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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 7.

 
前書き
2013年6月14日に脱稿。2015年10月4日に改訂。 

 
「…このバラがどうした?」
 表情に出せば、それは人に伝わる。喜怒哀楽、痛み、何かを追っている者の関心の度合いまでもを。たかが1本のバラにガンダムマイスターが顔面蒼白になっている様子を不審に思わないZEXISはいない。
 ロックオンは、自らがアテナを誘導してしまったのだと悟った。
 彼女は花を差し出していたが、スナイパーの動揺を感じ取り僅かに手首を引いて躊躇を示す。最早、何の説明もせずバラを受け取る事ができる雰囲気にはなかった。
 今朝のミシェルとクランを思い出しつつ、繰り返し自らに言い聞かせる。何という事はない。見目麗しいバラが、1輪は色男に、もう1輪は女性軍人に贈られたというだけの話ではないか。
「そんな真面目な顔をするなって」努めて平静を装い、ロックオンは目線でアテナの手元を指した。「今朝、その花と同じものが愛機に残されていたって言う奴に会ったんだ」
「他にも? 私だけではないのか」
 チラム軍人の目許が俄に憂いを帯びる。と同時に安堵の様子が浮上し、彼女の頬を吊り上げた。
 どうやら、アテナもアテナで武装解除が行われていない贈り物に、相手の心中を量りあぐねていたようだ。桂やピエール達の筈はないとの察しはついている。気の回る桂達程、この有様の花を女性に贈る愚から遠い男はいないのだから。
 微妙な関係の父親から贈られれば、棘付きのメッセージに首を捻りたくもなるだろう。安堵の根は、桂からのものではないという部分。その一点か。
「ああ」時間が押している事を承知の上で、ロックオンはもう少し話してゆこうと考える。「そのバラは贈られた奴の希望で、今基地の第4会議室に飾ってる。そこは、俺達励まし隊の拠点なんだ」
「励まし隊?」
 咄嗟につけたその名前でも、アテナは言わんとする事を理解してくれた。
 合点のいった東洋系の美女が、2本の指で摘んでいた花をロックオンにすっと差し出す。
「例の企画か。ならば、これだけの華やかさは幾らかの慰めにはなるだろう。私はいらないから、この花も持って行くといい」
「わかった」花を受け取って、一度アテナの眼前に翳す。「企画への協力、感謝する!」
 ようやく彼女に、輝く笑みが戻って来た。
「ところで、花を贈られたもう1人というのは誰なんだ?」
 ロックオンは、「ああ、ミシェルだ」と即答する。「今朝、あいつが乗るメサイアのコクピットに置いてあったそうだ」
「ミシェルの…」少年の名を耳にした途端、アテナの眉間に深い縦皺が一筋刻まれた。
 明かしてしまったロックオンの心中は、実に複雑だ。彼女の思考は、謎の贈り主から同じ物が贈られた他の仲間へと関心が移っている。話の流れなのだから、それ自体に何ら問題はない。
 ただ、素行に多少の問題を含んでいようと、ZEXISの仲間にこの表情はないと思う。
 おそらくは極最近、それも3日以内という近距離でミシェルが何かをやらかしたのだ。
「どうやら誰かの目には、私があの男と同列に映っているらしいな」
「いいじゃないか。お互い不名誉って事ぁないだろう? 誰が見たって、ミシェルは本物だ。ZEXISじゃ最年少のスナイパーだが、未成年って側面は侮るところじゃない」
「勿論わかってはいる!」赤面しながら激高するアテナが、ロックオンににじり寄った。「問題なのは…、問題なのは…」
 素行、女癖、そういった言葉を、チラム軍人は器用に喉の奥へと押し込んでいる。
「言わなくていい。誰だってちゃんと見てるさ。アテナ・ヘンダーソンが、どう自制しどう戦ってきたのかは」
 穏やかに話しかけると、彼女の興奮はすぐに収まった。
 拒絶する素振りに目が行きがちだが、一応ミシェルを認めてはいるように思う。おそらく接しづらいのだ。ミシェルとではなく、男というものと。
