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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 21.

 
前書き
2014年2月27日に脱稿。2015年12月6日に修正版が完成。 

 
 並んで立っている2人は、性別と身長、表情の違いこそあれ驚く程似通っていた。
 桂木桂とアテナ・ヘンダーソン。それぞれ別の姓を持ち、片や軽口の多い男性と片や堅物の女性。育ちの違いも垣間見えるので、全くの他人であると紹介されれば、言われるままに納得してしまいそうな特徴が幾つもある。
 なのに、こうして2人が肩を並べた途端、様々な共通点が目について周囲の方が濃い繋がりというものを意識せずにはいられなくなる。
 時空の悪戯によって出会った本物の親子という話は、やはり事実なのだろう。
 桂の愛機は、曲線主体の小型可変ロボット・オーガス。アテナのナイキックは、同スケールながら直線主体で、フライヤーへの変形はしない暗色の飛行可能ロボットだ。
 2人揃って空中に自在の軌道を描く上、何処かしら共通する癖もある。血が伝えた同じ資質だけでなく、2人は別々の空で長時間、同じ人間と空を飛んだ事があるのかもしれない。そう思わせるものを、時として2人は披露する。
 共に、空で人と出会い、空で強い絆を育むタイプだ。
 普段は特にアテナには干渉せず自らの人生を楽しむ桂だが、娘に男や敵機が接近すると多少性格が変わる。勿論、オズマ程激しくはないにしろ。
 その桂が、こちらの世界に現れた敵に神経を逆撫でされ、娘の分まで苛立っている。押し殺した怒りを放つ桂など、クロウは初めて目にした。多少の事では動じないZEXISとZEUTHの戦士達が、彼に場を譲って人垣を崩すのも納得がゆく。
 クロウもクロウで、普段の笑顔を浮かべたまま桂の視線を正面から受け止めた。何一つはぐらかすまい、との決意が伝わるように。
 アテナの視線も訴えている。経過報告の行間に埋もれてしまったものが知りたい、と。
 ふと、先程聞いたアポロの言葉を思い出す。彼女にまとわりついている移り香は、ミシェルに残っているものより、クロウのものにより近いのだとか。
 言うべきか? 言わねばなるまい。
「やっぱり、ダイグレンにいたんだな」ZEUTHの親子2人をきっと見据え、クロウは平時の顔で話しかける。「今、ゆうべの事であちこち聞き取り調査をしに回ってるところだ。俺の話もするから、その後で少しばかりこっちの質問に答えちゃくれないか?」
「わかった」
 答えるアテナは、明らかに訳知り顔だ。質問の内容について、ある程度見当をつけている感がある。
 彼女自身も疑問視しているのだろう。何故、自分は残されたのか。
 中原のように自身を守る術を持たない隊員が、魔に魅入られるように連れ去られた。今からでも代わってやれるものなら、自らを差し出す覚悟はある。そんな優しい思いが、アテナの表情から滲み出ている。
 クロウとロックオンで昨日の経過を一通り説明し、今朝については滑走路で発見した植物片と会議の事、そしてアポロが感じ取った異物の印象を丁寧に付け加えた。
「ランカちゃんが来る!?」
 唯一の明るい話題に、木下やさやかの表情が一瞬だけ喜色を帯びる。しかし、全てを話し終えた後の空気は、湿度の高い夜気より遙かに重くなっていた。
「何が『では』なんだよ」沈黙を破って、朔哉がげんなりと口を曲げる。「助けを求める側の力じゃないだろ。いきなりポンと陰月の光を引っぱがしてそこに貼ったんだぜ。自分で何でもできそうじゃないか。Dフォルトの突破一つが大変な俺達に、何をさせたいんだよ」
「それでも、クロウ個人への依頼ではなさそうね」と、ヨーコが彼女なりに現状を甘受する。「残された何かはニルヴァーシュにもある訳だし、私達全員でクロウやあの月を使いこなせっていう事なんでしょ。やるしかないわね」
「どうやって!?」
 木下や朔哉だけでなくさやかやくららまでもが加わり、一斉に短く返す。
 女性の声が発した「では」は、かなりの破壊力を伴って聴衆を動揺させている。桂とアテナの表情も硬く、アテナに残る移り香の特徴と相まって、振り払う事の叶わぬ神の手を想像しているような気がした。
