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護られた首

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2部分:第二章


第二章

「お参りしておきなさい。いいわね」
「何か心配性よ、それって」
「じゃあ首が落ちてもいいのね」
 かなり怖いことを口にしてきた。
「ゴトリ、って」
「いや、それは幾ら何でも」
 さしもの千秋もその言葉にはかなり閉口しながらも言う。
「有り得ないわよ」
「話じゃそうなってるわよ」
 否定しようとする千秋に対してまた返す。
「そうでしょ?」
「だからお参りしておけってこと?」
「そうよ。どうせちょっとの間でしょ?」
 そう言葉を入れてきた。
「だからよ。いいわね」
「わかったわよ」
 渋々ながらそれに頷く。こうして千秋は御参りをした。その時地蔵の顔を見た。
「何かよくわからないけれどね」
 にこりと笑って地蔵に対して言う。
「首、守ってね」
 そう述べて最後に一礼した。それから立ち上がり後ろに立って待っている美晴のところへと戻っていくのであった。
 井戸の前に着いた。井戸の周りには何もなく白い城壁に囲まれた殺風景な場所だった。元々城というものは要塞であるから当然と言えば当然である。美晴はそこでまた千秋に声をかけてきた。
「はい、着いたわよ」
 かなりぶっきらぼうな千秋にかける。
「いいのね」
「うん。じゃあやるわ」
「わかったわ。それじゃあね」
 美晴に対して言う。
「見てみるわ」
「まあやってみて」
 やはりぶっきらぼうな声で千秋に言う。
「御参りはしたしね」
「大丈夫だと思うけどね」
 千秋は何気ない声でそう返した。
「幾ら何でもさ」
「止めたわよ、私は」
 冷たい声で述べる。
「後はどうなっても知らないから」
「とにかく覗いてくるわ」
 遂に前に出た。井戸の前に向かう。
 そっと井戸を覗き込む。覗き込むとそこには。
 何も映ってはいなかった。それを見て首を傾げたがその姿も映ってはいなかった。
 首を傾げさせたまま美晴のところに戻る。戻ってから言うのだった。
「見えなかったわ」
「ちょっと」
 それを言われて美晴も身体を少し引かせてきた。
「それってまずいわよ、本当に見えないなんて」
「たまたま井戸の奥が暗くて見えなかっただけよ」
 にこりと笑って述べる。
「気にしない気にしない」
「何処までもお気楽ね」
 あまりにも能天気な千秋に呆れてしまう。
「まあお地蔵様が守ってくれるだろうけれど」
「期待してるわ」
 信じていない声であった。美晴にもそれがはっきりとわかる。
「そんなことないだろうけれど」
 そう言いながら井戸を後にする。井戸は何も語ることなくただそこに残っていただけであった。
 それから数日後。そのことを殆ど忘れていた千秋に異変が起こるのであった。
 学校に行く途中であった。何も考えずに美晴と二人で歩いていると石に躓いてしまった。
「痛たたた・・・・・・」
「あんた何してんのよ」
 美晴が呆れた声で千秋に声をかける。
「石に躓いて」
「仕方ないわね。起きて」
「うん」
 その時だった。上から何かが落ちてきたのであった。
 千秋は起き上がった。起き上がった丁度その時にそれは彼女のすぐ前に落ちてきた。見ればそれは鉄筋であった。もう少しで彼女の頭に落ちてくるところであった。
「何、これ」
「上からだから」
 見上げると上でビルの工事中であった。それで鉄筋が誤って落ちてきたらしい。千秋はその鉄筋を見て呆然としている。美晴が上を見ると丁度工事をしているところであったのだ。
「何かの間違いで落ちたみたいね」
「危なかった・・・・・・」
「井戸のあれね」 
 美晴は鉄筋を見下ろしながら呟いた。
「これって」
「じゃあ本当だったんだ」
 千秋は呆然と鉄筋を見下ろしながら言った。
「あの井戸のことって」
「よく助かったわね」
 美晴はそんな千秋に対して言う。
「もう少しで」
「頭潰れて・・・・・・ってまさか」
「本当に首がなくなってたわよ」
 美晴は言う。
「もう少しで」
「助かったわね」
「うん。けれどこれって」
 千秋はここで気付いた。
「助かったのはやっぱり」
「御地蔵様のおかげね」
「うん」
 千秋は美晴の言葉に頷く。
「助かったわ。あと一歩ってところだったけれど」
「そうね。死ぬところだったわよ」
「最初は信じてなかったわよ」
 こう言った。
「まさか。こんなことって」
「あるのよ」
 しかし美晴はそう千秋に言う。
「こういうことってね。世の中には」
「ええ」
「わかったわね」
「わかりたくなかったわよ。こんなことって」
 自分の頭に手をやる。そうして本当に頭があることを確かめる。
「あるわ」
「そしてそういうこともあるのよ」
 今度は千秋が助かったことについて言う。
「怖いこともあるけれど助けてくれるものもあるのよ」
「そうなの。ところでさ、美晴」
「何?」
「随分物知りだけれど何でそんな言葉知ってるの?」
「教えてもらったのよ」
 美晴は顔を強張らせながらもぽつりと述べた。
「御婆ちゃんにね」
「凄い御婆ちゃんね」
 千秋は今度はそのことに驚いていた。何か朝から驚くことばかりだと思いながら。
「それはまた」
「そうかしら」
「そうよ。けれど」
 そのうえで述べる。
「おかげで助かったわ。今度御礼を言わせて」
「ええ、いいわよ」
 ようやく少しにこりと笑うことができた。何はともあれ千秋は命を取り留めた。それから彼女は御地蔵様と美晴の祖母を非常に大切にした。その理由は井戸にあったのであった。
 その井戸はまだ残っている。しかしもう覗き込む者はいない。誰も首がなくなるような無残な死は遠慮したいからである。


護られた首   完


                  2007・3・6
 
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