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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 18.

 
前書き
2014年1月28日に脱稿。2015年11月15日に修正版が完成。 

 
 かげづき。漢字では、陰月と書く。
 それは、クロウ達が生きているこの多元世界に存在するもう一つの月を指す。
 尤も、月の他に新たな衛星が加わった、という意味ではない。20年前に起こった大時空震動の後、日本と同様に複数の次元にある月が一つに重なり損ね、多少ずれた位置で2つが2つのまま安定してしまった結果だ。
 その性質は、互いに行き来が可能な2つの日本より、むしろ暗黒大陸に近い。次元境界線が陰月への接近と着陸を拒み、かつての暗黒大陸と同様未だに切り離された存在として不可侵の状態にあるからだ。
 弱い光を反射し視認と外観の観測を可能にする為、正式に月と確認はされた。だが、地球とその月を結ぶ直線上に元々の月が浮かぶ関係で、決して地上から仰ぐ事はできない。「陰月」は、その名が示す通り2つの意味で人類を拒む薄闇のような存在だった。
 誰も占有しに行かず、何者をも飛び立たせない壁の向こう側。ZEXISは以前より、陰月と地球からは不可視な月の裏半面に注目し、独自の監視を行っている。
 スメラギの話によると、ドラゴンズハイヴのリーダーF.S.が「月の事ならば我々の管轄だ」とリアルタイムでのデータ提供を申し出たのだそうで、その監視映像はメンバーならば好きな時に誰でも見る事ができる。
 バトルキャンプの中でも、アフリカの砂漠地帯にいようとも。
 今まで口に出さなかったが、クロウ達パイロットは全員確信していた。ZEXISと陰月の関わりはいずれ必ず生まれる、と。
 かつて暗黒大陸では、次元境界線の消失を機に甲児や赤木達が上陸を試み、そこでシモン達と出会っている。壁の向こうとして往来不可能だった世界にも人は生きており、彼等はZEXISの助力を必要とした。
 ましてや、F.S.は先読みに長けた男でもある。ZEXISの前身にダンクーガノヴァがかなり早い段階で吸収されたのは、KMFやMSを軽く凌駕するその火力が対次元獣やテロリスト戦に相応しいものと映ったからだ。エルガン代表でなくとも、ドラゴンズハイヴの備えはインペリウム帝国誕生を予見していたかのような行動と捉えたくなる。
 そのF.S.の指示で獣戦機隊もZEXISに合流し、隊の底力は更に上がった。何らかの方法による先読みの結果として2つの月の監視を始めた、と推測する方が自然ではないか。
 突然陰月の名を持ち出したレントンを、ティファとガロードがじっと見つめている。
 2人が搭乗するガンダムダブルエックスは、サテライト・リンクの都合上、月との関わりを持っていた。月の異変、という言葉には人一倍敏感なのかもしれない。
 最近、陰月がどのように見えているかなど、クロウは全く気に留めていなかった。少年の指摘に、「そうなのか?」と、ついとぼけた答えを返す。
「ああ」
「レントン。お前、陰月の事わざわざ毎日観察してるんだ」
 クロウには、ガロードの言葉が「子供らしくない」と言っているようにも聞こえた。
「気になるんだ、時々」レントンの手が、エウレカの手を握り直す。「俺達はいつか、きっとあの2つの月に行く。もしその時、エウレカが月で俺を待っているとしたら、って思うと、見慣れておきたいんだ。俺がちゃんとニルヴァーシュを励まして、あそこで戦えるように」
「いつか、ね。その日は来るわ、きっと」リーロンも、自身の予感には正直であろうとする。「でも、誰か1人が行く事はないし、みんなも1人では行かせない。月の専門家が、その時の私達に最適なアドバイスをくれるわ。それは覚えておいて」
「わかってます。でも、そういうものを俺が人任せにする理由にはしたくないんです」レントンが、一度唇を噛む。「だって…。月の表面は、今のリモネシアに似ているから」
