| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

大切な一つのもの

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

19部分:第十九章


第十九章

「どうして私がここにいるのか知りたいのだな」
「そうです。どうして」
「そなたに褒美を与える為だ」
 こう騎士に告げてきました。
「褒美ですか」
「話は聞いている」
 また騎士に告げます。
「皇帝陛下からこの世で最も大切なものを探し出して来いと言われているな」
「その通りです。では」
「おそらくは間違いはあるまい」
 王様の声と顔がしっかりしたものになります。まるで全てを察したかのように。
「よいか」
「はい」
 その王様の顔と声に応えます。
「それはおそらく形になっているものではない」
「といいますと」
「だがそれと共に人が常に求めるものなのだ」
 こうも告げます。告げられた騎士の顔は余計に困惑したものになりました。
「常にですか」
「それを今そなたに与えよう」
 にこやかなまま言います。
「今ここでな」
「それで叔父上」
 騎士は王様に対してまた問います。
「それでそれは」
「それはな」
「はい」
 言葉のやり取りが次第に慎重になっていきます。王様も森の騎士も。まるで時の流れがそれだけ緩やかになったかのように。少しずつ。
「愛であろう」
「愛、ですか」
「わしはな。若い頃に妻に先立たれたな」
 寂しい笑みになりました。何かを諦めたかのような。
「それは知っておろう」
「はい」
 こくりと頷きます。これは彼も知っていました。御妃様を深く愛していた王様はそれからずっと結婚しなかった程なのです。
「従って子もいない。だからこそ愛の大切さを知っておるのだ」
「私に対してもですね」
「うむ」
 今度は王様が頷きました。騎士に対して。
「そうじゃ。愛とは相手がいてはじめてできるもの」
「相手が」
「そなたにその相手を授けたいのじゃ」
 これが王様の贈りものだったのです。それは。
「相手!?ですが」
「相手がおらんというのだな」
「その通りでございます」 
 頭を垂れて王様に申し上げます。実は森の騎士はまだ結婚していません。実はこれは他の騎士達も同じだったりします。
「残念ですが」
「だからこそじゃ」
 王様はまた顔を綻ばせてきました。甥の顔を見ながら。
「トリスタン」
「はい」
 今度は甥の名前を呼びました。
「そなたはずっと一人じゃった。そのそなたの妻となる者は」
「妻となるのは」
「もうここに来ておるのじゃ」
「ここにですか」
「うむ」
 そのにこやかな顔でまた騎士に対して頷きます。
「西の島の王女じゃ」
「何っ!?」
「何とっ」
 これに驚いたのは騎士だけではありません。そこにいた全ての者がそうでした。それ程までに王様の今の言葉は驚くべきものだったのです。
「どうじゃ、よいじゃろう」
「私が王女の」
「左様。西の島の王とはもう話はつけてある」
「もうですか」
 この手際のよさには誰もが言葉を失いました。王様は甥である騎士の為にもうありとあらゆる手を打っていたのです。これもまた愛でした。
「だからじゃ。よいな」
「はい」
 片膝をついて頷きます。それで決まりでした。
「謹んでお受け致します」
「全てはこれによりはじまる」
 王様は騎士と周りの者達に対して厳かに告げます。
「二人になることからな」
「はっ」
 こうして緑の騎士も何かを手に入れました。そうしてそのことを伝えに都へと意気揚々と戻るのでした。その手に幸せを手にして。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