泥田坊
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5部分:第五章
第五章
声はその日ずっと続いていた。終わることはない。朝まで続き彼等は一睡もできなかった。そうして次の日彼等は檀家に行きこのことを話したのだった。
するとその檀家の住職は。難しい顔をしてそのうえで言うのだった。それは。
「それは泥田坊ですな」
「泥田坊といいますと」
「幽霊ではないのですか」
「また違うものです」
住職はこう彼等に話した。
「近いものですが違います」
「違うというと一体」
「どんなものですか?」
「その人の執念、この場合は田畑への執念がそのまま残ったもので」
それだというのである。
「それがなったものなのです」
「はあ」
「じゃああれはやっぱり親父ですか」
「賢作さんなのは間違いないです」
それは確かだというのである。
「そうした意味で霊に近いのですが」
「そうでもないと」
「ええ。あくまで田畑を売られたくないという賢作さんの執念」
またこう言われるのだった。
「それなのです」
「親父の執念」
「あれがその化け物」
「妖怪と言うべきですな」
住職は彼等に対してこう告げた。
「泥田坊は」
「妖怪ですか」
「左様です。それでです」
そして住職はさらに彼等に話すのだった。
「泥田坊を何とかするにはです」
「ええ」
「どうすればいいんですか?それは」
「田畑を売らないことです」
それだというのである。
「売るなと言っておられるのですよね」
「はい、そうです」
「その通りです」
彼等は住職のその言葉にすぐに答えた。
「それがもうおっかなくて」
「どうしたらいいかと思いまして」
それで来たのである。だからこれは当然のことだった。
「それで売るなですか」
「あの田畑を」
「若し売ればです」
住職の言葉は険しいものになった。その険しい言葉でさらに言ってきたのだ。
「恐らく祟りを起こすでしょう」
「祟りをですか」
「お父さんの祟り・・・・・・」
「泥田坊は執念でできたものです」
またこのことを話す。
「だからです。売ればその時こそ恐ろしいことが起こります」
「それじゃあやっぱり」
「売っては」
「なりません」
今度は一言であった。
「売ればその時こそどうなるかわかりませんぞ」
「左様ですか。それでは」
「兄貴、やっぱりここは」
「もう一度考えましょう」
「そうしましょう」
彼等は困り果てた顔を見合わせてそのうえで言い合うのだった。もうそれは彼等の中では既に答えが出ている様子であった。
「祟りは怖いし」
「そこまで親父が思っているなら」
「やっぱりね」
「売らないでおきましょう」
「それが一番いいです」
住職はその四人に対して告げた。
「祟りを受けたくなければ」
「はい」
「わかりました」
こうして四人はその田畑を売らないことにした。その旨はすぐに業者にも伝えたのだった。
「そうですか。売りませんか」
「すいません、話が変わりまして」
「それで」
四人はこうその業者であるあのスーツの男に告げていた。今彼等は家の外の田畑の傍にいてそれを見ながら話をしていた。
「申し訳ありませんが」
「それで宜しいでしょうか」
「ええ、私は構いませんよ」
業者はにこりと笑って彼等に答えるのだった。
「むしろですね」
「むしろ?」
「売らないと御聞きしてほっとしています」
こう彼等に話すのであった。
「それで」
「売らないで、ですか」
「ですがそれが貴方のお仕事では」
「それはそうですけれどね」
このことは認識しているという言葉であった。だがそこにはプラスアルファもあった。
「ですがこれだけの見事な田畑を潰すというのもこれまた」
「勿体ないというのですね」
「その通りです。だからです」
業者は言うのだった。
「潰さなくて済んでほっとしているのですよ」
「そうだったんですか」
「それでですか」
「ええ。本当に立派ですね」
あらためてその田畑を見回しての言葉だった。
「大事にして下さいね」
「あっ、はい」
「わかりました」
彼等は業者の今の言葉に気付いたような顔で頷いた。
「それじゃあこれからは」
「この田畑を」
「そうして下さい。貴方達のお父さんは素晴らしいものを残されましたね」
業者の顔はさらににこりとしたものになっている。
「是非。このまま残されて下さいね」
「ええ。それじゃあ」
「そのように」
四人は彼の言葉にまた頷いた。これで話は終わりだった。賢作の田畑は残され四人は何とかこの田畑を残し耕し続けた。それから泥田坊が姿を現わすことはなくなった。おそらく田畑が残って安心したのだろう。少なくともこの田畑は残ったのであった。
泥田坊 完
2009・8・23
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