「すまない」興奮した様子について、アテナが軽く頭を垂れる。「企画の事、成功するように祈っている」
「ああ。ありがとう」
 背筋を伸ばした勝ち気な姿勢のまま、一定のリズムで靴音を立て長髪の女性パイロットが去って行った。バラに劣らぬ艶やかさに視線を奪われ、数人の男達が後ろ姿を追う。
 そして、アテナに贈られた筈のバラはロックオンに委ねられた。
「うっかり引き取ったはいいが。…何がしたいんだ? 俺は」
 自問し、クランとミシェルにでも知らせたかったのかと苦しい答えを導き出す。
「ま、妥当な線を狙うのが一番」
 携帯端末で時刻を確認してから、自室に向かう前にするべき事があると、ロックオンはトレミーを目指す。

          * * *

 一旦空き室になった第4会議室に、ぽつりぽつりと人の姿が戻り始めた。21世紀警備保障の大杉課長がジェフリー艦長やスメラギ、大塚長官の外出許可を取りつけたらしく、谷川と中原の手には合わせて数台分と思われる車のキーが握られている。
 ネゴシエイターは、未だ現れない。しかしクロウの耳には、ロジャー特有の堅い口調が強く絡みついてなかなか離れなかった。あのやりとりは10分以上も前に行われたというのに、まるでつい先程聞いたばかりという鮮明さで脳が全てを再現する。
 誰に話しても構わない。ロジャーからはそう言われたし、あの男がクロウの良心に訴えかけた理由も理解できる。クロウは、改めて頭を働かせた。
 バトルキャンプが様々な組織によって監視されている可能性と外出のリスクは、元々高い。その点については、既に課長の大杉やロジャーが織り込んでいる筈なのだ。当然、無策ではないのだから無駄に不安を煽る必要はない、との判断は成り立つように思う。
 問題なのは、その策を承知の上で尚、ロジャー達に行動を始めさせた程の何か。そういう不気味なものの存在だ。
 生憎、クロウ達ZEXISのオリジナル・メンバーは、今までティファの感知能力の恩恵を受けた事がなかった。精度が極端に落ちている為で、その分、彼女の能力について懐疑的な部分が多少なりともある。
 だが、ZEUTHは違う。彼等が過去にティファから実に具体的な助言を幾度も受けていた事は想像に難くなく、感知能力が下がっている筈の現在に於いてもその信頼は余り揺らいでいない。今のZEXISとZEUTHには、その辺りに多少のずれが存在していた。
 何事もなく打ち合わせが終わった上、ロジャーも誤差であるとの可能性に触れたものの、クロウの中にはしっくりと来ないものが残っている。正体は、伝染した不安。ロジャーとキラの中に現存している不安に他ならない。
 ZEUTHはともかく、その件について知っているZEXISは今自分1人という事になる。自らその重さを判断する事は避け、言うべきか? 大山達に。
 いや。誰の視線がバトルキャンプを監視していようと、策は講じてあるのだ。シンフォニーの存在も、皆が強く意識している。今のZEXISは優秀だ。黙して欲しいというロジャーの希望を汲んでおこう。クロウは1人、静かに決断する。
 第4会議室に再び集まり始めた者達は、それぞれ街に溶け込む為の私服に袖を通していた。キラや斗牙達ばかりか、赤木達ダイ・ガードのパイロット達も背広を脱ぎ厚手のセーターの上から冬物のコートを羽織っている。
 バトルキャンプ内の設定温度は民間に比べ少々低めだが、その中にいるとはいえセーターにコートでは重ね着が過ぎるというものだ。
「出掛ける時間にはまだ早いか」案の定、赤木がコートを一旦脱ぎ楽になると、斗牙が「赤木さんの私服姿って初めて見ました」と微笑みながら近づいて来る。
「いや。あの背広は制服ってんじゃないんだけどな。ダイ・ガード搭乗時には別のものがあるし」
「えーっ!? 企業戦士の制服じゃないの?」ミヅキに痛いところを突かれれば、更にルナマリアが追い打ちをかける。
「赤木さんって、会社用のネクタイ1本しか下ろしてないでしょ。だから、みんなが制服だと思うのよ」
