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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第六十一話

 何とか時間通りにバイト先に到着して、いつも通りの作業をこなした。
 アパートに帰ったのは朝の6時前だった。途中でコンビニでスイーツやおにぎりと総菜を買っていた。俺だけだったら昨日の残り物のご飯があるからそれと味付けのりだけで十分な朝飯。でも王女がいるから最近はスーパーで食材をいろいろ買っている。今日はバタバタで時間が無かったからおにぎりと総菜で我慢してもらおう。
 その代わり、たいしたもんじゃないけどスイーツを買うことで彼女に機嫌を少しでも直してもらおうって思ったんだよ。
 カツカツの我が家の家計から考えるとそれでもかなりの贅沢だ。
 ちょっと前までは俺一人の生活だったから、新聞配達と週末にコンビニでのバイトでやっていけてたけど、一人家族が増えたことで我が家の家計は苦しくなっている。王女の衣類も買わないといけないし。
 バイトを増やすか、コンビニでのバイトを深夜勤務に替えないとだめかも。

 部屋に戻るとそ〜っとドアを開ける。
 電気は消えていてカーテンも閉まっている。王女が来てから、カーテンは遮光カーテンに替えさせられた。真っ暗になるので昼間の時間の感覚が無くなるんであんまり好きじゃないんだ。朝日とともに起きるってことは今の俺の生活では関係ないから、部屋が朝でも真っ暗でもまったく影響はないんだけどね。これも結構な出費になった……。
「姫……? 」
 声をかけてみるが反応は無い。真っ暗な部屋の中でかすかに寝息が聞こえる。
 
 【イメージ・インテンシファイア】……オン。

 勝手に名前をつけた呪文を唱える。
 イメージ・インテンシファイアとは、夜の月や星の光程度の明るさの中での暗視装置のことだ。ごく弱い光を倍増させてみることができるらしい。主に暗視用途に使われている装置だったと思う。実物をみたことがないけど、赤外線カメラやスターライトスコープみたいに夜眼が利く装置だと認識している。
 その装置を使うイメージで言葉によりスイッチが入るように暗示をかける訓練をしたんだ。口で言うのは簡単だけど実際はかなり結構難しかった。……それでもなんとか習得することができたんだな。実際、こうでもしないと、姫から与えられた能力の一つ、【いつでも夜目が利く】っていうのは確かに便利なんだけど、常時昼間と同じ感じなんで、そんな明るい世界ではなかなか寝付けないという欠点があったんだ。この暗示を使うことにより、常時昼間という欠点を補うことができるようになり、寝不足を解消することができた。
 同じような能力で【地獄耳】っていうのもある。これも数百メートル先で1円玉が落ちた音を検知できるすばらしい機能なんだ。こちらもなんとか克服し、スイッチのオンオフができるようにしている。でないと常時最大音量でテレビをかけているようなもんだからね。たまったもんじゃない。
 ちなみに嗅覚は強化されていない。

 ———掛け布団から金髪の頭が見えている。
 どうやら、まだ寝ているみたいだ。

 出会ってからずっと、彼女は完全夜型の生活をしている。
 昼間は死んだように眠り、日没とともに目覚め、日の出と共に再び眠るといった生活を続けている。その眠りは人間とは異なり深い深い眠りらしく、少々のことがあっても目覚めることは無いんだ。少々の騒音ではまったく起きる事はなかった。
 仮死状態に近い感じなんだもん。
 これってかなり危険なんじゃないかなって思うけど、そのことについてはまったく王女は気にしていないらしい。何かセンサーみたいなものでも設置しているんだろうかな?

 そして、よほどのことが無い限りはそのリズムを替えることはないようだ。変えられないのかもしれない。
 完全に俺たち人間とは逆の生活リズムなんだな。

 ……まるで吸血鬼みたいだよな、それって。と思う。

 部屋は暗室みたいにしておかないと駄目みたいで、遮光カーテンを買いに行かされたもん。それでも完全な暗闇にはできないからぶーぶー文句を言われた。仕方ないんで、スーパーでいらなくなった段ボールをもらってきて窓ガラスの大きさで切り取って、かつガムテープでしっかりと目張りをしている。
 見た目はかなり、いや相当に悪いけど、段ボールと遮光カーテンの併用で、昼間であろうともほぼ完全な暗闇が確保されるようになっている。玄関の方にある窓も同じように段ボールで目張りしている。
 時計がなかったら何時かわからなくなると思う。 

 それにしても……、王女は、本気で太陽光線が苦手なのかもしれない。
 試してはいないけどね。

 でも、彼女のその生活リズムのおかげで、俺は王女との共同生活でもそれほど困らないですんでいる。学校にいる間は、ほぼ寝ているからね。人間と同じリズムなら退屈をさせるはずだけど、全然問題なし。すれ違い生活にならないですんでいるんだ。

 異世界から来た彼女にとっては、人間達の生活の方が異常だって思っているのかもしれないけれど……。

 俺はキッチンへと移動すると、買ってきた総菜を冷蔵庫に放り込んだ。
 冷蔵庫の中には王女のために買ってきた飲み物やスイーツなんかが入っている。
 うむ? あまり量は減っていない。
 王女は俺と一緒に食事を取るときはそれなりに食べるんだけど、一人でいるときにはほとんど何も食べたりしていないのかな。
 アイスが気に入ったとか言ってたけど、それもほとんど手をつけていない。
 ……あまり人間が食べるものは好きじゃないのかなとさえ思ってみたり。
 そもそも向こうの世界では彼女は何を食べていたんだろうって思う。……人間の血だったりして。
 でも俺たちと同じ人間がいるかどうかさえ分からないけどね。

 そういえば王女からは向こうの世界の話をあまりしてもらっていない気がするな。話したくないんだろうか?