 νガンダムから、アムロが降りてくる。クロウ達に近づいて来る彼の足音がはっきりと聞き取れる程、全員が凍り付き無音となった。
「いいじゃないか、備えておきたいのなら」極短期間でZEXISの内情に通じたアムロが、レントンの背を押す。「ねだるな。勝ち取れ。さすれば与えられん。だろう?」
 少年の口癖を引用するアムロに、彼が大きく「はいっ!!」と頷いた。
 レントンの口癖。それは、エウレカを研究機関に取り上げられ、ホランドに連れ去られ、一向に縮まらない彼女との距離に焦燥を覚える中、レントンの内から浮上した思い出の言葉だという。今は亡き若い教師が彼に贈ったもの、と聞いている。
 レントンの場合、ニルヴァーシュを操り、力を手に入れた子供が1人だけで何かを成そうとしているのとは違う。彼は常にZEXISの一員であろうとするし、エウレカの保護が独力では不可能だという事をよく理解し感情も抑えていた。
 それが、ZEXISを拒絶して欲するものに手を伸ばしたホランド達と、今こうしてダイグレンの中にいるレントンの決定的な違いと言える。
 カラミティ・バースの発生により一瞬で余りにも多くのものを失ったリモネシアで、ZEXISのオリジナル・メンバーはそれぞれが大きなものを背負い込んだ。ジェフリーのような百戦錬磨の指揮官や高齢ながらも奮闘する会社役員・柿小路、エリア11を優先視している黒の騎士団のメンバーに未成年のレントン、そして自由を買い取るまで戦おうとするクロウに至るまで、全く同じ悲しみとインペリウム帝国に対する怒りを自身の中に刻み込んだのだ。
 奇しくも、リモネシア消滅によって開いた扉が、次元獣の王とZEUTHをこちらの多元世界に転移させている。アムロ達は惨劇の前後を比較する事ができず、その件について感情を乗せて語る事はしなかった。
 だからこそ、アムロの楽観的な言葉はZEXISにとって救いとなる。
 ZEUTHという頼もしい戦闘集団を吸収し、ZEXISは更に護りの刃を強くした。月の表面が荒涼とした砂と石の世界でも、人と町が失われた結果の姿ではない。どちらの月であろうと、そこでZEXISが勝ち取るものは勝利と希望に決まっている。
 アムロと同じくZEUTH所属のガロードも、「月があってこそのツインサテライトキャノンだぜ!」と笑顔で自分の胸を叩いた。「あそこに行っても俺達は勝てるって! 待ってろ、『いつか』! そん時は、必ずみんな揃ってるさ」
 ガロードはさりげなく、未来で待つ月行の日がクランと中原の救出後である事を強調した。
「って、もう3時を回ってるじゃないか」忍が腕時計をちらりと見、右肩を回してほぐす。「今夜ここは徹夜の修理で大賑わいだ。出撃したパイロットは、そろそろ帰って寝とけよ」
「そうそう」と、雅人も立ち上がって自分の役割に立ち返る。
「聞いたな」去ってゆく獣戦機隊に代わって、アムロが丸い光に視線を落とした。「ここで何があったかについては、僕から上げておく。とにかくレントンにエウレカ、ガロードとティファ、クロウにロックオンは睡眠をとってくれ。明日は質問攻めになるぞ」
「えーっ」
 僅かに顔を歪めつつ、仕方ないかとガロードが首を傾けて諦める。
「今日だって随分訊かれたのにな」零すクロウに、ロックオンが「そん時は俺も付き合ってやるさ」と笑って帰路を指し示す。
「それじゃあ、おやすみなさい」
 ぺこりと頭を下げ、エウレカの手を引いてレントンがダイグレンの格納庫を出てゆく。
 ガロード達がそれに続こうとした時、ロックオンが突然子供達を呼び止めた。
「ガロード。ティファ。ちょっと待ってくれ」
 そっと振り返る2人に、隻眼のスナイパーは「さっきダブルエックスを出さなかったのは、誰の指示なんだ?」と問いかける。
「私がお願いしたの」ティファが静かに、しかしはっきりとした口調で答えた。「あの機体を出したら、誰かが悲しむ。そう思ったから」
