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伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚

作者:OTZ
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第二話 それぞれの別れ、そして出港

 レッドはエリカにリザードンを渡した後、寝床に戻り旅の支度をする。

―2月10日 午後3時 シロガネ山 某所―

「案外散らかってんな……よし片付けよう」

 自分でとってきた食料や調理本、ラジオなどが散らばっており、片付けるのに少ばかり時間がかかってしまった。
 そして三年間を過ごしたシロガネ山ともいよいよ別れを告げる。

―シロガネ山 入口―

 レッドは三年ぶりにシロガネの入り口に立つ。

「出てこいお前達っ!!」

 カメックス、フシギバナ、ラプラス、カビゴン、ピカチュウ等などと主に鍛えたポケモンを繰り出した。中々に壮観である。
 リザードンを含めた六匹はレッドが無名だった頃より連れてきた、糟糠の妻ならぬ糟糠の戦友である。

「いよいよシロガネ山ともお別れだ。敬意をこめて深々とお辞儀をしよう」
「マジすか、マスター」

 カメックスがまず口を開く。手持ちの中では首領格だがやはりレッドの前では礼儀正しい。

「あれ、リザードンの奴どこ行ったの?」

 フシギバナが続いて尋ねた。

「ああ、あいつならエリカに預けた」
「マスター、エリカってあの俺にとって苦々しい」

 レッドは対エリカ戦の時、最初のターンだけ奇を衒って氷技を使おうとしてカメールを出していたのだ。その記憶がまだカメックスにこびりついていたようである。

「忘れろ」
「はい」

 レッドは一言でカメックスの口を(つぐ)ませた。

「ほほう、レッドがとうとう童貞卒業かぁ、俺としても嬉しい限り」

 フシギバナは最初からいたので一番レッドに馴れ馴れしい。手持ちとはいえポケモンにこんな事を言われたので、意地を張ったレッドは声を上げて

「だーっ! もういいからお辞儀しろよ! あとおい、カビゴン! 寝てんじゃねえ!」
「ピカピー……」

 ピカチュウはレッドに構ってもらえなかったので寂しそうだ。いつもあげている尻尾を地に垂らしている。

「よしよし……。全くマスターってば先輩ほったらかしにして……」

 ラプラスは電気が流れていないピカチュウの頭を撫でる。

「チャー!」

 励ましてくれたラプラスに謝意を伝えようとピカチュウはラプラスに擦りつく。
 が、擦りついた際電気袋がラプラスの腹に当たってしまい、

「うわっ! 先輩ってば、しびれちゃうから! ね! やめ……」

 電流に耐えながら、ピカチュウに止めるように促す。

「ピカー……」

 ピカチュウはラプラスに頭を下げるのだった。カビゴンはぐーすか寝ている。
 なんやかんやあってその後、数秒間頭を垂れた。

 シロガネ山を離れたレッドはピジョットに乗ってマサラタウンへと向かった。
 第二の旅路の報告である。

―同日 午後5時 マサラタウン レッド宅―

 マサラタウンについたレッドは真っ先に自宅のインターホンを押した。
 暫くすると少しだけ老けた感じがするレッドの母親が出てくる。

「はーい。あ、レッドじゃない! お帰りなさい。ワタルさんから電話で話は聞いてるわ。さあ入った入った!」

 こうしてレッドは久々に自宅の玄関に上がる。入ると、懐かしい木の香りや雰囲気が漂う。そんな家の中を見てレッドは帰ってきたことを実感する。
 その後、レッドは母親に会ってリビングにへと通される。暖かい緑茶を出されたので飲み、他愛もない話をする。
 そのうち、ふと母親はういを含んだ表情になり、

「そうよね、もっと遠い所に旅に出るのよね……」

 母は少しだけ寂しそうな目をしている。

「母さんには心配をかけて申し訳ないです」

 レッドは申し訳なく思っているので、改まって敬語で話す。

「何一丁前の事言ってるの! お母さんはもう慣れたから平気よ。それに可愛い子には旅をさせよって言うでしょ。エリカさんと一緒に仲睦まじく言ってらっしゃい!」

 レッドは勝手にエリカと旅することまで話された為、心の中で、ワタルの事をチーター野郎めと毒づく。

「いいわねぇ、年頃の男女二人が仲睦まじく冒険だなんて……お母さん羨ましいなあ。お盛んな年頃だろうけど、避妊だけはしっかりしてよ! 途中で産気づいちゃったら、旅なんか続けられないんだから」
「え、ちょ母さん」