 神。確かに、敵を表現する為には使いたくない背筋が凍る響きだ。
 元々、異界の住民として桁外れな能力を振るっているのに、神話的能力まで手に入れ、今は弱者の方でも言葉を失う程の怪奇現象を実に容易に引き起こす。その力の底なし加減を、朔哉は「では」という言葉に見ているのだろう。
 月の転写をダイグレンに残しておきながら、力の振るい方は、目的地までの地図でも残してゆくような気軽さを滲ませる。相手の力は、絶大と表現してもまだ足らない。
 唯一の救いは、歴然とした力の差の下でもZEXISが戦意を喪失しない事だ。
「『100の中の1』。それも、ちょっと引っかかる言い回しですね」聡明なロシウが輪の最遠部から身を漕ぎ出し、敵が選んだ表現に食らいつく。「他に、『自分も花も既に彼の一部』ですか。100は何を指しているのでしょう。沢山の人間、というより意のままにできる植物の事と解釈したら、すっきりしませんか?」
「つまり、もしかしたら人間は『彼』とその人の2人きり、って事?」
 要約する葵に、ロシウが首肯した。
「断定するのは、まだ早い」ZEUTHに所属するジュリィが、先出の推理に眉をひそめる。「確かに、人間100人の総意なんて簡単にまとまるものじゃない。しかし、だからこそ現象にばらつきがある、との説明だって十分に成り立つ。ライノダモン1頭ではまだ足らず、格下のブルダモンまで取り込みにかかったり。かと思うと、ZEXISの女性2人を連れ去ったり。方針がばらばらで、まとまりを欠いた集団そのものじゃないか。助けを求める女性の行動も、そのばらつきの一部と考えれば矛盾は生まれない。最上位者として『彼』なる存在がいるのは、おそらく本当なんだろう。だが、その下に複数の協力者がおり、バラの株を試験体として操っていると考える事だってできる」
「アイムの話ですね」
 目を光らせたジョニーに、「あの部分に嘘はない、と俺は思っている」とジュリィが肯定した。「その方が、俺達を乗せやすいからな」
「『残された者共』か…。しかし、その仮説だと『彼』の影響力は、女の声が言っている程絶対的なものではなくなってしまう。そこはどう説明する?」
 1つの疑問を突きつける隼人に、ジュリィは肩を竦めつつ首を横に振った。
「残念ながら思案中だ」
 それまで2人の男のやりとりを聞いていた甲児が、短く唸る。
「声の主と『彼』以外に誰かいるのか、か。どっちの話も納得できるし、本当に俺達は敵について何も知らないんだな」
「嘘吐き野郎とわかっているのによ。こういう時に奴の言葉を頼りにしなけりゃならないってのが、もどかしいぜ」
 竜馬が右手で拳を作り、左の掌へと打ち付けた。誰からも苛立ち紛れとわかる動作だ。
 場が気まずい。
「それじゃあここで、質問コーナーだ」無駄に明るく振る舞い、クロウは集まっている仲間達全員を順に見回した。「ゆうべの戦闘中に起きたホワイト・アウトの時、小さな音を聞いたとか何かをちらっと見たって覚えがあったら、手を挙げてくれ」
 葵達チームDにゲッターチーム、ヨーコ達と居並ぶ面々は多いが、皆互いの反応に興味を示すばかりで手は1本も上がらない。
 アテナも、その中に混じっている。
「何も? 全然?」敢えてじっと彼女を見つめ、クロウは心当たりの有無を改めて確かめさせる。彼女が何かを見聞きしているのか。それは、後で大山に報告しなければならない重要事項だ。「例えば、きれいな音とか和音とか」
「いや、私は何も聞いていない」
 記憶に誤りがない事を彼女は強調した。正規軍の人間らしく、自信の程は固めの口調に表れる。
「それって、クロウとレントンが聞いたって音ですよね」木下が、両耳に掌を当てる。「他にも聞いた人がいないかって捜してるんですか?」
「まぁ、要するにそういう事なんだ」代わりに答えたのはロックオンだった。「聞いた人間が少ないなら少ないで、人数をはっきりさせた方がいいかもしれないだろ?」
「ならば、私ではなくニュータイプと超能力者に訊く方がいい」思わぬ提案が、アテナから飛び出した。「ZEUTHには何人ものニュータイプが、ZEXISには超能力者がいる。彼等の超感覚で何か捉えていないかを確かめる方が有益な筈だ」
「ZEXISの超能力者。…タケルの事ね」
 くららが具体的に名を挙げると、甲児が今朝の記憶を探り直す。
