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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第三十七話

 ……ザビー城に攻め込んで攻略を大失敗して囚われの身になってからと言うものの、
私の世話を甲斐甲斐しくしてくれるのは、毛利元就改めサンデー毛利さんで。
あの鉄面皮に穏やかな笑みなんか浮かべて接してくるもんだから怖いの何の……。
何の悪夢ですか、って言いたくて堪りません。

 よく分かんないけど、これが本来のこの人なのかもしれない。
けど……ああ、でも教徒を何だかんだで捨て駒扱いするところなんか見てると、
やっぱりあの冷たいのが地なのかも……。
結局のところどうだかは分からないけれどもね。

 「どうした、片倉よ」

 「……毛利様、日輪信仰はどうしたんですか」

 「何を言っておる。我は日輪の申し子、それは変わらぬ。ただ、日輪のその上にザビー様が坐すだけのことよ」

 ……うわぁ、駄目だ。完全に洗脳されてるし。日輪ってのは太陽でしょ?
太陽のその上って言ったら何なんだ。神とでも思ってるのかしら。

 本当、宗教って怖い。あと、洗脳ってのはもっと怖い。

 「それに私の世話なら捨て駒さんに任せれば良いではないですか。毛利様自ら世話をしなくとも……」

 両手両足に枷を付けられて、極端に稼動制限をかけられてしまっている私は、誰かの世話にならないと厠にも満足に行けなくて困る。
流石に毛利にそこまでさせるわけにいかないから何とか自力で頑張ってるけどもさぁ……早く奥州に帰りたい。

 どうしてこうなっちゃうんだろ……奥州出てから良い事があんまりないよ。
人を手篭めにしようとした馬鹿主さえいなけりゃ、今頃奥州で小十郎からかってのんびり生活出来てたっていうのに。

 ……もう政宗様暗殺しちゃうか? いやいや、それだと小十郎がもれなく敵に回る。
つか、間違いなく自害しそう。

 あ~……この際誰でもいいから素敵な王子様が救出に来てくれないかしら。

 そんなことを考えていたその時、何処かから爆発音が響いた。
何事かと思えば、すかさず毛利が様子を見てくると言って外へと出て行く。私はその後ろ姿を見送って盛大に溜息を吐いた。
拘束されてないんなら、これはチャンスと思うところなんだけど……流石に両手両足に枷付けられちゃあねぇ……。

 かたん、という物音が聞こえて私は音のした方向へと目を向ける。
床の一角がもぞもぞと動いており、一体何が出てくるのかと身構えてしまった。
……いや、この状態で身構えても無意味なんだけどもね。こう、気分的に、っていうか。

 「……ぶはっ!」

 「……わぁ!!」

 出てきたのは兜を被った中年のおじさんの頭。つい悲鳴を上げてしまえば、静かにするようにという仕草をする。

 穴から這い上がってきたおじさんは、手早く私の拘束を解いてくれて穴から逃げるようにと指示してくれた。

 「ええっと……貴方、ザビー教の人じゃないの?」

 「……不本意ながらザビー教に入信させられてしまいましたが、手前は武士です。ザビー教に下るつもりはございません」

 ……とりあえず、正気の目をしているからこの人は信用してもよさそうな気がする。
というか、ザビー教にいるのにザビー教に屈するつもりがないって、随分と矛盾したことを言うもんだね。
まぁ、考え方は人それぞれだからアレだけど……これはこれで良いかもね。

 「……何で、逃がしてくれるんですか?」

 そんなことを訪ねれば、私に荷物と竹中さんから貰った刀を渡して

 「どのような事情があれ女子を監禁するのは武士道に反します。
いくら我が君が盲信するザビー殿とはいえ、手前にも譲れぬものはありますゆえ……」

 と言った。

 どうしよう、何か久しぶりにまともな人見たような気がする。ってか、この人いい人だよぉ~……本当いい人だ。

 久々に見た常識人にぶわっと涙が溢れてくる。
今の今までおかしい連中に関わり過ぎた。一番酷かったのは明智の奴だけど、サンデー毛利もなかなか酷い。

 「あっ……ありがとうございます~、無事に逃げられたらいつかお礼に伺います~」

 半分泣きながらお礼を言って、促されるままに穴へと飛び込む。
体格のいいおじさんにはちょっと狭い通路だけど、私が通るには十分だ。
すいすい進んでいき、地上に這い上がるとそこはザビー城から大分離れた海岸に出た。