 ティファの言う「誰か」とは、先程クロウが接触した何者かを指すに違いない。ティファの能力を持ってしても、あのバラ群が現れた時には僅かな感情の波を掴む事が精一杯だったのだろう。
 それでも、少女は上申した。彼女なりの強い信念で。
 クロウは宿敵の言葉を反芻し、「そういえばアイムも、ダブルエックスが出撃していない事をどうこう言っていたな」と口端を曲げる。「結局、またあの嘘つき野郎を思い出す羽目になるのか」
 ロックオンがクロウの肩を掴んだ後、どんと背中を叩いた。
「帰るぞ。とにかく続きは明日に回せ。今日のお前は、誰が見たって働きすぎだ」
「わかった、わかった」
 不機嫌になった友人にせき立てられ、ダイグレンを後にすると自室に戻ってベッドの上へと倒れ込む。
 床に転がるハロに徹夜の監視を任せ、クロウは何も考えずに目を閉じる。流石に今度こそ寝なければと思った。
 尋常ならざる活動時間と内容の濃密さが、戦士の心身に本格的な睡眠と休養を強要する。ものの1分と経たないうち、クロウは仰向けに姿勢を変えロックオンと共に寝息を立てていた。
 無夢の時間を過ごしている間は、幸福でも不幸でもない。しかし朝を迎えれば、回復した体力が戦う為の気力を育んでくれる。
 携帯端末のアラームで、いつもと同じ時刻に目を覚ました。なかなかに良質な睡眠がとれたらしく、すっきりと目覚め体も軽い。
 ブリタニア・ユニオン軍にいた頃クロウが身につけた疲労回復術は、ZEXISに加わってから活用頻度が激増した。後ろ暗い過去で得たものの1つだが、それが今の自分を支えているのだから皮肉なものだと思いたくなる。
「目が覚めたか? ま、顔色はいいようだな」
 既にベッドで上体を起こしているロックオンが、こちらの様子を伺い仕種で朝の挨拶をした。
「駆けずり回ったといっても、昨日1日の話だろ。その程度で翌日に疲れを残すようなら、ZEXISのパイロットは務まらないさ」
「そりゃそうだ」
 笑みを交わし、ランニングをしようと2人揃って部屋の外に出る。
 今朝も、真冬の寒気が猛威を振るい身を凍えさせる。が、幸い風は弱く、筋状の雲が海上に浮かんでいる程度の美しい好天だった。船体に人型の下半身を通したダイグレンが斜度の低い陽光をほぼ真横から受け、基地の端にそれは大きなV字型の影を落とす。
 光学迷彩を施しているトレミーと、戦艦形態のマクロス・クォーター。そしてダイグレン。今のZEXISには3隻の母艦が存在しているが、今日はランニング中の誰もがちらちらと濃赤色の陸上戦艦に目をやっていた。
 ゆうべ格納庫で起きた騒動は、既に仲間達の多くに浸透しているようだ。
「おっはよう! ロックオン! クロウ!」
 背後からルナマリアが追い抜きざま、右手の拳を鼻に当て、さっと5本の指を開く。
 彼女がその仕種で何を表現しているのか、クロウはすぐに察しがついた。
「おいっ!! そいつは、どういう広まり方をしてるんだ!?」
「私は心配してるのよ。お大事に。じゃあね!」
 ろくな回答をせず、ルナマリアはシンと共に建物の角を曲がって消えた。隣のシンが心なしか肩を震わせているように見えたのは、錯覚なのだと思いたい。
「おいおい…」
 閉口するクロウの横で、「ネタとして広まってるな」とロックオンがゆうべの顔ぶれを脳内で一斉表示しつつ1人の顔を点滅させる。
「…ガロードか」
 主犯の名はすぐに出て来た。
「他に誰がいる?」
 昨夜の失笑ぶりを思い出しながらも、昨夜のクロウの体験が悲壮感を伴わず広まった事に少し安堵する。
 クランと中原が連れ去られ、ニルヴァーシュに異変が起きた事に加え、クロウの体とダイグレンの格納庫には敵が何かを仕込んでいった。まともに受け止めようものなら、隊の暗さが増すのは確実だ。ガロードなりの機転なのだ、と良心的に解釈する。
 ランニングの最中、何人もの仲間達から「大丈夫か?」と声をかけられた。カナリアからは「後で検査に来るように」と言われたので、素直に従う事にする。
 食前が望ましいのならと朝食を我慢し、付き合って食事を抜いた見張りと共にバトルキャンプの医務室に入る。