「カミーユ達は、今パトロール中だ。カミーユとファとワッ太にGソルジャー隊。で、指揮を執るのがオズマ少佐。…今朝の5機編成に組み込まれているんだな。ニュータイプのうちの2人は」
 そして、小学生社長と他の社員達が別行動になった結果、木下は今この人垣に混じっている。今日、シャトルはパトロールには出せない。クルーの1人、厚井常務が、マクロス・クォーターで損傷機の修理を担当しているからだ。
「タケルは今滑走路で植物片の捜索中だし、ティファちゃんはお休みのまっ最中」聞き取り対象の現状を整理しつつ、クロウは誰とならすぐに話ができるのかを考えてみた。「残るは、アムロとクワトロ大尉か」
「今も会議中だったらどうする?」
 クロウ達5人だけが先に室外へと出された事を、ロックオンが思い出した。
「そうだな。あの様子じゃ…」未だ、クロウ達パイロットの耳には入れられない話でも交わしているかもしれない。
 ニュータイプは、ZEXISとZEUTHを合わせると5人。たった1人の超能力者も活動中で、現状、手の空いている人間は誰もいない事になる。
「ん-。だったら、先にタケルの話を聞いておかないか?」随分と乗り気なロックオンが、自発的にまさかの艦外を指す。「道すがら、滑走路に寄るのは有りだろう。こっちの調査だって重要なんだ。1つ2つ質問するくらい、タケルの邪魔にはならないさ」
「…いいのか? それで」 
 皆の視線がある手前、左目のダメージについて具体的に触れる事ができないのはもどかしい。クロウは、要約した言葉でガンダムマイスターの決意の程を確かめる。
「他にもやる事が目白押しだろ」
 ロックオンが強調した。決して屋外に長居はしない事を。
「OK」とこの場は折れ、改めてアテナに向き直る。「流石の目のつけどころだな。そのアイディア、いただきだ!」
「いや、大した事はない。…力になれたのなら嬉しい」
「絶対に桂の側を離れるなよ。まだ謎の敵の監視下なんだ、俺達は」
 左の拳から親指を突き出し、クロウはやや離れた位置から床の月を指す。
「そっちも気をつけろよ」
 桂の声に送り出され、クロウとロックオンは背に刺さる視線の数々を意識しつつダイグレンの格納庫を後にした。
 ちらりとKMFの収容場所に目をやる。残念な事に、人の気配はない。
 昨夜の月下は1機たりとも損傷しておらず、給弾作業は夜明け前に全機分を終了させてしているのだろう。藤堂どころか、千葉達の姿もなかった。
「いないな」
 クロウが呟くと、「ああ」とロックオンもがっかりした様子で相槌を打つ。
 再び屋外に出る際、隻眼の男が左手で額に傘をこしらえ目を細めた。
 日は更に高くなって、海面と滑走路の照り返しが基地全体をより眩しいものにしている。元々、全体が白色側に傾いているバトルキャンプだ。ロックオンのみならず、破片捜索を担っている隊員達やクロウの目にも多方向から容赦なく冬の陽光が飛び込んでくる。
「こいつぁ、そろそろ屋外作業に要員交代の指示が出るかもしれねぇ。ロックオン。お前、先にクワトロ…」
「その先まで言ってみろ。後で、お前の財布に思いっきり泣きを入れさせてやる」
 隻眼の友人が、クロウの話を半ばで遮った。
「別の後悔をするよりましだ」
 人目を憚る必要がないので、こちらも同じ力で受けて立つ。敢えて金絡みの脅しなどを使ったのは、焦りの裏返しに決まっているのだから。
 互いに無言のまま、視線ばかりを衝突させた。2人に横からは冬の冷気が、頭上と周囲からは陽光が体を撫でつけてゆく。
 ふとロックオンが、頬の肉を上げ左目の形を歪めた。クロウの左肩に手をかけるなり、強い握力を一瞬だけ注いで外す。
「目を閉じとくから、ガードマンの役割から俺を外すのはよせ」
「…わかった」
「その上で、タケルの話はお前が聞いてくれ」
「ああ、任せろ。そいつは俺の役割だ」
 頃合いを見計らって双方が妥協し、合意の笑みを交わす。
 これは、いよいよ効率を重視しなければならなくなった。まず、破片捜索の指揮を執っているケンジ隊長を急いで捜す事にする。
 捜索対象面積はやたら広い。が、幸いにもケンジの立っている場所は先程の会議中にあたりをつけた場所からそう離れてはいなかった。
「邪魔して悪いな」と前置きをした後、タケルの居場所を尋ねる。折角なので、彼にも昨夜のホワイト・アウトの瞬間に何かを見聞きしていないか問うた。
