大切な一つのもの
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3部分:第三章
第三章
まず歌の騎士が向かったのは帝国の帝都ウィーンからずっと西に行ったニュルンベルクという街です。そこは市民の力がかなり強い独特の街でした。
「いや、ここは」
歌の騎士は馬に乗って城壁の中にある街の中を見回ります。そうして感嘆の声を漏らすのでした。
「何と素晴らしい街なんだ」
「やあやあ」
街の至るところで商人達の声がします。
「パンはどうか」
「香料は如何」
「何でもある街なんだな」
「左様でございますよ」
商人達の声を聞いて目を瞠っている彼に誰かが声をかけてきました。
「この街はそうなんですよ」
「君は一体?」
「私ですか。私はダーヴィットといいます」
見ればお洒落な身なりで少し太った陽気な顔立ちの若者でした。屈託のない笑顔で彼に答えます。
「以後お見知りおきを」
「宜しくね、ダーヴィット君」
歌の騎士は馬の上からにこりと笑って彼に答えます。
「それじゃあ」
「はい」
馬から下りて。そこからまた話に入りました。
「実はね。私は皇帝陛下に頼まれてあるものを探しているんだ」
「皇帝陛下にですか」
「そうさ、この世で最も大切なものを探して来いとね」
そうダーヴィットに述べます。
「それでこの街に来たのだけれど」
「おお、それは非常に運がいいことです」
ダーヴィットは歌の騎士の言葉を聞いて笑みを作りました。
「この街にないものはありませんよ」
「本当に!?」
「はい、宝石から胡椒まで」
笑顔で高価なものを出してきます。
「ないものなんてありません」
「じゃあひょっとしてここにあるのかも」
歌の騎士は彼の言葉に希望を見ます。ダーヴィットはその歌の騎士にさらに言うのでした。そうしたところは機転が効くと言うのでしょうか。とにかく絶妙なタイミングでした。
「しかもですね」
「まだ何かあるのかい」
「この街にはこの世で一番賢い方がおられるのですよ」
「この世でとなると」
歌の騎士はそれを聞いて腕を組みました。そうして考える顔を見せてきました。
「宰相のフレイ様や炎の騎士ローゲよりもかい?それともあの教皇様よりも」
「いや、それを言われますと」
そうした人達の名前を出されると苦笑いになります。ダーヴィットも彼等のことは知っていたのです。ある程度ははったりでしたからこれは彼にとっては計算外のことでありました。
「同じ位でしょうか」
「同じ位なんだね」
「はい、左様で」
まだ多分にはったりを入れて述べます。
「そうした方です」
「それでその賢者は誰かな」
歌の騎士はそれを聞いてからまた彼に問います。
「よかったら教えてくれないかな」
「実はですね」
「うん」
ダーヴィットの言葉に耳を傾けます。そのうえで話を聞きます。
「私のお師匠様なんですよ」
「君のかい」
「はい、靴屋でして。名前をハンス=ザックスといいます」
「ハンス=ザックス」
歌の騎士はその名前を聞いて目をしばたかせます。ハンス=ザックスといえば帝国でも有名な人物で歌の騎士は歌手として彼を知っていたのです。他にも色々と有名な人物のようですがとりあえず彼は歌手として彼を知っていました。
「君の師匠はあのハンス=ザックスだったのか」
「左様で」
「しかも彼はこの街にいたのか」
「御存知ありませんでしたか」
「今はじめて知ったよ」
驚きを隠せない顔で彼に答えます。
「そうか、このニュルンベルクに」
「人呼んでニュルンベルクのマイスタージンガー」
「マイスタージンガー」
歌の騎士はその名を呟きます。
「歌の親方か」
「そう、歌だけではありませんよ」
ダーヴィットは自分の師匠のことなので誇らしげに言うのでした。
「靴屋でも学問でも。全てにおいて立派な方です」
「では彼なら知っている筈だ」
歌の騎士はそこまで聞いて確信しました。彼ならばと。
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