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伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚

作者:OTZ
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第十二話(上) 列島騒乱

―5月1日 午前3時 エンジュシティ 市役所 会議室ー

 ロケット団はサカキの命でエンジュ市役所を作戦本部として使用することを策定。
 市役所はほぼ中心部にあり、オーキドやサカキの鎮座する大学にそう遠くないことやいろいろと睨みを利かせやすい事がその理由である。大学はポケモンの供給拠点として使うことに。
 作戦本部には幹部クラスが詰めており、本部長及び実質の総司令官はアポロに任命された。
 何を隠そう通信局を真っ先に占領して通信網を絶つことや、ゲートを封鎖して逃げ場をなくすことなど相手の援護をまず来させないよう画策し、本来なら圧倒的に強い実力を持つジムリーダーの軍勢を最終的に包囲殲滅できたのはアポロの建策があってこそである。
 元々の役職が最高幹部であったことは勿論だが上述の功績もあってサカキより作戦本部長に任命されたとき誰も異を唱える者はいなかった。(但し名目上は当然サカキである)また、サカキの狂信的な信奉者でもあり裏切ることはまず有り得ないだろうというのも理由の一つ。
 会議室にはアポロの他に各方面の司令官を務めるランス、アテナ、ラムダの三人が約二時間後より開始予定の一斉侵攻に向けて最終調整を行っていた。

「東方攻略軍の司令官はラムダ、南方攻略軍の司令官はランスとアテナ、西方攻略軍の司令官は私が務めます。それぞれの配置する軍勢は各三万五千体。リーグの軍勢のおよそ30倍~50倍程度確保していますが敵はかなりの強者。ゆめゆめ気を抜かずに事へ当たるようにしてください」

 アポロはエンジュとその周辺の地形図に三つの駒を置いてそう言った。
 東方攻略軍は竜の穴を占拠してドラゴンポケモンの増員。
 西方攻略軍はアサギシティを抜けて水道に出て比較的足りていない水ポケモンの増員。
 南方攻略軍はジョウト最大の経済都市であるコガネシティを占領して経済資源の確保、増強がとりあえずの目標である。
 いずれもリーグを撃破した後に28番道路、27番道路及び40番水道で起こると予想される自衛隊(在日米軍)との決戦にむけての作戦である。アポロ自身の構想としてはジョウト地方及び内国のリーグの軍勢を占領、撃破し、カントー地方に打って出て首都であるヤマブキシティに侵攻、占領した暁にサカキを頂点とする王国を打ち立てる所まで画策していた。
 アポロはボスであるサカキが四年前の復讐の為本気で日本そのものを獲ろうとしていると信じて疑わなかったのだ。
 当のサカキは最終的に何を考えているかは特に何も言及してはいなかったが。

「なーに。大丈夫よ。あいつらの威力は予想を遥かに超える一つ一つの兵器といえるレベルだぜ。一匹百殺も夢じゃないぜヒッヒッ」

 幹部の一人であるラムダが下卑た笑いを浮かべながらそう答えた。

「あのポケモンたちの力は確かに甚大……。ただしそういう問題ではないのですよ。相手は全国のトレーナーから選ばれたエリート中のエリートの集団。エンジュの頃は確かに勝てたかもしれませんがあの時の損害だって決して無視できるものではないのですよ?」

 エンジュシティ占領時のマツバ率いるエンジュ側の抵抗は非常に強く、あの時出動した3万体のうちおよそ6千体が戦闘不能になったと伝わっている。五分の一が瀕死状態になったのだ。

「確かにそうですね……。すぐに回復できたから良かったものの、リーグの力を侮ればとんでもない大怪我を蒙る可能性がありますね」

 ランスが冷静にそう述べた。

「はい。冷静な貴方ならば十二分に理解しているとは思いますが、ランスとアテナが率いる南方攻略軍の敵将は中東の雷帝と恐れられた元アメリカ合衆国の陸軍士官、マチスです。この戦争においては正直に言って理事長や伝説の夫婦とやらがいる第一軍よりも、実戦経験豊富な将校がいる第二軍のほうがよほど危惧すべき存在なのです。心してかかってください」

 リーグの軍勢の構成情報はロケット団の斥候によって既に全て明らかになっていた。
 しかしそれ以上はキョウやその手下たちによって完全に防諜がなされており、各軍の作戦などは一切窺い知ることがかなわなかった。

「ハッ!」

 ランスはしっかりとした声でそう返答する。

「アテナもいいですね。有利な軍勢を使って積極的な行動に出るのもいいですが、熱くなりすぎず時には冷静に動いてください」
「ふふ、大丈夫よ。雷帝だかなんだか知らないけどそんなのは数の論理でボコボコにしてあげちゃうから」

 アテナは余裕たっぷりの笑顔でそう答える。
 アポロは数秒黙した後

「まぁこのくらい正反対なほうがバランスとれていいかもしれない……。今回の一戦にはサカキ様の威光がかかっています。敗北は絶対に許されませんよ。事を起こした以上、我々は栄光に向かってただ進むしかないのです。では、以上」

 アポロはそう言い残して会議室を去る。
 ほかの幹部たちもそれに続いて消えていった。

―同日 午前5時30分 42番道路 エンジュ方河原―

 ナツメはポケモンたちにテレパシーを送りながら黙して指示を下していく。最初の一斉サイコキネシスによって敵勢が多くふっとばされて大混乱に陥ったが20分ほどで立て直し、今は互角の戦いが続いていた。
 ワタルよりそろそろ河原がたへ退くようにとの命が下り、ナツメは手でも合図しながら少しずつ退いて行った。

―エンジュ方ゲート付近―

 この事は東方攻略軍司令官のラムダにも伝えられた。

「おーし、敵は俺らにおじけついてどんどん退いて行くな! この調子でどんどんチョウジまで押していくように前線の隊長たちに伝えろ! 船替わりになる水上ポケモンの用意も忘れないように!」

 司令官の伝えた情報は各軍集団の隊長に伝わり、前線で戦うポケモンたちを指揮する下っ端まで下っていく仕組みになっている。

「し、しかしあまりにも不自然ではないでしょうか……。なんだか私には罠のように思えてならないのですが……」

 ゲート付近を守る隊長の一人がそう疑問を呈す。

「うるせー! 俺が突っ込めといったら突っ込むんだ! 俺たちには後がねえ前進あるのみ……」

 その瞬間、ズズンと一つの衝撃があたりに響いた。
 その衝撃は数分ものあいだ続く。地震かと最初は思われたがあまりにも不規則なため次第に人の手によるものだと分かった。

「な……なんですか……これ」
「き、気にするんじゃねえ! いいな、分かったな、突っ込むんだ! 前へ前へ前へっ!」

 ラムダの指示通り、前線はナツメの誘導に従うかの如く前へ前へと詰めていく。
 この謎の衝撃は一時間にわたって続き、隊長や下っ端たちの不安の種となった。

―午前6時13分 エンジュよりの池縁―

 十分に惹きつけたと判断したナツメはすぐにポケモンたちを戻す。

「あとは頼んだわよ……」

 とだけ小さく呟きナツメはテレポーテーションを用いてチョウジ寄りの河原まで瞬間移動した。この時点でナツメの手持ちは壊滅状態で、30体のうち28体が瀕死するという大損害を被っていた為、空き時間を用いてポケモンセンターで回復を行う。
 下っ端や前線を指揮する隊長たちはどうにも解せなかったがとにかく前へ行くようとの厳命が下っているため、水や飛行ポケモンを用いて池渡りを敢行する。
 が、池を渡って暫くすると、突如暴風雪の餌食になった。言うまでもなくヤナギの策である。
 零下40度の氷雪の前に前進命令が撤回されるまでの間になんとか突破しようと試んだ敵方の4割がこの餌食になり瀕死した。

―午前6時50分 スリバチ山入口付近―

 ヤナギはブリザードを出しているマンムーとトドゼルガの背後に立ち、これからの作戦について話していた。
 敵方だとあれほど恐ろしかったあの技が味方が使うととても頼もしく思えたレッドであった。

「このブリザードはもってあと8分ほどで消え去る。終わったら敵が来るのを待って私とレッドは前線に出て氷結したフィールドの上で戦う。エリカ女史はアロマテラピーで状態異常を治すなりで後方支援を頼む」
「わかりましたわ」
「あの、ヤナギさん」

 レッドが一つ疑問に思ったことを尋ねる

「何かね」
「氷結したといってもかつては池だった場所の上で戦うんですよね? 万一割れたりしたら一大事じゃ……」
「ブリザードを舐めたらいかんぞレッドよ。この技で池のかなり深い場所……この程度の時間ならばおそらく5メートル下まで氷の層ができておるからめったなことでは壊れはせぬ。安心するが良い」