 レッドは母親の唐突な、ませている発言に狼狽した。
 そんな息子などお構いなく、母は立ち上がって物置に行く。
 暫くすると、いつの間に用意していた三年前にはあまり普及していなかった、最新の旅のグッズに加え、お節介にも奥から大量のゴムを持ってくる。

「はい、ランニングシューズとポケギアとスキン3グロス(144*3=442)。これだけじゃ足らないかも知んないけど、ま、あとは自分で何とかしなさいって!」

 レッドは息子だけに洒落にならないな等色々な思惑が頭の中を駆け巡ったが、流されるがままにコンドームを受け取った。母は強しである。
 その後レッドは夕食を済まし、色々済ませた後に寝室にへとあがる。

―午後9時 寝室―

 レッドはピカチュウのみを出して、ベッドに寝そべる。
 まだ寝るには早いので、レッドは天井を見つめる。

「はあ……、あのエリカさんと旅かあ……」

 彼はエリカに初めて会った後に購入した、トレーナー名鑑の中にあるエリカの写真を切り取って胸ポケットに入れていた。
 レッドはその写真をポケットからだしてジッと見つめる。

「教養深く、(しと)やかな女性……か。本当にそんな感じだな」

 彼は名鑑の中にあった文句を思い出し、反芻する。
 そんな人が俺を選んで、ましてや”貴方”などと慕ってくれるわけか。等と思う。旅している時の事を想像すると、自然に胸が躍り、ついにやけてしまう。
 しかし、教養深いという事は自らの嫌う勉強が出来るという事だ。果たしてついていけるだろうかという疑念も湧き出す。
 そんなこんなで妄想の世界に浸っていると、何かがレッドの頬を叩く。
 
「うん?」
 
 叩かれた方向に顔を向けると、そこには黄色い腹が見えている。

「ピカー!」

 黄色い腹の正体はレッドの予測通り、やはりピカチュウだった。
 ピカチュウは野球ボールを持って、体を揺すらせている。

「ああなるほど……遊んでほしいのか。分かった、んじゃキャッチボールな」
「ピカピー!」

 ピカチュウはその返答に頬を緩ませ、大いに喜んでいる様子だ。
 そんな可愛げのある様子にレッドもまた微笑ましくなる。
 その後、ピカチュウと一時間キャッチボールなどをして遊び、眠りにつく。

 翌日、恩師のオーキドにも出立を伝える為に研究所へ向かった。

―オーキドポケモン研究所―

 研究所に着き、奥に向かうと、オーキドが朗らかに出迎える。

「やぁ、レッド君。お母さんから聞いたぞ、全国を旅するようじゃの」
「はい、まあ」
「どれ、君の持ってる図鑑、評価してみせよう」

 そう言われるとレッドはオーキドにポケモン図鑑を手渡した。

「見つけた数 149、捕まえた数 145! ホッホ! ここまでよく頑張ってくれたのう。渡した甲斐があったものよ。さて、レッド君、少し待ってくれい」

 そう言うとオーキドは奥の机に向かう。パソコンに移って何やら作業している。
 30分ほどしたのち、オーキドはレッドの所に戻り、目新しい図鑑を手渡す。

「あの、これは?」

 レッドはその図鑑について尋ねる。

「うむ。全国を旅するようじゃから、イッシュ地方まで対応している図鑑に変えたのじゃよ。これで、どこのポケモンでも記録できぬ物はないぞ。ホッホ!」

 オーキドは得意げに笑って見せた。

「ありがとうございます」

 レッドは礼を言って、頭を下げる。
 よく見るとカメラが前の図鑑よりも大きい気がした為僅かに違和感を覚えたが、せっかく用意してくれたのに水を差す気がしたので、彼は気にしない事にした。
 そうこう話していると幼馴染にして悪友のグリーンが入ってくる。
 どこか懐かしい気分にレッドが浸っていると、先手を取ったとばかりにグリーンが話しかけてくる。

「よう、レッド」
「グリーンか。久々だな」

 レッドの受け答えに、グリーンはわずかに眉をひそませて

「おっと先に言われるとはな。まあいいか」
 
 と答え、フッとにわかに微笑む。

「なんの用だ」

 レッドは無愛想に尋ねる。

「いやー、親友の門出を祝おうと思ってね。エリカさんと仲睦まじくやり給えよ!」
「何で知ってるんだ」
「いや、昨日定例会でジムリーダーとしてリーグ行ったらさ、ワタルさんに会って聞かされた訳さ」