「うぇっ!!」全身を硬直させ、赤木が小声で「みんな、結構チェック厳しいんだな」と零した。
「ほら、言わんこっちゃない」以前から警告していた青山が、左腕にショート・コートを掛けやや大袈裟に呆れ顔をする。「着替えないお前は、着替えられないクロウと一緒に見られてるんだ」
「え…?」自分への思わぬ飛び火に、クロウはまじまじと青山を見つめる。「おいおい。俺だって、腹が千切れかけた時の見舞いで、シャツの種類は随分と増えたんだぜ」
「なら、着替えて来いよ。お前、そのまま出掛けるつもりなのか?」
 その指摘で、クロウは初めて自分が外出の為に何の備えもしていないのだと気がついた。白いシャツにベストの組み合わせは、いつもの事。その上からいきなり羽織っているやはり一張羅の軍用コートは、屋内対策として前を開け放っている。
 これがクロウの私服であり、戦闘用をも兼ねている。だからといって、本当にそのままの服装で外出するつもりはなかった。
「クロウは目立つわよ。背が高いから」
 琉菜が言わんとしているのは、外出メンバー内の比較ではなく、日本の市街地で目立つという意味だ。確かに、それは上手くない。
「…また、オズマ少佐に服を借りるか」
「急いでください。集合の時間まで、あと15分しかありません」
 グランナイツのエィナが高速の服選びを促すので、「女の子じゃないんだ。10分、いや5分で戻る」と大口を叩いて会議室を抜け出した。
 いつも通りなら、オズマに当てがわれている部屋はカナリア軍医の隣なのだが。
 しかし、オズマを見つけるより早く、何とボビーに発見された。
「あ~ら、クロウちゃん。そんなに急いでどうしたの?」
「これから出かけるのさ。買い出し隊の護衛で市街地まで。それで、オズマ少佐に服を借りられたらって…」
「ま~~ぁ!!」
 説明の最後尾は、ボビーの歓声でかき消された。両手で自分の顔を包み、小さな尻を小刻みに振りながら何やら喜びを表現している。紛れもなく仕種は少女のそれなのだが、細身とはいえ長身の大人、しかも男がやると、見ている者は得も言われぬ気分になってしまう。
「オズマなら、今いないわよ。でも安心して。クロウちゃんの体型なら、私の服が着られる筈だから」
「えーっ!?」ボビーの私服と聞いた途端、クロウの背筋を悪寒が駆け抜けた。
 その態度がお気に召さなかったのか、「なぁに? 私、そんなに服のセンス悪くないわよ」と、ボビーが凄まじく口端を下げる。
「い、いや。フロンティア船団のカリスマ・メイクアップ・アーティストから服を借りるのは、ちょっと恐れ多くて」まさか男色家の服は着たくない、と率直に言う事もできず、クロウは相手を持ち上げつつやんわりと断る。「もし市街地で何かあったら、折角の服が傷物になるかもしれないし」
「構わないわよ。仲間や民間人を守って服がダメになるなら、それは立派な勲章でしょ? そんなに危ない事になりそうなら、余計私の服を貸してあげたくなっちゃう」
「ボビー…」
 流石は、民間軍事プロバイダーであるSMSの人間。しかも、マクロスクォーターの操舵手としてジェフリー艦長と小隊長オズマ少佐の信頼も厚いだけの事はある。
 戦士という人種を理解している有り難さに、クロウの気も緩んだ。先程の警戒心を申し訳なく思う。
「クロウちゃんはなかなかの男前だから、この季節にぴったりの、でも動きやすくてステキな服を選んであげる。きっと、街で女の子が振り返るわよ」
「ありがとう。俺のサイズは…」
「あーら、私を誰だと思ってるの? そんなの、見ればわかるわよ」
「プロなんだな」
「ええ。時間はかけさせないわ。随分と慌てていたものね」
 その言葉が見栄でないと、クロウは目の当たりにする事で思い知る。
 ボビーもまた、本物だった。もしフロンティア船団がバジュラなる凶暴な巨大昆虫と遭遇してさえいなければ、彼…いや彼女は、その存在で異性物ではなく映画関係者を圧倒していたのだろうに。
 クロウは、着替える側からその上に着る服を差し出され、ショート・コートを掴んだ時には、器用に靴まで履き替えていた。
