塔の美女
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2部分:第二章
第二章
「だからこそ名誉なことではないか」
「あの塔は」
ジャンの声はさらに不機嫌なものになる。
「本当に出るらしいですよ」
「魔女がか」
「幽霊かも知れません」
ジャンはこうも言う。
「ひょっとしたら」
「じゃあ余計にいいことじゃないか」
「いいんですか?」
「そうした悪しき者を倒すのこそ剣を持つ者の務め」
騎士道的な言葉であった。
「このシャルル=ドゥ=バツ=カステルモールのな」
「ダルタニャン様」
ジャンは彼が自ら名乗った長々しい名前でなくこちらで呼んだ。
「相手が幽霊でも剣は効くんですか?」
「効くらしいな」
ダルタニャンは明るい声でジャンに答える。
「何でもな」
「初耳ですけれど」
「日本という国を知っているか?」
「日本!?ああ」
ジャンは日本という国の名前を聞いてまずは頷いた。
「聞いてますよ。何か随分変わった国だそうで」
「世界の端にある国だ」
この認識はこの当時からあるものだった。
「で、その国がどうかしたんですか?」
「日本では悪魔も悪霊も普通に剣で倒すらしい」
「まさか」
「いや、そのまさかだ」
ダルタニャンはジャンに力説する。どうやら鬼を悪魔と勘違いしているようだったが彼にとってもジャンにとってもそんなことはどうでもよかった。
「その心を剣に込めてな」
「そうなんですか」
「だから僕もまた」
夜の空を見上げるようにして顔をあげて断言する。夜空にあるのは黄金色の満月とあとはその明かりに照らされるだけの雲だけだ。他には何もない。星はなかった。
「そうする。相手が例え悪霊であろうと悪魔であろうともな」
「悪魔って」
「恐れることはないさ」
ジャンは明らかに怯えていたがダルタニャンは違っていた。
「僕が倒すからね」
「本気ですか?」
「何ならこれを持っていればいいさ」
こう言って出してきたのは十字架だった。銀色の主がそこにいる。
「これをね」
「十字架ですか」
「ああ、銀の十字架だ」
また随分と高価なものである。
「陛下から賜った。これを胸に付けていればいい」
「いいんですか、こんなもの」
「僕は既に一つ持っている」
胸にかけてあるその十字架を馬上から見せて述べる。
「だからいいんだよ」
「左様で」
「それに塔に行くのは僕だけだ」
「ダルタニャン様だけって」
「ロシナンテを頼んだよ」
ここで馬の首を撫でるのだった。するとこの馬はいとおしそうに鳴き声をあげた。
「その間ね」
「御一人で塔にですか」
「剣を持っているのは僕だけじゃないか」
腰に下げているその剣に手を当ててジャンに指し示して言う。
「だからさ」
「けれど御一人では」
「大丈夫だって」
微笑んでジャンにまた言うのであった。
「これはね。心配無用だよ」
「またそんな無鉄砲な」
「無鉄砲かな」
「無鉄砲です」
少しきつい言葉と顔で主に告げるのだった。
「もっともそれはいつものことですけれど」
「そんなに多いかな、こうした行動は」
「だから。いつもですよ」
言葉のきつさがさらに強くなっていた。
「全く。自覚してくれないと困るんですけれど」
「やれやれ、ジャンは相変わらず厳しいな」
「何かあってからじゃ遅いんです」
ジャンの言葉はここで厳しい。
「わかって下さい、いい加減に」
「ううん、まあそのうちね」
「全く。けれど何はともあれ」
「今度は何だい?」
「もうすぐですよ」
こうダルタニャンに告げた。
「もうすぐですよ。塔まで」
「そうか。案外早かったね」
「そうですね。もっと時間がかかるかと思ったんですけれど」
これに関してはジャンも同意だった。
「実際はそうでもなかったですね」
「うん。さて、と」
ダルタニャンの言葉の調子があがった。
「じゃあ。やるか」
「塔まで上がるんですか?」
「ああ、それは駄目だよ」
それについてはすぐに右手を横に振ってしないと言い切ってきた。
「どうせ扉には鍵が閉められているよ。無理だよ」
「無理矢理扉を壊すなり鍵をこじ開けるとかは?」
「それだと相手にわかるよ」
ジャンの今の提案には全く乗り気でないのがわかる言葉であった。実際に月明かりに見えるその顔はあまりいい表情には見えなかった。
「相手が誰かもわからないし。わかったら」
「それこそ何にもなりませんか」
「相手が危険な奴だったらそれで終わりだよ」
「剣を持っていてもですか」
「そうだよ。何かさ」
ここでジャンに対して言うのだった。
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