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大切な一つのもの

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12部分:第十二章


第十二章

「これは一体どうしたのだ!?」
 敵が来たのか、それはあの宿敵フランスかと。そう思っているとそうではありませんでした。
「実は今アントワープで騒ぎが起こっていまして」
「騒ぎだと!?」
 とりあえずは敵が攻めたのではなくてそれを安心します。やはりそれが一番問題だからです。しかしこの問題はかなり厄介なものでありました。
「実は領主様が行方不明になってしまったのです」
「領主様というと」
「公爵様がです」
 この辺りはブラバント公爵領です。帝国の中でも屈指の大貴族で形式的に皇帝を選挙する七人の大貴族に匹敵する程の大きな家なのです。
「公爵様が。行方知れずになられたのです」
「公爵様というとだ」
 騎士はそれを聞いて己の記憶を辿ります。
「確か。ゴッドフリート=フォン=ブラバント公爵だな」
「はい、そうです」
 民衆はその言葉にこくりと頷きます。
「まだ幼いというのに。何処に行かれたのか」
「何処に行ったのか完全にわからないのだな」
「全く」
 民は首を横に振って述べます。
「それで後見役である姉君に嫌疑がかかっています。そのようなことを為さる方ではないのですが」
「それは困ったことになっているな」
 騎士はそこまで聞いて顔を顰めさせます。
「どうにもこうにも」
「我々も暇を見つけては探しています」
 他の民達も来て騎士にそう述べます。ですが皆暗い顔のままです。
「それでも」
「何処におられるのか」
「そうか」
 騎士はそれを聞いて思い立ちました。探し物よりもそちらにまず目がいきました。これは彼の義侠心から来るものでありました。
「それではだ」
「何か」
「私もそれに協力させてもらえないか」
「騎士様がですか」
「うむ」
 騎士はそう言って頷きました。
「それでいいか」
「はい。ですが」
 それでも民衆の顔は晴れませんでした。まだ何かあるようです。
「それでも」
「まだ何かあるのか」
「はい。お姫様です」
 その疑われている公爵の姉君のことです。彼等は彼女のことを心配していたのです。
「このままでは。牢屋に入れられてしまいます」
「騎士様、それは何とかできないでしょうか」
「そうだな」
 騎士はそれを聞いて考える顔になりました。そのうえで彼等に言いました。
「それでは私を城に案内してくれ」
「お城にですか」
「そう、公爵家のお城にだ」
 彼等に言います。
「よければ案内して欲しいのだ」
「わかりました。それでは」
 民衆達は喜んで彼に応えます。
「私達が。実はですね」
「うむ」
 また民衆の話を聞きます。
「困ったことに裁判にもなろうとしています」
「姫様がか」
「はい。ケルンの方から司教様が来られて。それもありますので」
「慎重に、だな」
「それで御願いします」
 騎士にそう念を押したうえでお城に向かいます。壮麗なお城にやって来るともう城門に来ただけでかなり物々しい雰囲気の中にありました。
「止まれ」
 鳥の騎士はその城門の前で門を護る兵士達に声をかけられました。
「騎士殿とお見受けしますが」
「はい、私の名はローエングリン」
 彼は馬から降りて自分の名前を名乗りました。
「それが私の名前です」
「ローエングリン様」
 兵士達は彼の名前を聞いて目を開け背筋を伸ばしました。彼の名を知らぬ者は帝国の兵士にはいません。それ程の騎士なのです。
 
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