異界の王女と人狼の騎士
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第五十五話
おぞましい声が聞こえる。
でも俺はその声の誘惑に逆らう気力なんか無かった。
どん欲に求めていた。とにかく飢えていた。なぜだか分からないけど。
口をぬぐうと真っ赤な血と千切れた肉片が腕につく。
それをぺろりとなめると錆の味がした。舌の真ん中付近に肉片の感触。
嫌悪すべきなのに、何故か喜びを感じる。興奮。
脳みそ喰いたい。どんな味か楽しみたい。
生きたまま蛭町の頭を開いて、脳を取りだしかぶりつきたい。
美味いんだろうか?
俺の中では狂気がその支配率を増していた。しかしそれは狂気なんだろうか?
【そうだ、そうだ。生きたままくりぬいてやるからな。美味いぞ。あれはやみつきになるうまさだ。特に生きたままくり抜いた新鮮なものは驚くほどにな。獲物の絶叫が抜群のスパイスを効かせるんだよ。へへへ】
甘美な誘い。俺はそう感じ取っていた。
体は動かすことはできないが、俺の代わりに俺を動かしているモノの感じた事、思った事。全てが伝わってくるんだ。生きた人間の腕を引き千切る感触、絶叫する声、人肉の味、食感。全てが喜びとして俺は受け取っている。
早く早く。
俺の本能が催促する。
【分かってる。少し待てよ】
目には見えないが感じられるものの気配、現在俺を動かしているモノがニンマリと嗤ったように感じた。
俺は蛭町に近づく。
威嚇音を立てて鎌首を上げる蛭町。しかし攻撃の手段を全て奪われた奴の威嚇など何の意味もなかった。
いきなり右脚を奴の体にけり込む。
ずぶりという感触を残し、足は太ももまでめり込む。
絶叫があがる。中にある人間の体のどこか、少し固いもの潰れた感触が伝わってきた。尾てい骨が痺れるような快感。
悲鳴は人間のものなのか、それとも蛭町のものなのか。まあどうでもいいや。
左手を伸ばすと奴の口を鷲づかみにする。
【喰ってやるぞ、お前の脳みそ。生きたままくり引き抜いてやるよ。フフフ】
そう呟くと、右手の指を蛇の頭、眼球のあたりに添えるように触れると、ゆっくりとその指を押し込んでいった。
「ぎゅー! 」
何とも言えない妙な呻きが鷲づかみにした蛇の口から漏れる。
指は固いものに触れているが、俺は気にせずめり込ませていく。ごりごりと削れるような音がする。
蛇の頭ってこんな固かったけ?
そんなことがよぎる。しかしよく考えたら、こんなに変形してしまったとはいえ、元は人間だ。見かけは蛇になっても頭蓋骨とかが残っているんだろう。この抵抗は骨に当たっているということなのかな? 化け物の脳はどうなっているのかとかも気になった。
指は第2関節まで蛇の頭にめり込んだ。
すると俺は頭の中に突き入れるのはやめて、今度はそれを横へと動かし始める。
少々の抵抗はあるが、簡単に奴の頭が切れていく。まるで缶切りで缶の蓋を開けるようだ。ごりごりと俺は右手をのこぎりの様に動かし、頭蓋骨を切り裂いていく。
「いてぇーやめてくれぇ」
下の方から甲高い悲鳴のような声がする。見ると蛇の喉元にあった蛭町の顔が必死の形相でこっちを見ながら喚いていたんだ。
目が飛び出しそうなぐらい大きく見開き、歯はむき出し歯茎むき出し舌れろれろ。鼻水ずるずる状態。
デスマスクのようだった時からは想像も出来ない状態だ。
「たたたたたたた助けてくれ。やめてくれ。お願いだから」
唾を飛ばし、必死で命乞いをする少年がそこにあった。
俺は一瞬躊躇した。
しかし体は関係なく反応する。
力任せの膝蹴りが奴の顔のど真ん中にめり込む。
骨が砕け、肉が潰れる音がした。
「ぐげけげ」
膝を戻す時、血や肉が膝にへばりつき糸を引く。
「なんてことを……」
俺の呻きは俺の体からは発せられない。
【こんな奴、助ける気なんかねーだろ?、もともと。もちっと時間をかけたほうがよかったか? 】
「そうじゃない……」
【安心しろ、そんなの直ぐ忘れさせてやるよ】
言葉を交わしながらも俺の右手は蛇の開頭を完了させていた。まるで缶詰の蓋が開いたように、頭蓋骨が切り取られ、中にはピンク色の脳があった。生物の本や、アニメ、映画なんかでおなじみの形、色合いだ。
明らかに人間の脳だよこれ。
