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アーチャー”が”憑依

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十四話

「兄貴、終わりやしたぜ」

「ご苦労だったなカモ」

頼んでいた仕事を終えて戻ってきたカモにネギはねぎらいの言葉と共にクッキーを与える。

「広いんで時間がかかったけど、これで完璧だぜ!」

「ああ、感謝している」

ネギがカモに頼んでいたのはオコジョ妖精が使う、とあるオコジョ魔法を旅館全体に張り巡らせることだ。その魔法とは念話探知。念話妨害と同じ系統のオコジョ魔法であり、こちらは念話の発信・受信元を探るものだ。さすがに携帯などの電子機器には対応できないが、非常に役立つ魔法である。

「それじゃあ、俺っちは部屋に戻らせてもらうぜ」

「ああ、ゆっくり体を休ませてくれ」

旅館一帯をカバー出来る程に効果範囲を広げようとするならば、それなりの手間と労力を消費する。それが妖精とはいえオコジョならなおさらだ。最近、カモが役に立てていないと悔しがっていたとカモの飲み仲間であるチャチャゼロから聞いていたがそんなことはないと、お前は役に立っているのだと、ネギは走り去るカモの後ろ姿に呟いた。



「だーかーら! ネギ先生とちゅうだってば! いいんちょはしたくないの?」

「それは勿論したいに決まって……し、しかしそんなこと出来るはずが」

ネギは10歳とは思えない雰囲気や言動から子供でありながら生徒達からはちゃんと教師として見られている面が強い。だが、時折見せる年相応な笑顔に普段とのギャップを感じ、それが良い! という者達も存在するのは確かである。

「考えてみなよいいんちょ。ネギ先生と二人きり、徐々に近づいていく二人の距離。普段とは打って変わって弱腰になるネギ先生をいいんちょが優しく……」

「弱腰になるネギ先生を、私が優しく……」

――――

「ネギ先生……」

「ゆき、ひろ……駄目だ、私達は」

壁を背にするネギ。雪広はネギの顔の両脇に手を置き、逃げられない様にする。

「ふふふ、そんなこといって全然抵坑なさらないじゃないですか」

「くぅっ……」

ぺロリ、と雪広はネギの頬を伝う一筋の汗を舌で救いとった。その時ネギは普段からは考えられないようなよわよわしい声をもらしながらピクンと体を震わす。

「大丈夫です。私が優しく、導いてさしあげます」

「ゆき、ひろ……私、はんっ」

ネギの言葉が途中で途切れる。雪広がネギの唇を自らのもので塞いだのだ。二人の唾液の絡まる音が、誰もいない空間に響く。

「ネギ、しぇんしぇえ」

「ゆきひろぉ」

初めての接吻は、両者に呂律が回らなくなるほど刺激的なものであった。そして、雪広はもう止まらない。

「せんしぇ、この先まで……」

「……あぁ」

そして二人はめでたくむすば……

――――

「さいっこうですわ!」

「いいんちょ! 鼻血! 鼻血出てるって!」

頬を真っ赤に染めながら鼻血をダバッダバに垂れ流す雪広に村上夏美が慌ててティッシュを渡す。何というか、美人が鼻血を流している構図には思うところがあるようだ。未だ興奮の収まらぬ雪広を強引に座らせ鼻血の処理を始めた。

「それで朝倉さん! 詳細はどうなってますの!」

「ちゃーんと決めてあるから。今から他の班にも告知してくるから」

雪広が堕ちた瞬間に、ネギが苦労することは決定した。だが、彼女達は気付いているだろうか? 彼女達が今夜は無事眠ることが出来なくなったことが、この瞬間にきまった事に……


「さーて、それじゃあラブラブキッス大作戦! 開始!」

各部屋に設置されたモニターを通して朝倉が開会宣言を行う。各班から選出されたメンバーは以下の通りだ。



一班:雪広あやか、村上夏美

「ネギ先生の唇は私が!」

「何で参加させられてるのぉ!」

二班:古菲、長瀬楓

「ネギ坊主を見つけたら勝負するアル」

「うーむ、拙者も興味があるでござるな」

三班:佐々木まき絵、大河内アキラ

「アキラが参加するなんて思わなかったよ」

「楽しそうだから」

四班:鳴滝風香、鳴滝史伽

「へっへ~ん! 僕達にかかれば楽勝楽勝」

「お姉ちゃ~ん、相手にはかえで姉がいるんですよー」

五班:綾瀬夕映、宮崎のどか

「ゆ、ゆえ~。どうしてこんなことになってるの~」

「ハルナが何か企んでいるかと思えば……こんなアホなことを」



「さーて、今夜最後にして最大のイベント! トトカルチョはまだ受け付けてるよ! 選手の皆は頑張ってね!」

こうして、長い長い夜が始まる。




「やれやれ、一体何を始めたんだ」

生徒たちの部屋を一通り周った後、ネギはとりあえず部屋で一休みしようと廊下を歩いていた。だが、それも束の間。旅館を動き回る複数の存在を感じ取ってしまった。何処か覚えのある気配のそれは、間違いなく生徒のものだろう。大きなため息を一つ吐いたネギは、他の教員に迷惑をかける前に鎮圧しようと元来た道を引き返した。



