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琵琶法師

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1部分:第一章


第一章

                   琵琶法師
 鎌倉時代の中頃、国はおそらく和泉か大和、その辺りの話である。ある法師が宮参りの帰りにとある家の前を通った。彼はその家を見てまずは怪訝に思った。
「何故かな、これは」
 見れば扉が開かれたままだ。しかも中からは呻き声が聞こえる。只事ではないことをすぐに感じ取った彼はその手に持っている杖と己の御仏に仕える心を頼りに家の中に入ったのであった。
 家の中は外から見たよりも広いものであった。だが彼が驚いたのはその思ったより広い家の中に対してではなかった。
 何と家の中にいたのはあまりにも大きな蜘蛛であったのだ。しかも土蜘蛛であった。その土蜘蛛が糸を放ち若い男を捕らえていたのだ。
「これは・・・・・・何とっ」
 法師はそれを見てまずは肝を潰した。土蜘蛛というものがいてそれが人を喰らうということは聞いていたが見るのははじめてであったからだ。
 それで肝を潰したのだがだからといって放っておくわけにもいかなかった。その彼に捕らえられている若い男も気付いたのであった。
「あの、お坊様」
 彼に対して慌てて声をかけてきた。
「助けて下さい、このままじゃ私は」
「わかっております」
 法師もそれに応えた。そうしてその手に持っている錫杖を両手に持ち替える。それから思いきり振りかざしながら念仏を唱えつつ土蜘蛛に殴り掛かるのであった。
「妖かしよ。退くがいい!」
 そう叫びつつ殴り掛かる。それが蜘蛛の頭に当たると土蜘蛛は慌てて逃げ出し何処かへと消えてしまった。何とか難は逃れたようであった。
 法師は土蜘蛛が消えたのを見てとりあえずは若い男の糸を取った。男はここでようやく安心した顔になった。それから法師に問うてきたのであった。
「旅の方でしょうか」
「はい、そうです」
 法師は素直にそう答えた。
「扉が開いていたのでおかしいと思い立ち寄ったのですが」
「そうだったのですか。いや、助かりました」
 男はあらためて礼を述べた。
「もう少しで食われてしまうところでした」
「そうですね。しかしまた何故土蜘蛛がこのようなところに」
 普通土蜘蛛といえば山の中にいるものだ。それがどうして民家にまでいるのかと不思議に思ったのだ。男は法師の問いに対してまずは一呼吸置いてから述べてきた。
「それですがまずは」
「はい」
「旅の方ですよね」
 またそれを問うてきたのであった。
「確か」
「そうですが。それが何か」
「ならば丁度いいです。食事を御一緒にどうですか?」
 彼はこう提案してきたのであった。
「丁度用意もできていますし。宜しければ」
「よいのですか、それで」
「はい、助けて頂いた恩もあります」
 今度は彼は穏やかな顔で微笑んで言ってきた。
「何もありませんがせめてそれで」
「わかりました。それでは頂きます」
「ではそのように」
 こうして男と法師は共に男の家の中で食事を採ることになった。炉端を囲んで雑穀の中に野菜を色々と入れた雑炊を食べていた。この時代は米はそうそう食べられるものではなかったのである。食べるといっても大抵は玄米であった。庶民はもっぱら雑穀を食べていた。その雑穀の雑炊を食べつつその中でまた話をするのであった。
「実はですね」
「ええ」
 その雑炊を食べながら男が話をしてきた。
「最初はごく普通の琵琶法師が来たのです」
「琵琶法師がですか」
「ええ。それが実に変わった法師でして」
 そう法師に対して説明する。
 
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