抵抗力はすでになくなりぐったりしているが、コイツは間違いなく蛭町の脳だよ。
俺は吐きそうになった。でも乗っ取られているから吐けない。
素手でその脳を抉る。
プリンのような触感。
ぷるぷるしたピンク色の気持ち悪い物体が俺の口へと運ばれてくる。
オエエ。
戻しそうになるが、戻せない。
俺は舌でペロペロ舐める。その臭い、味、舌に触れる感覚、全てが嫌悪すべきモノでしかなかった。なのに何故か電気ショックが俺の全身を貫いていく。射精にも似た感覚が下腹部を襲ってくるんだ。
【うえええおおうおうおうお、たまらねえ】
別の俺が吠える。
ツルツルと音を立てて蛭町の脳みそを吸い込み、ごくりと飲み込む。
気持ち悪い血の臭いと味が口の中に広がり、喉を通り過ぎていく。
必死で戻そうとするけど、体は俺の支配下に無い。
何よりも恐ろしいと感じたのは、それが美味いと感じた事だった。今までにない味覚が嫌悪感を吹き飛ばしていく。
これは俺の感覚なのか、それとも別のものの感覚なのか。
しかし、しかし、その境界はとてつもなく曖昧になっていく。
大騒ぎをしている人格と俺の人格も曖昧になっていく気がする。
むさぼるように脳漿を口へと運ぶ。
視覚と嗅覚で吐き気を感じ、味覚で美味を感じる。そして心は高揚する。
そして全身に力がみなぎっていくのを感じる。
ありとあらゆる細胞が活性化している感じだ。いつもは倦怠感虚脱感がどこかに重いしこりのようにあった。でも今はそれが完全にどこかに消え去ったかのようだ。
傷ついた体も再生速度を増していく。傷口なんか蒸発するように消えていくんだ。
ありえないありえない。ありえるはずがない。
俺が人肉を喰っている。嬉々として喰っている。それが当たり前の食事の様に。
共食い……。
まさか自分が。そんなの信じられない。
【んなことないだろ? 今美味そうに喰っているのはどこのどいつだ。ほらほら、まだまだ喰えるぜ。人肉は美味いだろう? ちょっと癖があるけどな。美味いだけじゃないんだ。是を喰うことで更に力をつけることができるんだぜ。それそれ、今までにない力が沸いてくるだろう? もっと喰ったらもっと力が付くぜ】
耳元で囁かれる。
うん、そうかもしれない。
何故かそう思った。それが当たり前のように。今までが異常だったかのように。
俺はもう分からなくなっている。
指が震える。
【そうだろ、肉がまだ食い足りないんだろう? さあ、いっちまえよ】
その誘いに頷き、俺は蛭町の頭の中に手を突っ込み、抉る。
ぷるぷるした感触を感じ、引き上げるとそこにはピンク色の肉塊。
口元に近づけ、臭いを嗅ぐ。どういうわけか何も臭わない。
何か分からないけど、むしゃぶりつきたくなり、舌を突きだし、掌に載った脳みそに触れる。
まだ暖かい感触。
そして一気に食らいついた。
自らの意志で……。
そして一気に飲み込もうとする。
その時、遠くから声が聞こえる。聞こえてきたんだ。
「……にをやってるの、シュ、ウ? 」
は? 誰だ、何だ?
俺は周囲を見回す。
さらに声が聞こえる。
「してるの、…の、馬鹿」
聞き覚えのある声だ。
なんかちびっこくて偉そうで、それでいて悲しみを抱えていて、それを表に出さずに我慢しているところが可愛くて守ってやりたい存在……。
「シュウ、お前何をやっている? 」
ハッキリと声が聞こえる。
なんだ王女じゃないか。
うつろな目で目の前で腕組みしている金髪の少女を見る。
なんか怒っているな。
そう思った。
「お前何をしているの? 頭でもおかしくなったの? 」
なんか怖いけど、俺は口の中にある、とてもおいしいモノののど越しを味わいたくなっていた。
だから王女が怒っているのは置いておいて飲み込もうとしたんだ。
其の刹那、視界の隅っこで王女が大きく振りかぶったのが見えた。
同時に頭が吹っ飛ぶくらいの衝撃が俺の顎を襲った。
かなり鈍い音がしたと思うと、俺の体は中を待っていたんだ。
衝撃で口を大きく開けてしまい、口の中にあった脳みそがシャワーのように吐き出されていくのが見えた。
そして浮遊感を感じながら俺は意識が遠のいていくのを感じていたんだ。
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