Fate/guardian of zero
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第二話 二つの月と、二度目の契約
ピクリと、天蓋付の豪奢なベッドに横たえられた男の、指先が動いた。
「……ここは、寝室か」
目をゆっくりと開き、首をゆっくりと駆動させ、白髪の男、アーチャーは周囲の様子を伺った。
すると、そこは中世の絵画などによく似た、貴族の寝室の特徴を認め、そして、己に何か拘束などが成されているかを確認した。
結果は、否。
拘束どころか、体中に包帯が巻きつけられ、様々な治療の跡が伺えた。
「…んぅ、……はふ」
自身の周囲を警戒するにあたり、近くにピンク色という何とも自然界から外れた色彩の頭髪を持った少女が、ベッド近くの小さなカフェテーブルで突っ伏して眠っているのを見つけ、アーチャーはここに至るまでの経緯を思い出した。
(そうだ、あの時受け入れた少女に何故か口づけを受け、その後……‼)
何かが自身の体を変質させ、その結果、急激な変化と変質に固有結界が多量のエラーを発し、暴走状態に陥った。
そこまで思い至ると、アーチャーはベッドを調べる。
すると案の定、掛布団は剣の暴走が収まってからかけられたものだったのか、傷一つないのだが、ベッドのマットレスに至っては、所々が自身の結界からあふれ出した刀剣により、刺し、穿たれ、満身創痍の状態だった。
(これはすまないことをしたな……だが、最優先事項は)
――――解析、開始
―――魔術回路二十七本確認―――
―――動作可能回路二十七本正常―――
――――魔力量、固有結界の鎮静化の為、六割を損耗―――
――――身体に損傷、胸部、腹部、腕部、脚部。いずれも軽微。修復開始―――終了―――
―――神経、内臓等損傷個所なし―――
―――身体機能、二割低下。戦闘に支障はなし―――
警告1
左手甲に解析不能のルーン魔術を確認。これにより、固有結界の変質有―――
(左手甲……これか)
自身の解析により得た情報に従い、寝たきりの状態で左手を目の高さまで持ってくると、そこには情報通り、ルーン文字らしき刻印を視認することが出来た。
解析不能、という事はつまり、星の成り立ちや、神秘などを内包したものなのだろうか、とアーチャーは考える。
それとも、単に自身の魔術とは全く違う体系から派生したもので、自分が門外漢で知識不足なだけ、という理由も考えられる。
だが、どれだけ考えようとも、元となり、基準となる情報が全くないこの状況では、最適解を導き出せるとは到底思えなかった。
「取り敢えずは、寝具の修復を済ませておくか」
そう一人つぶやいた彼は、固有結界の変質というリスクを加味しつつ、実験の意味を込めベッドを解析する。
「―――同調、開始」
彼が最も得意とし、それら以外は何もできないと断じる魔術を、行使した。
――――基本骨子、解明――――
――――構成材質、解明――――
――――損傷個所、基本骨子の変更と共に補修―――
――――基本材質、補強――――
そして、一通りの工程が終わり、アーチャーは小さく息を吐いた。
ベッドを確認するが、見た目も問題なく、軽くたたいて中身も確認するが、特に違和感は感じなかった。
まあ、この段階でこのベッドは補強により、九mm拳銃弾程度では傷一つ付くことのない無駄防弾仕様へと変貌はしていたが。
(どうやら、魔術の行使、正しくは強化に関してではあるが。……今のところは問題がない)
満足のゆく結果と、その過程を踏めたことに安堵しつつ、ベッドの近くにある小さなカフェテーブルに突っ伏して眠る少女に再び意識を向ける。
(……理想と現実の差異、か……)
かつての自身によく似た、この少女の安らかな寝顔を観察しつつ、体を起こした。
むくりと、上半身を起こし、物音をたてぬように、カーテンで遮られた窓に向かい、歩みだした。
すると、
「…んきゅ…あ、ふあぁあぁあ~~~……」
音は立てていないが、アーチャーが起き上った事に反応するかのように、少女は伸びをしつつ、眠気を含んだ息を吐き出した。
そして、それが収まると、窓際に立ったアーチャーに吸い寄せられるかのように瞳が揺れ、視界に彼の姿を収めた。
瞬間、
