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幽霊はいつも気まぐれ

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3部分:第三章


第三章

「どうしたの?」
「どうしたのってな」
 その声に応える。
「今まで乗せていたツレがな」
「ええ」
「いなくなったんだよ、急に」
「急になのね」
「やっぱりよ、あの話は本当だったんだ」
 声の方を振り向かずに自分の中に入って言う。
「あの話?」
「知らないのかよ、幽霊だったんだよ」
「幽霊」
「そうだよ、ここにはそんな話があるらしいんだ」
 彼は言う。
「まさかよ、信じていなかったけれどよ」
「じゃあその幽霊って」
「それはな」
 ここで振り向いた。
「えっ!?」
 そこにはさっきの女がいた。何時の間にかそこにいたのであった。
「あれ、あんた」
「ちょっとトイレに行っていたのだけれど」
「そうだったのかよ」
「言わなかったかしら」
「悪い、聞いてなかった」
 聞き落としてしまっていた。やはり幽霊のことばかり考えてしまっていたようである。
「済まない」
「いいけれど。幽霊なのね」
「ああ」
 彼は答える。
「ここに出るのね」
「そうだけれど。知らなかったのかよ」
「よかったら詳しい話聞かせて」
「ああ、わかったよ」
 彼はそれに応じた。
「じゃあここじゃ何だから」
 ドライブインの中を指差した。
「コーヒーでも飲みながらな」
「ええ」
 二人はドライブインの中に入った。そこの窓側の席で向かい合って座り話をはじめたのであった。
「そう、そんな話だったの」
 女はそれを聞いて静かに頷いていた。
「知らなかったわ」
「って地元なんじゃ」
 隆一はその言葉に眉を顰めさせた。
「だからそういう話興味ないし」
「だから知らなかったのかい?」
「ええ」
 女はこくりと頷いた。
「あっ、私の名前だけれどね」
「ああ」
「石黒小夜っていうのよ」
「石黒さんね」
「ええ、そう呼んでくれていいわ」
「じゃあ石黒さん」
 隆一は彼女の名前を呼んで尋ねた。
「何であそこにいたの?」
「探し物してたのよ」
「探し物?」
「帽子を落として。けれどなくて」
「帽子を」
 少し目を顰めさせて言った。
「お昼にあそこまで出て景色眺めていたのよ。その時風でね」
「帽子が落ちたんだね」
「そうなのよ。それで」
「探していたと」
「なかったから。諦めて帰ろうと思って」
 くすりと笑って述べる。話してみるとどうということはないことであった。
「家この辺りなんだ」
「ここから少し歩いたところよ。そこに住宅地があって」
「へえ」
 住宅地があるというのもはじめて聞いた。意外と開けている場所であるようだ。
「そこにいるのよ。駅もあるしね」
「何だ、街と近いのか。ここ」
「そうよ。知らなかったの?」
「いや、地元じゃないから」
 隆一は答えた。
「そういうのはさ。知らなかったんだ」
「そうなの」
「で、あそこでヒッチハイクして戻るつもりだったんだね」
「そうよ。行きはバスだったけれどもうないから」
「遅いからね」
「親には携帯で電話してあったけれど。それでもこのままだと」
「で、俺の車に乗ったと」
「そういうこと」
 小夜は頷く。
「御免なさいね、利用して」
「いや、それはいいけれどさ」
 隆一は言う。
「本当に幽霊かと思ったよ」
「そう見えたの?」
「それ以外に見えなかったよ」
 こう返した。
「ましてや話聞いた後だったし」
「けれど脚はあるわよ」
「まあな」
 隆一は幽霊にも脚がある場合があるのを実は知らない。そこまでは詳しくはないのである。
「それで帽子はどうするの?」
「仕方ないから諦めるわ」
 顔が苦笑いになった。
「もう見つからないから」
「そう」
「残念だけれどね」
「このまま家に帰るんだね」
「そうよ。ああ、御礼だけれど」
「うん」
「ここのコーヒー代おごらせて。それでいいわよね」
「ええ、それでいいぜ」
 話が呆気ないオチだったのでいささか拍子抜けしていたのでそれに何もなく頷いた。それでコーヒー代を払ってもらって小夜と別れた。結局何もないままドライブインを後にしたのであった。

 
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