「カジュアルだけど、やり過ぎない程度に抑えておいたわ。護衛なら、マフラーは厳禁だし。ん~ん、い・い・お・と・こ♪」
 なるほど、言うだけの事はありセンスの方も確かだった。これから行くのは、市街地といっても食品売場になる。しかも、10代の少年少女と共に歩いて回るのだから、求められる服装は自ずと決まってしまう。
 軍人として、また美しい男の体型を維持したいと日々の鍛錬を怠らないボビーの服だからこそ、筋肉のついたクロウが借りても何ら問題は起こらない。服は自然とクロウに馴染んだ。
「ありがとうボビー。まともなまま服が返せるよう、ここで祈っていてくれ」
「ええ。いってらっしゃい」
 贅肉を削ぎ取った短い見送りの言葉が、そっとクロウの背中を押す。
 右手を挙げて応え急ぎボビーの部屋を出ると、偶然にもクランがかわいらしい服に着替え部屋から出てきたところだった。
「クロウ!?」
 名を呼ぶなり、クランが20センチ以上垂直に跳ね上がって、戸惑い気味にクロウを凝視する。
 何の問題もないと思うのだが、彼女はここで誰かと鉢合わせになる事など欠片程にも考えていなかったのか。顔には、「見たな!?」と激しい文字が殴り書きされている。
「お互い、ぎりぎりになっちまったな」
「わ、私は別に、服選びに時間をかけたのではないぞ」
 気丈な彼女らしい見栄からか、尋ねてもいない話を率先して口に出す。
「ああ、わかってる。1人か? ミシェルは?」
「先に行かせた。あいつは支度をすぐに済ませたからな」
「じゃあ、俺達も急ぐか。結構ぎりぎりになってるだろう」
「そうだな」
 追求されないと悟って安堵したクランが、先に走り出そうとする。
 そのダッシュを突然中断させたのは、部屋から出てきたロックオンだった。彼も私服に着替えており、やや立腹した様子で名残惜しげにドアを閉める。
「どうした? ロックオン」
 クロウとクランは、当然扇との話し合いが不調に終わったのではないかと想像してしまう。
「扇に断られたのか?」
 そこで問いかけたクランの訊き方は、ストレートそのものだった。時間がないからではない。ゼントラーディとして、彼女が回り道をする会話を好まないからだ。
「いや。扇は乗ってくれたさ。俺達がこうしてもたもたしている間に、第4会議室に行ってるかもな」
「なら、その顔は何だ。もっと楽しそうにしろ」急いでいる筈なのに、クロウではなくクランが尚もロックオンに食らいつく。「折角褒めてやろうと思ったのに」
「無いのさ。俺の手元にあった筈の物が」
「ない? ここでなくしたのか」
 言うまでもなく、ロックオンが出てきた所は今朝までクロウが寝ていた部屋でもある。母艦3隻で昨夜、予告もなく訪れたバトルキャンプの一室だ。元々、ベッドと壁掛け時計以外は何もない部屋の筈なのに、その部屋から一体何が消え失せたというのか。
「クラン」クロウの問いには答えようとせず、ロックオンが小さなクランを見つめるべくやや下を向く。真顔というより苛立ちを隠しきれないその様子は、隻眼になって以来お目にかかった事のないものだった。「ミシェルに贈られたあのバラ。あれと同じ棘付きの赤いバラを受け取ったパイロットは、他にもいたぞ」
「なにィ!?」ツインテールの女戦士が、先程とは比べものにならない程高く、それは高く飛び上がった。「誰だ? それは!?」
「アテナさ。さっきダイグレンの格納庫に扇を捜しに行った時、偶然彼女に会った。話はよく似ている。ミシェルの時と同じく、愛機のコクピットに1輪だけそっと置いてあったんだそうだ」
 顔を真っ赤にし、クランが両手の拳を震わせる。
「何という不実な奴なんだ。男にも女にも花を贈るなど」
「いいんじゃないか、むしろ。それで、ミシェル一筋な女性って線はなくなった訳だし」
 気をきかせ、クロウはクランが見失いかけている点を指摘するが、彼女の表情は一向に晴れない。
「それでも、ミシェルに花を贈られた事実は変わらないんだぞ。誰かがミシェルの事も大事に想っている」