 因みに酸欠で死なないように昨日までの間にヤナギは網や水ポケモンなどを使って出来る限りこの池にいるポケモンたちを救いだし、隣の池やいかりの湖に放流している。

「な……なるほど」

 ヤナギの技の凄さに驚嘆するほかレッドにはなかった。

「ククッ……彼奴らめ、リーグに楯突いた事を大いに後悔させてしんぜよう」

 ヤナギの余裕と残忍さが混ざった微かな笑みにレッドは僅かであれど恐怖を覚えた。

「貴方……きっと無事に生きて帰ってきてくださいね」

 エリカはレッドの身を案じている。
 ポケモンが主体とはいえ戦争である。ヤナギやレッドが生きて帰ってこれる保証はどこにもないのだ。

「俺がこんなのにやられる魂かよ。大丈夫。きっと生きて帰ってくるさ」
「左様ですわね。貴方ならばきっと……いいえ、必ず生還できると信じております」

 それを傍から見ていたヤナギは厳めしい面をしていた。二人を妬んでいるわけでも、羨んでいるわけでもない別の思いがある表情で二人を見ている。

「うん」
「それとですね……もしもこの戦争が終わって二人とも無事にいられたら……その……」

 彼女は途端に赤くなる。

「え?」
「そろそろ開けるぞ。惚気は後にせい! モンスターボールを用意するのだ!」

 ヤナギは咄嗟にそういって見せる。
 レッドは少しだけ機嫌を損ねたが、すぐに切り替えてモンスターボールを用意する。

―午前6時58分―

 ヤナギの予想は的中し、この時間にブリザードは晴れる。
 それとほぼ同時に三人はボールからポケモンを出し、敵が見えてくるのを待つ。
 遠くから鬨の声が聞こえる。
 そこまで敵は迫っているようだ。まだ粉雪か何かが残っているのか視界はやや霞んでいる。
 数分もしないうちに先陣の黒い影が見えた。
 ヤナギは合図とばかりに頷く。

「よし……行くぞっ!! 大いに暴れろ!!」

 伝説のトレーナーと雪柳斎。全国広しといえどもこれ以上ないタッグが突撃を開始した。

―午前8時30分 エンジュ側河原―

「ええい! 援軍はまだか! いくらなんでも遅すぎんぞ!」

 ラムダは窮地に立たされた。
 二人が突撃を開始して約一時間半。ただでさえブリザードとナツメによって大損害を被ったうえに最強の二人の猛攻である。
 ポケモンや団員たちも敢闘はしたが、だれの目からみても劣勢なのは明らかだった。あれから前線は池の真ん中で止まったまま1㎜たりとも動いておらずいたずらにポケモンの命を散らすのみだった。
 ラムダは非常に苛立っていたが、それは敗北への恐怖の裏返しでもある。
 しかしそれ以上の事態がロケット団には迫っていた。

「南方戦線は第二軍によって壊滅同然の状態に陥りエンジュへの侵入を許し、羅城門周辺がリーグの手に落ちた為それの防衛に精一杯との事です……」

 団員は苦渋の表情でそうラムダに伝えた。

「チッ……。本部長の方は?」

 ラムダはアポロに遣いへ行かせたほかの団員に尋ねる。

「西方戦線は作戦が成功して挟撃中。じきに第三軍の面々を捕え、38番、39番道路及びアサギシティが手中に入るのは時間の問題とのことです」
「ケッ、ただの成り上がりの坊ちゃんじゃねえってことだな。それで、援軍は?」
「全力を注ぎたいためそちらに割く余裕はない。苦しいだろうがせいぜい頑張るように。と……」
「おいおいおい冗談じゃねえよ! ここが突破されたらエンジュが落ちるってことが分からねえ奴じゃないだろ! くそ……」

 ラムダは数分ほど床几に座って考えたのち

「止むを得ん……こうなったらサカキ様経由で伝えて貰うほかねえな。お仕置きが怖いが背に腹は代えられない。サカキ様のいうことなら聞かざるを得ないだろう。すぐにエンジュ大学に行け! 早くしろ!」
「は、はい!」

 下っ端の団員はエンジュ大学へ走らされた。

―午前9時50分 エンジュ大学 学長室―

 学長室ではサカキとオーキドが供に緊迫する戦況を余所に将棋を打ちながら今後のことを話していた。因みにそれなりに報告は入っている。

「エンジュはこれからどうするつもりかの?」
「人質は前言った通り奴隷か団員か慰み者。ロケット団のものということを印象付けるため屋根をすべて黒く塗ろうかなどと考えている」
「もうこの町ではそのくらいしかやることは残っておらんの……。北部の寺院方は食料がつき次第併合するとして、後は色々と……の! ホイ、王手じゃ」

 雪隠づめでサカキの負けである。

「ぐっ……。待っ」

 その瞬間、ドアがノックされる。

「誰だ」
「東方攻略軍司令官のラムダ様の使いのものです!」
「入れ」

 サカキの一言で団員は中に入る。

「現在東方戦線は戦況が芳しくあらず、このままだと壊滅も免れない為アポロ本部長に援軍を要請しましたが拒否された為サカキ様にその、口添えをしてほしいとのことです」
「あんの馬鹿たれが……情けなく泣きつきやがって。あとで折檻してやる」

 サカキは怒りを露わにする。

「そ、それでどう致しますか?」

 サカキは少々黙した後

「ここまで攻め込まれては敵わん。分かった、今一筆書いてやるから待ってろ」

 サカキは奥にある学長の机に向かった。

「そこまで戦況が悪いのならば、エンジュ大学内に未だ格納されている予備のポケモンも出さねばならぬの」
「おいおいそんな事をすれば後が困るぞ」

 サカキが止めに入る。

「なぁにまだまだ余裕はあるわい。それにワシの仕事は増えるが、近くの道路からまた用意すればよい話……」

 オーキドは表情を変えずに平然とそう言ってのける。

「オーキド殿がそう言うなら別に止めないがな……。ほら、これ持ってさっさと行け」

 サカキは少しばかり苛立ちながら遣いに書状を渡す。

「はっ!」

 そう言って遣いはドアを閉め、38番道路へ向かう。

―午前10時20分 38番道路 ゲート前―

 劣勢の二戦線とは打って変わってこちらは穏やかな雰囲気だった。
 アポロ主導の土竜作戦(エンジュから39番道路まで穴を掘ってモンスターボールを大量に送り込み、予めその密かに用意した別働隊が後ろから攻撃する作戦。シジマは当初猛烈な勢いで進撃していた為これが功を奏した)によってモーモー牧場付近に追い詰められたシジマ率いる第三軍は孤立、包囲状態に陥って壊滅も時間の問題なのだ。その為アポロは悠長に爪を研ぎながら椅子に座っていた。

「アポロ様!」
「何度来ても無駄です。今、私に軍を割く余裕はないのですよ」

 アポロは片手の綺麗に研がれた爪を見、もう片方の手で振り向きもせず追い払う仕草をした。
 アポロの言っていることは半分事実である。二戦線に比べて優勢なのは明らかだが、相手は猛将のシジマである。多少でも手を抜けば中央突破されて逃げられる可能性がある為包囲に全軍を使っているし、アポロ自身この日中にアサギまで侵攻したがっており、猛者が集うアサギの灯台のトレーナーなどそれなりの抵抗が予想されるためその戦力も温存したかったのだ。

「いえ、サカキ様の命令です。すぐに援軍を送ってください」
「え、サカキ様?」

 その単語に彼は振り向く。
 そして遣いの持っていた封書を見て

「こ……これは確かにサカキ様揮毫の書状……! ハハーッ!!」

 アポロは地に這いつくばって深く土下座して控える。
 遣いはその姿に彼へ気づかれないように笑いをこらえる。疑問に思わないのはこれがいつものアポロだからである。
 数秒ほどその態勢になったかと思うと、恐れ入ったような動きで両手で書状を受け取り恭しく礼をし、丁寧に漸く封を開ける。

「サカキ様の御下命では致し方ありませんね……。分かりました。半分ほどをそれぞれの戦線に送ると伝えてください。ランスには私から遣いを出します」
「はっ。了解しました」

 遣いはそういうとすぐさま42番道路へと戻っていった。

―午後1時 39番道路 モーモー牧場近く―

 一時、西側ゲートの三キロ前ほどまで前進していた第三軍は反攻によって38番道路と39番道路の境界付近に追い詰められ、アポロの軍勢に包囲されていた。
 しかし、包囲されてから五時間、壁や木など障壁になるものが何もない中、『待てば海路の日和あり』の一言でその後瞑想し、沈黙を守った司令官のシジマの言葉を信じ、懸命に闘い続けた。まさに奇跡といえよう。
 そして、午後1時、海路の日和は来た。

「シジマさん! 敵の包囲が薄くなったわ!」

 第三軍に所属していたカスミがシジマに上機嫌な様子で言った。
 気分を盛り上げるため甲冑姿で出陣していたシジマはこれを即座に脱ぎ捨て

「いよおおおおおおおおおおおおおおおおし! これより脱出を開始する! ワシとカツラ殿に続くのじゃ!! これ以上の西進は全滅を招く故、すぐさまアサギに帰還する! 余計なことを考え遅れをとれば死ぬぞ! かの島津義弘公の如く一心不乱に南へ向かうのだ!!」

