髑髏の微笑み
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
1部分:第一章
第一章
髑髏の微笑み
十九世紀中頃、南北戦争が終わって暫く経った頃のアメリカの話である。この時この国はまだ若かった。
一言で言うと西部劇の時代であり実際に西部ではインディアンや無法者達との戦いがあった。騎兵隊がいたのもこの時代である。そうした意味では案外近い時代の話であるのだ。
カルフォルニアに人が集まりだしたのは金が見つかってからだ。それを知った多くの者達が一攫千金を夢見てカルフォルニアを目指した。その中には様々なものがいて実に雑多であった。その雑多な人の集まりの中にディックという若者がいた。
彼はフロリダ生まれだった。ごく普通の農家に生まれ子供の頃から家の仕事を手伝っていた。そのせいで逞しい身体をしていてまだ幼さの残るソバカスのある顔に青い目と茶色の髪がよく似合っていた。彼はジーンズを穿いていつも鉱山で金を掘っていたのである。彼もまた一攫千金を求めてここにやって来た一人であった。
「最近何かこの街も人が多くなってきたな」
鉱山から街に戻ってふと呟いた。
「肌の色が違うのがいるけどありゃ何だ?」
黄色い肌の自分達と同じ格好の連中を指差して同僚に問う。
「インディアンと似た顔だけれどよ」
「あれはチャイニーズだぜ」
「チャイニーズ!?あれがか」
「ああ、海の向こうから来たな。連中も金が目当てらしいぜ」
「へえ、じゃあライバルってわけか」
ジャックは仲間からそれを聞いて呟いた。
「金を掘るのの」
「まあ連中は他にも色々やってるけれどな」
「色々ねえ」
「線路を敷くのに使われたり商売をやったりしてな。色々と器用だぜ」
「俺達よりもか」
「俺達より上なんじゃねえのか?そういうのは」
同僚は彼にそう答えた。
「手先も器用だしよ。身体は小さいがな」
「よくわからねえがここにいるんだな」
「ああ」
「まあインディアンじゃなきゃ俺はどうでもいいけれどな」
ディックはぶっきらぼうにこう言った。
「肌が黒かろうが白かろうがな」
「心が広いってか」
「違うな。俺の先祖だってスコットランドから来たらしい。最初からここにいたわけじゃない」
アメリカは移民の国である。そこにいる者の殆どは最初からアメリカにいるわけではないのだ。そうした意味で実に特殊な国なのである。
「そう言ったら同じなんだよ、黒人も俺達もな」
「まあメキシカンは違うがな」
「あれは奴等が悪いんだよ」
ディックは言う。
「アラモはな。俺はその時まだガキだった」
「ああ」
「親父はメキシコの連中と戦った。それで腕に銃弾を受けた」
「名誉の負傷ってやつだな」
「そうさ。アラモは全滅したらしい。親父はそのターキーと戦ってな」
ターキーとはメキシコ人の蔑称である。
「それで怪我をしたってわけさ。あれはあいつ等がアラモに攻め込んだからだ」
「まあな。アラモは残念だったさ」
これが当時のアメリカの考えだった。実際はテキサスはメキシコ領でありそこにアメリカ人達が勝手に入植してメキシコ側がこれに対処したらアラモに立て篭もり、そうした事態になったのである。米墨戦争は実際はアメリカの侵略である。なおこの時にテキサスと共にアメリカに割譲されたのが今彼等のいるカルフォルニアである。
「で、今俺達がいるカルフォルニアもアメリカのものとなった」
「それで俺達が今金を掘っている」
ディックはそれに応える。街はもう薄暗くなろうとしていて次第に夜の闇が迫ってきていた。
「それと一緒に人も寄ってきたな」
「どっちにしろ金が動いてるよな」
「ああ」
「掘れればよし。掘れなかったら」
「今までの賃金で何かするか」
「何をするつもりなんだい?」
「そこまではまだわからないな」
ディックはまだそこまで考えてはいない。
「店とか開くのもいいな」
「他のことはどうだ?」
「つってもまだここには何もないぜ」
まだまだ荒地しかない。当時のカルフォルニアは荒々しい未開の地であったのだ。
「とにかく今は働くだけだな」
「そうか」
「所帯も持ちたいんだけれどな」
「それが一番難しいかもな」
「おい、そりゃどういう意味だよ」
同僚の言葉に口を尖らせる。
「そう言われるのが嫌ならさっさと彼女を作るんだな」
「ちぇっ」
舌打ちをしながら同僚と別れて酒場に入る。そこで仕事の後の一杯としゃれ込むつもりだったのだ。
木で急ごしらえで造られた店はかなり荒っぽい。砂埃が前に舞っていて店の中も埃の匂いがする。暗くなりかけている店の中には鯨油の匂いとそれで照らされる灯りがあった。その中で荒くれ者達が酒を飲み、カードを楽しんでいる。西部でよくある酒場の姿であった。
荒くれ者達の顔は様々だった。白人ばかりではない。黒人やヒスパニック、そして中国人の顔もある。西部はこうした雑多な有様であったのだ。黒人のガンマンやカウボーイなぞざらだったし中国人達も鉄道の施設や金を掘る為にここにいた。ヒスパニックも同じである。
いないのはインディアンだけだった。彼等はアメリカという国にとって倒すべき敵でしかなかったのだ。元々いる筈だが外敵となっていたのだ。そしてここにもいない。狭い居留区に押し込められるか命そのものを奪われるか。どちらにしろアメリカという国にとって彼等はあってはならない存在だったのだ。
「よおディック」
カウンターにいる目つきの悪い男が彼に挨拶をしてきた。
「今日はもうあがりかい?」
「そうさ、ジョニー」
ディックはニヤリと笑ってその目つきの悪い男に返した。
「そっちもそうなんだろ?」
「ああ、今日は上々だったぜ」
ジョニーは笑って彼に応える。笑っていても目つきは変わらない。
「かなり掘れた」
「そうか、じゃあもうすぐ億万長者か」
「いや、その前にやらなくちゃいけないことがあってな」
「それは何だい?」
「実家のお袋へのな。仕送りだ」
「ああ、カンサスのか」
「ここ以上に何もない草原だけのな」
「そこにいるんだったな、あんたのお袋さん」
「そうさ、ずっとさ」
ジョニーは言う。
「俺はそれが嫌でここに来たんだけれどな」
「で、金を掘ってると」
「これは前にも言ったな。まあそれでだ」
「ああ」
「今日は奢るぜ。どうだい?」
「悪くないな」
ディックはその言葉を聞いて面白そうに笑った。
「じゃあ一杯やるか」
「ああ」
二人は椅子を並べて飲みはじめた。安い、しかも埃の味のするバーボンだったがそれでも美味かった。二人は心地良い仕事の後の一杯を楽しんでいた。その時だ。後ろに一人の中国人がやって来た。
「おや」
ふとディックを見て声をあげた。たどたどしい、どうやら覚えたての英語である。
「これはよくないな」
「!?よくないってか」
ディックもその言葉に気付いた。そしてその中国人に声をかける。
「チャイニーズの旦那、何か俺の顔にでもついてるのかい?」
「ああ」
その中国人はまずそれに答えた。
「その前にな。俺の名前を言っておく」
「ああ」
「俺はリーという」
中国人はたどたどしい英語でそう話した。
ページ上へ戻る