 そこでは基地詰めの医師と助手の他、白衣を着たカナリアがクロウを待っていた。
「艦長達が昨夜の話を聞きたいそうだ。だがその前に、ここで一通りの検査を受けてもらう。その結果を持って、私と一緒に会議に出る。いいな?」
 良いも悪いもない。クロウは「ああ。何か見つかる事を祈ってるぜ」と言ってコートを脱ぎ、ロックオンに手渡した。
「私もだ」
 頷く医師と共に、カナリアも準備にとりかかる。
 一般的な検診の後、全身のX線撮影、血液検査、触診を受けた後、簡単に朝食を済ませる。検査結果を携えたカナリアの後ろについてゆくと、目指す場所は窓のない会議室だった。
 そこには、レントンとエウレカの他、ミシェルの姿もある。ジェフリーとスメラギ、城田、ゼロ、アムロ、クワトロ、万丈、ロジャー、そしてこの基地の主である大塚長官が今回加わった。
 指揮官や隊の支柱がずらりと顔を並べている中、大人と向かい合って座る子供2人は堂々としたもので、レントンとエウレカの場慣れぶりには頼もしささえ感じられる。
 一方、ミシェルは1人僅かに眉根を寄せ、感情を抑えようと努めている姿がむしろ痛々しい。元々は聡明でしっかりものの少年だが、今の様子を伺い見る限り、この部屋の中で最も追い詰められている人物として皆の目には映った。
 つい先日までレントンを苦しめていた焦燥が、そのままミシェルに移ってしまった格好だ。尤も、ホランドは単に独走を選んだだけで、人類の敵として持てる力を振るう為に去った訳ではない。
 クロウ自身、未だに何処かで信じている。ZEXISという繋がりが月光号クルーの全員に残留している筈、と。
 しかし、クランを連れ去った相手は間違いなくZEXISの敵であり人類の脅威に相当する。ミシェルの抱く危機感や焦燥は、そのレントンに気遣わしげな視線で様子見をさせる程、空気を通し伝染していた。
「遅くなりました」カナリアが検査結果の入ったメモリーをデスク備えつけの機械に差し込むと、「それでは始めようか」と大塚が開始を告げる。
 レントン達が姿勢を正し、クロウとロックオンはその隣に座った。
 空気がぴんと張りつめる。
「諸君が知っている通り、昨夜」大塚が話し始めると、大塚達とクロウ達の間の机上に昨夜現れたライノダモン様植物が立体表示された。「次元獣の襲撃を受けたこのバトルキャンプに、新たな怪物が出現した。その正体は不明だが、狙いはアリエティスとアイムの捕獲であった可能性が高い。しかも、怪物の正体に近づく為の材料が幾つか隊の中に散在している事がわかった。城田君」
「はっ!」
 21世紀警備保障に戦術アドバイザーとして出向している城田が、昨日1日の流れを全員に説明する。女性2人が連れ去られた事に気づくまでの経緯全てを。
 その間レントン達は目を見開いて話を聞き、ミシェルは真一文字に唇を引き結んでいた。
 経過については上手く要約されており、アイムとの再会の際に1本のバラをクロウが踏んだ事や、クロウが一度異世界に落ちた事、そこで体内に何かを仕込まれた事も誤解なく挿入されている。
 そして最後に、「ここまでの説明を私からさせてもらったが、ミシェル、ロックオン、そしてクロウ。内容に誤りはないか?」と城田が尋ねた。
 2人のスナイパーは淡々と肯定し、クロウは「ああ。しかも、あの青い世界の様子まで正しく追加されているとは驚きだぜ」と上の手際に舌を巻いた。
「君の体験談を、昨夜のうちにミカが纏めてくれた。彼女のおかげだ」と城田が返す。
 更にダイグレン内で起きた出来事は、νガンダムから多くを見届けたアムロがサイコフレームの起動者として余すところなく説明する。クロウ達とガロードが行った室内のやりとりについては、案の定ガロードが早朝報告したのだそうだ。
「と、以上が、今朝までに確認する事のできた同じ敵のものと思われる動きの全てだ」大塚が、経過を括って切り離した。「では、その痕跡一つ一つについて、新たな報告を纏めよう」