 その言葉と共にシジマは褌一丁で先陣をとった。カツラも負けじとばかりに進撃を続け、それにあてられたかのように第三軍の面々は獅子奮迅の勢いで脱出を開始。見事わずか30分で敵の包囲を潜り抜け一人も欠けることなくアサギに生還した。
 シジマの放った「島津義弘」の一言でこれは後に史実になぞらえて「シジマの退き口」と伝わる伝説となった。
 これによって西方攻略軍は大きな損害を被り、アポロはアサギ侵攻を断念。38番、39番道路を占領してこれを留めた。
 一見勝利に見えるが目算が外れたアポロ自身からすれば敗北も同然であった。
 さて、ここでここまで放置されていた第二軍を見てみよう。

―午前4時 36番道路―

 司令官のマチスは翌朝早々に叩き起こして、全員を36番道路まで向かわせた。
 前日のビアガーデンの件もあって不信感が軍の成員に漂っている。
 マチスは作戦会議を開き、ハヤトを呼びつけて話す。

「ヘイ、ミスターハヤト。この段ボールをユーの持つ飛行ポケモンたちにくくりつけるネ」

 マチスはハヤトの前に30箱を優に超えると思われる段ボールを取り巻き(ジムトレーナー)に台車で持ってこさせてハヤトの前に出した
 ハヤトはなんとなく箱の一つを持って見せる。

「う……重っ! 何入ってんですかコレ」
「ビリリダマのアソートメント(詰め合わせ)だヨ!」

 マチスは満面の笑みでそう答えた。

「ビ……ビリリダマァ!? ちょっと! 感電したらどうしてくれるんですか!」

 飛行ポケモンに電気が弱いのは周知の事実である。ハヤトの激怒は当然のことだった。

「OKOK。そういうと思って段ボールにはちゃんとゴムが貼ってあるヨ」
 
 と、言いながらマチスは箱の中をチラッと見せた。確かにしっかりゴム張りにしてある。
 納得したハヤトは少々不機嫌そうに尋ねる。

「それで、これをどうするって言うんですか」
「カンタンに言えばエネミーにこれをばら撒くネ!」
「それが?」
「ニブいネ! 大爆発でドドドドドーン! ネ!」

 マチスは大はしゃぎな様子で騒ぐ。ついでに取り巻きも騒いだ。
 朝からなんと元気なことだろうか。

「ハァ!? 巻き添えにされたらどう責任とってくれるんですか!」
「スグには爆発しないからダイジョブネ。セーフティーヨ」
「スグにって……?」
「10ミニッツ(秒)ネ」

 マチスは顔の前に両手を二つ開いてハヤトに見せた

「うーんそのくらいならばら撒く高度によってなら……」

 ハヤトが承諾しかけたところでマチスが首を振る。

「ノーノー! タダばら撒くじゃダメネ!」
「え? じゃあどうしろと……」
「Dive bombing! ジャパニーズで言うトコの急降下爆撃ネ!」

 その言葉からなんとなく嫌な予感がしたハヤトは恐る恐る尋ねる。

「それってつまり……?」
「エネミーのスレスレの所まで近づいて、段ボールを真っ逆さまにするのネ!」

 それを聞いてハヤトは顔を真っ青にする。

「ちょ……危険すぎます! 申し訳ないですが」

 とハヤトが辞退しようとしたところでキョウとアンズがどこからかやってきた。

「マチス殿。探索がすべて終了致しましたぞ」

 両者とも片膝をつき、キョウが言った。

「オー流石はジャパニーズニンジャネ! で、どんな感じナノ?」
「敵は羅城門を出て、37番道路を現在通行しております。あと数時間もしないうちにここまでたどり着くかと。事態は急を要します」

 とキョウは簡潔に報告した。

「という訳ネ! さっさとくくりつけるなり鷲掴みにさせるナリで落としてコイヨ!」
「い……嫌です! 僕の大事に育ててきた鳥ポケモンたちをそんな危険に晒すわけには」

 ハヤトが言い終わる前にキョウが苦言を呈する。

「ハヤト殿。マチス殿は貴殿の鳥使いとしての腕を見込んで頼んでおるのだぞ」
「キョウさんまで何を言ってるんですか! 僕は嫌です!」
「いいや。適当で物を言うているのではない。この中の何人かも飛行ポケモンは持っているが、敵に肉薄するほど接近して爆弾を落とし、無傷のまま通り過ぎるなどという芸当ができる余地があるのはお主の他におらん」
「そ……そうかもしれないですけど、やっぱり僕は……」

 ハヤトは少しだけ表情を緩めたがやはり固辞する。

「ハヤト、あんたビビッてんの?」

 アンズがハヤトを挑発する。

「なっ……」
「この前デパートであーーんなに俺の父さんは凄いんだぞ! とか威張り腐ってたくせにいざとなれば爆弾ひとつ落とすにもビビっちゃうんだー! それって自信がないからでしょ? 爆発から逃げきれずに怪我しちゃうとか思ってるからでしょ? あんたの父上ってやっぱりあたいの父上に比べて大したことないのねー!」

 アンズは高笑いしながらハヤトを真正面から貶める。

「ふ、ふざけるなぁぁぁ! よ、よしそんなに言うならやってやろうじゃないか! マチスさん! 僕、やります!」
「OKOK。じゃあ、パパッと頼むネ!」

 ハヤトは台車を受け取って

「おい、後でほえ面かくなよ!」
「ふん、誰がよ!」

 最後までいがみあったままハヤトは憤然と議場を後にした。
 マチスとキョウは示し合わせたかのようにニッコリと笑う。どうやら全て計算ずくだったようだ。
 キョウとアンズは一番最後列の椅子に座る。

「さて、そろそろメインテーマを話すネ! 今回のストラテジーはビリビリのライティングウォー、電撃戦ヨ! ハヤトの爆撃で敵が弱ったスキに一斉に襲いかかるのネ! 先鋒はミスターグリーン! ユーに任せるネ! この中ならユーが一番強いからネ!」
「へーへー分かりましたよ」

 グリーンは頭をかきながら答える。

「ハヤトの空爆が終わったら、グリーンが動くからそれをサインに一斉に皆動き出すネ! ライティングウォーの要は詰まる所その速度ヨ! スピードとアタックがフュージョンした時にこのストラテジーはシンカを見せるネ! OK!?」

 全員つられたかのようにOKと答えた。
 これで作戦会議は終わり、全員自然公園とキキョウの分かれ道周辺で待機していた。

―午前5時30分 37番道路上空―

 ハヤトは敵に見えないくらいの場所で乗っているピジョットを止め、待機させる。
 今日は曇天で、敵からこの集団は雲に隠れて視認しにくくなっている。

「はぁ……見るのも嫌になるくらいの人……いやポケモンだかりだな……」

 ハヤトの目下には整然と整列している黒と色々な色が混ざった集団が行軍していた。鳥ポケモンもいるにはいたが、ここから攻撃されるとは思っていないのか無警戒である。
 ハヤトの周囲には百匹の精鋭たちがおり、どれもハヤトが手塩にかけて育てた鳥ポケモンたちである。見るものを魅了させる毛並といでたちだ。十匹ずつ群れを作り、十の群に分けている。
 上空に滞空して数分。ハヤトの視界が大きく開けた。雲の間にさしかかったのだ。

「よし……! 第一群! 行けっ! キキョウの鳥使いの恐ろしさをたんと味あわせてやれ!」

 ハヤトは機を逃さず急降下を指令。ロケット団の軍勢は突如現れた鳥ポケモンの集団にどうすることも敵わず、投下を許した。
 バラバラに投下すると鳥ポケモンたちはV字を描くかのごとく素早く飛び上がった。10秒どころかたった7秒で元いた高度まで戻る。
 そしてそれから三秒後最初の大爆発が起こった。
 この振動は非常に大きく、振動は隣の道路まで、音はチョウジやアサギまで届いたという。
 そして、爆発が起こったのちの地表は惨憺たる有様だった。爆心地近くにいたポケモンは跡形もなくいなくなり、少し遠くにいたポケモンや人も大怪我を負っている。
 普通の大爆発でもこうはならないのでおそらくマチスが何か細工したと考えられる。原爆ほどでないにしてもダンボール一箱で大型爆弾一個分相当の威力があったと見える。

―午前6時―

 第二軍は突撃指令を待ちながら大爆発の音を聞いていた。

「ヒェェェェ。怖い……怖すぎるわ」

 アカネは大いに怯えていた。
 いくら改造ポケモンが相手とはいえポケモンはポケモンである。ここまでしていいものなのかという疑問が第二軍の中に漂っていた。
 
「マチスはん、いくらなんでもこれはちとやりすぎでないのや?」

 現ヒワダタウンジムリーダーのガンテツがマチスに苦言を呈する。

「ジジィ、何甘っちょろい事言ってんだヨ! これは戦争! 戦争ナノ! 戦場でやりすぎなどと言っても後ろから撃たれるンダヨ! ビクトリーが全てナノ!」

 マチスはそうガンテツをしかりつける。

「しかしいくら戦争戦争いうても限度言うものがあるでっしゃろ? あまり惨い事しすぎれば勝っても禍根が残るで。これじゃあロケット団と何も」
「ウルサインダヨ! チキンピープルはシャラップネ!」

