ホウエン地方LOVEな俺がゲームの中に吸い込まれちゃった
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ホラーイベントのトラウマ率は異常
【『ポケモン新作』またしてもホラーイベントwww】
いつもならこんな調子で終わるんだが、もう今回ばかりは俺のsan値がピンチだった。
全身を嫌な冷や汗が伝い、生暖かい風が包む。どうやら感覚的にもホラーイベントに間違いはないらしい。
──任天堂はまた性懲りも無くイタイケな子供たちにトラウマを植え付ける気なのか。
と、こんなときでもある意味俺の脳は正常運転なのだが……、
カントー地方シオンタウンに始まり、有名というか印象の強いところではシンオウの森の洋館、俺の原点であるホウエンではレジ系列の点字やらなんやら。
ポケモンのゲームには必ずと言っていいほどナニか恐ろしいモノが隠されているのだ。おそらく新作の舞台であろうここカロス地方も例にもれず……ということなのだろう。
背後から近づいてくる気配。
生暖かい空気。
ビンビンに感じる危ない雰囲気。
見ると俺の足は気づかぬうちにガクガクと痙攣し、自力で動かせないにも関わらず手はカクカクと力なく揺れていた。
やめてくれ……毎回ポケモンのホラー要素はトラウマになるんだ。俺にとってはグラードンの日照りBGMが最たるトラウマだけどなぞのばしょとか、おくりの泉とかめっさビビったからね!うん。
ただ画面越しなのとそうでないのとではわけが違う。
怖いとか、恐ろしいとかそんな感情で言い切れる情報量じゃなかった。
なんというか、あれだ。
『現実的な死』を連想するかんじだ。
振り向いたら……やられる。
そう直感が最大の音量でうるさく告げている。
近づいてる近づいてるぅぅぅ!ホラーktkr!そうだポケモンがいるじゃないか!猛烈に振り向きたい。貴様ニュータイプかっ!?なんか過去作より唐突だなぁオイ!シンオウ以来のガチホラー!?なに?ゴーストポケモンとかいうオチ?それともダークライ的なアレ?てか受付の女の人二階を見てみろよ!
数秒でこれだけ思考しても結論も解決方法も問題点もまとまりがつかない。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫やればできるそうだもっと熱くなれよと思っても身体がついてこない。グチャグチャになった頭ではこの辺りで色々と許容量をオーバーし始めた。だが気配は止まらない。
だがそれも終わりを迎えた。
気配の主が、
俺の左側を通り過ぎたのだ。
人間のようで黒髪が長い。
足はあるはずなのに無音。
移動しているはずが足が動いていない。
気配の主は、
俺の前で止まり、
言った。
【あなたはちがう】
ユウレイの両手が、
動く。
手のひらをこちらに向け、
近づいてくる。
血の気の無い手が、
俺の首元へ。
触れるか触れまいか、
その時だ。
「ガッサァアアアアアアア!!!」
力強い雄叫びにハッと我にかえる。
──今、身体どころか意識までぼんやりと……
……なんて考えている場合じゃなかった。
首筋へ迫っていた手は退き、ユウレイは俺から数歩後ろに下がっていた。理由は単純。
ガッサ兄貴が間に割り込んでいたのだ。
思わず涙が出そうになった。
だってだって兄貴が頼もしすぎてもうちょっとテンションが一周回ってわけわからなくなってるんだからねっ!
すると油断なくユウレイを見つめる兄貴がジェスチャーで何か伝えようとしている。
腰当たりを指してる。なんだ?ボール?あ、ポケベルか。
ポケベルの画面には、
【何カガ邪魔シテ出ラレナイ、私ヲボールカラ出シテクレ】
ーーえ?じゃあなんで兄貴出られてんの?
【根性ダ】
根性か。
……いや根性て!何でも気合でどうにかなるってわけじゃないでしょうよ!
