったかも……ね。シュウが月人家の人だからてっきり知ってると思ったから喋っちゃった。うーわ、これ、絶対怒られちゃうわ。うーん……まいったなあ、わーんわーん」
 彼女は顔を真っ赤にし、挙動不審に辺りをキョロキョロ見回す。
「うううう。私が話したこと、誰にも話さないでね。ううん、全部忘れて頂戴。でないとぶっ殺すからね絶対に絶対だよ。忘れないでね。さ! ……私用事思い出したから……うん、それじゃね。バイバーイ」
 勝手に勘違いして勝手に喋り、さらには秘密にしておかないと殺すと脅し、あっという間に辻月丹映礼は走り去った。
 結局引っ掻き回すだけ掻き混ぜて、去っていっただけなんだなあ。
 
 なんじゃい。

 ちなみに辻月丹って言ったら無外流の開祖だけれど、その血筋と関係のある子なのかな。それらしいことを言っていたけど。でも彼女、見た目も名前も純粋な日本人じゃあないと思うけど。

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 でも、いかな剣客であっても、人でないものを斬ることはできないと思うぞ。
 何か眩暈がする……。

 本気で頭痛がしてきたよ。
 
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