女と友情
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6部分:第六章
第六章
「行きましょう」
「そうね」
こうして二人は屋上へやって来た。見ればもうそこには彼がいた。一人で屋上の入り口の方を見て立っているのだった。立っているその姿はやはり大きかった。
「来てくれたんだ」
「うん」
幸枝は川崎の言葉にこくりと頷いた。そのうえで少しずつ前に出る。
「約束だったわよね。返事」
「手紙、読んでくれたんだ」
「ええ、読ませてもらったわ」
強張った顔で川崎に答える。幸枝は少しずつ前に出る。由紀子はその彼女の横には来ず少し右斜め後ろにいた。そのポジションで彼女に足を合わせていた。そして今完全に向かい合った。幸枝が彼の前に来たのである。
「あのお手紙ね」
「じゃあ僕のことは」
「わかったわ」
見れば川崎もまたその顔を強張らせている。その強張らせ方は幸枝のそれよりも強いものであった。今にもそのまま石になってしまいそうである。
「川崎君の気持ちは」
「そうなんだ」
「それでね」
幸枝は何とか言葉を出した。
「返事よね」
「それだけれど」
川崎もまた言葉が苦しくなってきた。
「あの、それで」
「ええ」
「どうかな」
今にも死ぬような言葉になっていた。
「返事は。どうかな」
「それはね」
既に二人は向かい合っていた。そのうえでの言葉のやり取りであった。
「私は」
「石黒さんは」
「私はね」
言おうとするがであった。
「私は。それで」
「どうなのかな」
「それは・・・・・・」
言えない。どうしても言えない。言葉を出せないのだ。その辛さに堪えるだけでも精一杯だった。しかしどうしても言葉が出ない。そのことに戸惑っていると。
「さあ」
「えっ!?」
不意にそれまで後ろにいた由紀子が幸枝の背中をぽん、と押してきたのだった。それで幸枝の身体のバランスが一瞬崩れてしまった。
「あっ、ちょっと」
こけそうになるが慌てて姿勢を元に戻す。川崎はそれを見て慌てて彼女に駆け寄るところだった。
「よかった」
川崎はとりあえず彼女がこけなくて一安心していた。
「こけなかったね」
「ええ、そうね」
幸枝もそれにはまずほっとした。しかし。
「けれど」
だがここで由紀子に顔を向けるのだった。
「ちょっと由紀子」
「気持ち、ほぐれたでしょ」
しかし由紀子は笑って彼女にこう言うのだった。
「これで。どうかしら」
「どうかしらってこんな時に」
「強張り解けたわよね」
だがまだ言う。
「さあ。言いたいこと言いなさいよ」
「言いたいこと」
「さっき、見たわよね」
笑いながらまた幸枝に言うのであった。
「彼が本当にどう思っているか」
「どうって」
「見たじゃない」
今一つわかっていない感じの幸枝にまた告げた。
「今彼。前に出たわよね」
「前に」
「それが彼の本当の気持ちよ」
このことを幸枝に伝えるのであった。
「だからね。言いたいこと言いなさいよ」
「私の言いたいことを」
「そうよ。ほら」
「わかったわ」
ここでやっと頷く幸枝であった。ここではやっとだった。
「じゃあ。川崎君」
「うん」
川崎に向きなおる。彼もそれに応える。
「私ね」
「うん。何?」
「川崎君に応えるわ」
これが彼女の返答だった。
「私でよかったら」
「いいの」
「ええ」
また頷いた。しかし今度の頷きはその意味も相手も先程のものとは全く違っていた。
「私でよかったら」
「そんな、石黒さんでよかったらなんて」
川崎は声を震わしつつ彼女に返した。
「僕、石黒さんじゃないと」
「私じゃないとなの」
「そうだよ」
そしてまた言うのであった。
「だから。手紙だって」
「書いたのよね」
「何度も言うよ」
川崎の言葉が強いものになる。
「僕は君のことが」
「そうよね。それは」
「うん。だから今の言葉は」
「信じて」
そっと川崎に囁いた。
「信じてね。私の言葉」
「信じてなんて」
川崎にとっては信じられない言葉であった。
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