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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第四十六話

 あまりに唐突に蛭町は嗤う。

 ケタケタケタ……。ケタケタ。

 その嗤い方は尋常じゃなかった。おかしいわけでもやけくそになったわけでもない、何の感情も無い空虚な嗤いにしか聞こえなかった。とりあえず形式的に、それっぽく、嗤ったというだけにしか聞こえなかった。 
「ケタケタ。……やはり月人、お前は人間ではありえないほどの強さを持っているな。信じられねえよ。この俺をここまでにするんだからな。ニンゲン如きがここまでできるとは信じられない」

「ついに蛭町を乗っ取ったのか? 」
 先ほどと明らかに口調が変わったことを感じ取り、本気でそう思った。

「そう、そのとおり。俺はもはや宿主のニンゲンではない。別次元の存在なのだよ。こんな怪我など無意味なのだ。超越種たる俺の力を今から見せてやるよ」
 ゆっくりと立ち上がる。その顔には先ほどまでの負け犬の負のオーラは無い。

「騙されるな、シュウ。寄生根は意識を持たない。目的を持つだけだ。それっぽく見えるのは宿主の記憶と思考を切り貼りしたからだ。根底にあるのは宿主だった人間のもので、寄生根はそれを強化し目的の為にその強さを誘導するだけでしかない。ただの単細胞生物でしかないわ。だから今以上の力も出せないはず。所詮それはただの虚勢よ」
 王女が冷静に分析する。
 その言葉で寄生根が舌打ちをした。
「チビが偉そうに何ぬかしやがってるんだよ。……俺がこんな状態のままやられるわけないだろう? お前本気で俺を怒らせたな。マジ許せねえよ。むかつくチビだな。月人ぶち殺してからヒーヒー言わせてから殺してやるからな。糞チビが。……そうはいっても、このままじゃやべえのは事実。……仕方ねえな。奥の手を出すしかないっていうのか。俺の美意識からするとできることなら避けたかったんだけどな。しゃーねえか」
 両腕の無い蛭町はそう言うと両足を肩幅まで開き、腰を落として中腰となった。
「うぬぬおうううう」
 全身でいきみはじめる。直ぐに顔が真っ赤になっていく。

【おいおい。またケツから触手なんてことはないんだろうな? 】
 ふとどこかからそんな声が聞こえた。
【それはそれで嗤えるんだけどな。また嗤わしてくれ。でも今度は完全にぶち殺すけどな】

 蛭町はお構いなしに全身に力を入れる。顔や首筋に血管が浮き出す。
「ほふう、破っ!! 」

 一喝!

 刹那、蛭町の体が急激に膨張する。衣服が一瞬で吹き飛び、パンパンに腫れ上がった体が露出する。
 彼の背中側の首の付け根が急激に膨れあがったせいで、彼の顔は限界までうつむき、胸に顔面が張り付きそうだ。
 かつて脚だったものは膨張によりくっついている。肌色だったその体の内側から茶色と赤と黒の縞模様のような斑点が浮かび上がる。
柔らかかったはずの表皮はあたかも蛇皮のようになっていく。
「うげうげ」
 窒息しそうなのか蛭町はうめき声をあげ、よく見ると泡を吹き出している。
「うぬん」
 ほとんど前方へありえない角度まで折れ曲がった頸。蛭町の顔は自分の胸に強く押しつけられて呼吸困難に陥ってるようにさえ見える。
 顔がみるみるどす黒く変色していく。
「ぶぶぶぶぶ」
 何かを喋ろうとしているんだろうけど、口を圧迫されているため空気が漏れるような音しかしない。
 唇か舌かを噛んでしまったのか、血が垂れ落ちていく。

 ゴキリッ。

 どこかから折れるような音が地下室に響き渡り、奴の折れ曲がった頸が大きく盛り上がっていく。
 まるで首から新たな頭部が生えてくるように、最初は小さなふくらみだったモノが次第に大きくなっていく。それは最初のうちだけ人間の皮膚のようなものに覆われていたけど、やはり表皮は直ぐに蛇皮のように変化していく。
 いつのまにか蛭町の頭部には二つの頭ができあがっている。新たにできあがりつつ瘤のようなそれは次第に本来の頭を取り込みながらさらに大きくなっていくのだ。
 
「ひぃい」
 背後で悲鳴が聞こえる。
 ……漆多だ。
 蛭町達に創造できないくらいの酷い目に逢わされ、さらに命の危険にさらされた上、人外の魔物の出現を見せつけられたら、精神はまともではいられないだろう。
 眼をひんむいて口をぱっくりと開いたまましばし呆然と立ちつくしていた。涎が垂れ落ちる。もはや精気が感じられない。
 彼の心の中では死があまりにもリアルに感じられているのかもしれない。

「ななんじゃありゃ〜」
「ひいいい! ばけもんだ」
 俺の蹴りを受けて転がっていた連中が意識を取り戻したらしい。
 いきなりの状況、今自分が何処にいて何をしていたのか吹き飛ばすほどの非現実感。
 魂が吹き飛ばされそうな異次元空間に置かれた彼らではあっても、本能的に危険を察知したようだ。
 かなりの怪我をしているのにまだ体はきっちりと動くようだ。
 蛭町から眼を逸らさずに、かつ慎重に、感づかれないように最大限の努力を払いながら、ゆっくりゆっくりと蛭町から遠ざかろうとしている。

 彼らの悲鳴に意識を戻されたのだろうか。
 漆多の瞳に光が戻ったと同時に絶叫が地下室に響き渡る。
 ……彼の悲鳴だ。
 がくがくと震えながらそのまま座り込んでしまう。
 彼の周りに突然水たまりが発生する。
「たた、たたたたたたったたたたったたすけて。たすけて」
 あまりの恐怖で失禁をしてしまう。

 そんな人間達の姿などまるで興味がないかのように蛭町の変態は続いている。
 骨が折れる……いや砕ける音。体液が絡み合うようなピチャピチャという音。
 地の底から聞こえるようなうめき声。
 それは生物の誕生の苦しみなのか?

 蛭町はついには地面に倒れ込み、小刻みに震えているだけのなんだか訳の分からない血に汚れたどす黒い固まりにしか見えない。

 ペキリ。
 何かが裂けるような音がした。
 
 俺は蛭町を見る。
 どす黒く変色して体を包み込んでいた皮膚にいくつもの裂け目が走り、そのおくには真っ黒の皮膚のようなものが見えていたんだ。
 あれはは虫類とかのモノじゃない。おまけに節に別れているように見えるし。

 さらに裂ける音がして彼の胴体を突き破るようにして、毒々しいほどの黄色の枝のようなモノが何十本も左右対称に飛び出してきた。
 太さは子供の腕ぐらいの太さ。でも長さ1メートル近くはありそうだ。
 ピンと張られたその枝が真ん中あたりでクキリと音を立てて直角に折れ曲がった。
 どうやらそれは脚のようなものだったらしい。先が地面に触れると急に力が入ったようになり、折れ曲がった部分には節が形成されてまるで関節部のように変形し、何十本もの枝が一気に蛭町の体を地面から浮き上がらせた。
「シュー」
 声なのか呼気なんか分からないが蛭町の頭部から音がした。ぐいと首を持ち上げると頭部を覆っていた皮膚がはがれ落ち、体全体の皮膚もパラパラとはがれ落ちていく。はがれた部分から真っ黒は節がいくつも繋がったものだということが分かる。
 ……奴の本来の姿がついに現れた。

「なんだこいつは!! 」
 
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