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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 10.

 
前書き
2013年7月13日に脱稿。2015年10月9日に修正版が完成。 

 
 問いかけてから、馬鹿な事をしたものだと自身の甘さに腹が立つ。そもそも相手は、虚言家という名を持つ男ではないか。発する言葉の多くには、悪意か嘘、或いはその両方が必ず含まれている。
 話しかける事、そして奴の話を聞く事には暇つぶし程度の価値さえない。それでも、クロウがアイムの前でライノダモンの件について触れたのは、僅かな、ほんの僅かな違和感を覚えたからだ。
 二枚舌という生物としてクロウの前に立つこの男が、2人きりの再会を歓迎しているのは本当だろう。『揺れる天秤』なるスフィアの覚醒を望みつつ、一方でアイムは、ストーカーのようにつきまとってはクロウの命を狙い続けている。
 しかも、ただ殺したいのではなく、クロウの動揺を誘う奇癖が随所に見受けられた。もし、今回の騒動がアイムの仕業なら、ライノダモンの全身を瞬時に出現させないのはその奇癖に理由の一端があると思われる。
 つまり、ライノダモンを気にかけクロウがたった1人で様子見に出た時点で、アイムは目的の何割かを果たした事になる。それは喜びたくもなろう。
 しかし。
 今までアイムが行ってきた残虐非道な行為の数々を記憶している者ならば、全員がこう思うに違いない。「余りにもぬるい」と。
 黒の騎士団を慰める機会を逸してしまったのは事実である上、2隻の母艦と20人以上のパイロット達が24時間監視なる任務に就く事となった。バトルキャンプとショッピング・モール上空。体よくZEXISを2つに分断するつもりなら、成功という事にはなる。
 だが、損害でもなければ弱体化もしていない。ZEXISは、全体として未だ健全に機能し続けている。その事実が重要なのだ。
 何より。あのライノダモンから逃げのびた者達がいるという報道が、インペリウム帝国にプラスに働くとは思えなかった。適切な避難誘導が功を奏し、死者どころか怪我人1人出していない結果にクロウが満足している事は事実で、ここにも揺らぎが入る余地など皆無だ。
 アイムは虚言家だが、彼自身は既存の枠に収まらず更に奇っ怪な外枠を自ら設けその上に立っている。正気の中で凶行を選んだアサキムとは異なり、奴の心中は正気と狂気の狭間にあるといってもいい。たとえ金を積まれても覗きたくなどない禍々しい境地だが。
 今のクロウには、砂粒程の興味が湧いていた。わざわざブラスタのモニターに映って見せ、自身とライノダモン、そしてクロウを一堂に会するよう仕向けた理由とやらが気にかかる。
「お得意の嘘で何か言ってみろよ」沈黙するアイムに腹を立て、クロウは挑発に乗り出した。「浮いてるだけで何もしないライノダモンの口。そういうものでホラー・ショーでもやりたいのなら、てめぇらがハロウィン・パークでも作ってその中だけでやっとけ。どういう実験なのかは知らねぇが、インペリウムの野望は俺達が必ず叩き潰す!」
「ほぉ」
 アイムの両眼が僅かに細くなった。それまで伺わせていた柔和な表情のまま、更に増した喜色の波動がクロウにも伝わってくる。
 ライノダモンが放つ光に照らし出される事なく、白い顔と白髪に近い銀髪が照明の落ちた店内で微かに白灰色に浮かび上がった。
 建物の遠方から主として4階を照らしている投光器の光は、角度の都合からか1階の中まで直接差し込んではくれない。ガラスを通し店内にまで入り込む量は僅かで、クロウとアイムの影は作られる事なく共に薄暗がりの攻防となっていた。
 クロウの中で観察メモがとられる。吠え声がしない他にも、奇妙な現象は起きている。次元獣の口を取り巻いている青白い光は、この世界の人や物を照らす事ができないのか。