 グリーンのその答えで、レッドはそういえばグリーンはトキワのジムリーダーやってたなと思い出す。出世したんだという事を思いつつ、ワタルのお喋り癖に辟易する。

「まぁ仲良くしろよな! あのエリカさんをモノにできたというのは、18股してる俺でも羨ましい限りだぜ」

 18股などと憎まれ口を叩いたのでレッドはすぐに

「流石イケメン、死ねよ」

 とこちらも憎まれ口で返す。グリーンは快活に笑い、

「ハハ、まあ頑張れや。もし途中で泣いて帰ってきたら、俺が止めを刺してやるよ」
「その前に俺が刺してやるよ」

 三年越しとはいえ、二人ともライバルとしての意識は消えないようである。

「相変わらずじゃのう二人は。ん?レッド君、ポケギア持ってるのじゃな!よし、わしの番号を登録しよう。いつでも図鑑を評価できるぞ」
「ついでに俺も」

 レッドはポケギアに二人の番号を登録した。
 その後、オーキドポケモン研究所を後にする。
 あと二日を故郷で過ごし、祝福されたり時にはからかわれながら祝福された。

―2013年2月13日 マサラタウン―

 レッドの家の前で主だった人が見送りをしてくれた。

「次はポケモンマスターとしてこの街に帰ってくるよ」

 レッドがそう言うと、母親と博士とグリーンは順々に

「無理しないで、困ったらいつでも帰ってらっしゃい」
「己を信じた道を突き進むのじゃ、さすれば光明は自ずと見えてくる」
「ま、性もバトルもバランスを考えろよな……」

 こうしてレッドはクチバシティへと向かった。




―2013年2月10日 タマムシシティ ポケモンジム―

 一方のエリカはジムを早めに閉めて、トレーナー全員を集めて引継ぎを行っていた。

「当面、ジムリーダーはナツキさんにお任せしますわ。貴女に勝った場合は私にこのポケギアで伝えて下さい、バッジを郵送しますので。挑戦者の方にはご足労をかけてしまいますがそこの所を…お願い致します」
「了解しました。必ずやエリカさんに引けを取らぬ活躍をさせて頂きます!」

 ナツキは(まなじり)を決しながら、胸を張ってそう言った。

「ふふ、期待してますわ」
 
 そう言うとエリカはナツキに向かって微笑んだ。

「私は暫く、レッドさ……夫と共に旅に出ますが。ジムの事よろしくお願いします。あと全ての植木には分かってると思いますが必ず水を、私から見て右側二段のカーネーションには毎日。左側二段のローズマリーには2日に一回ぐらい。正面の桜には2日に一回……」

 こうしてジム内にある全ての植物の世話について説明した。

「……ふう。こんなものでしょうか。置手紙も用意して行くので詳しくはそちらを御覧になってください」

 尚、ここまでの1時間ずっと正座である。
 熟練のジムトレーナー達はきちんと耐えているが、新人の中には半分ぐらいで限界を迎えているものが出てきたりしていた。
 最後に一人ひとりにメッセージを伝え、ジムの引継ぎは終わる。

―執務室― 

 エリカはナツキを呼び出して、ジムリーダーとして激励をしていた。

「ナツキさん、貴方は明日から一時的ですがこのタマムシジムのジムリーダーです。カントーで一番格が高いジムという噂もよく聞くので、絶対にその格を落とさないようにして下さい」

 エリカの家系は古くは千利休の傍系で、様々な文人墨客を輩出していた。
 しかし明治以降はそれだけでは生計が成り立たなくなってきたのでポケモンジムを経営するようになった。
 戦前からジムの格式高さは他とは頭一つ抜けており、戦前まで男子禁制どころか挑戦するにも一定の身分が必要だったぐらいだ。
 空襲でジムは一旦丸焼けになってしまったものの復興を果たし、エリカの祖母、カルミアはタマムシジムの中興を果たした。そして戦後70年近くたった今でもその格調高さは健在である。
 そんな高貴なジムをナツキは一時的とはいえ舵取りを任せられるのだ。

