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竜門珠希は『普通』になれない

作者:水音
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第1章:ぼっちな姫は逆ハーレムの女王になる
  1人だけもはや別宗教

 
前書き
 

なお珠希が小学生のときに一部男子から呼ばれたあだ名は「タ×キン」。

下ネタという概念が本当に存在しない世界はそこにあるようです……
 

 
 



「へぇ。結構同好会とか多いね」
「息抜き程度のやつもあるんだな」

 すぐ帰れるようバッグを手に、どこに何の部屋があるかも把握する意味も兼ねて校舎内を歩き回っていく中、担当楽器ごとに練習を始める吹奏楽部、調理室で次の打ち合わせをしていた料理クラブや美術室で新入部員歓迎会をしていた美術部、何やら新部員相手に謎理論を説明していた実験部、誰が新入部員なのかもわからないくらい無言で本やPCに向かっていた文芸部にPC同好会、そして何やら男女問わずどこか百合と薔薇の入り混じった黄色い声が上がっていたサブカル研究部など――何やら最後の研究部を名乗る同好会には名前からして嫌な予感しかしないが――色々と覗いて見て回った珠希の前を歩く幼なじみ2人組は、稜陽高校に存在するクラブ活動の種類の多さに感心しきりの様子だった。

「そういえばさ、二人とも中学は部活やってなかったの?」

「んー。そういうのはないな」
「僕は今よりもっと病弱だったからね。昴はやってもよかったのに」
「バカ言え。俺はお前の親父さんからいろいろ頼まれてんだよ」
「だからって僕と同じ学校に進まなくてもねえ」

 星河くんが露骨に体調を気遣われるのを嫌う最大の原因は昴くん(オマエ)じゃねーか。

 病弱ショタと冷血系秀才の二人の反応から察した珠希は心中でツッコミを入れる。
 そりゃあさすがに身近にいる、しかも家族や親類ならともかく赤の他人から金魚の糞のごとく――失礼。ボディカードのごとく介護されていれば、些細な気遣いすら鬱陶しくなるだろう。ただ、星河自身それを強く拒絶しないのは昴を大切な友人だと思ってのことか、自分の身体の弱さを把握してのことか、それとも――。知り合ってまだ指折り数えるだけの時間しか共有していない赤の他人の珠希には推し量りきれないところでもある。

 唯一確実なのは、これで星河のほうがもっと甘えたがり根性丸出しで、昴がそれを表向き嫌がりながらも最終的に甘々従っていたらきっとBL好き(ゆづき)の恰好の(オ×ネタ)であることだけだ。


「で、竜門。お前は何か気になる部活でもあったか?」
「ないない。そもそも部活でこの学校選んでないし」
「まあ、偏差値的には進学校の部類だしな」

 進学校の部類、と言いながらも偏差値70越えは総高校数200を超えるここ神奈川県どころか全国でも上位だ。名前を聞けば一般人は誰もが知っているレベルの。
 偏差値の算出方法に平均点が関与している時点で多少の数値変動があるとはいえ、そのトップクラスの進学校に家から近いからという本当の志望動機だけで合格してみせる珠希はいかがなものか。

 一方で子どもの学習環境や進学ルートは親の収入と関連づけられるというデータこそあるが、両親は父が専門卒と母が高卒でありながら、その間に設けた子供たち4人は長女があまりに全方位隙無しの万能型なだけで、声優マニアも野球バカもコスプレイヤーも皆それぞれ一部方向に特化した技能持ちだ。


「星河はどうだ?」
「僕? んー、どうだろう?」

 昴の問いかけに、口元に右手の指先を当てて宙を見上げながら考える星河。しかし――その仕草クッソかわいいなぁ。お持ち帰りしたいわ、と思っている不埒な輩が確実に一人、この場に美少女の振りして紛れ込んでいることを考えてやってほしいものである。

「でも昴も珠希さんも部活やる気ないんでしょ?」
「俺はないな」
「あたしもないよ」
「でも、昴は凄い運動できるじゃん。やらないのはもったいないよ」
「そんなん、やる気ねえ奴が混じっても邪魔になるだけだっつーの」

 珠希の場合は家事と仕事に割く時間が減るのが部活をしない最大の理由なのだが、昴の場合はその原因に遠からず近からず病弱な星河が絡んでいる。
 しかし、昴が得意な競技も知らない珠希が口出しする理由も義務もないものの――。