 マチスはガンテツを殴りつけようとする。

「や、やめてください!」

 ツクシが間に入って止めにかかる。
 少しばかり遅かったのか、ツクシの右頬に筋骨隆々に鍛え上げられた拳が直撃する。

「いだっ……!」

 ツクシの華奢な体が堪え切れる筈もなくそのまま倒れてしまった。
 あたりは騒然となった。
 ツクシが殴られる場面を見たアカネが思わず駆け寄る。ツクシはすぐに立ち上がり、口から血が出ているのも構わずにガンテツをかばう。

「何だよチェリーボーイ! ユーもこのジジィの味方するノカイ?」

 マチスは怒髪天を衝く勢いでツクシを凝視する。
 ツクシは少々怯えながらも、目だけはしっかりマチスにあわせる。

「そうですよ。僕の街はロケット団にあらされて、やどんの尻尾を持っていかれた……。そんなだから僕自身ロケット団は許せない。でも、だからといってあんなとんでもない威力の爆弾を使ってポケモンを焼き尽くすなんて……これじゃあどっちが悪者かわからないじゃないですか!」
「ユーは何にも分かってない! 善いか悪いかナンテノハ今考えることじゃないネ! 戦争は勝つか負けるかのどっちかヨ! 綺麗ゴト言うのはカンタンかもしれないケド、それで戦争に勝てるとは限らないネ!」
「僕たちはポケモンにひどいことをするロケット団と戦っているのに……」
「ええいウルサイウルサイ! またぶん殴られたいノカ!」

 マチスは再び拳を振り上げる。
 即座にアカネが前に立つ。

「何ダヨお前ハ! そこをドケ!」

 マチスは声を張り上げて一喝する。

「殴るなら、ウチを殴りな」
「What?」
「何じゃないねん! コイツの高校の先輩として、ツクシに酷い目遭わす奴はウチが絶対許さへんで!」
「軍の士気を乱さんとするヤカラはこれで黙らせるしかないんだヨ! 戦うムードの足りてない奴が居たら勝てる戦争も勝てなくなるネ!」
「ケッ。鉄拳制裁で全部片付くとおもっとんのか! 殴って解決すんのはボクシングだけやで! これやから軍人は脳みそまで筋肉言われるんやで!」
「こ……コノアマ……!」

 そうこうしているうちに北の方角から六十匹の飛行ポケモンが帰ってきた。
 ハヤトの空爆作戦が終了したのだ。

「チッ……。帰ってきたネ……! さっさと配置にステイシロヨ!」

 マチスはそう言い残して自らの配置に戻る。
 険悪な雰囲気のまま、第二軍は突撃を開始した。

―午前11時―

 作戦通り、グリーンの突撃で攻撃は開始された。
 爆弾もといビリリダマの大爆発の効果は覿面で最先端に出てきたウィンディの姿を見るや否や敵軍は畏怖し、抵抗はしてきたが焦土と化した少数の軍勢で勝てる筈もなく、容易く羅城門周辺まで到達。エンジュシティが第二軍の手で解放されるのは最早時間の問題に思われた。
 しかし、南方攻略司令官のランスはあきらめていなかった。エンジュ待機のポケモンたちを急いで結集して南側からやってくる第二軍を三方位から攻撃。
 これによって必然的にリーグ方ポケモンは三方位同時に相手せざるを得なくなり、入口付近で軍勢の勢いは停止した。
 そしてランスは第二の作戦を急場で建て、実行に移さんとする。

―午後0時 エンジュ市役所 1F―

 南方攻略軍は電撃戦によって陣を羅城門から遠く離れたここに移動させるしかなかった。南方攻略どころかエンジュ防衛軍にまで成り下がった事にランスは深い屈辱を覚えている。

「ランス様! アテナ様! エンジュ大学より追加の援軍が到着いたしました! アポロ様からの援軍も直に到着する見込みです」
「漸く……挽回の準備が整ったわね」
「大学からの援軍は如何程?」

 ランスが下っ端に尋ねる。

「はっ。およそ1万体です」
「よし、これだけいればいい……! すぐさまアポロ本部長の掘った穴を分岐させ、37番道路に繋げなさい! 第二戦線を開くのです!」

 ランスはアポロの掘ったエンジュから38番道路までの穴を途中で37番道路にまで分岐。そしてそこからポケモンを出して第二戦線の戦端を開いて敵の混乱を狙ったのだ。
 ランスは取りあえず勝つことは考えず、エンジュからポケモンリーグの軍勢を遠ざけることを念頭に置いた。
 アンズやキョウの作り上げた防諜網は地下深くにおいては全く役に立たず、敵の侵入を許してしまう。

―午後1時20分頃 37番道路―

 先の一件でマチスに対して嫌悪の情を抱いているアカネは一応命令には従ったが、高速に移動する事を命令したマチスの指示に従わずゆっくりとした速度でポケモン達を引き連れていた。
 アカネはツクシをも抱き込んで同様の事を行わせ、半ば孤立状態となっていた。グリーンやマチスたちは遥か前方に居る。ガンテツは一応従うもやはり良い気分では無かった為どこか緩慢に戦っている。
 戦況そのものは良い為二人は特に何も言われなかった。
 しかし、抱き込んだとはいえ、アカネは以前のようにツクシと気軽に話せずにいた。
 沈黙に耐えられなくなったのかツクシがアカネに話しかける。ツクシもアカネも手持ち達の先頭に立って歩いていた。

「あの……」
「ん? な、何?」

 突然話しかけられて驚いたのか彼女は上ずった声で答える。

「さっきは有難うございました」
「フン。せ、先輩として当然の事しただけや。お礼なんてええよ」

 アカネは以前に比べどこかつっ慳貪な態度で返す。

「アカネさんなんというか前に比べて尖ってません?」
「そないな事……あらへんよ」

 アカネの心中では話しかけられて嬉しいという心と自分でチャンスを窺ってたのにそれを乱されてイライラしている心が葛藤している。

「それにしても大分間隔が空いてしまいましたが、手助けしなくて本当に大丈夫なのでしょうかね……?」

 ツクシが少々申し訳なさそうな様子で尋ねる。

「ええのええの。今先陣にいるんわ元チャンピオンと司令官などなど錚々たるメンツやで。ウチらみたいなにわかトレーナとは格が違う連中が戦っとるんやわざわざ行かんでも十分やて」
「仮にもジムリーダーなのにそんな事言って大丈夫なんですか?」
「ウチかてそれなりにトレーナーとしての矜持みたいなんわ持っとるけどね……」

 そんなこんな話しているうちに隣の森から黒ずくめの集団が突如として出てきた。

「な、なんやねんあんたら!」

 その集団をみたアカネが怒鳴りつける。

「え!? どうしてこんなところにジムリーダーがいるのよ……」

 ロケット団の一人の女団員が目を丸くして驚いている。

「どうしてもこうしてもあるかい! 寝ぼけとんのか、あんたらのせいでウチらは大事な仕事キャンセルしてここまできとるのわから……」

 言い終わる前に男の団員が顎に手を遣って不思議がっている。

「おかしいな……。ランス様はここに居るはずがないと踏んでいたのに」
「て、おいコラシカトすんな!」
「グズグズしてないで、さっさと倒せ! 早いところ片付けて北上するぞ!」

 隊長と思われる団員がそう号令した。

「は……ははっ!」

 10人ほどの団員はありったけのモンスターボールを出し、ポケモンを出す。
 包囲の司令を出し、3000体を数えると思われるポケモンたちが二人及び手持ちを取り囲んでいく。

「ケッ……これぞ四面楚歌というやっちゃね。ツクシ」

 アカネは追加のモンスターボールを手にしながら言う。

「ええ……そうですね」

 ツクシは息を呑みながら答える。どうやらあまりのことに震えているようだ。

「ビビるやないで! 元やろうとここに来ている以上腐ってもポケモンリーグの一員やぞ。恥ずかしくない戦いしようやないの」

 アカネは口端をややあげてニヤりと笑って見せる。

「ええ……全くですね」

 そう言われて覚悟を決めたのか、ツクシも追加のモンスターボールを持つ。

「それとな……。ツクシ、アンタにはこの戦争が終わった後……言いたいことがあるねん」
「は……な、何ですか」
「アホか! 知りたきゃまずはここで捕まらんようにせい!」

 そうこうしているうちに包囲が終わったのか、ロケット団側から攻撃の司令が下った。

「そうですね……。アカネさん、貴女の方こそ気を付けてくださいよ」
「ケッ、ツクシに言われんでもわかっとるわ! いくで!」

 こうして、ツクシアカネと南方攻略軍別働隊の間で戦闘が始まった。

―午後2時 羅城門周辺―

 一方、先鋒で戦っていた本隊は、ロケット団側からの援軍によって優勢は失われ互角の戦いを強いられていた。

「司令官。一大事にございます。現在南方に居るツクシ殿とアカネ女史の部隊がロケット団の別働隊に急襲されております。形勢は今のところ優勢でございますが、敵方の増援も著しくこのままでは敗北は必至かと思われます。ここは放棄して二人の救出を……」