「帰ってきたのか? 」
 振り返るとアニメキャラクターのパジャマを着た王女が立っていた。 
 可愛いお姫様の格好をした少女と短パンでリュックを背負ったデブのはげ親父のコンビのイラストがプリントされている。「禿げ親父は王子様」とかいう結構人気の子供向けアニメらしい。
 シャツ自体、原色のパジャマだけど王女は何故か気に入っているみたいだ。
 妹のささやかないたずらなんだけどどうやら王女には通用しなかったようだ。

 外に着て行くには恥ずかしい服なんだけど、王女が着るとなぜか可愛く見えたりする。

「ああ、ただいま。やっとバイトが終わったよ。……お腹すいただろ? 飯でも食べようよ」
 そう言って俺は冷蔵庫にしまった食材を再び取りだした。
「いろいろ買ったんだけど、どれ食べる? 」

「おにぎりは真アジ一夜干しとワサビのりがいい。あとひるげ」

「了解。お湯はポットに入ってるから直ぐ出来るよ」

「うん」
 そういうと王女は流し台で手を洗うと、部屋へと戻っていった。
 俺はお椀にインスタント味噌汁を入れるとお湯を注ぐ。ひるげは安売りしてないけどどうも王女のお気に入りらしい。で、良く買わされる。
 俺もその味は嫌いではない。しかし、どういうわけか、これだけは特売品にならない。いつも定価売りなんだな。理由はわからない。某国の陰謀ではないかとさえ言われている。

 部屋の真ん中に置いたちゃぶ台の前に腰掛けて、王女はテレビを見ていた。
 俺はおにぎりを机の真ん中にどかりと置き、お椀と箸を王女の前に置く。
「ありがと」

「よっし、じゃあいただきます」
 俺も王女の向かいに座り、食べ始める。

 王女は味噌汁を一口すすり、おにぎりのパッケージを剥がすんだ。でも、何故かうまくできない。順番通りにすれべできるのにこれがなぜかできず、ご飯がぐじゃぐじゃになる。
 バラバラになったご飯をお椀に投入する。ワサビのりの味噌汁雑炊のできあがり。それをスプーンで混ぜ混ぜし、すくって食べる。
「どうかしたのか? 」
 と不思議そうな顔をして俺を見る。

「いや、変な食べ方をするなって思って」

「これはこんな食べ方をするんじゃないの? テレビでやってたぞ。みんなこんな食べ方をするんじゃないの? 」
 とまじめな顔で言う。

「それは間違いだよ……。それはねこまんまって言って、犬や猫のえさみたいな簡素なものって言われているんだよ。おまけにスプーンで混ぜるその食べ方は姫みたいな子はやっちゃいけないし、やめた方がいいよ。テーブルマナー違反で叱られるところだぜ」

「……ふうん。うむ、そうなのか。それは知らなかった。テレビでやっていたからこれが正しいって思っていたわ。間違ったことを当たり前に流しているのかテレビって奴は? 」

「どっかの国の映像だったんじゃない? 今時テレビドラマではそんな食卓の風景は出ないと思うから。……それとテレビの放送が全て正しいってわけじゃないことは正解だよ。ニュースのライブ映像でも現場ではシナリオっぽいものがあるくらいだからね。事前にリハーサルとかも入れるからね。国営放送でさえそれなんだから、民放なんてどんなもんかわかるよね。制作者の意図がもろに反映されたりして決して中立な放送なんてされていないんじゃないのかな。全てが間違いじゃないんだろうけど、情報を取捨選択する必要が我々には必要とされている……ってネットでは書いてあったな」
 俺は誰かの受け売りの話をそのまま聞かせた。

「ふうん。そうなんだ。いろいろめんどくさいのね、何処の世界も。まあ次からはこの食べ方はやめておくわ。確かに見た目にも汚いわね。郷に入れば郷に従えってことでやってみたんだけど、それが嘘じゃあ駄目ね。うーん、それでもこれはこれで美味しかったんだけれどもね」
 そういうと再び食事に戻った。
 テレビではニュースが流れている。
 いつの間にか全国ニュースにからローカルニュースに変わっていた。

「学園都市において、昨日殺人事件が発生し……」
 突然、血なまぐさい話題になっている。
 俺はこの前の蛭町達を殺ったことが発見されたかと思い、テレビのボリュームを上げる。
 テレビ画面には発見現場らしいビルが映し出される。どうやら繁華街のビルの谷間の裏道で事件は起こったらしい。

 どうやら俺の事件ではなさそうだ。
「被害者は30から50代の男性で身元はまだ分かっていません。我々の調査の結果、被害者は鋭利な刃物で斬殺されたもようで、事件現場は……」
 映像が切り替わり、モザイクで顔を隠された男がインタビューを受ける画面に切り替わった。
 目撃者か。
「なんか、こうすごい悲鳴が聞こえて、見に行ったんですよ、そしたら首ちょんの死体があって〜。おええ、なんか気持ち悪くなってきた、ごええええ」
「で、その時、付近には誰かいましたか? 」
 とインタビュアー。
「うーん、すげえ現場見たんであんまり覚えていないんだけど、ビルを駆け上がってく人影をみたような……」
 そこで画面は切り替わり、蝶ネクタイの嘘笑いの似合うアナウンサーの顔がアップで写される。
「事件の続報が入り次第、またお知らせいたします。さて、明日の天気……」

 なんだか結局よく分からないニュースだったが、何者かが殺されたという事実だけが分かった。

 
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