「ふぅん。へぇ。そうなんだぁ……」
「何だよ竜門。その今すぐブン殴りたいニヤケ面は」
「帰宅部にして運動できるとか、凄いんだねぇって」
「てめぇ。このエセ美術部が」
「あれ? 幽霊に物理攻撃は効きませんよー?」

 数多のSSの中で勝手に腹黒属性つけられてそうなピンク髪の魔法少女みたくティヒヒと笑う元幽霊部員は、軽くキレた昴の腕をあっさりすり抜けてみせる。

「てめぇ。どこかの妖怪みてーなこと言いやがって」
「それは違うよ。あたしは妖怪ウ○ッチ世代じゃないですよー。グローバルにポ○モンですよー」
「んなこたぁどうでもいいんだよ!」
「それはジバ○ャンに失礼だと思うよ?」
「知るか!」

 ――などと、年齢は地肌(?)が真っ赤な地縛霊の猫のほうに近いながらも、誕生から近々成人式を迎えようとしている某黄色い電気ネズミに代表されるコンテンツを引き合いに出し、珠希はスカートを上手く翻しながら昴の腕を次々とすり抜けていく。

 ちなみに、このミニスカートの裾をパンチラギリギリのラインで操る高等技術は意外にも結月(いもうと)が普段は露出控えめの珠希(あね)に教えたものだ。それもレイヤーとしての知識かと思ったが、男子・男性の反応がいい加減ウザくなっていたのでこれはこれで助かっている。


「珠希さんって、アニメ見るんだ?」
「アニメ? ポケモ○も妖○ウォッチも観たことないよ」

 珠希の今の発言内容は「ポケ○ンも妖怪○ォッチも観たことがない」と言っているだけで「アニメを観ない」とは言っていないことに注意。むしろ珠希が録画してまで観賞しているアニメは早朝帯か深夜帯、もしくはTVCMすらしないOVAなのだからそこは触れないでほしい。
 ……触れたら東南アジア(ロ○ナプラ)全裸(まっぱ)で置き去りにするかんな?
 せいぜいソードカトラスの露と消えないことを祈っとこう。

「さて、そんじゃ一通り文化系のは見たし、帰るか」
「そうだね」

 どうやらここで星河の希望を叶えるお付き合いも終わったようだ。
 満足そうな星河を珠希と昴で挟む形で、三人で昇降口に向かう。


 するとそのとき、不意に珠希たちの前方から声が聞こえた。

「――あっ!!」
「あ……」
「あれ?」
「……ん?」

 それぞれ四つの異なる意図で口から漏れた声に、その場が固まった。
 なお珠希の声は3番目の疑問形である。

 珠希たちの真正面にいたのは昼食時にお世話になった(・・・・・・・)ガラの悪い連中のリーダー格だった3年男子。1番目の声の主である。
 その男子の存在に真っ先に気付いて声を上げたのが2番目の声の主、星河。そしてその場が固まったことを理解できないでいる昴の声が4番目だ。

「なんだテメェ。このクソ女」

 ……えっ? 真っ先に標的にされてんのあたし?

 未だ名前も知らない3年男子に思い切り目の敵にされた、思わず星河の陰に隠れる珠希だったが、身長も体格もさほど変わらない時点であまり隠れる意味はなかった。
 しかもあちら側からすれば、あっという間に仲間3人の意識を刈り取り、サブリーダー格の親友にまで怪我を負わせた事実上の敵である。

「チッ」

 昼食時とは違い、今は誰がいつここを通るわからない放課後の校舎内。小さく舌打ちをして3年男子はその場を離れようとする。
 普段の小心者っぷりを発揮し始めた珠希に気勢を削がれたのかもしれないが、それはそれで基本的に事なかれ主義で日々平穏無事をモットーにする珠希にとっては願ったり叶ったりである。

 しかし――。

「アンタか? 昼飯んときに星河に絡んできたってのは?」

 昼間は珠希の尽力で危機から脱出できたものの、今の珠希と星河が見せた反応と一連の雰囲気でこの3年男子は昼間の危機に絡んでいると直感で判別したのか、昴がその3年男子を呼び止めてしまった。

「あ? 何だお前。1年か?」
「1年で何か問題でもあるか?」
「年上に対してその態度は何だ? ナメてんのか?」
「それが年上としての態度だったら敬ってやるよ」
「なんだと!?」

 うわうわうわうわ……。なんでどうしてこんな風になってんの?