「うーむ、いないでござるなぁ」

「気配のけの字もしないアル」

自分達の担任であるネギ・スプリングフィールドは彼女達が只者ではないと赴任当初から目を置いていた存在だ。只者ではないが故にその気配は常人とはどこかしら違うものがあり、すぐに見つかると二人は思っていた。だが、蓋を開けてみれば15分ほど歩きまわってみたものの影すら踏むことができないでいた。

「それにしても、勝ったらそうするアル? 本当にキスするアルか?」

「ん~? そういえば、これはそういうイベントでござったな」

「私キスなんて初めてアルよ~」

「拙者もしたことはないでござるなぁ」

武道派の二人と言えどもやはり年頃の女の子であるのか、今はネギとのキスで頭がいっぱいのようだ。そのせいで、普段なら起こさない様なミスを起こした。

「ほう。何をどうしたらキスが出来るんだ?」

「先生の目を掻い潜りネギ先生を見つけたらキス出来るアル」

「く、古!」

楓は比較的思考が浅かったのか、古菲へ問いかけた声の主が誰なのか早々に気付いたようだ。だが、問題のその人物から浴びせられる押し潰されそうな威圧感のせいで動く事が出来ない。

「ちなみに……誰と?」

「ネギ先生アル!」

楓はやってしまったと頭に手をやっているが最早無意味。古菲から聞きたい情報を得たネギは古菲の首筋に手刀をいれて早々に気絶させ、楓へと預ける。

「首謀者の情報を言いたまえ。そして、その後はロビーに言って正座だ」

勿論古菲もだ。と付け加えたネギに楓は正直に朝倉が首謀者だと告げる。居場所は分かるかとも聞かれたが、さすがにそれは知らなかったためそれも正直に答えた。

「分かった。それでは行くといい」

「先生、学園に帰ったら手合わせをお願いしても良いでござるか?」

このタイミングで言っていいものかと楓は思ったが、このイベントに参加した目的はネギの実力を知りたかったからなのだ。ここを逃せば次言いだせるタイミングが何時になるか分からなくなるため拒否されるのを覚悟で聞いたのだ。

「……これ以上騒動を起こさなければ前向きに考えよう」

そう言って、ネギは次なる獲物(あさくら)を探して去って行った。楓は予想以上に良い返事が返ってきたことに気分が良くなり、この後どれだけ続くか分からない正座が待っていると言うのに笑顔でロビーへ向かって行った。



「あっ! 見つけた!」

しばらくネギは朝倉を探して旅館内を歩き回っていた。集中すれば旅館内にいる人々の大体の位置は割り出せるがいかんせん朝倉は一般人なのだ。常人とは違った気配を持っていた先の二人とはわけが違う。一応、気配の集まりが少ない場所を中心に周ってはいるものの未だ当たりは来ない。
そんなわけで先ずは動き回っている者達から捕えることにしたのだが、丁度此方に向かってきている気配があったので待っていたのだ。

「佐々木に……大河内?」

「アキラやったよ! 私達の優勝だ!」

「そうみたいだね」

正直、ネギにとって大河内アキラがこのイベントに参加しているのは予想外だった。自分が彼女のことを把握できていなかったのか、それとも修学旅行でテンションが上がっていたのか……。どっちにしろ、アキラが参加していることにネギは多少ショックを受けた。

「それじゃ、ネギ「佐々木」ふぇ?」

「佐々木」

「ど、どうしたの……かな? あ、あはは」

自分の名前を呼ぶネギに何か不穏なものを感じたのか、まき絵は自分も知らないうちに腰が引けじわじわと後ずさっている。隣にいるアキラも同様だ。

「二人とも、ロビーに行って正座。今すぐだ」

「え、えぇー。折角勝ったのに」

「大河内、連れて行け」

「わ、分かった」

一応の反論をしたまき絵とは違い、アキラはネギに逆らうつもりは無い様だ。素早くまき絵の体を確保し、軽々と持ち上げてロビーへと運び始める。離してーと言いながら運ばれていくまき絵に、ネギは一つ声をかけることにした。