「私は、この目で実験の成功を確認する為に立ち寄ったのです。あなたもご覧なさい。素晴らしい成果ではありませんか」
「確かに、死者・負傷者ゼロで晒し物になっているだけの口。次元獣を無害と宣伝する実験なら、大成功ってとこだな」
 クロウはアイムを怒らせてみたかったが、男は張り付いた笑顔で口端を若干歪めるのみだった。
「ならば訊きますが、『揺れる天秤』。ZEXISやあなたの力で、この建物からライノダモンを排除する事ができるのですか?」
 今度は、クロウが無言になった。
「今のあなたでは、あのライノダモンに干渉する事は不可能です」クロウの目を直視しつつ、左手が優雅に吹き抜けの上部を指し示す。「それとも苦し紛れに、当座の危険がない事を承知で建物ごと破壊しますか? 次元獣排除を名目に施設を粉々にするあなた方の行為を、無力な者達はどのように受け止めるのでしょう。…新たな敵を増やしたくなければ、ライノダモンからは手を引くのです」
「できるか!? 姑息な事を考えやがって。頭のいかれた腐れ外道が!!」
 激しく罵りながら、クロウは早足で一旦アイムから離れる。こちらの目を見つめている人間に直線的な接近は、愚の骨頂だ。
 不愉快な程に紳士ぶったアイムは、射撃・格闘の両方を巧みにこなすが、見た目の印象とは異なり格闘戦をより得意とする。
 30メートルを越える奴の機体が重力下でも鮮やかな宙返りを繰り返し、真っ赤な4本の刃でZEXIS機に大ダメージを与えるのだ。刹那のMSの2倍という全高でエクシアと同等かそれ以上の乱舞を重力下で行うでたらめぶりには腹も立たず、畏怖を以て人智を越えた死神の舞と揶揄したくなる。
 間合いの読みに長け、複数の機体を同時に手玉に取る手練れぶりを見ていれば、嫌でも思い知る。奴自身に高度な格闘術の経験があるのだ、と。
 しかも、生半可な修得レベルとは訳が違う。言いたくはないが、生身の奴自身が、上級者の遙か上。達人を凌ぎ、天才という域にすら到達している。
 初対面の時には、クロウもアイムの技量を読み誤った。その気配自体が奴の放つ嘘だとしたら、1対1でクロウに勝ち目などある筈もない。
 誘いに乗ってしまった事への後悔は無きにしも非ず。但し、アサキムは言っていた。スフィア・リアクターをパイロット単独の状態では刈る意味がない、と。
 クロウの命を狙っている筈のアイムが、わざわざブラスタから降ろし建物内へと導いた理由が何かありそうだ。それが明らかになっていない今、アイムは最も重要視している目的を未だ果たしてはいない可能性が高い。
 あるのか。アイムには何も与えず、こちらだけが実験なるものの詳細、せめてその端でも掴み取る方法など。
「ったく、ろくでもねぇ…」
 嫌な事を思い出し、一旦息を整える。
 実験。クロウが自ら言い出したものとはいえ、つくづく嫌な響きだと思う。エスターが何処の生き残りなのかを知った時と同じだ。記憶の淀みにアクセスする一つの単語が、傷を広げながら触れたくはない過去の物置に起床ベルを鳴らしてしまう。
「おや、揺れていますね」
 薄暗がりの中、鉢植えの向こうにいる筈のアイムが、さも嬉しそうに呼びかけてきた。相変わらず、クロウの心的状況には並々ならぬ関心を寄せているところは最悪で、更に気分が悪くなる。
「結局、それも目的の一つなんだな。俺に用があるなら、直接来い!!」
「では、今からあなたの側に参りましょう」
 突然、恐ろしくあっさりとした返答の声が1階に響いた。
 まさか、言葉の意味をそのまま受け止める気があろうとは。
 咄嗟に場所を変えようとし、動いた右足が何かを踏む。パキッともクシャともつかない音が靴の下から聞こえたと同時に、何かを潰したとの実感に足先が固まる。
 柔らかいようで固い、草などが持つ特有の感触だ。靴を履いていてもそれはわかる。
 何を潰した? 鉢植えが倒れているのか?
