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雲は遠くて

作者:いっぺい
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(改訂版) 93章 信也と美結と利奈たち、太宰治とかを語る

93章 信也と美結と利奈たち、太宰治とかを語る

 10月3日の土曜日の午前8時ころ。晴天で、夏日のような暑さになるそうだ。

 川口信也もその姉妹の美結と利奈も、2DK(部屋が2つ、リビングとキッチン)の、
マンション(レスト下北沢)のリビングにいる。

 信也は、このマンションから歩いて2分のところに、マンション(ハイム代沢)を
借りている。1つの部屋とキッチンと、バスルームに洗面所、南側にはベランダの、
1Kの間取りである。駐車場はないが、去年の12月に借りた。

 朝や夕の食事など、美結と利奈の住むこのマンションに、やって来る信也であった。

「おれ、明けがただろうけど、空を飛ぶ夢を見ちゃってさ。
なんか、宇宙人みたいなのを相手に、大きなレーザー(じゅう)みたいのを持って、
戦ってんだよ。おれって、けっこう、勇敢(ゆうかん)なんだよね。あっはは」

「へーえ、楽しそうな夢ね!しんちゃん。わたしは、そういうの、恐そうでイヤだけど。ぁっはは」

 ひのきのローリビングテーブル(座卓)の向かいに座る利奈は、そう言って笑う。

「おれって、地球を守ろうと、必死で、スーパーマンみたいに、空飛んでたから。
それでさ、その宇宙人みたいのとの戦いなんだけど、
おれの仲間って、なぜか、女の子ばっかなんだよね。あっはは」

「あら、まあ、しんちゃん、女の子に囲まれてたの!
それは、それは、楽しい夢だったんでしょうね!」

 キッチンで、珈琲(コーヒー)()れている美結が、そう言った。
コーヒーの甘い香りが(ただよ)う。

「ところで、空飛ぶ夢って、夢占いじゃ、どういう願望とか、見る理由とかが、
説明できるんだろうね。なんか、欲求不満がたまっていると、
空飛ぶ夢って見るって、どこかで聞いた気がするんだけどさ。あっはは」
  
「わたし、空飛ぶ夢は、(くわ)しく知ってるんだ。しんちゃんの夢の場合は、
欲求不満とかじゃないから、安心して、大丈夫(だいじょうぶ)だよ!」

「そうなんだ。おれ、仕事も(いそが)しくって、これはストレスかなって、心配しちゃったよ」

「あ、でも、ちょっとストレスも関係しているかな、大空を飛ぶ夢はね、お兄ちゃん。
空を飛ぶ夢は、窮屈(きゅうくつ)な現実の(かべ)束縛(こうそく)を、
突き破ろうとする思いから、足が地を離れて、大空のような空想世界に、
羽ばたくようなことなんですって!
だから、しんちゃんのように、元気いっぱいに空飛べるなんて、
積極的に行動することで、何事もよい方向に進むっていう、運気も上昇の知らせよ、きっと。
しんちゃのその夢は、チャンスの到来の(きざ)しってことよね!」

 利奈は、まるで占いの専門家のような確信をこめて、信也にそう言った。

「ただね、わたしは、しんちゃんの夢の、宇宙人との戦闘状態のようなのが、
ちょっと気になるんだけど。苦労が始まる兆しとか、何かのトラブルに巻き込まるとかね!」

 心配そうな表情で、そう言うのは、利奈のとなりに座った美結である。

「あ、そのバトルなら、おれたちのほうが断然に勝っていたんだよ。
おれなんか、余裕で、女の子の仲間と、いちゃついていたくらいだから。
それが、知っている女の子のような、ぜんぜん知らない子のような、
でも可愛(かわい)い子たちで。美結ちゃん、、利奈ちゃん。あっははは」