 映像が変わり、植物塊と差し替えになった3本の赤いバラの花が空中に現れる。
 説明を始めたのは、スメラギだ。
「この花は全て、第4会議室にあったバラよ。黄色いタグのものが、花瓶に挿してあった1本目。青と緑のものが、テーブルに置かれていた2本目と3本目。ZEXISとZEUTHで話し合った末、3本全てを龍牙島に送る事が決まったわ。ドラゴンズハイヴの設備を使って分析を行うの。…そろそろ獣戦機4機を積んだ輸送機が発進する頃よ」
「おいおい、大丈夫なのか?」と、ロックオンが昨夜の次元獣もどきを思い出しつつ顔をしかめる。「その植物は、次元獣を吸収する程の生命力があるんだぜ。切り花ったって、見たままの代物じゃないだろ。獣戦機やドラゴンズハイヴの中で暴れ出したら大事だ」
「これは、F.S.のたっての希望なんだ」バトルキャンプの最高責任者が、殊更男の固有名詞を強調した。「元々ZEXISにある戦艦や基地の中で、植物の分析に適した設備を備えているところは限られている。生憎我がバトルキャンプでも、化学物質と同レベルには扱う事ができない。マクロス・クォーターの分析施設はLAI頼みで、フロンティア船団との交渉から始めたのでは時間がかかりすぎる」
「それに、元々龍牙島はバトルキャンプ同様、既に敵の行動範囲に入っている」ロジャーが2日前のメールについてほのめかし、ZEXISにとって安全圏など何処にもない事を強調した。「ならば、むしろ積極的に動かしてみようじゃないか。先読みに長けたF.S.と彼のドラゴンズハイヴを」
「つまり、ZEXISとZEUTHは腹を括った、と受け取っていいんですね」
 不意に、ミシェルが意味深な物言いをした。高ぶる感情を押し殺し、あくまで理性的に問いかけを紡ぎ出す。
「そうだ。勿論、小さな子供達を我々と同じ扱いにはしないが。万難を排して戦うのと全てを擲って戦うのとは違うからな。その配慮の上で、今回ドラゴンズハイヴを組み込む事にした。F.S.もリスクを理解した上で、怪植物の分析を申し出ている」
 小さく、それは小さくミシェルが頷いた。
 もしF.S.がバラを受け入れると言うのなら、クロウとしても身の内の件について確かめておきたい事がある。
「分析を始めるってのなら、俺からも1つ確認がしたい」クロウは、自らを親指で指す。「あのバラは、見た目と中味が一致しない厄介な代物だ。そいつをわざわざ分析したいって事は、成果を出す方法が手元にあるからなんだろう。俺やニルヴァーシュもドラゴンズハイヴに行かなくていいのか?」
「それは、俺も気になります」
 レントンが同調し、上の考えを求めた。
「レントン、そしてクロウ」改まった様子で、城田が2人の名を順に呼ぶ。「ニルヴァーシュとクロウについては、バトルキャンプ預かりとする。これも決定事項だ。敵が仕込んだ異物について詳細な情報が欲しいのは確かだが、3本のバラ以外はこのバトルキャンプに留めておきたいのだ。…特にクロウ。君については、アイム・ライアードとの繋がりがあるので、ZEXISの主戦力が集められている場所に置いておきたいと考えている」
「…もどかしいな。そっちとの兼ね合いもあるのか」
 アイムの名が出てきたところで、クロウは自分の中にある異物とバラが決して同列ではない事を悟った。他でもないクロウの中に仕込まれた意味を、上は色々と類推している。
 大塚が頷いた後、カナリアが映像を切り替えた。表示されたのは、昨夜の姿勢のまま床に膝を突くニルヴァーシュの勇姿だ。
「次はレントン、君の番だ。ニルヴァーシュのコクピットで一体何を見たのかを、君の口から説明するんだ」
 アムロがレントンを促すと、「はい」と良い返事をしたレントンが、一度だけエウレカと目を合わせ、真正面の指揮官達に向かって毅然と顔を上げた。
 昨夜、ニルヴァーシュにどのような異変が起きたのか。如何ともし難い問題の為ダイグレンに留まっていた時、アムロがνガンダムのサイコフレームを起動させレントン達を助けた事などをかいつまんで説明する。
