| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

食べ物

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

1部分:第一章


第一章

                      食べ物
 その日彼は極度の空腹を覚えていた。
「腹が減ったな」
 昼食はとった。だが仕事が忙しかったせいかどうも普段より空腹を覚える。いつもはこんなことがないのに、である。
 彼は残業するつもりであったが切り上げ自分のアパートに帰った。外食は金がかかるのでいつもスーパーで買い物をしてそれで自炊している。
 いつものスーパーに入った。駅前にあるごくありふれたスーパーである。いつもそこで買っている。
「何がいいかな」
 店の中を見回る。すると缶詰の山が目に入った。
「お」
 見れば安い。一個三十円とはかなりのものだ。
「何の缶詰かな」
 果物か何かのようである。どうやら日本産のものではないらしい。文字はアルファベットでも漢字でもなく読むことはできない。だが貼り付けられている絵からそれが果物らしきものであると推測できるのだ。
 ものは試しと思い買ってみた。それはデザートにし他の食材をカゴに入れた後金を払いアパートに向かった。
 服を着替え早速食事にする。空腹だったのですぐに調理して食べた。
「やっと落ち着いたな」
 彼は満腹感を覚え一息ついた。そしてデザートにと考えていた缶詰を開けた。
「まさか手袋が入っているなんてことはないよな」
 以前開けてみたらその中には手袋が入っていたということがあった。運がないと言えばそれまでだがそのことが何時までも記憶に残っている。
「いくら俺でも手袋なんて食えないぜ」
 缶切りで開けていく。キコキコと音がする。
 中には幸いにして手袋は入っていなかった。桃に似た美味そうな果物が半分に切られて入っていた。
「何だ、桃そっくりじゃないか」
 彼はそれを見て少し落胆した。あまり桃は好きではないのだ。
 だが折角買ったものを捨てるのは気が引ける。フォークで取り出した。
「味はどうかな」
 口に含む。歯触りは桃とは少し違う。むしろ洋梨に近いか。案外固くシャキシャキしている。
 味はいい。ライチに似ている。やけに甘かった。
「美味いな」
 彼はライチは好きだった。だからこの味がえらく気に入った。
 美味しかったので何個か開けた。そして次々に食べた。何個目かを食べた時だった。
「ん!?」
 喉に何か変な感触があった。何かが喉から胃を伝わっていくのだ。
「よく噛んだ筈だけれどな」
 それはすぐに胃に入っていった。とてもその果物の感触ではなかった。何か這う様な感じであった。
 彼は妙に思ったがすぐに忘れた。その後はテレビで野球を観戦し十二時頃に寝た。翌日も仕事なのでそれに備えてあまり遅くまで起きるつもりはなかったのだ。
 次の日彼は普通に出勤した。そしてそれから数日経った。
 腹が痛くなってきた。中から何かチクチクするのだ。
「何だ、これは」
 数日経っても続き薬も一向に効果がないので彼は医者に行った。だが何処も悪くはないと言われた。
「おかしいなあ。凄く痛いんですけれど」
「レントゲンでも特に変わったところは見えませんよ」
 医者はレントゲン写真を見せながら彼に説明した。見れば本当にそうである。
「わかりました。異常がないというのなら」
 とりあえずは医者の言うことを信じた。最近の医療ミス等については聞いていたが彼は今回は医者の言うことを信じてみる気になったのだ。
 だが数日経っても痛みは一向に収まらない。それどころか益々酷くなるばかりである。
 それまでの痛みとは比較にならなかった。まるで火のついた棒で突かれる様な痛みである。
 会社にいる時もアパートにいる時も痛みは収まらない。彼は痛みで夜も眠れず次第に疲れていった。
 医者には何度も行った。その度に薬を調合してもらい飲んだが効果はない。診断を受けても何処も悪くはないと言われる。彼はそれが不思議ではなかった。
「本当に何処も悪くはないのですか!?」
 彼は問い詰めた。
「はい」
 医者は力なく答えた。彼にも全く原因がわからないのだ。
 その痛みは益々酷くなっていく。彼は最早骨と皮ばかりになりまともに生活をおくることができなくなっていた。
 医者は彼に病院を紹介した。そこは大きな大学病院であった。彼はそこで入院することとなった。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