「いや。俺は聞いていない」その瞬間にクランと中原は連れ去られている。クロウの聞き取りにどのような意味があるのかを、ケンジはすぐに理解した。「なるほど。タケルは超能力者だ。我々よりもニュータイプに近い。その超感覚で昨夜、何を捉えているか知りたいのか」
「ご明察」とクロウは頷いた。
 クラッシャー隊の長官である大塚が、青年指揮官のケンジを採用し全幅の信頼を置くのもわかる。タケルの生まれを許し現場で共闘の形を整えた本当の功労者は、最前線を纏めるこの男だ。
「今ちょうど、Dグループが移動している。凹みを上手く避けてタケルに近づいてくれ」
「わかった」
 ケンジが指した先で、中腰になっていた5人が一斉に立ち上がり大きく背筋を伸ばす。
 Dグループというのは、クラッシャー隊隊員5人で構成されたグループらしい。全員が、同じ白い制服に黒いグローブとブーツを履いている。
 仲間の背を叩き労っているのがタケルだった。5人は足下を気にしつつ、滑走路に最も近い建物に沿って横に移動してゆく。彼等は、広い捜索範囲の中で最も陸側の一帯を任されているようだ。
 察するに、彼等の捜索対象はおそらく海風を受ける垂直の建物壁面をも含んでいる。もし、壁に昨夜の植物片が刺さっていたら大事になるからだ。
 つまり、彼等だけが水平方向と垂直方向の2面と広範囲を任されている事になる。ケンジもまた、超能力者ならではの鋭い感覚をこの現場で当てにしているのだろう。
「タケル」クロウは声をかけながら、2人で件の人影に近づいた。
「クロウ。それにロックオンも」振り返るタケルが、「その辺りなら好きなように歩いても大丈夫です。捜索は終わっていますから」と彼なりの安全宣言をする。
「忙しいところを悪いな。ちょっとした聞き取り調査だ。すぐに終わる」
 用件はクロウが伝え、ロックオンは「よっ、お疲れさん」と右手を挙げて5人に挨拶をするに留めた。
「何か急ぎの用でも?」
 タケルがちらりとロックオンに目をやってから、クロウだけに視線を合わせ始める。黒い眼帯をした横顔しか見る事はできないが、タケルの様子で隣に立つ男が既に左目を閉じている事を悟った。
「ああ。今、ゆうべのホワイト・アウトの時に何かを見聞きした人間がいないか調べて回ってる。怪奇現象だけに、聞いた人間と聞こえていないという人間にきっぱりと分かれててな。参考にするつもりで、ニュータイプと超能力者の感じ方を聞きに来た。覚えてるか? タケル。昨夜のあの瞬間を」
「はい」タケルが平素の顔で頷いた。「俺はあの時、マリス・クラッドを受けたゴッドマーズを下げてガイヤーから降りていました。ダイグレンの中で、…音……、音…」
「ああ、例えばだ」即否定しない少年を脈ありと捉え、クロウは一押しをかける。「チリチリとかキラキラした音、和音も有りだ。耳障りのいい一瞬の音とか」
「あ、それなら」タケルの表情が、心当たりの存在を如実に語っていた。「音は聞いています。そうだ、確かにキラキラした音だった。…もしかしたら、あれは…声?」
「声?」
 繰り返すクロウに、少年が「わからないけど、そう聞こえなくもないような」と曖昧な返事にトーンを落とす。「嬉しい時の声とか悔しい時の声とか、そんな感じのものが同時に通り過ぎました」
「何かの気持ちが乗ってたって事か」
 考えてから、「はい」とタケルが肯定した。「無機質な音とは違います。でも声という程ではなくて、その中間くらいのものです」
「他には?」
「そうですね」タケルがひとしきり記憶の引き出しを覗いてから、「いえ、何も思い出せません」と断言する。
「ありがとうな。参考になった」
 1つの大きな収穫に、クロウは心中で指を鳴らす。アテナが考えた通り、常人の横をすり抜けてゆくものを受け止める力が超能力者にはあるのだ。
 ノイズが多いというこの多元世界でタケルの能力があの瞬間正常に働いたのは、幸運と言うより他になかった。或いはギシン星人として備え持つ体質故かもしれないが、いずれにしても彼が聞いたという事実は大きい。
 アムロが提案した再接触の方向性を是とする内容ではないのか。超能力者やニュータイプの干渉によって、ZEXISと青い世界の支配者は再びコミュニケーションを成立させる事ができる。
 タケルの助力も計画に加えるべき、と報告した方が良さそうだ。