 次第にヒートアップしていく昴と3年男子の間に割って入ることもできず、基本的に暴力が嫌いな星河と小心者のマイナス能力発揮中の珠希は一触即発の2人を見ているしかできなかった。

「こ、これヤバくない星河くん?」
「う、うん。でも昴も熱くなると周り見えなくなるタイプでね」
「それってどうしようもないってこと?」
「ま、まあそうなる前にどうにかしたいんだけどさ、僕も」

 小さく苦笑する星河を見て腹を決めた珠希は、星河の陰に隠れたままそーっと手を伸ばし、昴の制服のブレザーの裾を掴むと、くいくいと軽く引っ張る。

「んだよ?」
「ちょ、ちょい昴くんトーンダウン」
「あァ? だから何だよ?」
「ごめん間違った。トーンダウンじゃなくてクールダウン」
「は? 何言ってんだてめぇ」
「あぅ……」

 冷血系が熱を持つと恐い。
 間近で昴に睨まれ、言い間違いまでやらかした珠希はさらに星河の陰に隠れる。
 この小心者少女の素を知る者たちから最小限の揶揄と最大限の畏怖をもって「キレるとキロネックス」と言われてきたのだから、本気で今だけでも透明になりたい気分だった。

 しかもこういう場合、一度ついた火はなかなか消えないことも知っている。無駄な争いはしないに越したことはないし、ましてや戦争は破壊と消費と衰亡しか生み出さない。後に残るのは高レベルの戦術的テクノロジーと心神耗弱した人々と退廃した土地だ。


 こういうときこそ、タイミングよく駆けつけてくれるのが某局で日曜朝7時台から放送しているヒーローの在り方だと思うのだが、そのテンプレももう古典的でそうそう上手く事が運ばないのが現実だ。
 しかも何でもないような振りして姿を見せるとか――


「……あれ? 相武くんに竜門さん。何してんの?」


 ………………あった。


 ありやがったよコンチクショウ。


 何これ? 何のドッキリ? どこかにカメラでも仕込まれてる?
 神様とか都合いいときしか信じてないのに、なんで今味方してくれてんの?


 小心者のうえに猜疑心が強いとか――友人ができないのは9割8分くらいお前自身のせいじゃね? と言われても文句は言えない珠希は、その場の全員の視線が突如として珠希と昴の名前を呼んで姿を見せた男子生徒に向けられる中、ひとり周囲をきょろきょろと見渡していた。


「何だよ匂坂(さきさか)。お前、部活じゃねえのか?」
「部活だったよ。さっき軽く擦り剥いてさ」

 昴の問いに、匂坂と呼ばれた運動着姿のその男子生徒は今も血が滲む右肘の擦り傷を見せて答えた。

「だったらさっさと保健室行け」
「そのつもりだからそこをどいてくれ」

 匂坂の言う“そこ”は見事に昴と3年男子が占拠している空間、1年C組の靴棚から最も近い上り口だった。

 思わぬ乱入者の登場に3年男子は居心地悪そうに、ふん、と鼻を鳴らすとそのまま3年生の靴棚に向かうと、さっさと昇降口を後にしていく。

「何かあったのか? あの3年生と」
「何もねえよ」
「あ、そ。別に無理矢理聞き出すつもりはないけど」
「だったらそのまま忘れろ」
「このまま何事も無かったら、ね」

 まだ完全に火が消えきっていない昴を前に、この場では最も賢明な判断をした匂坂はそのまま自分の靴棚から内履きを取り出すと靴を履き替える。

「そんじゃまたな、相武くん」
「ああ。またな」
「竜門さんも、また明日」
「え? あ、う、うん。また明日」

 匂坂は昴と珠希に別れの挨拶を残すと、擦り剥いた右肘を気にしながら保健室のほうへと姿を消していった。
 そして再びその場が珠希、星河、昴の三人だけになると、今まで積極的に空気でいた星河が昴に尋ねる。