 まぁ、それは事実なのだろうが。困り果てたクロウは、ロックオンの話の続きを待つ。
「で、俺達の部屋から一体何がなくなったって? あんな空っぽの部屋から。ベッドに布団くらいしかないんだぜ」
 最初、ロックオンの口は妙に重かった。
「ああ。だから、そういうものじゃない」
「つまり…?」と、クロウが更に促すものの、胸の中に広がる嫌な予感は既に確信の領域にあった。
「バラさ。俺は制服のままだったから、トレミーで着替えて。その時も、バラは確かにあった。ところがだ。この通路を歩いている間に、なくなっちまった。跡形もなくだ」
「落としたのではないのか?」クランが辺りを見回し始めるが、傘立てやゴミ箱さえ置いていない通路は大変見通しがいい。明るいその縦長な空間に花どころか煙草の吸い殻さえ落ちいてない事は、誰の目にも明らかだった。「…無いな」
「ああ。無いんだ。…あり得ないだろう? 普通」
「それで、何となく俺達の部屋の中も覗いて見たのか」
「我ながら、馬鹿な事をしてるとは思う」
「うーん」3人の中で最も上背の低いクランが、腕組みをし眉間に皺を寄せる。「次元獣共ならいざ知らず、バラの花まで突然消えるとは。この多元世界の不安定度が増している、などという心配はないのか?」
 その話を聞いた途端、クロウは脳内でロジャーの言葉を今一度再生した。
 力が減衰しているニュータイプ達、漠然としたものながら異様に強いティファの不安。それらを重視しているロジャー達の独自行動についての説明も。
 ロックオンがうっかり物を無くした、のではない。
 では、どうなったのか。アテナに贈られたというバラは。その先を1人で考える事が怖かった。
「クロウ…?」
 やけに怖い顔をしたロックオンが、クロウの両肩を掴んでいる。
「どうしたのだ? クロウまで」
 心の扉前に立たれしきりとノックされてしまうと、事実を話したくなってしまうのがクロウだ。それぞれに某かの不安を抱いている2人の顔を順に見つめる。
「後で、少しいいか。この多元世界の事を俺にはどうこう言えないが、その時に俺の話を聞いてくれ」
「後で、でいいのか?」
 クランの鋭い問いに、クロウの顔が僅かに引きつる。
「おい…」
 ロックオンが更に問いつめようとするところで、背後から「対象発見。…ったく、時間だってのに呑気なもんだぜ」という少年の明るい声がした。言葉面だけなら咎めているようにも聞こえるが、決して責めている訳ではないと口調が語っている。
「10分は過ぎてるな」
 クロウが笑うと、デュオが「わかってるなら、ちゃんと来いって」とぼやき、自身の両脇に手をあて反り返るようにクロウを仰ぐ。「気晴らしの外出も兼ねてるんだ。あんまりケチをつけるなよ」
「悪い悪い。すぐに行くから」
「みんなは、もう下に降りてる。今からだと駐車場で合流だ」と、デュオが親指で会議室とは違う方向を指す。
 早足を始めた4人の中から、ロックオンがデュオの背に声をかけた。
「扇は来てるのか?」
「ああ。…みんな喜んでるぜ。サンキューな」
「そうか」
 安堵してから、ロックオンが改めて上着に袖を通す。クロウも借りたコートの前を閉め、4人は更に小走りになった。
 不吉なバラの話は一旦お預けだ。ロックオンの中には未だ凝りとなって残っているのかもしれないが、時間切れならば致し方ない。
 続きは、出かけた先で。ロックオンやクランなど、バラの話について興味のある人間と持っている情報を共有できれば万々歳だ。
 そう思っている段階で、なるべく内密にと願ったネゴシエイターに背を向け始めている事を悟る。
 いいさ、とクロウは居直った。ロジャーもキラも、2本目のバラの存在については知らないのだから。
 流石に認めたくなる。ティファが怯える程に恐怖したという監視の目について、クロウはその存在を信じたくなっていた。


              - 8.に続く -
 
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