 キョウの報告と提言に対し、マチスは顔を赤くして一蹴する。

「何を言うネ! 今ここをテイクアウェイしたらそれこそ敵の思うツボヨ! 挟み撃ちにされたら共倒れになのは目に見えてるヨ! ソレニ、今しかエンジュを解放する機はないネ!」
「では、グリーンに殿軍を頼みましょう。あの者はかつてレッドと雌雄を分ける戦いを行い現在はカントー一の実力を持つトレーナーです。彼にかからば相当に時間が稼げましょう」

 キョウの提案に対し、マチスは苦虫を潰したかのような表情になる。
 頭ではキョウの言うとおりにした方が得策だが心の中ではやはり二人が気に入っていない様子である。

「司令官。ここでもし二人が囚われれば例えここを突破し、エンジュが解放されたとしても貴方には一生部下を見殺しにして功に走ったという汚名が着せられることになりますぞ。諍いに情を乱し、情勢にあった立ち回りが出来ぬのでは司令官の名が泣くことになりましょう」

 自らの築き上げた輝かしい軍歴に傷がついてしまう事を大いに恐れているのかマチスは漸く重い腰を上げ、

「グッ……。分かった。分かったネ。グリーンを残してここは撤収スルヨ……」
「ご英断でございます。然らば御免」

 キョウはマチスのもとを去って行った。
 この後、第二軍は南下してツクシとアカネを救出。二人の被害は決して軽いものではなかったがなんとか身だけは無事に済んだ。
 そして死線を共にくぐりぬけたからか二人の仲は以前同様にまで回復した。
 しかし、救出したのはいいものの、グリーンが押さえているとはいえ挟み撃ちになることはほぼ確実。第二軍もまた窮地に追い詰められていた。

―午後3時 スリバチ山 山頂―

 ここには総司令官のワタルが陣取っている。
 午後2時頃まではスリバチ山出入り口付近に配置した三人の活躍と踏ん張りで優勢だったが、14時を過ぎてから敵方の援軍が到着し、第二軍と同様に互角の戦いを強いられている。
 しかも第二軍とは異なり、こちらはおよそ8時間に亘って同じ場所で戦い続けている。トレーナーもポケモンたちもいくら強いとはいえ限界を迎えつつあるだろうということはワタル自身重々承知している。

「まだか……」

 ワタルは北側を振り返る。
 彼の作戦の要である運河の掘削作業が未だ完成していないのだ。
 タケシの奮励によって現段階では8割方が完成し、あと総計3㎞ほどの掘削で運河が開通するといったところである。
 しかしそれでも3分ほど前の報告ではあと一時間程度はかかるとの事だった。
 正直なところ、ワタルからすればあと一時間もつかどうかはあまり期待できない様子である。援軍が到着した一時間前と比べて敵の減る速度は鈍化しているからだ。

「くっ……」

 ワタルはずっとポケギアの蓋を開けたり閉めたりを繰り返している。
 イブキに救援を頼もうかどうかを非常に迷っている様子だ。しかし、この作戦は出来うる限りの反撃を最後にしなければ意味がない。
 イブキや自分自身が今出張ってしまうと最後の大詰めの効果が薄まり、失敗に終わる可能性が出てきてしまう。
 ワタルは胃や頭を痛めながら山頂の床几の上に座っていた。
 山頂に吹く風はワタルを冷やしていく。

―午後3時10分 42番道路 エンジュ側河原―

 ラムダのもとには朗報が続々と飛び込んでいた。
 増援投入後、それまで耐えに耐えていたヤナギやレッドのポケモンが次々と倒れ、戦況は薄紙を剥ぐかの如く良い状況へ向かっていたのだ。
 これは増援のポケモンが強かったと言うよりは、増援の投入によってポケモンの中で絶望が支配され、耐えきれなくなったことが要因としてあげられるだろう。
 司令官のラムダは笑いが止まらなかった。

「カイリキーが倒れました! これでレッドの持つポケモンは残り8体です!」
「ブーバーンが倒れました! これでヤナギの持つポケモンは残り14体です!」

 ポケモンの持っている数は団員が出ているポケモンの数を計測し判断したものである。
 まさかここで全力を出さないはずがないだろうという事で出ているポケモン=相手の全力という計算なのだ。

「フハハハハ! よしよし! これでこのまま押していけば夜にはやつらは壊滅、そのままチョウジになだれ込めるぞ!」

 ラムダはご満悦な様子でそう話した。

「はっ。此方も被害は相当でありますが、確実に敵は戦力を削がれています。しかしそれにしてもワタルやイブキの姿が見えないのが気がかりですが……」

 近くにいた隊長がそう懸念する。

「なーに大方どこかで震えてるのだろう! それかここはもう諦めてフスベに籠ってるかだ! なんにしてもこの三人が敗れちまえば最早敗北も同然だからな! このままチョウジまで攻め込み、占領しちまえばサカキ様も援軍の件は許してくれるはずだ!」
「ええ、それは間違いないでしょう。それよりラムダ様、もし第一軍のメンツが捕えられたら……」

 隊長が途端に下卑た笑いをした表情になった。

「ん……おおそうか! あの上玉が手に入るのかぁ……。サカキ様は捕えた先の女は自由にしていいって言ってたもんなぁ」

 ラムダも同じようにニヤける。

「俺、テレビやトレーナー名鑑でエリカやナツメの姿見て何回(ピー)したか分かんないっすもん! そんな憧れが今夜……ウヒヒ」
「おいおい何言ってんだ一番槍は俺だぞ」

 ラムダがそう隊長を咎める。

「それはそっすよ! でも俺たちだっておこぼれに預かることくらい……」
「おうそれは考えてやるよ。あの女きっとおぼこだろうな……今まで俺たちを蔑んだ分ヒィヒィ痛めつけてやるぜヒッヒッヒッ」

 他の隊長がラムダを持ち上げる。

「おぉ流石はラムダ様! どんどんやっちゃってくださいよ! いやーほんとラムダさんの手下で良かったすわー!」
「ほんとほんと、これがもしランス様やアポロ様だったらぜってー許してくれねーもん。あの人たち潔癖だからな……」
「ランス様はまぁそうだけど、アポロ様はサカキ様にお目通ししてから……とか言いやがるもん。ほんと参るぜ……」

 隊長たちは口ぐちに他の幹部の悪口を口にする。

「まあ確かにそういう所はあるかもな。さてそれにしても今夜が楽しみだぜフフフ……」

 ラムダや隊長たちは皮算用をしながら妄想にふけるのだった。

―同じ頃 スリバチ山出入り口付近―

 当初は優勢だった中央部隊だったが、段々と倒れるポケモンが目立ってきた。
 エリカが常にアロマテラピーでケアしているがそれでどうにかなるのは状態異常だけで、体力は一切回復しない為回復道具を使えない状況にあってはジリ貧の状況であった。

「ドサイドン! いわなだれだ!」

 ドサイドンはヤナギの指示に従い、大量の岩を降らす。
 この技によって30匹ほどが一掃された。

「ギャラドス! アクアテール!」

 ギャラドスは巨大な尾を用いて敵を薙ぎ払う。
 この技で40匹ほどが押し出された。
 レッドはこのようにヤナギのポケモンたちの強さを目の当たりにし、少し前にヤナギに勝った時の事を思い出していた。
 そして彼に過った疑問はあの時の強さは限定的なものではないのかという事である。
 確かにこの前の勝利は勝利である。しかしそれはジムリーダーとしてのヤナギに勝ったことに過ぎず、ポケモントレーナーとしてのヤナギに勝ったとは言えないのではないか。
 そして、ポケモントレーナーとしてのヤナギに勝てなければ自分は本当に強くなったとは言えないのではないかという事である。
 
「レッド! 何をぼうっとしておる! お前も早く倒さぬか!」

 ヤナギは突っ立っているレッドを見てしかりつける。
 冷静なヤナギがここまで苛立っているという事はそれだけ戦況が緊迫している証である。
 レッドとヤナギ合わせて100体ほどいたポケモンは今や22体まで減少し、そのペースも早まっている。
 本格的に崩壊の兆しが差し始めているのだ。
 改造ポケモンの力はそれだけ強大ということでもある。

「は、はい! レアコイル! ピカチュウ! あの方角に雷だっ!」

 二体が力を合わせ、稲妻を下す。20匹ほどがまとめて倒れた。

―午後3時50分―

 午後2時30分に西方攻略軍が戦闘行為を終了し、現在になって東方攻略軍の加勢に続々と殺到した。

「距離を狭めよ! 間合いを詰めて一気に畳み掛けよ!」

 隊長たちが同様の掛け声をし合い、レッドとヤナギのポケモン達とロケット団のポケモン達の間合いが詰められ崩されていく。
 これはいよいよ二人の抵抗が弱くなり、押し掛けをしても潰せると踏んだからこその戦略である。

「うむぅ……! これはいかんのう。敵がいよいよ本気で崩しに参ったか……」

 目の前にいる手持ちたちが次々と押されて倒れていく様を見てヤナギは呟く。

「このままじゃ本当に総崩れですよ。ヤナギさんこうなったら残りのポケモンを全て出すしか」
「世迷言を申すな。ここで全力を出せば後に差し障る。如何に劣勢であろうとも命令に背いてはならん!」
「そりゃそうかもしれませんが、この状況になってもイブキさんやワタルさんが助けにこないということは……」