「ねえ、昴。今の人、誰? クラスメート?」
「ああ。匂坂(さきさか)雅紀(まさき)ってんだ。俺らの組のクラス委員だよ」
「へえ、そうなんだ」
「ふ~ん」
「……竜門。お前、今の『ふ~ん』は何のつもりだ?」
「えっ? 何のつもりって?」
「まさか今の今まで匂坂の奴を知らないとか言うなよ?」
「え? いやいやまさかそんな――」
「視線をそらすな。めっちゃ挙動不審だから」

 珠希が匂坂雅紀のことを知らないというのは嘘である。1年C組最初のホームルームで行われた自己紹介の場、彼も珠希も確かに教室内にいて、ともにクラスメートの前で自己紹介をしたのだから。

 ただし、珠希が匂坂雅紀と会話らしい会話をしたのは今この瞬間が実は初めてである。
 理由は単純だ。1年C組のクラス委員となった匂坂雅紀はそのさっぱりした性格でスクールカーストの階層を自由に移動しながら、ジョックやクイーンビー、ナードやフローターに至るまで幅広くかつ着実に友人・知人を増やしており、そのコネクタ的役割も果たしている一方で、珠希はそのスクールカースト制度の外でルーザーにもなれない難民と化していたからである。
 だからきっと雅紀は珠希のことをほとんど会話の無いクラスメートにしか捉えていないだろうし、珠希も雅紀の身長が昴と大差ないことに今日改めて気づいたくらいで、部活に入っていたことなどつゆ知らなかった。

 画一的・徹底的に管理された制度の中で動く人間は、管理されていない無法地帯に飛び出してそこの空気に触れることすら難しい。管理システムの一環としてその無法地帯に踏み出すことすら教育や法によって禁じられ、鳥籠の外は危険だと洗脳されるためだ。
 存外――同人業界(グレーゾーン)で稼ぐこともある珠希の場合は特にだが――鳥籠の外の無法地帯の空気のほうが肌に合う人もいないわけではないとはいえ。


「お前、本気でクラスに友人作る気あんのか?」
「ないわけないじゃん」
「だったら自分から行動してみろよ」
「それができたら苦労しないよ」
「だったら苦労してみろ」
「それは嫌」
「てめぇ。即答かよ」

 苦労するのは嫌と即答する珠希だが、これでも兄が家を出て1人減った5人家族のまとめ役で長女体質者。ただでさえ朝起きてから家族のために苦労し、通学途中ですら家事と家計のために考えを張り巡らせ、帰宅してからも家族のために苦労し、同時に自らが抱えている原画とイラストの仕事で労を強いられている。もちろん、仕事の報酬はちゃんと正規のものをもらっているので手抜きなどもっての外だ。
 こんな状況でこれ以上苦労するなど、土下座されてでも御免だった。

「でも珠希さん。それじゃあ今まで友達はどうやって?」
「それがね星河くん。勝手にできてたんだよ」
「勝手にできるものなの? 昴」
「俺に聞くな、星河。この女の感覚は俺たちと次元が違う」

 珠希の発言内容がとにかく理解できないといった風に、星河は昴に疑問をぶつけるが、昴も昴で珠希の「友人」に関する概念そのものに疑念を抱いていた。
 とはいうものの、イラストを描いて色をつけ、アダルティなグレーゾーンで年に7ケタを稼ぎ、世知辛い大人の世の中を渡る方法を少なからず知っている珠希が社会経験のない学生と同じ感覚で「友人」を語れるかといえば誤差修正が必要になる。

 学生時代ならL○NEで呼びかければすぐ集まることができた友人たちも、ひとたび社会に出ると状況は一変する。気軽に集まれる友人がいる一方、休日に顔を見かけたりする友人や年に一回出会えるかどうかわからない友人、はたまた遠く離れて顔すら忘れかけている友人、仕舞いには唐突に現世からいなくなってしまった友人すらできる。
 彼らをはたして友人と呼ぶのかはわからないが、これはいち労働者としての作者のリアルである。


「けど竜門。お前それ何か騙されてないか?」
「大丈夫。すっごい仲いい友達は数人いるから」
「珠希さんがそう言うならいいんだけど」
「半信半疑だな」

 友達の作り方を知らずクラス内難民となった少女にも、中学時代に特に仲が良かった友人がいることを知った星河は安堵し、一方の昴は自らの台詞を体現する怪訝な視線を向けてきた。