 「近くに港町があり、船が停泊しております。そこから船に乗り離れると良いでしょう。ザビー教は水軍を持ってはおりません」

 「何から何までありがとうございます……よければお名前を」

 「誰かいるぞ!!」

 その声におじさんがチェーンソーっぽい刃物を構える。

 「さぁ、お早く!」

 「ごめんなさい、ありがとう!」

 走ってその場から逃げ出すと、おじさんのいた場所から剣戟の音が聞こえる。
心配だけど申し訳ないけれど助けには行けない。行ったら何の為におじさんが戦ってるのか分からなくなるから。

 おじさん、見ず知らずの私を助けてくれてありがとう。どうか無事で。



 どうにか追っ手を撒いて港町に辿り着いたのが夕刻頃、北に向かう船を町の人に聞いて慌てて船に飛び乗った。
出航間近で際どいところだったけど、何とか乗れて良かった。

 ……なんてほっと息を吐いたのも束の間、船員の一人が私を見て大声を上げる。

 「密航者だぁーーー!!」

 「へ!?」

 えっ、密航者って、ちょっと待ってってば! ちゃんとお金払ったよ? 奥州行きの船のお金払ったし!!

 「テメェ、何モンだぁ!? 海賊の船に乗り込むなんざ、いい度胸してんじゃねぇか!!」

 「へっ? か、海賊?」

 「しらばっくれるんじゃねぇ!! アニキの首でも摂りに来たんじゃねぇのか!?」

 一体何のことなのよ。そのアニキって何。

 てか、武器持ってわらわら寄って来るって何なのぉ~!? 私、悪いことした!?

 「簀巻きにして海に叩き込め!!」

 「いや、アニキの前で首を切れ!!」

 「とにかく捕まえろ!!」

 狭い船内にむさ苦しい男達がどっと私を捕らえようと押し寄せてくる。すかさず重力でぺちゃんこに……しようかと思ったけど止めた。
ここは船の中、重力なんか無闇にかけたら下手をすれば沈没させちゃう。
かといって刀振り回すには狭すぎるし……ええい、仕方が無い。

 襲い掛かってくる連中を全員浮かしてやり、戸惑っている隙に間をすり抜けてどうにか船員から逃げ出した。
しかし、どうやってもこのまま逃げ続けるわけにもいかないし……見つかったら何をされることか。

 「何処行った!」

 「こっちか!?」

 ひぇえええ~、見つかったら何されるか本当にわかんないよぉ~。

 とりあえず身を隠そう。身を隠してとりあえず落ち着こう。話はそれからだ。

 適当に一室に飛び込んでドアを閉める。鍵がかけられそうだったから、とりあえず鍵も掛けておいた。
しばらくはこれで時間稼ぎにはなるだろう。

 ……しかし、どうしてこんなことに。

 船に乗ったら密航者だと騒がれて、追い掛け回される始末。
何か分からないけど、アニキってのが偉い人だってのは何となく理解したけどもさ、
それの首獲って私に何のメリットがあるってのよ。しかも海賊って何~?
確かに海賊っぽいルックスのお兄さん達がたくさんいたけどもさぁ、本当何の冗談だってのよ。

 なんてそこまで考えて、ようやく頭が冷静になって来たのか、やっと一つの可能性にぶつかった。

 「……乗る船、間違えた?」

 考えてみたらお金を払ったのは船着場の小屋の一角だし、奥州行きの船だって教えてもらったのも焦ってたから話半分だったし。

 そりゃ、密航者とか言われても仕方が無いかぁ~……って、そんな和やかに考えてる場合じゃないよぉ~……
どうしよう、これから……。このままじゃ連中にとっ捕まって何をされることか。

 「……んぁ~? 誰かいんのかぁ~?」

 完全に寝惚けたような声で誰かが私に問いかけてくる。
……いや、こっちが聞きたい。誰かいるの?

 部屋が暗くてよく分からないのだけれども、何かがこっちに近づいてきているような気配がある。
一体だれなの、なんて考えていたところで突然部屋が明るくなり、
そこには色白で白髪の日本人にしては彫りの深い顔をした若い男が立っていた。

 ……ただ普通に立っていただけなら良かった。

 半分寝惚けて明かりを点したその人とバッチリ目が合い、互いに何も言葉に出来ないでいる。

 刀傷と思われる傷で塞がった左目に、逞しい筋肉質の白い身体。
寝る時は何も着ない主義なのか、彼は今一糸纏わぬ姿で立っている。
いやぁ……地毛が黒以外の人の下の毛って、どうなってんのかって疑問だったんだけど……
へぇ、なるほどねぇ……。