 レッドはヤナギにアイコンタクトを取る。

「ふむ……」

 ヤナギはスリバチ山を見上げる。

「なるほど……左様なことか。分かった、そういう事ならば協力致そう。行け、ユキノオー、メタグロス!」

 レッドも出来うる限りのポケモンを出し、最後の応戦をする。
 エリカにも事情を話し、支援を止めてソーラービームやギガドレインなどの遠隔系の技に限って戦闘に参加させる。
 そして、総反攻開始から10分。

―午後4時 スリバチ山 山頂―

 カイリューが赤旗を左右に大きく振るう。
 これを見たワタルは愁眉を開き、すぐさま三人へ連絡を回す。
 いつもの前置きの後、ワタルは興奮を抑えながら話す。

「諸君! 本当に……本当にご苦労であった! 運河が開通したためすぐさまポケモンを戻し、その場をひくように! たったいま堰を外したためあまり時間に余裕はない! すぐに撤退してくれ!」

 因みにこの時点でロケット団のポケモンは汗牛充棟なばかりに犇めいていた。

―同時刻 スリバチ山 出入り口付近―

 ワタルより報告が下ると

「やった! やったぞ! よし! 皆戻るのだ! 撤収するぞ」

 ヤナギの号令により、三人のポケモンはすぐさまモンスターボールに収められレッドとエリカはリザードンに、ヤナギはヨルノズクに乗ってすぐさま出入り口を発った。
 敵軍は勿論その行動に反応しないはずがなく、追撃せんとばかりに一気に押し出していった。
 これが東方攻略軍の致命傷になった。

―午後4時7分―

 いかりの湖から流れた怒涛の水が鉄砲水となってスリバチ山の池になだれこんだ。
 長時間、重いポケモン達を載せていた氷はこれを契機に崩壊し、ポケモン達を池の底へと誘う。
 5分も経たないうちに池は氾濫し、東方攻略軍は団員ごと為すすべもなく池に溺れるほかなかった。ここに水ポケモンの不足が大きな仇となって返ってきたのだ。飛行ポケモンもいるにはいるが突然の事にパニックに陥ってほとんど使い物にならなかった。
 42番道路の西方は阿鼻叫喚の有様となった。
 程よいころあいになったところでワタルは堰を閉めるようにタケシへ要請し、全員に総攻撃の司令を出した。
 それは堰を開けてから20分ほどのことであった。

―午後4時30分―

 総攻撃はワタルとイブキが先陣を務め、残ったポケモン達の討伐に全力をつくした。
 二人ともカイリューに乗って指揮を取り、猛烈な勢いで逃げ惑うポケモンや団員たちを倒していった。

「押せ! 押すんだ! ロケット団に二度とこの地を踏ませるなっ!」

 ワタルは高らかに何度もそう檄を飛ばし、前へ前へ、敵の本陣にむかって進んでいく。
 他の面々も飛行ポケモンや水ポケモンにのって討伐に当たったが、先陣の二人には追い付かなかった。

―午後4時40分 エンジュ側ゲート前―

 最早一時間ほど前とは打って変わった戦場にロケット団側はてんてこまいであった。
 氾濫発覚後ラムダは本陣を後ろに移していたが頑として戦闘継続を主張し続けている。

「ラムダ様。もういけませんや……。撤退命令をお出し下さい、これ以上戦う事は不可能です」

 隊長の一人が顔面蒼白になりつつそう進言した。

「ふ、ふ、ふ、ふざけるな! さ、散々援護をもらっておいて挙句負けましただなんてサカキ様の前で言えるわけねえだろうが! お、俺は絶対にここを退かねえぞ!」

 ラムダは言葉だけは威勢がいいが、その実大いに震えていた。
 戦いに負けると言う事よりも後を非常に恐れているようだ。

「大変だー! カイリューが、カイリューが来るぞおお!!」

 その言葉を聞き、ラムダが立ち上がる。
 見ると、遥か遠くではあるが肉眼ではっきり分かる程度にカイリューを先頭にガブリアスやボーマンダなど最強クラスのドラゴンポケモンが騎虎の勢いで本陣に迫っていた。
 言うまでもなくワタルとイブキのポケモンである。

「ハハハハハ……ハ」

 ラムダは膝を折って地に伏した。流石の強情もここで尽きたようだ。
 緊張の糸が切れたのか、ズボンの股が一気に濡れていき、アンモニア臭があたりに漂う。

「う、うわああラムダ様が! ラムダ様が!」

 司令官のこれ以上ない失態に本陣は右往左往の大騒ぎになった。

「鎮まりなさい!」

 数分ほどすると、すべてを刺すような鋭い声が陣中に響き渡った。
 どうやら本部長にして西方戦線司令官のアポロが到着したようだ。

「全く、ゲートの向こうが騒がしいと思ったらこれは何事ですか! サカキ様の僕たるもの、常に堂々としてなければならないといつも言っているでしょうが!」

 アポロはそう団員たちを叱りつける、すると、団員たちは申し訳ありませんでしたと大声で謝りつつ片膝ついて地に伏せた。

「あの……アポロ様、ラムダ様はどういたしましょう……?」

 団員の一人が失神したラムダの両肩を抱えながら尋ねる。

「この者は我が団の恥さらしです。大学地下の折檻室にでも放り込んでおきなさい」

 アポロは冷たい声でそう言い放った。

「は、ははっ」

 団員はそういうとエンジュ側のゲートに消えていく。
 しかし幹部の制裁は後に回すとしても現況に代わりはない。

「それにしてもこれは困りましたね……。あとは私がなんとかしましょう。皆さんは余ったポケモンを戻して下がっていなさい」
「し……しかし!」
「私の命が聞けないと……?」

 アポロは団員を冷たい視線で見下ろす。
 何者をも貫く冷眼は団員を震えさせ、

「わ……分かりました」

 と有無を言わさず下がらせた。

―午後5時 エンジュ側ゲート付近―

 あたりが茜色に染まりつつあった時、ワタルは遂にここまでたどりついた。
 伏魔殿のあるエンジュシティを目の前にして、ワタルは一人正座してじっと動かない人物を目にする。
 ワタルは直感で只者ではないことを見抜き、カイリューから降りてその人物に話しかけた。

「君、こんなところで何をしているんだ」
 
 話しかけると、青年はふっと笑って

「貴方が理事長のワタルさんですね……。初めまして、ロケット団最高幹部兼西方攻略軍司令官のアポロです。どうぞ宜しく」

 アポロは礼儀正しく礼をした後に、手を差し出すが、ワタルによってそれは大きく弾かれる。

「おやおや……これは手厳しい」
「当然だろう。君たちのせいで……一体どれだけの人やポケモンが苦しんでいるのか分かっているのか!」

 ワタルは眦を決して真っ赤になって叱りつけるが、アポロは表情一つ変えずに答える。

「何を言うんですか……そんな道徳論をふっかけたところで心が動くほど、我々はピュアではないのですよ。理事長さん」

 アポロはさっぱりとした笑顔でそう返す。

「はぁ……忌々しい……。それで、最高幹部が一体何の用なんだ。交渉役は確かランスという男だったはずだけど?」
「ランスは今、羅城門周辺で未だ貴方がたの手下と戦っている所でしょう……。まぁ、そうでなくても貴方たちの強さを目の当たりにして、そろそろ私が直々に出なければまずいと思っていたところです」

 ランスの発言にワタルを眉をしかめて

「何だと?」

 と尋ねる。

「ハッキリ申し上げて私たちはリーグの強さを少々甘く見ていましたよ。私の戦った第三軍もそうですが皆さん一人一人が優秀で結束力がある。我々の用いている改造ポケモンも相当な強さを持っていますが、それでも相当に苦戦致しました。そこで私は思ったんです。ここはリーグと腹を割って話せなければならないと。サカキ様が出るのが一番良いのでしょうが、あの方は大将として奥に座っているのが性に合うお方です。その為サカキ様に次いで不肖ナンバー2を務める私めが……」
「長い。結局お前は何が言いたいんだ」

 ワタルは苛々しながら尋ねる。

「せっかちなお方だ。では、単刀直入に申しあげましょう。我々と取引を致しませんか?」
「そんなものする余地は無い。我々はこのままエンジュに突入し、君含めロケット団を一網打尽にする。ただそれだけだ」

 ワタルは冷淡にそう返した。

「それが無理だということは貴方自身一番よく分かっているはずですよ? 理事長さん」

 ワタルは図星とばかりに面食らった表情をする。
 第一軍どころか全軍あわせてポケモンが元気なのはワタルとイブキ、そして早期に回復したナツメの三名である。
 他は疲労困憊でありとても出撃できるような状況ではないのだ。
 そしてなにより敵があとどれだけの数をもっているのか分からない。