 が、それも束の間の出来事。

「でも騙されかけたことならあるよ。初対面の男子から友達になろうと言われつつ、部屋に上がりこんだらベッドに押し倒されてセッ――」
「待てコラ。何の話しようとしてんだお前?」
「押し倒されたけど、男の人の大事なとこ蹴っ飛ばして逃げ帰った話」
「っ。た、珠希さん……?」

 危うきという単語にすら近寄らない小心者少女とて、危機的状況には何度か遭遇している。無事に初対面の男の自宅という危険極まりないダンジョンから脱出できたからいいものの、まさかのラクロス……ではなく、セク――でもなく完全にレ×プ紛いの行為(コト)をされかけたという珠希のカミングアウトに唖然とする星河。
 それと同時にもし珠希の蹴りをタマキ×に食らったら――などと思わず想像してしまい、背骨伝いに腰から脳に向かって悪寒が走っていったのは内緒だ。珠希(あいて)が空手と柔道の有段者であることを加味しなくても痛いものは痛い。

 恐らく一般的な女性に男特有のこの悪寒を説明しても理解してもらえないだろうが、このJKの身空にしてerg原画家でもある珠希には何となく想像ができることだった。女性だけが身をもって体験できるいくつかの痛みをまだひとつしか珠希は知らないのだが。


「あ、別に他意はなかったよ? 一応言っとくけど」
「他意があろうがなかろうが関係ねえんだけどな今の話の流れ的に」

 いきなり初対面の男子の家に上がり込む珠希の不用心な行動にもだが、そこで“(セイヨウアブラナの英語名と同じ綴り)”の未遂被害に遭った珠希の明け透けさに驚きつつ昴は何とかツッコミを入れようと頑張る。

 だがその当時、危うくツッコまれかけたのは当時の珠希のほうである。
 ナニを何に、とは言わない書かない書けるわけがないレーティングの問題で。


「あと、カレシ紹介するわー、とかあんま仲良くないコから誘われてとりあえず断るために会ってみたらそのままラ×ホに連れ込まれかけたりとか」
「ちょ、お前どんだけ危機意識ねえの!?」
「珠希……、さん?」
「だから、別に他意はなかったんだって」
「他意どころの問題じゃなくなってると思うけどな! 今のお前のカミングアウトからしてもよ!」

 もはやこの三人の会話で立ち位置が決まってしまった感のある昴は、自らの役目を全うすべくエンドレスでボケを大放出する珠希に連続ツッコミを入れる。

「ねえ、これ言わずもがな犯罪だよね。昴」
「ああ。そのとおりだ」

 なおこの三人の会話における星河の担当は話題の提供と、ツッコミ後の昴のフォロー、そして珠希に続けて放つ二段ボケの二段目である……といったそんなことはどうでもいいので――。
 何にせよ、性犯罪被害者になる境界線すれすれを歩くスクールカースト制度外の少女の証言がすべて中学時代の実体験である時点で、青少年の保護と健全育成の法律や条令の周知徹底と監視ががいかにザルかが見て取れる情けない話だ。

 なお連れ込まれかけた際、腕を掴まれた体勢から珠希が身体を捻って延髄に手刀を入れたら見事に今日のお昼時の3年生たちのようになってしまったのは言うまでもない。結果的にその男は逮捕、裁判を経て懲役刑の流れから前科者の箔と一緒にベッドインとなっている。


「……てか、どうしてこんなキワドい話になってるの?」
「あ、そういえばそうだね」
「てめえが言うな竜門っ!! っつーか、よくそれで男性恐怖症にならねえな!」

 ふと話がそれにそれていたことを思い出した星河の言葉に珠希も乗っかるが、それは昴に制止された。ついでに壮絶な男運の悪さを露呈した珠希に厳しいツッコミが飛んできた。

「え? だって恐がっても仕方ないじゃん」

 どう転がってもこの世には男と女しかいない。それが珠希の根底にある概念だ。

 性障害やらオネエやらジェンダーの多様化やらがいくら表面化して一般に認知されようと、法に基づいた一枚の紙の上ではMとFのどちらかしか記載されない。ましてや珠希の手に職は男性との付き合いが絶対的多数である。精神論で片付くわけもないのだが、逃げ回ったところで八方塞がりに陥るならと、この万能型小心者は思考を逆転させ、いっそ島津の退き口よろしく敵中を中央突破して生き残れるまで突き抜けようと開き直った。
 そのために犠牲にしたものが羞恥心と精神と肉体の健康と『普通』じゃない生活とは言えない。口が裂けても。