 植物を踏むと靴裏が滑る。罪悪感も重なり、瞬時に足を上げて別な場所に下ろそうとした直後。左足にあっさりと足払いをかけられた。しかも、背後からだ。
 一旦体が右に傾き、立て直す事もできないままやや前方へと倒れ込む。頭が無事だったのは、クロウが重ねた鍛練の賜物だ。
 それでも、不意を突かれ俯せのままアイムに制圧されてしまう。
「なるほど。筋肉の弛緩を基本とした軍隊格闘術ですか」システマ特有の癖を読み取り、アイムがほくそ笑む。「しかし、万能ではありません」
「ああ。そうやって勝った気でいるんだな。だが、そもそも生身の俺とやりあうのは本意じゃねぇ筈だ」首を左横に向け、クロウも減らず口を叩く。「実験とか言ってたな、アイム。成功だァ? 笑わせるぜ。なら俺は、嘘つきの逆を言ってやる。本当にあれで成功なのか?」
「ええ。先程説明したではありませんか。今のあなたの力では干渉する事のできない現象が成立した、と」
 言葉では肯定しているのに、アイムの声が次第に怒気を孕む。声音は一段低くなり、滑らかな口調とは程遠い無駄にはっきりとした語り口でクロウを説き伏せようとする。
 これでは、まるで脅しだ。スフィア保持者として未熟な上、現状認識が甘い、とクロウに腹を立てているのか。
 しかも、背中にまとめたクロウの両手首に、アイムは激しく爪を食い込ませてもいた。一体何に憤っているのか、皆目見当がつかない。
「もう一度言いましょう。あのライノダモンから手を引きなさい」
「聞けるか。カミナの口癖じゃねぇが、俺を誰だと思っている!?」立つ事一つ封じられた身で、クロウも喉の奥から凄んで返す。無知な子供のように扱われ、敗者とはいえ敵の要求を素直に飲むプロがどこにいる。「俺は、次元獣バスターだ。それで飯を食っている限り、次元獣が絡む全ての現象には首を突っ込む。いつだって俺自身の意志でな!」
「ならば今後、私も積極的に介入しあなたの仕事の邪魔をしましょう」
 アイムが、クロウの手首に爪を食い込ませる事をやめる。交渉の決裂を受け入れたのかと変な安堵をしたところで、頭上に異変が起きた。
 顔の向きを変えるにも限度があるクロウは、精一杯真横を向くと視線を立ち上げる。
 暗がりを照らす青白い光の輪が随分と小さくなっていた。覗き穴の直径が小さくなるようなもので、口のサイズは変わらぬまま、空中での可視範囲だけが狭くなっているのだ。
 その上、歯には1本、また1本と縦に亀裂が走った。
 一旦大きく口が開いた直後、音も立てずに全てが空中から消失した。異質なものの全てが。
 まるで、突然スポット・ライトが消えた事によって起きる暗転消失だ。歪んでいた空間が次元獣を向こう側に弾き出したのか。圧迫する何らかの力によって潰れてしまったのか。クロウからは見極めようがない。
 ただ、口も光も吹き抜けから失われ、クロウ達2人は言い争う理由をなくした。
 正にこの瞬間、アイムがどのような表情をしていたのか。残念な事に、クロウは見届け損ねている。
 尤も、いつもの仮面じみた薄笑いしか拝めやしないのだろうと考えた。口先から偽りの言葉を吐き、その表情で本心を包み隠す男だ。あくまで実験は成功した、と言い張るに決まっている。
「いっ!」
 ところが、何故かこのタイミングで再びクロウの手首にアイムの爪が突き立てられた。
 それはほんの一瞬だったが、クロウの声に気づくまでの僅かな時間。アイムの指先は、痕がついたのではと思う場所にまたも深く刺さった。
 もし。もし、今頭上で起きた現象が失敗を意味するものなら、当然今は敗北感を感じているのだろう。更に、それを他でもないクロウに見届けられてしまった屈辱は決して小さくないはない筈だ。