「は、はい」

 ナツキは頬をこわばらせながらそう答えた。先ほどの自信はどこにいったのだろうか。

「このジムはひいお祖母様の代から続いてきた、全国でも1、2を争う伝統の誉れ高いジムでもあります。その伝統も、崩さないように」
「はい……」

 ナツキは段々と声調を弱めていく。自信が無くなっていくのは誰の目にも明らかである。しかし、エリカはそんなナツキの心情も汲み取ったのか

「でも、大丈夫です。私が六年前夭折した母上からこのジムを受け継いだ時も、貴女のような心境でしたから……」
「え?」

 ナツキがキョトンとした表情をすると、エリカはクスりと笑って、

「さっきからずーっと御顔が青いですよ? やはり不安なのでしょう? このジムを切り盛りできるか」

 と、ナツキの表情の原因を突き止めて見せる。

「率直に言いますとそうです……」

 ナツキは情けなさそうに率直な様子で言った。

「貴女を指名した理由、お分かりになられますか?」
「え、……分かりません……」

 ナツキは突然の質問に戸惑う。そして、少々考えた後に、そう答える。

「貴女が優秀だからですよ。私と同じタマムシ大学に居られる為か、博識でいらっしゃいますし、貴女の植物を愛する心は私と同じものです。それに、皆にも好かれていますし、何より邪心のないその清く明るい心を買ったのです」
「そうだったんですか……。リーダー、私のこときちんと見てくれていたんですね」

 ナツキはエリカからの評価を聞き、目から鱗の様子である。それと同時にこわばった表情が少しずつ弛緩されていく。
 エリカは立って、ナツキの肩をしっかりと叩き、真剣な表情で、目を見て言う。

「頭として当然のことをしたまでですわ。魚は頭から腐るという俗諺にもあるように、私がしっかりと立たなければ皆ついていきませんし。私の目に狂いは御座いません。しかし、もし不安になればいつでも電話を掛けてください。私は確かに愛する人と旅に出ますが、カントーの一ジムリーダーとしての矜持を忘れたわけでは決してありませんから。貴女ならきっとこのジムを立派に切り盛りできますよ」

 最後になると、彼女は爽やかにナツキに笑いかける。

「は、はい!」
「では、このイスと机は……あなたにお譲りしましょう」

 エリカはナツキから手を放す。そして、リーダーのみ座ることが許されるリーグ公認の高価な革製のイスと漆塗りの机をナツキに譲る。

「ふふ、よく似合ってますよ。では健闘を心よりお祈りしています」
「エリカさんの期待に、全身全霊で応えてみせます!」

 ナツキはリーダーとしての自信を持ったのか勢いよく答える。最後の表情に一片の迷いは見受けられず、目は澄み切っていた。
 そんなナツキを見て、安心したようにエリカは微笑んで執務室を後にした。

―2月11日 ヤマブキシティ ナツメ宅―

 エリカは旅立つ前に親友のナツメに別れを告げに家を訪れた。
 彼女たちはリビングで世間話をした後、エリカはレッド共に旅立つ旨を伝える。

「そう……。気を付けてね」

 ナツメ当人は存外あっさりと答えた。

「あら、もう少し強情になられるかと思いましたが」
「だって、止めたところであんたは行くでしょ。それにレッドに完璧にお熱だし」

 ナツメは諦観めいた心境である。

「いえ、まだ私はレッドさんに身も心も捧げる気はありませんわ」

―2013年 2月13日 タマムシシティ―

「さて、心の整理もつきましたし、夫の待つクチバへと参りますか……」

 この時のエリカは和服ではなく露出度の少ない冒険服姿である。
 ボストンバッグと明るい白色のつばの広い帽子に、同じ色のコート風のなりをしている。

「リザードン、クチバ港まで」
「はいよぉ! マスターの奥方様ぁ!」

 リザードンは勢いよく答える。こうしてエリカもクチバヘと向かった。

―クチバ港―

「えーっと、夫は一体何処に……」

 クチバの初めて見る広大な波止場にエリカは戸惑っていた。
 が、そんなエリカでもすぐに分かってしまう事になる。

『エリカ・レッド様。ご夫妻門出の式』

 船と同じぐらい高く、馬鹿でかく横断幕が貼ってある。

「な……何ですかあれは……」

 エリカが呆然としていると、迷彩服姿の金髪男が姿を現す。
 クチバジムリーダーのマチスである。マチスはエリカを見かけると、すぐに近寄って英語雑じりの片言の日本語で話しかける。