「まあ!しんちゃんたら!でも、楽しい夢でよかったわね!わたしも楽しい夢なら、見るの大好きよ!」

 そう言いながら、テーブルの向かいの信也に、美結はなぜか()ずかしそうに笑う。

「やっぱり、兄妹(きょうだい)ね!わたしも、夢見るの大好き!楽しいんだもん!
そうそう、しんちゃんが見たいって言っていたビデオを()っておいたよ」

 利奈は、信也にそう言いながら、カフェオレ(ミルク入りコーヒー)を飲む。 

「あ、そう。ありがとう。あの番組って、最終回で、
又吉直樹(またよしなおき)さんがゲストに出てるっていってたからね」

 その番組とは、NHK・Eテレの
『100分で名著・太宰治(だざいおさむ)斜陽(しゃよう)』のことであった。

「うん。又吉さんが出ていたわよ。太宰治って、わたし、あまり興味ないというか、
よくわからないんだけど、『女生徒』は読んだんだ。よくこんなに女の子の気持ちがわかるな!
って感心しちゃった。ぁっはは。
『人間失格』という本は、友だちに(すす)められたんけど、内容が暗すぎて、
ついてゆけなくって、途中で読むの()めちゃったの!」

「あっはは、利奈ちゃん。『人間失格』という小説は、利奈にも、(むずか)しいと思うよ。
又吉さんは、太宰治押()しで、『人間失格』は100回くらい読んだっていうけどね。
又吉さんは、ユーチューブの動画で、『人間失格』は、
<人間がそれぞれに持っている痛みについて書かれているんではないかと、 
何回も読んでいると、そういう別のテーマが浮かび上がってくるというか、わかってくる>
って言っていたけど、まあ、そのとおりなんだろうね。
太宰治って、確か、1909年生まれの、38歳の生涯(しょうがい)で、
その青春は、太平洋戦争とかで、ひどい社会情勢の中にあったからね。
人間が人間らしい(あつか)いをされていなかったんだから。
女性の地位なんて、想像できないくらい低かったしね。
だから、心の優しい、感受性豊かな人たちとかって、とても生きづらいし、苦しかったと思うよ。
心中(しんじゅう)とか自殺とかは、おれは理解できないところだけど、
太宰治は、ひと言でいえば、小説という芸術で、
真実やその美しさを表現しようとした人なんだろうね。
そんな太宰の小説は優れていると思うし、その日本語力も相当すごくて、勉強にもなるよね。
今なんか、インターネットの青空文庫とかで、太宰の作品は、いくらでも読めるしね」

「高橋源一郎さんも、あのEテレのの最終回で、
<太宰治は、古文や漢文とか、あらゆるタイプの日本語を使って、あらゆる書き方をしていて、
あの日本語力はすごいね!>って言ってたわ。ね、利奈ちゃん」

「うん。だから、又吉さんとかに、いまも、みんなに読まれて、太宰は人気もあるのね」

「おれも、太宰の小説を、インターネットの青空文庫や
太宰ミュージアムで見たりするんだけど。今は、無料で読めるからね。
太宰って、モーツァルトの音楽が好きだったらしいんだ。
<軽くて、清潔な詩、たとえば、モーツァルトの音楽みたいに、
軽快で、そうして気高く、澄んでいる芸術を、僕たちは、いま求めているんです。>とか
言っていたらしいんだ。それを知って、なんか、心安らぐんだよね。
太宰治にも、そんな気持ちがあったことを知って、おれの心も安らかになるんですよ」

「そうなんだ、しんちゃんの気持ちわかるわ!太宰って、破壊的だったり、退廃的だったり、
破滅的だたりで、絶望的なイメージが、わたしにはあるんだけど、
モーツァルトが好きだったなんて聞くと、太宰にも、前向きな、明るいイメージがわいてきて、
なんとなく、わたしも嬉しくなっちゃうわ!」

そう言って、美結が信也に、優しく微笑(ほほえ)む。

「わかる、わかる。モーツァルトはいいもんね!子どものように天真爛漫(てんしんらんまん)で。
しんちゃん、美結ちゃん」

 利奈も、信也と美結を見て、明るく微笑んだ。

「そうなんだよね。モーツァルトは、どんなつらいことがあっても、子どものような純真さで、
元気に明るく生きていた気がするんだよね。大好きな音楽を作りながら。
それも、独創的で、聴く人、みんなに、元気をくれるような、美しい音楽を。
そんな生き方が、ロック的だと思うし、おれは尊敬してしまうんですよ。あっはは」

 信也は、そういって笑った。

≪つづく≫ --- 93章おわり ---

 
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