 無様な姿で床に俯せを強要されているというのに、少しだけ小気味よい自分がいる。
 おそらくは上空でも、建物内で起きたこの異変は察知しているに違いない。次元の歪みが正されたのであれば、安全宣言に備えた措置として、確認の任務を帯びた機体が2~3機は発進しているものと思われる。
 あと数分。クロウがアイムを引き留める事ができれば、これから合流する仲間達と共に、アイム確保に向けた包囲網を敷く事も夢ではない。
 再実験の妨害と実験なるものの全容把握が、アイムの身柄を確保する事で一気に近づく。仲間達の迅速な行動を信じ、ここは一つ引き留めにかからなければ。
「私を捕らえるつもりですか? 今は、全く逆の立場だというのに」
「あ…」
 思考の一部でも漏れ伝わってしまったのだろう。クロウの野望は、一瞬でアイムの知るところとなってしまった。多くの敵の中で最も嫌悪している相手に筒抜けという理不尽を、どうにかする方法はないものだろうか。
 ふと体が軽くなる。アイムが、クロウから離れたのだ。
 建物全体で照明が点灯する。屋外で、上空で、視認に向けた準備が着々と進んでいるようだ。
 咄嗟に目を細めるアイムだが、クロウも突然の明るさに行動の機会を奪われてしまう。目が慣れるまで、立っている者と俯せの者は互いに動く事一つできなかった。
「確かに、そろそろ引き時のようですね」
 クロウから数歩下がったところで、目を細めたアイムが床の方へと視線を逃がす。
 と、その表情が大きく歪んだ。
 紳士からかけ離れた激しい表情は、クロウの足下をじっと睨みつけている。
 倒れた鉢植えに何が、とクロウは上体を起こし、付近の鉢植えだけは行儀良くベンチの横に並んだまま立っている事を知る。しかし、アイムは何かに釘付けで、クロウの疑念を大いに誘った。
「クロウ・ブルースト」見下ろすアイムが、怒気を殺さぬままクロウの方へと顔を向け直す。「どうやら、つまらぬ邪魔者があなたと私の関係に興味を持ったようですね」
「はぁ…?」
「もし、あなたにつきまとう者がいるのなら、仲間ではなく私を頼りなさい」
 クロウは立ち上がりながら、むっとしたものをぶつけにかかる。
「また、頭がどうにかなったのか? つきまとっているのは、今俺の前にいる奴だろ。ったく毎度毎度、ある事ない事並べたてやがって!!」
「ならば私は、私のやり方であなたの邪魔をしましょう。状況を理解し、私を頼りたくなるまで」
「そんな御託をいちいち聞いてられるか!?」クロウも、いい加減腹が立ってきた。「インペリウムの実験とやらは、俺が徹底的にぶっ潰す! 俺もZEXISも以前とは違う!! 言いたい事はそれだけだ」
「おや、折角の忠告だというのに。残念です」
 握った拳がクロウの懐から放たれるより早く、アイムは奥へと下がった。相手は反撃する様子がなく、クロウの拳でいつもの自分を取り戻したようにさえ見える。
「それでは、またお会いしましょう」
 敵の白い顔が視界を掠めたかと思いきや、アイムの姿は突然消えてしまった。手動のドアが開いた形跡もない。
 他の建物に移動したのかとも考えたが、目前から逃しているのに追いつける筈もないと諦めた。アイム・ライアード、どれだけこちらの神経を逆撫ですれば気が済むのか。
 程無くして、窓外に小さな光の粒が現れた。青緑色に見えるのは、それがソレスタルビーイングのガンダムが放つGN粒子だからだ。建物からやや離れた位置で上から下への奔流を成すので、屋内からは真冬の花火に見えなくもない。
 既に、着陸しているブラスタも発見している事だろう。実際に、クロウは多くを目撃した。これから、今降下した仲間達、そしてスメラギやジェフリー達にと、同じ説明を繰り返す必要に迫られそうだ。