「私の背後……いえ、ロケット団にはあと3万体ほどの余力があります。貴方の仲間は果たして残りにいる三万体に耐えうるだけの戦力を有しているのですか?」
「クッ……」

 ワタルはそういわれると黙りこくるしかなかった。いくら理事長直々のポケモンとはいえ、レッドやヤナギたちがあれだけ苦戦したポケモンたちを三万体倒せる保証はどこにもないのだ。

「話を戻しましょう。現在我々が求めるのはリーグ解散ではなく、暫しの休戦です」
「な……休戦だと!? そんなみすみす力を貯める事を認めるような真似見逃せるとでも……」

 ワタルはまた声を荒げるが、アポロはあくまで平静を求める。

「そういう訳ではありません。我々が休戦を求めるのは今回の戦いで傷ついたエンジュの街を修復したいと願うからです。エンジュは長年我が国の都であった歴史ある都市です。それを直したいと願うのは悪の組織といえど当然ではないでしょうか?」

 意見書よりアポロはエンジュの出身であるという情報を握っていたワタルはその言葉が嘘のようには思えなかった。
 見え見えの嘘かもしれないが。正直な話、リーグ方のポケモンが回復し、準備が整うまでの時間が欲しかったのは事実である。しかし、やはりただそれを呑みこむことを良しとしなかったのかワタルはこう切り出す。

「分かった……。呑もう……呑むが一つ条件がある」
「何でしょうか」
「人質を解放して欲しいんだ」

 ワタルの条件に対し、アポロは数秒ほど考えた後

「分かりました。私の一存では決められないですが……。全員とはいいませんが、一部を解放するように進言いたしましょう。詳細については追って連絡します」

 その後、ワタルとアポロは毎日夕刻にこのゲート前に集まって会談する事。48時間の休戦が確約され、ようやく一日目の戦争が終結した。
 第一軍は逆転勝利、第二軍は辛勝。第三軍は敗北という結果に終わり、38番39番道路がロケット団の支配下にはいった。

―5月2日 午後5時 チョウジタウン ポケモンセンター 209号室―

 あれから一日が経過した。
 各軍のジムリーダーや四天王たちはポケモンセンターや宿やホテルなどに詰めながらも普段通りの一日を過ごした。
 昨日の緊迫が嘘のように、平和な一日だった。
 しかし、テレビのニュースは連日緊迫する情勢をひっきりなしに伝えている。

『本日開催された通常国会では、昨日の深夜より議論されている自衛隊の治安出動の承認について話し合われました。与党側は治安出動を支持し、可及的速やかな解決を求める一方、野党側は治安出動に対し大変否定的な見方をし、ポケモンリーグに委ねるべきであるとの主張が多勢を占めております。ここで各党の立場の詳細について……』

 昨日、ポケモンリーグが西部戦線で敗退したことにより、当初見送るとされていた自衛隊の出動について議論が俎上に上がったのである。
 このままではエンジュのみならずアサギも危ないという事で、タンバシティが新たに避難民の受け入れを表明。アサギの海上には出動命令が出たためと称して海上自衛隊の護衛艦が曳航している有様である。噂ではエンジュ大学に照準をあわせているという。
 治安出動は出動命令後国会の承認がなければならないがそれを巡って国会では連日連夜侃々諤々の議論が繰り返されている。ポケモンリーグに任せるべきという野党側と原則に戻って自衛隊に任せるべきという与党側が対立しているのだ。裏では与党側は五輪開催地に関わる選挙が9月に迫っているため速やかにこの反乱を鎮めないと心証が悪いと言う思惑もあるという。
 とはいえ、平和を重んずる憲法を奉じているこの国においてはやはり武器を交えた軍事力を用いての制圧には及び腰であり、国民の中ではリーグの常日頃からの信頼もあってか出動反対が多勢を占めている。
 
「はぁ……こういうニュースは本当居心地が悪くなるな……」

 レッドはそう呟きながらニュースを消す。

「私たちはそれだけ大きな責務を背負っているということですからね……。日々身が引き締まる思いですわ」

 と言いながら、エリカは丸机の上に二人分の煎茶を置く。

「ああ……全くだ。それにしても早くこの戦争が終わってまた平和に旅したいよ……昨日みたいな死を覚悟した戦いは真平だ」
「ええ、全くですわ。この空のようなどんよりと鉛色ではなく、山笑う自然を早く味わいたいものですわね」

 この日も空は曇っていた。
 というより今日は昨日の爆弾によって巻き上げられた砂塵が上空に巻き上げられ、日光を遮ってしまっているのも一因である。
 そうこうしているとまたエリカのポケギアが鳴り響く、またアカネのようだ。
 エリカは小さく謝った後レッドに背を向けて通話する。
 電話ととった彼女は簡単なあいさつを済ませる。

「ツクシさんと何か進展があったのですか?」

 彼女はアカネにそう尋ねた。

「せやで! 昨日ウチらが第二軍としてロケット団と戦ってなー」

 アカネは長々と昨日の戦いについて多少の誇張も交えながら話した。
 これによってツクシとアカネの距離は以前同様までに縮まって関係が進展したことをアピールする。

「へぇ……それは良かったですわね。ある意味ではマチスさんが時の氏神のような役割を果たしたと言えるかもしれませんわね」
「嫌な氏神やけどな。まぁせやから昨日の事は水に流してやる事にしたんやで。いやーホンマ良かったわ。まさかここまで関係が直るとは思わんかったしな。せやけど……」

 アカネが急に口ごもる。

「どうされたのですか?」
「さっき、『この戦争が終わったら伝えたいことが……』って話したやろ?」
「ええ……。それはつまり、アカネさんがツクシさんに好意を持っているってことですわよね? しかし、ツクシさんは既にそのことを知っているはずでは……?」

 エリカの疑問に対し、アカネは

「そこやねん問題は。ただ好き言うだけじゃもー意味がないねん。ここはウチがどんだけ本気なんか見せたらんといかんのね」

 アカネは困っている様子の声で言う。

「左様ですわね。何か一工夫欲しいところですね」
「ショージキあれ勢いというか流されて言うた部分が多くてな……何も考えてないねん。どうすりゃええと思う?」
「そうですわね……」

 本当の事を言えば、エリカ自身もレッドに対し類似の事を言っているのである。
 そしてエリカもアカネと同様具体的に何をするか決めている訳ではない。二人とも同じフィールドに立っているということである。
 しかし、エリカは年齢的にいえばアカネより先輩である。意地でもその事を告白する気にはなれない様子である。
 彼女は数分ほど考えた後、切り出す。

「例えば普段しないことをされては如何でしょうか?」
「ほー。そりゃええね。新鮮味を感じられて、うん。ええかもしれんな。で、例えば?」

 アカネはメモを取っているのか向こうからカサカサと音が聞こえる。

「手料理を振る舞うと言うのは如何でしょう?」
「手料理かぁ……そういや作ってやったことないな」
「丁度いいではないですか! 料理のご経験はどのくらいですか?」
「まぁウチも女の子やからね。それなりに自炊したりしとるし、テレビで料理番組出ることもちょいちょいあるしで人並み……いやそれ以上にあるかもしれんね」

 アカネは少々自信ありげに鼻を鳴らす。

「まぁ、それは素晴らしいですわね。因みに得意料理はなんですの?」
「和洋中だいたい作れるけど、せやね……一番の自信はやっぱお好み焼きかねぇ」

 エリカは少しだけ聞いたことを後悔したような表情になる。

「そ、その他には?」
「他? 他はまぁ茶碗蒸しとか唐揚げ……あとは肉じゃが、鮭の西京焼き、パエリア……こんなとこかね」

 それを聞いてエリカはホッとした表情になって尋ねる。

「分かりましたわ。宜しければ私なりのレシピをお教えしますけど……」
「あ、そういやエリカも料理得意やったっけ。頼むわ!」
「はい。お作りになる料理が決まりましたらまた連絡してください。お母様、お祖母様直伝のレシピをFAXでお送りしますわ」
「おお。本格的そうやね! じゃあじっくり考えとくわ。で、他にはどんな感じにすればいいかね?」
「左様ですわね……」

 アカネが乗ってきたため気をよくしたエリカは次の提案を考える。

「具体的にはどのような感じにしたいのです?」
「せやから、ツクシのハートをガシっとつかめる感じにしたいねん」
「でしたら……、食事の後、お茶でも飲みながらお互いリラックスして……その後思い切ったように切り出すというのは?」

 アカネはその提案に対し

「なるほどな……。確かにその方がツクシもしっかりと考えてくれるかもしれん……でもな、正直あんな事しても受け入れて貰えんかったのに似たような事で受け入れてくれるんかな……」

 と自信なさげに答える。

「大丈夫ですわ。今は死線をくぐりぬけた仲ですもの。きっとツクシさんだって無下には……」
「うーん……」
 
 アカネはやはり恋愛には晩生な様子である。

「アカネさんほどの愛嬌ならばきっと今こそ通じると思いますわよ。最後は愛嬌ですわ。アカネさんには他の女性よりも抜きんでたそれがあると思っていますけれど……」

 アカネはそう言われると一分程黙した後

「エリカにそうまで言われたら自信湧いてきたわ! ありがとな。頑張ってみるわ」
「はい。アカネさんは私の大事なお友達ですもの。心より応援しますわ」
「へへ……。うん。ホンマありがとな」