「…アンタ、起きたりして大丈夫なの!?ちょっと、ま――」
寝ぼけ眼を大きく見開き、アーチャーの下へ詰め寄った。
だが、詰め寄ろうとした矢先に、カフェテーブルの脚に足を取られ、はぎゅ!と、世にも奇妙な呻きを上げ顔面から床へとダイブする。
アーチャーはしばしキョトンとその少女を見ていたが、やがてある少女の事を思い出し、顔に哀愁と慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、盛大にずっこけた少女の下に歩み寄る。
間接的にではあるが、この少女との口づけにより固有結界が暴走し、自身が傷を負ったことなど、彼には過去の事であり、目の前の少女が危害を加えてくる存在だなどという思考は、何故か否定される。
そこに、いつものロジカルな理由などはなかった。
今までのアーチャーならば、こんなことはしなかった。
だが、彼はかの「あかいあくま」に宣言してしまったのだ。
――――俺もこれから、頑張っていくから…
と。
なればこそ、アーチャーは歩み寄った少女の前で膝をつき、手を差し伸べた。
「大丈夫か?怪我などはないな?」
「へ?……ああ、うん。その、大丈夫、だけど……って、そうじゃないわよ!あんたの方がよっぽど重症でしょ!?さっさとベッドに戻って寝てなさいよね!?」
こちらを案じているのはわかるのだが、些か語勢が強いな、とまたもやかの赤い少女との重なりを発見したアーチャーは、意図せずして、声を漏らしてしまう。
「ふふ」
「何笑ってんのよ!笑い事じゃないでしょ、体中から剣が飛び出てて、治しても治しても、折っても折っても生えてくるし!!本当に大変だったんだから!!わかってるの!?」
「いや、失礼。君が、私のかつての知人とよく似ていたものでね。決して、君の心配を無下になどしたわけではないんだ」
「き、君って!貴族の私に向かって、そんな口きいて‼しかも、こともあろうに、ご主人様である私に向かって……‼」
顔を真っ赤にした少女は、だがやがて、しゅんと小さくなり、俯いてしまった。
あまりの感情の温度差に、今度はアーチャーは怪訝な表情になり、少女に尋ねる。
「どうか、したのかね」
「そ、その……私のせいで、ごめんなさいっ‼」
すると、顔を上げた少女は、瞳を涙で潤ませ、唐突に謝罪した。
一体何の話だ、と一瞬アーチャーは首をかしげそうになったが、思い当たる節を見つけ、少女に正か否かを問うた。
「それは、君が私に口づけをしたことで、私の体から剣が生えてきたことを言っているのか?」
「……‼」
こくこく、と首を縦に振る少女。
「それは、私にわざとそうさせる為にやったのか?」
「……‼違う、違うわ!始祖ブリミルに誓ったって構わない‼私、そんなつもりじゃなかったっ!」
ふるふる、と今度は首を横に降り、必死に否定の意を唱える。
そして、どうしてそうなったのか。
自身の境遇について、生まれた家について。
サモンサーヴァントの儀と、使い魔に関して。
それを聞き終えると、アーチャーは、少し眉間にしわを寄せると、一旦少女から離れ、窓に掛けられたカーテンをシャーと、大きく開け放つ。
そこには、夜の大地を柔らかな光で照らし続ける、二つの大きな月があった。
それを、アーチャーは常時柔らかな笑顔で受け止め、最後まで何も言わず、聴きとめた。
そして、
「やはり、君は私によく似ている……」
「え……?」
「いや、こちらの話だ。気にしなくていい。……そういえば、名前を聞いていなかったな。……女、名前をなんという?」
振り返り、柔らかな二つの月の光と、夜の闇を背に、アーチャーは、問いかける。口調に反した、柔らかな微笑みを浮かべながら。
場所は土蔵でも、ましてや館の一室でもなかったが、
「あ、え、えと、ええと。そう、私の名前は、誇り高き公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、ルイズよ‼」
「そうか、ルイズか。その響きは、君にとても似合っているな。では――――
―――――問おう。あなたが私のマスターか?」
少女、ルイズは、満面の笑みで、うん!頷きでもって応えた。
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