って、そういえば俺も身体が動かないのにどうやってボールから出せと。
「と思ったら動けてた」
これはチャーンス!!
いまだ根強く残る恐怖に震えながらもボールへ手を伸ばす。
だが俺は兄貴を見て凍りついた。何があったのかはわからないが兄貴は丁度地に伏せる寸前だったのだ。
ーーやばい。
そう一瞬で判断して手の動きを早めた。
だが、
また、
動きと思考が、
引っ張られる。
いつの間にかユウレイは、
俺の顔を、
1センチに満たない距離で、
覗いていた。
ユウレイの瞳の奥は、
何かを訴えるように、
揺れていた。
カツっと、
音がした。
きっと、
俺の何かが壊れたのかも。
でも、
もう何でもよくなってきた。
いっそこのまま────
『よく頑張った。あとは任せてくれ』
────へ?
脳に直接、
何かが、響いてくる。
と、同時に急速に俺の意識が覚醒した。声の主に安心し涙さえ浮かべながら俺は叫ぶ。
「よく……よく出てきてくれた!」
どこまでも無機質な一つの瞳に何もかも吸い込むような黒いボディ。この俺が間違うはずがない。俺の手持ち六体目にして守護神。頼れるご意見番。
「ーーサマヨール!!!」
「ヨォォル」
その声は俺をなだめているようにも感じる落ち着いた声だった。やっぱりずっと通訳とかの裏方も頑張ってくれていたせいか、何というか全てに貫禄がある。
ーーキャー!まじでゴーストタイプのあの感じ最高!無機質だけど芯があるとことかサマヨール独自のあの硬さもそうだしゆっくり動くあの目玉だって……
おっと危ない危ない。状況を考えろ、状況を。
ホヘーと安心感からかFXで有り金全部溶かしたような顔になってしまったが、首を振ってふりきる。
今、実際には現状は変わっていない。
幾らゴーストの癖に硬いサマヨールでも、相手はユウレイ。まあおそらくゴーストタイプというくくりで良いだろう。タイプ相性ではお互いが効果抜群という稀有なものだ。油断は許されない。
「サマヨール、気ィ抜くなよ」
「ヨール」
油断なくユウレイを見つめる。
その時だった。
ーーピリリリリリリリ!
「ぬおわっ」
おっとぉ……ビックリしたぁ……何だってんだこんな時に。
と思って恨みがましくポケベルの画面を覗く。
「え、エニシダ?」
電話の通知を知らせる欄にはエニシダの名前。……まったく。空気を読まない登場の仕方だ。
しかし今は相手に出来る状況でもないので切っておくことにする。
「さぁて……サマヨール。こんな言葉を知ってるか?」
「ヨル?」
例えば草むらで目当てのポケモン以外のポケモンと遭遇した時。取る選択肢は大抵の場合一つだろう。
つまりは、
「逃げるが勝ちってな!」
そうして俺はサマヨールに『くろいまなざし』を命じた。
逃げるの卑怯って?
バカ言っちゃいかん。相手はモノホンのユウレイだぞ。
それにユウレイの後ろにいると思っていたハルカの姿が見えないことから、おそらくこの場から逃げ出したということが予想される。きっとこのフロアで逃げ続けているのだろう。あのユウレイを目撃したのなら怖くなって今頃泣いているかもしれない。
「行くぞサマヨール!」
サマヨールをボールに戻し必死の全力疾走を敢行。
くろいまなざしの効果が持続している間は追いかけてくることはない……はず!たぶん!
その間に少しでも距離を稼いで撒かなければ!
身体を思いっきり捻ってモンスターボールのスイッチを押し、兄貴もボールに戻す。アニメ準拠の赤い線が伸び、無事に兄貴をボールに戻すことに成功する。
そのことに安堵しつつ、全力で腕を振る。意外に広いフロア内を駆け抜けると、今度はダンボールが乱立する小さな部屋に出た。もうはじの方まで来てしまったのだろう。もう道はこの一本だ。
ここで……この倉庫内に入るのは完全に死亡フラグだとお分かりだろうか?