「オーッ、ミセスエリカ!! ユーアーモストビュウティフォアー!!」

 マチスはいつもの事であるが、非常に元気の良い様子である。

「マ……マチスさん?」
「ソーです、アイアムマチス。リメンバーしてくれていてミーは嬉しいよHAHAHA!!」

 マチスは米国風の高笑いをする。一緒に居るツレと思われる人々もつられる様に笑う。

「はあ……」

 そんな彼を困った調子で見ていると、マチスの後ろより赤い髪の男が現れ、エリカに話しかける。

「エリカ君、3日振りだね」
「あの、ワタルさんこれはいったいどういう? しかもなんだか何人か他に居られるのですか……」

 エリカはワタルに問いただす。

「あれはマチス君のついてきた元部下らしいね……。いやぁ、なんか僕一言も彼にはこのこと言ってないんだけど何故か漏れててね……」

 ワタルはエリカに口が軽いと思われたくないのか、早速嘘をついている。

「ミー壮行会やりたいよ! ミセスエリカの為に! って聞かなくてね。ま、僕も来たかったから来たのさ」

 そんな風にワタルが説明すると、レッドがつばに手をやりながら颯爽とばかりに現れる。
 
「全く、マチスさんは相変わらずだよ。まああれぐらい元気なの俺は好きだけどね」
「貴方ぁ!」

 レッドを見つけるや否やひと目も憚らす抱きつく。

「ちょ、エリカ、困るよここでそういうの……」

 とはいえ、そう言っているレッドの表情は満更でもなさげである。それに少々下卑た微笑を浮かべ、どこか勝ち誇った様子も見受けられる。

「ご、ゴメンなさい、三日ぶりに会ったので理性が飛んでしまいましたの……」

 と、エリカは恥じらいからかすぐさまレッドより離れて、乾いた目でレッドを見つめる。
 レッドは今の状況に幸せを実感するのだった。

「フゥーーーー!! ベリーホットだね! HAHAHA!!」

 マチスはやはり、大声で話している。
 ワタルは迷惑そうな表情をして

「ちょ、マチス君五月蠅いよ静かにしないか……」

 ワタルが注意したがマチスは逆上する。

「ナンダヨ!! ユーがシャットアップシロヨ! コノチェリーボーイ」

 ワタルは1秒ほど間を作った後

「それ以上下らない事言い続けるなら、理事会議にかけるぞ?」

 と、少々焦り気味に答えている。

「オゥ……。ソーリーソーリ! カマをかけたら、まさか自らホースレッグをショウしてくれるとは思わなかったネー! HAHAHA!」

 と言いながら彼はまたも高笑いをしている。謝罪の意は微塵にも見えない。それどころか今度はシニカルめいた笑いも交っているようだ。
 ワタルは拳を握り締め、憎悪を明らかにせんとばかりの声を発する。

「そう思うなら、勝手に思ってればいいさ!」

 と言って彼は我関せずとばかりにマントを翻して、マチスに背を向ける。

「このガイ。ズボシだからムキになってるヨ……」

 彼は両手を横に遣って、やりやれやれとばかりに手を振る。

「ま……まだ言うか!」

 ワタルはとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、髪の色と合わせた顔色となりマチスを睨み付ける。
 が、埒が明かないと思ったのかすぐに二人の方向に顔を向ける。マチスも空気を読んだのか挑発を諦め、ワタルの後ろに控えた。まるでボディーガードである。

「そ、それはともかく、今日は祝いにきたのは勿論の事。それに加えて一つ言い忘れていた事があったから来たんだ」
「言い忘れていた事?」

 レッドは復唱して尋ねる。

「うん。カントーに君が一回潰してくれたロケット団が居たように、全国の各地方にも悪の組織が居る。ホウエン地方にはマグマ団とアクア団、シンオウ地方にはギンガ団がそれにあたる。あとこれは未確認情報だけど、イッシュ地方にはプラズマ団という組織が暗躍し始めているらしい。それらには十分、気を付けなよ」