 その後アカネは自宅のFAXの番号を言って通話を切る。
 そしてエリカ自身も昨日自らが言った事を如何に実行するかじっくりと考えていた。

―5月2日 午後7時 ポケモンセンター 会議室―

 ワタルが再び第一軍の中で召集をかけた。

「本日。わが軍に所属するナツメ君と第二軍配属のキョウさんの共同でエンジュの内情を調べてきてもらった。詳細はこの紙のとおりだ」

 列席する各人の前には5ページほどにまとめられたエンジュシティの現況が書かれていた。
 今日になって内偵に向かわせた理由は初期に比べて軍勢が大幅に減り、捕まるリスクが減少したと踏んだからである。とワタルは別途説明し、調査報告の要旨を述べる。

「現在エンジュシティには10万5433名の人質が捕まっており、1万4322名の解放が昨日決定し、明日引き渡される予定。そして、ロケット団員の数は2万3400名。指揮下にあるポケモンは格納中のものを含め5万7655匹とのことだ。尚エンジュシティ内の損害だが、建物自体を壊したと言う積極的な行動が見られなかったせいか屋根の一部がめくれただとか。排水管が歪んだだとかそのくらいの軽微な被害が多少あるだけだそうだ。後は各自でよく読んでおくように」

 ワタルはこれを言い終わると、水を少しだけ飲んで続ける。

「それで、これを受けての今後の方針だが、人質が全員解放されるまでは一切動かないつもりだ。敵軍は予想よりも多く、この状態で侵攻を行えば被害は甚大であり、人質にまで被害が及ぶ可能性が高い。その為、苦渋の決断ではあるが人質の解放が行われるまで我々は一切動かない」

 この発言を聞き、エリカが反駁する。

「お待ちください。一切動かないと仰せになられましたが、今国会で自衛隊介入についての話し合いが行われているという話は聞き及んでいますわよね? 今は世論の同調などで介入しない意見が多勢を占めているようですがあまり長期的にこれを行えば変わる可能性があるのでは……」
「こちらとしても自衛隊の介入は意地でも行わせないつもりだ。共同作戦を提案されても突っぱねるつもりでいる。ポケモンに関する一切かっさいは我々に任せるというのが国の指針であり、リーグ法にも明記されている。それを根底から否定するような真似はポケモンリーグとしても私自身としても絶対に許さない。でも確かにエリカ君の言うとおり、あまりに長引けばそうもいかなくなるだろう。だけれど、私としてはこれは短期決戦で終わらせたいと」

 ワタルが言い終わる前にエリカが尋ねる。

「では、その具体的なプランはできているのですか? 出来ているのならば今この場で私たちの前で発表してください」
「勿論できている。では、話そう」

 まず、ロケット団との休戦協定をひたすら一日ずつ引き延ばす代わりに1万~2万人ずつの解放を要求する。
 5日間で人質の全解放を実現し、今から6日後にエンジュの外におびき寄せて前日のような戦いを行う。
 敵が消耗しきったところでエンジュに突入し、少ない損害でロケット団を屈服させるという計画だった。

「なるほど……しかし敵があくまでエンジュでの籠城を行った場合はどうするのです?」
「いや、ここはマツバ君に協力してもらうつもりだ。マツバ君の持つゴーストタイプは幻術に優れており、敵をおびき寄せる程度の術は心得ているだろう。それを利用して我々は一気に叩くんだ」
「もしマツバさんが解放されない場合は……?」
「それはないさ。敵は一日も多く時間を欲しがっている。何故ならこの国を征服する為に一匹でも多くの戦力を手にしたいだろうからね……」

 その後、諸連絡事項を話して会議は終わった。

―――――――

 ワタルの作戦は非常に上手く行った。
 5月4日までにすべての人質の解放が決定され、5日には全員が実際に解放された。
 但し、マツバの引き渡しだけは頑として認めず5日の夕方の壇上会議までこの件は持ち越される。
 ちなみに5月2日以降の会談は全て机上で行われている。

―5月5日 午後5時 42番道路 エンジュシティ側ゲート―

「理事長さん。それだけは認められません。マツバの解放だけは絶対に承服するなとサカキ様より命が下っているのです」

 アポロは申し訳なさそうな様子で答える。

「我々からすればマツバ君はかけがえのない大事な人材なんだ! どうにか説得してくれないだろうか?」
「それは無理というものです。マツバは我々が侵攻した時、防衛の旗頭に立って我々に楯突いた人物です。この者をあなた方の要求に従って解放したとあっては団員たちに示しがつかないのです。分かって頂けないでしょうかね」
「じ……じゃあ分かった、一日とはいわない、一週間休戦協定を結ぼう! これならどうだい?」

 ワタルはギリギリのところまで譲歩して頼み込む。

「理事長さん……。もうそれはいいんですよ。時間はもう十分に稼がしてもらいましたから」

 アポロは残忍な笑顔を浮かべながらそう言った。

「グッ……まさか……」
「悪いことをするにも知恵というものが必要でしてね……。理事長さん。貴方如き成り上がりの低学歴の考えることなんて私からすれば全てお見通しなんですよ」
「き……貴様ァ!」

 ワタルは怒りのあまりカイリューの入ったモンスターボールを出そうとした。

「おっと。我々は二度もそれを食らいはしませんよ。私に指一本でも危害を加えれば背後にいる20万をこえる獰猛な改造ポケモンたちが黙っていませんよ……? それでもいいんですか?」
「クッ……!」

 ワタルは地団駄を踏みながらモンスターボールを収める。

「まぁしかしこれではあまりにも可哀想なので一つだけ救いの道をさしのべてあげましょう。これに乗るならばマツバさんの解放を承諾いたします」

 ワタルはアポロの顔をキッと見る。

「当初の通り、ポケモンリーグの全面的な解散。ただ一つですよ。但し我々もだらだらやるのはもう御免です。これには期限を設けさせていただきます。そうですね……明日中というのは如何でしょう?」
「ふ……ふざけるのも大概にしろ!! 誰がそんな条件を」
「呑まないと言うのであれば……交渉は決裂。マツバは我々の手で処刑します。宜しいですね?」

 とだけ言うとアポロは涼しい顔をして引き上げていった。
 ワタルは自分以外だれもいなくなった机を何度となく叩き続け、机に伏す。
 この壇上会議は全国のマスメディアが映しているためこの模様は瞬く間に世界中に流れていく。

―――

 それからおよそ31時間、リーグで、街中で、国会で様々な議論が巻き起こった。
 政府はワタルに対し、早期の解決が行わなければ強行採決を行ってでも治安出動を行うと脅しをかけ、避難民のエンジュ市民からは嘆願書が届き、それには「早く家に帰りたい」という思いが人々の思いに強く去来していた。
 マツバの救出もどうにか行おうと尽力したがナツメの超能力は行ったことが無い為使えず。キョウやアンズの忍術をもってしても救出は不可能だった。
 そして、運命の5月7日。ワタルは最後まで解散を口にせずタイムリミットを迎えたのだった。

―5月7日 午後2時 チョウジタウン ポケモンセンター―

 ポケモンセンターの広間テレビの前には多くの人がごったがえしていた。
 テレビでは治安出動に向けての承認を行うか否か、ヤマブキシティにある国会議事堂の衆議院本会議場で投票が行われていた。
 そして、投票が行われ、開票。そして衆議院議長の口から結果が公表される。

「賛成 231票。反対 249票。よって不承認と致します」

 これを受けて悲喜交々の感想があがったが、どちらかといえば安堵の声の方が大きかった。
 出動命令が出ていたとはいえ、武力行使をしていない段階で不承認決議が出たため、リーグに全面的に依拠するということになったからである。
 しかし、これによってリーグの責任がより重くなったことは言うまでもない。

―同日 午後4時 チョウジタウン ポケモンセンター 201号室―

 ワタルは匿名でサイトつきのメールが来ていた為、すぐさまパソコンを立ち上げてそのサイトを開けた。
 すると、なんとマツバがギロチンの下に伏せれているではないか。

「ポケモンリーグは我々の再三再四の要求に関わらず、リーグの解散を行わず我々に反抗し続けた! これに対しサカキ様は大変にお怒りである! その為我々はこれよりこのリーグの先兵の処断を執り行う! 良いか! 我々はもう容赦しない、つぎにこれで首を刎ねられるのはポケモンリーグに所属する諸君! そしてワタル! お前自身だ!」

 この宣告の後、ギロチンの刃が落とされ――どうなったかは書くまでもないだろう。
 ワタルはこれを見て怒りよりも先に絶望が襲い、放心状態となった。
 この動画の再生は1億回を越え、様々な論議の的となったが、「ロケット団許さじ! 即刻討伐すべし!」という論調は概ね一致していた。
 そして、午後6時、ワタルは二回目の出動命令を布告。
 エンジュシティが応仁以来の戦禍にまきこまれる事はもはや避けられなくなってしまったのだった――

―第十二話(上) 列島騒乱 終 
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