「佐々木。私が生徒とキスをするわけがないだろう」

「そ、そんな~」

ネギの言葉にがっくりと項垂れたまき絵は、抵抗することなく静かにアキラに運ばれていった。

「さて、とりあえずは参加者を把握した方が無難だな」

楓や古菲、今回はアキラやまき絵に誰が参加しているのかをネギは聞き忘れていた。とりあえず、こんなイベントを止めなかった者達を叱ることを視野にいれつつ、ネギは再度生徒達の部屋へと向かうのだった。



「お前達はそこまで私の胃に穴を開けたいのか?」

現在、ロビーでは3-Aの大半の生徒が正座をして縮こまっていた。勿論、真名や刹那もだ。生徒の部屋へ向かった当初、ネギは参加してない生徒達へは軽く叱る程度ですまそうと思っていた。だが、どこからか持ちこんだモニタを通してイベントを観覧し、かけまでしているのを見てさすがのネギも真剣に怒った。その結果がこれである。先ほどからしずな先生が生徒達を気の毒そうに見ているがネギはやめるつもりはなかった。

「今から残りの生徒を捕まえてくる。ただし、私が見ていないからといってその場から一歩でも動いてみろ。その場合は夜通し正座だ。他の先生方が止めようと決して止めんからな」

実際にそんなことをすれば翌日に寝不足が原因で交通事故などを起こす危険があるためしないのだが、生徒達はネギの目からこれは本気だと感じ取り黙って首を縦に振った。

「さて、行くか」



「うわー、これはヤバいよ」

旅館のとある女子トイレでイベントの実況をしていた朝倉は非常に焦っていた。確かに、ラブラブキッスなんて内容にしたのは失敗だったかもしれないが、まさかネギがここまで怒るとは思わなかったのだ。

「どうしよう。早く逃げないと……」

早く撤収せねばと思う朝倉だったがここは女子トイレ。男であるネギではとても入ってこれない場所だ。要するに、ここにこのままいた方が安全? と思ったわけだ。隠れていれば隠れている程ネギの怒りのゲージが上がっていくためその考え自体が間違いなのだが。

「そうと決まればしばらくここに……ん?」

何か小動物の鳴き声の様な者が聞こえて視線を下にやると一匹の白いオコジョがいた。いくらか前にネギが飼い始めたペットだったはずだ。修学旅行に連れて来たのかと驚きながらも朝倉はそーっとオコジョへと手を伸ばす。

「おいでおいでー。っと、いっちゃったか」

ゆっくり近づきながら手でこまねいてみるがオコジョはササーっと駆けて行ってしまった。ほとぼりが冷めるまでのいい暇潰しが出来たと思っていた朝倉は小さく肩を落とした。

「朝倉」

「うひゃいっ!」

突如ドア越しに掛けられた声。それは、朝倉が今一番聞きたくない人物の者だった。

「出てこい。直ぐに出てこればまだ罰を軽くしてやるかもしれんぞ?」

(不味い不味い不味いよ!? こ、こうなったら別人のふりをするしか……)

「言っておくが、別人のふりをしても無駄だ。ここにいることは分かっている」

(先生ってエスパーかなにか!?)

「これが最後だ。出てこい」

「はい……」

こうして、3-Aの生徒は全員ロビーで二時間(首謀者の朝倉は三時間)正座することになる。他の教員達は少しでも短くしてあげようとネギを説得したがネギは頑として折れる事は無かった。それどころか正座を終えて帰っていく生徒達に明日寝坊したらまた正座だと追い討ちをかけるほどである。それを聞いた生徒達は早々に布団に入り、ネギは怒らせない様にしようと心にしまうのだった。



――――正座終了後。とある班の部屋

「ハルナのばかばかばかー!」

「ちょ、痛いってばのどか」

「甘んじて受けるといいです」

既に皆が寝静まった中布団の中で話をしているのはのどか、はるな、夕映の三人だ。ハルナが策謀した結果、こんな結末を迎えたのだからのどかが怒るのも無理は無い。

「もう、ハルナなんか知らない!」

そもそものどかは自分の想いを伝えることに消極的だったのだ。生徒と先生の関係である今、想いが叶う確立低い事など自明の理なのだから。しかも正座中に生徒とキスをするはずがないだろうとネギが延々とお説教をしていたのだ。最低でも卒業をしなければ相手として成立しないと言われ続けたに等しいのどかの怒りはそうとうなものだ。

「夕映~」

「今回ばかりはハルナが悪いです」

夕映もハルナ同様のどかに告白させようという気が多少はあったが、まさかこんなことをしでかすとは思わなかったのだ。しばらくのどかに恋愛関係の話はタブーだと心に留めながら夕映はハルナを無視して眠りについた。

「良かれとおもってやったことなのにぃ~」

良かれと思えば何をしてもいいわけではない。つまりはそういうことなのである。 
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