 レッドはそれに対し

「はい! もしも出くわしたら俺の力でぶっ潰してみせますよ!」

 と大きく意気込んだ。本意でもあったが、エリカが隣に居るから見栄を張ったというのもある。

「おおう、大きく出たね! でも、今の君は一人じゃないよ、エリカ君も居るんだし時には力を貸してもらいなさい」
「まあ。そんな、私に夫を支える力など」

 エリカは少しばかり自信なさげに言う。相手が最強の肩書を持っているだけに仕方のない事なのだろう。

「何言ってるんだ。君はジムリーダーだろう? それに君は弱点の多いタイプの割には善戦している方だと思うよ」
「左様でしょうか……」
「ああ左様……そうだよ! 君には居るだけで周りの人を元気させる立派な力がある。それに加え豊富な知識があるじゃないか。あれだけの知力があれば十分……いや十分すぎるくらいレッド君を支えていけるよ」

 ワタルは最初はエリカにつられながらも、ニコニコと笑いながらエリカを励ます。

「ワタルさん。そこまで私の事を見ていらしたのですね」

 エリカは微笑みながらワタルに語りかける。
 一方のワタルは先ほどまでの毅然とした態度がわずかに崩れたのか、顔を紅潮させている。

「ま、まあ伊達にカントーの頭やってるわけじゃないからね!」

 ワタルはエリカに褒められたせいか否か、大いに上機嫌になっている様子だ。

「なるほど……、ならばマチスさんも同様に褒めて見て下さります?」
「えっ?」

 ワタルは目を白黒にさせる。

「私、理事長のどこまでその観察眼が本当の物か、是非見極めてみたいのですわ!」
「う……。そうだね、マ、マチス君?」

 ワタルは面食らいながらも、言ってしまったことは仕方ないとばかりにマチスの方に体を向ける。

「ホワット?」
「マチス君、君はとても勇敢で、その軍才は」

 ワタルが途中まで言ったところで、滑稽に思ったのかマチスは高笑いをする。

「HAHAHA! このガイ、ミセスエリカのいうトーリにしてるよ! ココロにもナッシングな事をイってファニーだネ!」
「せ、折角褒めてるのにその言いぐさ……。無礼だとは思わないのか!」

 ワタルは遂に声を荒げてマチスを叱りつける。マチスは大いに溜息をつき

「フン。人で態度をチェンジするだなんて、ボスのする事じゃないネ! ミーの国ではそーいうのトゥーフェイシーズ(八方美人)言いますネー!」

 マチスは散々嫌味ったらしくワタルを挑発している。

「い……言わせておけば」

 だが、ワタルは公衆の面前だからか、はたまたエリカの手前だからか定かでは無いが堪えている。
 エリカはそれを凍てつくような視線で見つめる。

「ワタルさん!」

 レッドは気付かせるかのように、ワタルに声をかける。

「クッ……。ああ、ごめんごめん」

 そう言ってワタルは二人の方向に向き直る。

「君たちはポケモンリーグの誇りだ! これが達成されれば君たちは必ずや歴史に残る夫婦となる。だけどね、それだけでなく全国各地の風景や情景も楽しみ、味わって、色々な物を吸収し、大いに成長して還ってきてくれ。これがセキエイリーグ……否、全国のポケモンリーグの総意であり、僕の大きな願いだ」

 ワタルはレッドにしっかりと目を合わせ、語りかける。これはエリカというよりもレッドに向けての意味合いが明らかに強いように見えた。

「はい!」
「必ずや御意のままに!」

 レッドに少し遅れてエリカが言った。

「うん……。それじゃ、もうすぐ船の時間だろう。達者でね、レッド君、エリカ君!」
「はい。色々と有難うございました!」

 レッドがまず礼を言い、別れを告げる。

「理事長……」

 エリカが途中まで言ったところで

「エリカ君。君と俺は代理を立てたこの時点ではもう上司と部下の関係じゃない。君の律儀な所はよく分かるけれど……その呼び方はよしてくれ」
「は、はい。では、ワタルさん、ナツキさんの事、宜しく頼みますわね。それでは、ごきげんよう」

 と言って二人とも船にへと向かっていく。

「ふう……行っちゃったか……」
「HAHAHA! やはりミーの見立て通りだネー! ミセスエリカが居ないとチェリーは何も……」

 マチスの嘲りは頂点に達し、とうとうチェリーなどというあだ名までつけている。どうみても上司に対する態度ではない。

「マチス君、確か君のジム、仕掛けの調子が悪いとか言ってたよね」

 ワタルはマントを閉じながら尋ねる。

「Huh?」
「予算の都合つけてあげるよ。どのくらい都合つければいいか見てあげるから、ジムまで案内してくれるかい?」

 ワタルは乾いた目をしながらマチスに問いかける。

「Oh! これは願ってもない話だネー! イイヨ! ついてコイ!」

 と言って、マチスはワタルに背を向けジムにへと向かった。

 
 