 その為には、アイムがクロウの足下で何を見たのかを確認しておかなければならないのか。
 照明が床の全てを照らす中、クロウは視線を落とし、そこで我が目を疑った。
 落ちていたのは、1輪のバラだ。それも、棘がついたままになっている茎の短い真っ赤なバラだ。花の形は見る影もなく、無惨に踏みつけられた痕跡がある。
「…俺にまで飛び火か」
 考える間もなく手動ドアが開き、ノーマル・スーツを着用した刹那、オズマ、そしてルカが建物内に入って来た。ルカだけがそこで立ち止まり、小さな計測器で手際よく吹き抜けの測定を始める。
 オズマと刹那が、明るい店内でクロウと目を合わせた。下がったバイザーは、異変の確認に訪れた2人の表情をはっきりとクロウに伝えてくれる。
 ライノダモンが消え失せたというのに、揃って厳しい眼差しだ。当然と言えば当然、かもしれないが。
「クロウ」近づきながら、オズマが大声でクロウの名を呼ぶ。「一体何があった?」
「話せば長くなりそうだ。ところでお2人さん」吹き抜けの上方を右手で指し、クロウは返答よりも質問を先に持ち出す。「次元の歪みはどうなってる? あのライノダモンは、俺が見ている前で突然消えちまったんだが」
「そうか」自身の目でも状況を確認し、オズマはまずその一言だけを呟いた。「今、その歪みは正されている。同じ場所に再び歪みや裂け目が現れる可能性をクォーターで割り出しているが、数値は他の平野部と同程度まで落ちた」
「要するに、一度歪みが出た場所として避けて回る心配はない、と」
「ま、そういう事だ。もし、ルカの現場確認作業でも問題無しという事になれば、明日にはここも朝から平常営業できるだろう」
「吉報じゃないか。今のを聞いて、俺の元気も倍増だ」
 明るく振る舞ったつもりだが、オズマは目敏く、クロウが着ている借り物の服に気がついた。あからさまに付いている胸の汚れを、左手の甲が軽く叩く。
「何だ?これは。暗がりで転んだとか言って適当に誤魔化すつもりなら、俺は黙っちゃいないぞ」
 怒ったオズマは、鬼より怖い。渋々クロウは、まずこの場でアイムと望まない再会をした事について触れた。
 別に隠したかった訳ではない。そもそも、アイムの言動を口頭で説明する事は非常に困難なのだ。全てに「これは嘘かもしれない」と添えていたのでは報告にならないし、聞き手も混乱してしまう。
 クロウが言い淀んでいた理由もそこにあり、幸いオズマはすぐに口頭の危うさを理解してくれた。
 アイムの言動を伝えるのなら、略式や口頭は御法度だ。箇条書きによる文章報告が最適なのでは、とさえクロウは思っている。
「忍び込んでいたんですか? アイムが!?」
 手を止めずに驚くルカへ、クロウは「いや」と否定から入る。「どちらかというと、ブラスタの接近に気づいた奴が、俺に尾行をさせてここまで誘い込んだってとこだな」
「その為のライノダモンという事もある」布飾りと照明だけになった吹き抜けを仰ぎ、刹那がぼそりと自説を述べる。「クロウ・ブルースト。お前は、それが罠だと知りながら相手の誘いに乗ったのか?」
「いや」クロウは再び否定した。「ライノダモンについては、もう少し背景がありそうだ。ただ、罠を承知で、という部分はイエスだな。それは、俺の行動として俺が断言できる」
「得意げに言うんじゃない!」激高したオズマが、勢いからクロウの胸ぐらを掴んだ。「アイムについての報告は後でいい。だがな、これだけは覚えておけ! 狙われているところを逆手に取るようなやり方は、命を投げ出す事と同じなんだ!! 今度そんな真似をしてみろ、ダイグレンの指先に括りつけて戦場のど真ん中に放り出すぞ!!」