 話は、その時の詳細に及んだ。
「サイコフレームが宇宙を見せてくれる中、ニルヴァーシュの気持ちが俺の中に流れ込んできました。自分は大丈夫だってわかって欲しい。だから俺達も、わかったよって伝えました。その後、俺達の周りで音楽が流れ始めたんです」
「音楽?」
 ロジャーに問いかけられ、レントンは慌てて「そんなにはっきりとしたものではないです」と但し書きを追加する。「でも、綺麗な音が混じってて、俺にはそう聞こえました」
「私にも」
 エウレカもまた、自分の印象を短く話す。
「その音楽みたいなものが聞こえている間も、ニルヴァーシュと話をしました。ニルヴァーシュも俺に伝わりにくくなっているのは気づいている様子で、苦しいとかはないけれど、変なものが入ってると言っていました」
「変なもの?」
 鸚鵡返しに問いかける万丈に、「はい」とレントンが即答する。
「何だか上手く言えないみたいで、ただ『変なもの』とだけ」
「なら、俺と同じだな」クロウが話に割り込み、右手の親指で自らの胸を指す。「俺にも、違和感は全然ない。ティファちゃんがその話を俺にするまで、ただの夢かと思ってたくらいだ。それでも、俺の体には何かが入ってると言われた。もしかしたら俺は、こうして何事もなく会話できる事に感謝しなくちゃいけないのかもな」
「そういえば、ティファはこの後来るのか?」
 ロックオンが不在の説明を求めると、ゼロが応じた。
「彼女は眠っている。昨夜、君達と別れてからずっとだ」
「それが交信の疲労によるものか、今正に力を解放している為なのかは、僕にもわからない」やや残念そうにアムロが呟いた。「元々、この多元世界にはノイズが多いんだ。しかも昨日から、これまで以上に色々なものを感じにくくなっている。ただ、脳に問題はないと医者のお墨付きをもらった。彼女については、起きるのを待とう」
「そうか」眠り姫となった虚弱な少女を案じつつ、ジェフリーがカナリアの方を向く。
「はい。彼女にも検査を行いましたが、結果は全て正常値の範囲内です。ガロードが傍に付いていたいと言うので、今は任せてあります」
 何度も同じ体験を繰り返している分、女性医師に彼女を不安視する様子はなかった。時間と場所を選ばず始まるティファの昏睡状態にすっかり対応慣れしている。
「では、クロウの話の前に、彼の検査結果から専門家の意見をもらおうか」
 マクロス・クォーターの艦長が、クロウの名を強調し、医師でもある部下に検査後の見解を求めた。
 遂に来たか。クロウの中を、無駄な緊張が駆け巡る。
 映像は、クロウの検査結果の一覧となった。画面の半分は数値で残りの半分に人間1人の全身撮影図が表示される。撮影は3回行われており、X線の透過角度を変える念の入れようだ。
「基地の設備で行った医学的検査では、クロウの体内に異物があると証明する事はできません。本人も自覚症状がないと話しており、体が異物の存在を感知していないようです」
「良かったな。芽は出なさそうじゃないか」
「そ、その話は勘弁してくれ」
 昨夜仲間達に聞かれた話を蒸し返され、クロウは赤面してつい大声を出す。
 きょとんとするレントンとエウレカが、同時に「芽…?」とクロウを覗き込んだ。
 当然、速攻でスメラギに「クロウ、会議中よ」と窘められてしまう。子供達に笑いかけた後、羞恥心から垂れた黒い前髪をまとめて払いのけた。
「しかし、何らかの異物は存在している。問題なのはそこだ」
「ええ」と、スメラギも重く返す。
「では、クロウ。先程君が感じたという会話できる喜びを、いよいよここで実感してもらうとしよう。思考を共有する中で何を聞いたのか、詳しく話してくれたまえ」
 促すジェフリーに応え、クロウは、まず女性の声が聞こえたところから始め、やりとりの全てを順に話した。最後に、当事者として受けた印象を付け加える。
「少しばかり言いにくいんだが、おそらくあれは人間だ」
 それを明かせば何が起きるのか。想定はしていたが、実際の反応は空気の中へ如実に現れた。