「こいつ、いい意味で(ラリ)ってるのか、悪い方向に前向き(ポジティブ)なのか……」
「ギリギリ僕は前者がいいなぁ」
「二人ともひっど!!」

 星河と昴から認識を改められた武闘派美少女だが、そもそも珠希が男性恐怖症にならなかった最大の原因は、いざとなれば並み外れた身体能力と習得した体術を駆使して成人男性を軽々と制圧できるためである。もちろん単純な力勝負で勝ち目はないが、昼食時の喧嘩のようにどんなに鍛えても鍛えづらい弱点を狙うことで相手を怯ませ、逃げる時間を稼ぐくらいはできる。
 さすが時速およそ5kmで水中を泳ぎ回り、最大で5mにもなる触手に麻痺・溶血・壊死を催す毒を持つ“Sea Wasp”こと海のスズメバチ(キロネックス)のあだ名をつけられただけある。本人のあずかり知らなかったところで。


「なんなの二人して。あたしは平常運転だってのに」

 がっくりと肩を落とす珠希だが、珠希の平常運転が社会一般的な平常運転であればこの世は常に事故に見舞われている。30分枠のトーク番組で必ず3、4回はかぶせ(ピー)音が入るくらいの放送(・・)事故に。


「……あ、まだいたのか?」

 平常運転から空運転(ニュートラル)に入った放送事故少女の背後、誰にともなく声をかけてきたのは先程保健室に向かったはずの匂坂雅紀だった。

「何してんだよ相武くん。もうとっくに帰ったと思ったのに」
「ああ悪ぃ。竜門(このオンナ)がさっきからとんでもないことを言い出してな」
「なんでそこで自分の女(カノジョ)扱いすんの?」
「安心しろ。こっちは願い下げだ」
「はぁ?」

「この二人、普段からこうだなぁ」

 何気ない会話だったはずが、たった二言三言で一触即発レベルまでヒートアップする珠希と昴を前に、クラス委員のスクールカーストの階層コネクタも小さく溜め息をつき、普段はクラス内でも目立たない二人の犬猿ぶりに呆れていた。

「あの、えっと……」
「ん? あ、えーと、若宮くん……だっけ? 隣のクラスの」
「あっ、は……、はい」
「そこまで畏まる必要ないよ。同じ1年なんだし」

 星河が恐る恐る声をかけると、雅紀はライトな感じで返事をする。

「す、すみません」
「こういうときに謝るのは逆に失礼だと思うんだよね」
「そ、そうですね。気をつけてはいるんですけど」

 今年から同じ高校の、同じ1年生でありながらここまで違うのかと互いに思いながら、あまりに気弱で下手に出すぎている星河の態度に、雅紀は、今の今まで話したことも相手だからこそ率直に意見を告げる。
 とはいえ、自分の嗜好や思考を押し付けすぎないところは雅紀が相手のスクールカーストの階層関係なく付き合えている理由の一である。強く押し付けると反発するのが人の常。何でもかんでも吸収して自分のものできる人間がこの世には――特に、今まさに雅紀の目の前にて昴と口論に発展しかけている少女など――いるが、雅紀は自分がその稀有な例に含まれないことを知っている、自己批判ができる知性的で理性的な人間だった。


「まあ、若宮くんの場合、この二人のせいかもしれないけど」
「えっ?」
「若宮くんは別のクラスだから知らないかもしれないけど、この二人、クラスでも比較的浮いてるからね?」
「そうなんですか?」
「嘘じゃないよ。だから若宮くんがその子守役なのかな、と」

 幼稚園よりも前からずっと一緒だった冷血系と周囲から言われている情に厚い幼なじみと、入学式の日に初対面の自分を咄嗟ながらも介抱してくれた心優しい少女だけが唯一まともに会話できる相手という星河は、既にクラス内での立ち位置を確保している雅紀の証言に正直驚いていた。
 同じ学年の自分に教えられるくらい頭がよく運動神経も人並み以上の昴と、男女差という言葉は無縁だと言わんばかりに昴に匹敵するくらいの知能と運動神経を持つ珠希が、クラスにまったく溶け込めていないとなると、星河は自分のことを差し置いて心配になった。