ホラー系のものでは狭い場所に閉じこもった瞬間アウトだ。まず間違いなくその『ホラーなもの』に発見され無事では済まない。
理不尽にも見えるがこれは《お約束》だ。何事もテンプレ。
と思うじゃん?
この世界が何処か。
ポケモンだろ?ポケットモンスターだろ?全世界で関連売り上げがとんでもないことになってる世界で二番目に有名なネズミが看板のポケットモンスターだろ?
ゲームのレーティングは全年齢対象。つまりAだ。
青い鬼に追いかけられてロッカーに引きこもるたーけしクンが出てくる様なホラゲーとは違うんだ。
「だから死ぬこたねぇよ」
うん。多分。きっと。
***
「あぁ!もう!彼はいつもいつもこう肝心な時に!!!」
黄色いコンパクトな携帯型端末を手にエニシダは青筋を浮かべていた。それはもう握りつぶさんという勢いで握りしめていることから、相当頭にキていることが伺いしれた。
「ハルカちゃんが何か裏で仕事を請け負っていたのは知ってたんだけどねぇ」
そう言いながらエニシダは先程送られてきたメールを再度見返す。差出人は『国際警察』。
以前ハンサムとかいう国際警察の男から腕利きを紹介してくれと頼まれて以来、その名は見聞きしていなかった。
「あれ?確かその時……」
それこそ半年ほど前、
『バトルフロンティア……この一大施設に各ブレーン。さぞトレーナーにお詳しいでしょう』
『いやぁそんな。まあ私はそれなりにトレーナーの人選には自信があります!何せ私が集めたブレーン達は……』
『あぁ……はいはい。そこで貴方の眼を信頼し、腕利きのトレーナーを紹介して頂きたいのですが……」
『ん?そうだなぁ……あぁ、ならハルカって子がいいな。今特に研究も忙しくないみたいだったし』
腕利きは複数人心当たりはあるが(この場合損得勘定で動くエニシダにフロンティアブレーンを紹介する選択肢はない)、軽い気持ちで連絡先を教えてしまったことをエニシダは思い出した。
「うわぁ」
今更だが、完全にその時からだろう。
直接的な原因を作ってしまったのが自分であると認識し頭を抱える。が、悔やんでいる暇はない事を思い出す。
「なんでもいいから早く電話に出てくれーー!!」
焦りながら電話をかける。
その国際警察からの要件は残念ながらエニシダでは役不足だ。仮にもバトル施設のオーナーとしての席についている身。『ポケモンバトル』についての知識・力量はそれなりだが、『それなり』止まりなのだ。この案件を扱うにはいささか厳しい。
「…………」
無言で立ち尽くすこと数分。
ピロロロロロと永遠に続くかと思われたその電話の着信に、答える者がいた。
『はい、ユウキです。エニシダさんこっち今立て込んでて電話出られる状況じゃ……』
「そんなことは早く終わらせろ!どんな事情があろうと今から話すことは君の最優先事項だ!」
温厚な方であるエニシダの声が荒々しいことに驚くユウキの言葉を遮り、間髪入れずにエニシダは言った。
「ハルカちゃんが……ハルカちゃんが捕まった!」
ハ?という相手方の返事も聞かず、エニシダは国際警察からの連絡内容を話した。
『差出人、国際警察。
兼ねてより協力を仰いでいたオダマキハルカ氏との連絡が取れなくなった。悪の組織『フレア団』、長の疑いあるフラダリという男の身辺調査中のことだ。国際警察全力を以って事に当たるが動くには時間がかかる。ハルカ氏を紹介して貰ったことからも察する通り、かなりの人脈を持つと思われる貴公へも協力を要請したい。場所は──』
……以上が国際警察からの連絡内容である。
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