 直後に指揮官全員の表情が凍りつき、空気が重量を増したのだ。
 当然、ミシェルにも動揺は浮かび上がる。
 ロックオンとレントン達は昨夜朧気に状況を理解している為、今更驚いたりはしていない。アムロもまた、クロウの報告を変化無く聞いている。
「困っていたり、追い詰められて頼む事ばかりを優先したり。ちょっとしたギャグで笑うところなんてのも、普通の人間の反応そのものだ。話していた内容も、おそらく全部本当なんだろう。会話と違って思考の共有だからな。嘘をつきたいって衝動があれば、相手にだだ漏れになる。…つまり、敵の中には2派あるって事だ。で、力の足らない方が俺達ZEXISに助けを求めていた」
 2呼吸程の間の後、ロジャーが「その印とやらの使い方は、伝わって来なかったのか?」とクロウに尋ねた。
 衣擦れの音をさせ、カナリアがクロウの検査結果と差し替えで小さな光の円盤を表示する。
 映像が空中に現れた途端、ロックオンとレントン、エウレカの3人がそれぞれに身じろぎした。「あの事か」と思うより先に、一連の光景とやりとりが脳内で再生される。
 さもありなん。光の円盤は、敵の1人がダイグレンに残したと思われるあの月似の光だからだ。
「いや」思い出しつつ、確信と共にクロウはまず短く返答した。「まだ早い、って感じはしたな。俺も力を貸すと約束しちゃいないんで、向こうが渋ったって事は有り得る」
「そうか」納得したらしく、ジェフリーが口調を変え詳細の説明に入る。「驚くべき事にこの形と陰影は、バトルキャンプから観測可能な現在の月と一致した。月齢13。月特有の陰影を確認する事もできる。それが後々何の印として機能するかは未だ不明のままだが、今この場で1つはっきりした事がある。昨夜クロウがコミュニケーションを取った相手は、取り込んだ神話的能力の利用方法を思考によって生み出している知性体、という事だ。コミュニケーションの容易さから、かなり近しい環境で育った者。人間である可能性はかなり高いと思われる」
 ジェフリーは自ら声に出し、他の指揮官達はそれを聞く。儀式のようであり、実際儀式として機能しているのだろう。
 次元獣を操るアイムのように怪植物の上位者がいるとすれば、ZEXISは必ずやその人間と戦わねばならなくなる。百戦錬磨のZEXISとて、人間を攻撃する為に愛機に乗るとなれば相応の覚悟を必要とする。今の言葉は、指揮官達の心を固めるものだったのだ。
 月の話題になった為か、我慢しきれずにレントンが切り出す。
「あの。関係がないんですけど、ここで陰月の事を訊いてもいいですか?」
 大塚とスメラギが、同時に顔を見合わせた。
「いいわよ」
「最近、陰月の光が弱くなっていませんか?」
「よく知っているわね」ジェフリーとも目配せしたスメラギが、机上の映像を切り替えた。映っているのは、画面の左側に寄って輝いている月一つきりだ。「ドラゴンズハイヴの説明によると、変化が始まったのは2日前。光量が急激に減少して監視が更に難しくなっているそうなの。元々朧気なものだったから、可視画像ではほとんど形を捉える事ができなくなったわ」
「2日前…って言うと」
 クロウが思わず膝を打つ。
「そう、シンフォニーを名乗る相手からドラゴンズハイヴにメールが届いた日なんだよ」と、大杉がここで初めて会話に加わった。「メール到着時刻の10時間以上前には陰月の変化が始まっていた、とF.S.の資料にはある」
 クロウにロックオン、レントンの3人が同時に唸る。
「だからと言って、あの怪植物と陰月を直接結びつける方法はまだ無い。実に残念な事ではあるが」息をつく大塚に、無念の表情が滲んだ。「昨夜の戦闘で、敵の怪植物に桁外れな吸収力が備わっている事が判明した。ソーラーアクエリオンの壱発逆転拳は敵の養分として全て吸収にされ、Dフォルトは更に強化されてしまった。元々ZEXISの力に引きつけられ我々に接近している敵だ。残してゆく痕跡には危険な罠が仕掛けられているものの方が多いと見て間違いないのだろう。たとえ、敵が一枚岩でないとしても、だ」