―アクア号―

 アクア号に乗船すると二人は大仰なまでに歓迎を受ける。

「おお!お待ちしておりました!!、こちらへどうぞ!!」
「なんだこのレッドカーペット……」

 レッドが戸惑っていると、エリカは冷静な声で、

「この絨毯は……イラン産ですわね」

 と即答した。

「さ……流石」
「ふふっ、こう見えても私、飛び級で大学卒業したんですよ? 16歳で」

 エリカはさらりととんでもない事を言った。
 この世界で大学を出るというのはエリート中のエリートの証だからだ。しかもふつうは22歳で卒業するのに16歳という事はとんでもない飛び級をしたという事の証左でもある。
 それに比べてレッドはマサラ小卒と、エリカに比べたら月とすっぽんどころか内核と宇宙空間ぐらいの差がある。レッドは肩を落とした。

「そんなにしょげないでくださいよ、貴方にはポケモンがあるではないですか」

 エリカは肩を叩いて励ます。レッドはそんなエリカの健気さにまた惚れるのだった。

「にしても何でお前、ワタルさんにマチスさんを褒めろなんて……」
「あれは、ワタルさんが真に私だけでなく他の方まで見ていらっしゃったか試したのですわ」
「なるほど……それで?」
「理事長のお仕事はきちんと為されているのだなと思いましたわ」

 エリカは何かを含んでいるかのような声調で言う。

「そ……、そうか」

 そうこうしながら二人は客室に向かうために上に向かう。

―最上階 スイートルーム―

 レッドが客室に入ってはじめに抱いた感想は、ヘタな一軒家よりも全然広いというものであった。

「ひ……広くてこんな豪華な部屋本当に宜しいのですか!?」

 部屋の内装は、真っ白な壁と床、壁には原寸大のアテナイの学堂が飾られている。天蓋つきのベッド二つに、70インチのテレビ、ミニバーなんかも備えられている。

「ワシの餞別じゃ! 二人の門出を祝っての!」

 船員と一緒に入っていた、あごひげをたくわえた船長がそう言う。

「有難うございます! なんとお礼を申し上げれば良いやら……」
「いえいえ。貴方方の御噂もかねがねジョウトまで届いておりますぞ! きっと彼の地でも大きく祝福されることでしょう」

 船長は微笑みながらそう言った。部屋の説明をした後、船長と船員は出ていく。

「まあ! 貴方、オーシャンビューですわ! すごく美しいですわね」

 エリカは大きな窓ガラスから出る。そして彼女は眼前に広がる一望千頃とばかりに広がる群青の大海原に思わず手を組んでしまう。
 心なしか、クチバシティが光っている気がしたがレッドは気にしないことにする。

「そうだな。もうカントーもあんな遠くなっちまった……」

 レッドはエリカの隣に立ち、バルコニーの柵に腕を組んでつける。彼は離れていく故郷に些かの寂しさを感じ、遠い目で見つめる。

「そうですわね。こうして見るとカントーってあんなに大きいんですよね。定例会の際はいつもリニアを使うので忘れてしまいますわ」
「なんだか感慨深いよな……。さて、アサギには何時に着くんだ?」

 レッドはパンフレットを手に持っているエリカに尋ねた。

「運行表を見た限りですと、明日の朝5時頃ですわね」

 エリカは末尾のページにあった表を眺めながらそう答える。

「かかるなおい……」

 レッドは少しげんなりとしている。
 そんなレッドはお構いなしにエリカはジョウトに思いを馳せる。

「はぁ……ジョウトですか。エンジュシティが本当に楽しみですわ!」

 教養深い彼女にとってやはり文化都市のエンジュはお好きなようである。その憧憬のあまり、恍惚とした表情になるのも無理はない。

「あーなんかパンフ見た限りだと好きそうな所だよな」

 レッドはパンフレットを見た記憶と、ゴールドの言葉を思い起こしながらそう言った。

「そうなんですよ! 私はこれまでに何回か行きましたけれど、鈴の塔の悠久に佇むあの様は……」

 レッドは、エリカのスイッチを入れてしまったことに後悔し、エリカの話を聞き続けるのだった。
 そんなこんなで船は進んでいくのである。

第二話 それぞれの別れ、そして出港 終 
 
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