「おいおい…、そいつは勘弁してくれ」怒鳴られた通りの光景を想像し、クロウはぞっとしながら両手首を左右に振る。「俺が軽率だった。これからは自重する」
「信じていいんだな」そう言いながら、オズマの手が掴んだ服をようやく離す。
 この男なら本当にやりかねない。心の片隅で、クロウは思った。
 ダイグレンとは、ZEXISが獣人から強奪した陸上用歩行戦艦の事だ。現在は、ダヤッカやニア姫達がブリッジに詰め、ZEXISの3母艦の中の1隻として機能している。
 オズマの言う指とは、歩行戦艦に取りつけられている2本の腕の先端部分を指す。掴む、投げるなど非常に器用な動作をこなすが、長い腕の先端だけに、戦闘時は頭上から足下まで激しく振り回され、ダイグレンが走る時は始終半円を描く過酷な場所でもある。
 オズマらしい脅しであり、またその言い回しには彼の様々な感情が溢れていた。クロウの焦りや苛立ちなど、お見通しというところなのだろう。
「隊長」計測器の蓋を閉じ、ルカが近づいて来る。「取れるだけのデータは採取しました」
「後は、クォーターに戻ってからか」
 気遣わしげにクロウを見上げてから、ルカが「はい」と返事をした。
「よし」オズマの右手が上がる。「艦に戻るぞ。全員…」
「ちょっと待ってくれ」
 クロウは慌てて、床を眺めて回る。足下から次第に範囲を広げ、かなり広域に探している筈なのだが、何故かあるべき物が何処にも無い。
 結局、踏みつけた場所と思しき所に僅かな汚れを発見するのが精一杯だった。
「消えた…?」
 1輪のバラが突然視界から消え失せる。まるで、ロックオンの話そのままではないか。
 しかも、踏み潰された無惨な花だ。花びらの1枚や2枚取れてしまったとしてもおかしくはない。それが、茎も取れた花びらも一緒になって消えてしまったのだから、いよいよ首を捻りたくなる。
 ライノダモンと同じ場所に行ったのか、或いはわざわざ持ち帰った者がいるのか。どちらも俄には信じ難いが、確かに花は消え失せていた。
 脳内で激しく警鐘が鳴る。クロウは帰りかけているルカを呼び、汚れが残る場所の写真撮影と念の為の計測を依頼する。
 ルカは一度だけ不思議そうな表情をしたが、「いいですよ。ここですね」と素直に聞き入れてくれた。
「早くしろ」と手招きするオズマに従い、ルカと共に歩き出す。そしてクロウは、報告の文面を考えながら手動ドアに手をかけた。
 エクシア、ガウォーク形態のメサイア2機が上昇を始めると、クロウもブラスタを離陸させ遙か頭上のトレミーを目指す。
「こいつも、ペナルティのうちなのかもな…」
 答えにくい内容ばかりが積み重なってゆく場面を想像し、クロウは少しげんなりした。尋ねたい皆の気持ちもわかるが、答えが欲しいのはこちらも同じだ。今夜は徹夜になるかもしれない。
 勿論一番の気がかりは、アイムと奴の言う実験についてだ。ライノダモンが出現しかけたまま消失した事は過去になく、アイムが結果に不満を抱くのなら再実験は必ず行われるだろう。
 しかも、それだけではない。こうも目につく赤いバラ、あの花の謎に思考が及ぶと脳の一部で混乱が起きる。提示されるものは少なくないのに、インペリウムの件と同様、不明な点の多さに驚く。まるで、アイムのおしゃべりでも聞かされているようだ。
 クロウには、花の贈り主に言いたい事が2つあった。1つは、もう二度とZEXISに関わるなという要望。もう1つは、あの花を踏んでしまった事でアイムに取り押さえられた、その事実に対する目一杯の不満だ。


              - 11.に続く -
 
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