 一瞬、大塚と目が合った。レントンも、それに気づく。
「クロウ、そしてレントン。それでも君達は、ブラスタやニルヴァーシュに乗って昨夜の敵と再び戦いたいと思えるかね?」
「無論だ」
 クロウは即答した。
「俺もです」、「私も」と、レントンだけでなくエウレカも首肯する。
 気遣いのつもりかもしれないが、異物があるという理由で今後出撃を制限されるのは面白くない。ここでクロウは、自分の考えを吐き出す事にした。
「見えないが確かにそこにあるだの、戦えばリスクがあるだの、そういうものを側に置いてZEXISは戦ってきた。俺は、そう思ってる。ガイヤーの内部にある反陽子爆弾、ゲッター線、ダンクーガノヴァの機関暴走、ホランドが使ってたCFS。スフィア・リアクターも覚醒が進めば、体に不調が起きるって話を聞いてる。俺にとっても異物ってのは気分のいいもんじゃないが、今朝は1つが2つに増えたくらいに思ってる。ゆうべの戦闘中、俺もブラスタにも異変は起きちゃいないし、もし今日、ZEXISに出動要請があれば、勿論俺は出るつもりだ」
「俺もニルヴァーシュも!」レントンが椅子に座ったまま、語気強く前屈みになった。「ニルヴァーシュもクロウと同じ事を言っていたし、上手くやります」
 反陽子爆弾の名が出た瞬間、指揮官達どころかロックオンやミシェルの眉や手が一瞬ひくついた。そう、異物の比ではない破壊のスイッチと共にタケルは毎回戦っている。
 それは、取りも直さずZEXISが握らされている地獄の門の鍵でもある。起爆の条件は、タケルの死。生還率の高さを誇る戦士ならば及び腰になってもおかしくはない極悪条件だ。
 しかし大塚達は、タケルを閉所の中に閉じ込めて守るのではなく、戦士として積極的に前線に出す方を敢えて選んだ。
 同じ事ではないか。クロウもニルヴァーシュも今は敵に魅入られた存在だ。利用されないようにと逃げ回ったとしても、いずれ引き摺り出される羽目になる事はわかっている。
 しかも、ブラスタとニルヴァーシュは共に飛行が可能で、火力に至ってはZEXIS・ZEUTHの機体群を合わせても上から数えた方が早い順位にある。Dフォルト突破の難しさを考慮するなら、むしろ率先し前線に出すべきだろう。
「最悪の場合、代償はあなた達が払う事になるのかもしれないのよ」
 スメラギの優しい配慮に、クロウとレントン、エウレカの3人が首肯した。
「それでいい。単に、タケルと並んだだけじゃないか」
 クロウは、わざと減らず口を叩く。
「今後立てる救出プランに、君達を要として組み込む事になるかもしれん。それでもいいのだな」
 眼光厳しいジェフリーにも、3人の心は動かなかった。
「ああ」
「はいっ!」
 対して、隣に座るロックオンとミシェルは妙な程静かだった。
 特にロックオンは、何かを喉の上まで押し上げつつも飲み込んでいる。
 タケルを守って戦い勝利した今までと、カミナを死なせてしまった人革連領内での対獣人戦。その両者の記憶がロックオンの中でせめぎ合い、クロウとレントンの決意に一言言ってやるべきか否か躊躇しているのだ。
 ようやく届く程度の声で、隣のガンダムマイスターを諭す。
「という事で、俺達の背中を守ってくれ。当てにしてるぜ」
「…死んだら、ただじゃおかないぞ」
 怒声に近い脅しの低音が、小声でクロウの耳元に届いた。
「無料にもチャラにもしないさ。何しろ俺の方は、借金持ちだからな」
「バカ野郎が…」
 不意に、異音が耳をつく。
 会議室の内線電話が鳴り始めた。
 しなやかに立ち上がり応答する万丈が、「そうか。よくやった」と答えて「大塚長官」と基地の最高責任者を呼ぶ。
「どうした? 万丈君」
「滑走路で敵の痕跡を探していた勝平達からです。見つけたそうですよ。敵の一部と思われる植物片を」


              - 19.に続く -
 
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