 「ぎっ……ぎゃああああああ!!!!」

 突然悲鳴を上げたのは男の方、前と後ろを手で隠しながら前屈みで寝台に移動する姿がとんでもなく間抜けだ。
忍も顔負けってくらいに掛布を素早く腰に巻きつけて、動揺したように私に向き直った。

 「なっ……ななななな」

 「何でここにいるのか?」

 必死に頷く男は顔を真っ赤にしている。

 「北に行く船に乗るはずだったのに間違ってこの船に乗ってしまって、
船員さんに密航者だのアニキの首を摂りに来ただの言われて追い回されて、
とりあえずやり過ごそうと逃げ込んだ先がここだった……ってわけで」

 ……ってか、普通女の方がこういう場合悲鳴上げるよねぇ?
何であの人が悲鳴上げんの。まぁ、据え膳食わぬは~で来られても非常に困るんだけどもさ。
もしかして、あの人ってこういう状況に慣れてない?
海賊って女攫ってきて手篭めにするもんだと思ってたけど、この様子を見る限りじゃ偏見なのかも。

 「じゃっ、じゃあ、アンタはうっかりこの船に乗っちまったってわけか」

 必死に取り繕うとしている男の様子が可笑しかったけれど、でも笑う気分にはなれない。
だって一歩間違ったら殺されちゃうもん、今の状況。
こうしてのんびりと話をしているって方がおかしいけどもさ。

 「一刻も早く船に乗らなきゃならないって状況だったから……ところで聞いてもいい?
ここってやっぱり海賊の船なわけ?」

 「お? おうよ。ここは海賊の船よ」

 ああ……やっぱり間違ったんだ……。どうしよう、本当。

 「……どうしよう……このままなら簀巻きにされて海に投げ込まれるか、
アニキって人に首刎ねられるか、手篭めにされて殺されるかの三択だよ……」

 「……おいおい、随分な三択じゃねぇか。つか、“アニキ”が一番偉いってのは分かってんのか?」

 「海賊さん達の話聞いてると、アニキが船長ってのは予測がつくかな。
でも、アニキってフレンドリーに呼ばせてる船長って、どんな人なのかは全然……
部下を力でねじ伏せるような大将でないのは想像つくけど」

 何となく目の前の男が嬉しそうな顔をしているのが気になる。
つか、何でアンタが嬉しそうな顔してんのよ。そんなセクハラな格好して。
 「……というか、服着たら? 風邪引くんじゃない? あと、その格好で胡坐掻くの止めて。
私の位置から丸見えなのよね」

 再び男が真っ赤になって、また忍顔負けな瞬発力で掛布を自分の身体にかけて、
肌が私に見えないようにもぞもぞ着替えをしている。
その様が結構情けなかったけれど、まぁ、堂々と着替えられるよりかはいいか。

 ……もう野郎の裸くらいじゃ驚きません。見せられて不愉快ではあるけれども。
利家さんで慣れたし、明智を超えるくらいの変態じゃないと、全裸でその辺走ってても動じないと思います。
ぺしゃんこにはするかもしれないけど。

 しっかりと服を着て眼帯まで身に着けた男は、掛布を寝台に投げて私に近づいてきた。

 「アンタ、何処へ行くつもりだったんだ」

 「奥州に帰るつもりだったの」

 「帰る?」

 「話せば長くなるんだけど、ちょっと仕えてる主と一悶着あって逃げてきたのよね。
ほとぼりも冷めたし、反省してるみたいだから帰ろうかなって思ってたんだけど……」

 乗った船が海賊船とか。もう、余程奥州に帰っちゃいけないのかしら。

 「奥州か……まぁ、奥州までは行ってやれねぇが、三河までなら乗せてってやってもいいぜ?
一度四国に寄るが、そっちに向かう予定だからよ」

 思わぬ申し出に私は立ち上がって男の手を握る。
ほんのり頬を赤くしているのが気になったが、そんなことよりも乗せて行ってくれることが嬉しくて然程気にしなかった。

 「本当!? ……って、アニキって人の許可取らなくていいの? 勝手に決めちゃって」

 「おうよ、その“アニキ”ってのは俺だからな」

 その男、海賊の船長ことアニキの言葉に、今度は私が絶叫した。

 まさか海賊の親玉の部屋に飛び込むなんてどんな不運。
ま、まぁ、でも結果オーライって奴なのかな?
……とりあえず、いい男の裸が拝めたから良かった、って思うことにするか。 
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