 クロウは最後に、Dグループの残る4人にも同じ質問をしてみる。
 桂達やケンジ同様、音や声を聞いた者は1人もいなかった。
「タケル。捜索が終わったら、ケンジ達の話はお前が聞いておいてくれるか?」
「はい」タケルがにこりと了解する。「どんな話を聞きたいのかがわかったので、後で俺も手伝います」
「疲れてるのに悪いな。頼む」
 破片捜索に戻るタケル達の背を、クロウは片手を挙げ見送った。
「さて次は…」と独りごち、アムロとクワトロの顔を思い浮かべる。いよいよ屋内作業の始まりだ。
 安堵して壁面を仰ぐ。
 直後に、クロウは凍りついた。人影の動く窓がある。
 あれは第4会議室ではないのか。
 クランと中原の行動追跡で引っかかった疑惑の場所。デスクに置かれたバラの花を発見した所であり、昨日の打ち合わせ時刻に何かが覗き見るとティファが予知した場所でもある。
 規制線の内側に一体誰が入ったというのだろう。
 一瞬見えたその姿は、既に窓辺にはなかった。
 陽光の反射具合で、窓は鏡同然になる。最悪、気づいた者は自分1人かもしれない。
 クロウからも、室内の様子が特別見えやすい状況にはなかった。誰かがいるのか、いないのか。それ自体を確かめる必要が生じたという事だ。
「どうした? クロウ」
 呼ばれて顔を回した途端、最も近くにいる隻眼の男と目が合った。しかも、不審を露わにする間近の表情から、起きてはいけない変化を既に嗅ぎつけている。
 目を閉じていたというのに、この勘の良さ。最早、この男と共に突入するしかない。
「行くぞ、ロックオン! 第4会議室だ!!」
 手招きはせず、足早に建物を目指す。
「このままでいいのか? 丸腰だぞ! 俺達は」
「もし罠なら、銃があっても意味はねぇ!」クロウの中で、答えは出ている。「まずい状況なら、俺かお前のどちらかがすぐ会議室の外に出る。いいな!」
 後ろからついて来る親友の足音と声を聞き取りつつ、一気に加速し、全速で階段を駆け上がる。
 左目のみのロックオンに、室内で格闘をさせたくはなかった。気配りの点でも勝敗の点でも、当然「どちらか」は隻眼の人間の方と判断する筈だ。
 有事の際、危険地帯に飛び込んだ者が共に正常な思考をしていれば。
 現在のバトルキャンプには、転写された月が立ち入り制限のない状態で。バラを取り除かれた状態の第4会議室が規制線を張られた状態で放置されている。
 物見遊山なパイロット達も、見物対象のない会議室には特別興味をそそられはしないだろう。それでもあの部屋に立ち入り、クロウに一瞬その姿を見せた者がいる。
 いや、見せた者がいた気がする。
 立ち入り禁止の禁を破る酔狂の顔と名が、思考の手前に現れた。
 アイムであって欲しいのか? わざわざ宿敵の顔を思い浮かべげんなりする自分の意識に、改めてランカ・リーの名を刻み込む。
 ZEXISと歌の力が異界への扉を開けるまで、宿敵の力など欲する必要はない。
「この階だ!!」
 反響する音を響かせて、直角に方向を変える。
 会議室の周辺には、人の気配がなかった。
 侵入者はまだ残っているのか。姿を見せておきながら、部屋に近づく者がいると巧みに気配を殺す。いるのかいないのかわからないところが、謎の敵やアイムを思わせた。
 音が立つ事を覚悟の上、2人がかりで支柱をどけテープを外す。
 クロウの背に密着するロックオンには、「俺が先に行く」と小声で呟く。
「ああ。それは任せた」
 年上のガンダムマイスターが、珍しく素直に了承した。敵に眼帯姿を晒す恐ろしさをきちんと受け入れ自重している。
 やはり、彼は冷静だ。
「動くな!!」
 ドアを開けた直後、クロウはとびきりの大声で恫喝する。
 最初、視界に飛び込んできたのは、1人の男の立ち姿だった。
 会議室の後方ばかりを照らす斜度の低い陽光が、壁やデスクで乱反射を起こす。その眩しさの中で、色の濃い服を着た姿勢の良い男がこちらを向いていた。
 クロウの声に反応したのではない。最初から入り口に顔を向け、突入する者を迎えるつもりだったのだ。
 悪寒が走り、またも鳥肌が立つ。
 アイムがいた。寒気を遮る白色の室内で、静かに人待ち顔を浮かべ。


              - 22.に続く -
 
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