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キル=ユー

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2部分:第二章


第二章

 それに差別ってんなら俺達イタリア系も結構受けてきた。無実の罪でイタリア系ってだけで死刑にされたこともあった。他にも色々ある。カポネだって差別されていた。だからこっちの世界のドンになったって言われてるが実はあいつはナポリにいた頃からワルだった。だから差別は関係ない。こっちの世界に入るのは血じゃない。ワルだから入る。それだけのことで他には何にもない。社会が悪いとかそういうのは単なる馬鹿の逃げだ。少なくとも俺はそう思っている。
「ビールはな」
「このバーもか」
「そうさ、先祖代々の」
 その禁酒法で出来たのがもぐりのバーだ。当然もぐりだからそこに裏の奴等が関わる。そもそも酒を飲むなと言われてはいそうですかと従えるものじゃない。で、儲けたのが悪い奴等だ。そのカポネも。ドイツ系への嫌がらせが裏の奴等、特にあの高慢なワスプ共が毛嫌いしていた俺達イタリア系の裏金になったってわけだ。馬鹿な話だ。
「遺産なんだぜ。まあ色々とあったがな」
「昔はメチレンを売って今はヤクを売ってな」
「何のことだか」
「まあいいさ。ほら」
 俺はコインを何枚かカウンターの上に投げた。硬い音がしてコロコロと転がる。
「勘定だ。つりはチップでいいぜ」
「毎度あり。いつも気前がいいね」
「これは保険さ」
「保険!?」
「御前さんにヤクを売られない為にもな。俺はそっちには興味がないんでな」
「いいねえ、俺もそうだよ」
「知ってるぜ、それは」
 売人がヤクに手を出さないのは当然だった。それの怖さは売人が一番知ってるからだ。目の前に人がイカれていく姿を見ていりゃそうなる。
「あんたはビール一本だったな」
「それと煙草な」
「まあヤクよりはいいな」
「あんたがしないのが残念だね」
「生憎身体は壊したくないんでね」
 それどころか頭とか精神まで壊れちまう。洒落にならない。
「遠慮させてもらうさ」
「そうか。じゃあまたな」
「ああ」
 俺はそのまま重い扉を開けて店を出た。そして夜のマンハッタンに出た。
 相変わらず夜だってのに明るい街だ。空は暗いが街は昼よりもかえって明るい。
 今まで暗い店の中にいたのが嘘みたいだ。あちこちでビジネスマンや若い奴等の声が聞こえてくる。
 その活気のいい街の中を歩いていく。ふとそこで後ろから気配がした。
「!?」
 俺は振り向いた。人ごみの中だ。こちらは迂闊に仕掛けることはできない。
 だが用心の為に手の平にナイフを出した。これで急所をやればそうは見つからない。
 だが気配は消えた。後ろには何もなかった。
「気のせいか」
 職業柄こうしたことには敏感になってる。杞憂だった場合もあれば本当に危なかった場合もある。
 この時はその杞憂かな、と思った。だが生憎それは違った。
 それはすぐ側に来ていた。気付いた時にはもう手遅れだった。 
 耳元で囁いてきた。暗く、地の底から響く胸の悪くなる様な声で。そいつは俺に囁いてきた。
「キル=ユー」
 一言だけだった。それだけでそいつは姿も見せずに俺の側から去った。
「何だ、今のは」
 空耳かと思った。周りには怪しい奴は誰もいない。そう思うのが自然だった。
 だが嫌な予感がした。同時に悪寒も。そうじゃないことは勘が教えていた。
「誰だったんだ、一体」
 しかしそれはわかりはしなかった。結局怪しい奴は何処にも見当たらなかった。俺は自分のマンションに帰ってそこで休むことにした。
 こんな仕事だから安全には気を使っている。セキュリティのしっかりしたマンションに住むことにしている。身分は詐称している架空の名前に架空の経歴、そしてありもしない会社の人間として入っていた。どれもこれも嘘だ。だが裏のことは表にはわかりはしない。マンションの方でも俺が表の人間だと信じて疑わない。俺はこのマンションにのうのうと暮らしているというわけだ。
 そのままシャワーを浴びてベッドに入った。寝る時には何も着けない。ただ枕の下にはピストルを忍ばせておく。こいつだけが俺を守ってくれるからだ。この世界じゃ自分の身は自分で守るのが掟だ。これだけは忘れない。
 朝になる目を覚ます。仕事がない時は気ままに起きる。そしてキッチンの冷蔵庫に向かう。
 朝は食欲がない。しこたまに酔った後の目覚めが多いせいかあまり食べたいと思った朝はない。今朝は酒は残っていなかったがそれでも食欲がないのは変わらない。とりあえずトランクスだけ履いて冷蔵庫に向かった。
 牛乳でも飲むつもりだった。ノブに手をかけて開ける。するとどういうわけかそこから一枚のビニールが出てきた。
「!?」
 見たこともないようなビニールだった。スーパーによくあるビニール袋だが何かおかしい。白地に大きくKのイニシャルが描かれていたのだ。俺はこれを見て思った。
「K!?」
 そんなイニシャルのスーパーに入ったことがあるだろうかと。だが記憶にはない。コンビニにもストアにもない。とんと記憶にないのだ。
「何なんだ、これは」
 だがその中にあるものには記憶があった。一本のスタミナドリンクだ。
「あの店のか」
 ふと立ち寄ったドラッグストアで買ったものだった。そういえばそこでビニール袋に入れてもらった。あのストアのものだったのかと妙に納得した。
 納得はしたが食欲があるわけじゃない。結局牛乳を一本飲んで終わりだ。ラフな服を着て身支度をした後でとりあえずトレーニングに出た。この仕事は体力も必要だ。時間があれば身体を鍛えておかないと死ぬ羽目になる。生きる為にもトレーニングは欠かせなかった。
 
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