「ところでさ、三人とも保健室の先生知らない?」
「え?」
「あん?」
「どうかしたの?」

 何の脈絡もなく等々に話を変えた雅紀の質問に、星河も、口論していた昴と珠希も視線を雅紀に向けた。

「保健室行ったら鍵かかっててさ、職員室にも先生の姿なかったんだよ。他の先生たちも保健の先生がどこに行ったか誰もわからないって言うし」
「マジかよ」
「でもそれは困ったね」

 男子3人の会話をよそに、珠希はふと入学式の時のことを思い出していた。あの日、星河の意識がまだ戻っていないことをいいことに、珠希の眼前で人助けを割に合わないとばっさり切り捨てたあの女性養護教諭(BB○)、ついに仕事放棄(サボり)やがったか、と。

 とはいえ、今ここにいない人の責任を追及しても事態は前進も好転もしない。それが社会の動かし方で、会社の動き方だ。そのあたりを嫌というほどよく知っているerg原画家はスクールバッグを開け、底のほうに埋もれていた手のひら大の缶ケースを取り出す。

「傷口は洗ったの?」
「ああ。さっき改めて洗ってきた」
「けどよ匂坂。これそんな酷い傷じゃねえし、放置でいいんじゃね?」
「うん。これくらいならいいと思う」
「まあな。血も止まった感じだし、これで――」

「ちょっと待って匂坂くん」

 星河と昴にGOサインをもらい、雅紀は血も止まった様子の傷口を一目見て部活に戻ろうとするが、それを制したのは珠希の声だった。

「肘見せて。絆創膏張るから」
「え? 別にいいって。これくらい」
「そっち、利き腕の肘でしょ? 部活戻って動かしたらまた傷開くじゃん」
「そ、それはそうだけど――」
「だったら部活中だけでも貼っておきなよ。アスリートさん」

 一般的にイメージされる絆創膏よりも大きい、5センチ四方の白い絆創膏を手に待ち構える珠希に、雅紀はやんわりと大丈夫を連呼する。
 しかし長女――ではなく、困ったときはお互い様だと裏表のないお節介さを持つ母親気質を出した珠希の押しに勝てるわけもなく、まさかの同級生二人の眼前で雅紀は珠希に擦り剥いた右肘の外側を見せる羽目になってしまった。

 それは時間にしてわずか一分にも満たない行為だったが、自分の右肘の外側に絆創膏を貼ってくれる珠希と、その手際の良さをじっと見つめる星河と昴。その様子をどこか第三者的視点で見ていた雅紀は、これは何の羞恥プレイだろうかと部活に戻ってから思い返していたとかいないとか。

「……ま、こんなもんかな」
「ありがとう。竜門さん」
「別に気にしないでいいよ、これくらい」

 利き腕である右の肘の外側という、一人ではなかなか貼りづらい箇所に絆創膏を貼ってもらった雅紀は、傷のある辺りを軽く絆創膏の上から触りながら感謝を示すと、小心者は小心者なりに精一杯の表情を取り繕って答える。
 小心者は小心者でも、珠希の場合、元がかなり出来のいい美少女なのだから、取り繕って浮かべたはにかんだ表情も相当な破壊力を秘めていたりする。

「え? あ、そう?」
「うん。治療費は昴くんに請求するから」
「また俺かよ! お前、俺に何か恨みでもあんの?」

 先程のお返しとばかりに自分の堪忍袋に鋏を近づける珠希に、昴は即座に食い掛かる。

「そうだね。七代くらい前からかな」
「うわ、結構昔から祟られてるね。昴」
「てめぇ。女狐よりも狡い神経しやがって」
「それで昴くんが将来悪い女に騙されなきゃいいんじゃない?」
「あ、それならそれで――」
「星河っ! お前が騙されてどうすんだ?」

「じゃあ帰ろっか星河くん。細かいこと喚く人は置いて」
「そうだね」
「おい待て金銭欲に塗れた女狐っ!」

 ……これは、認識間違ってたかもなぁ。
 珠希、星河、昴の三人のやり取りを初めて目の当たりにしてカースト内の階層を自由に行き来するクラス委員は冷静に、特に自分と同じクラスに在籍する珠希と昴を観察する。
 先程、星河に対してC組でも浮いている珠希と昴の子守役との印象があったと打ち明けたが、それは今の三人のやり取りで全否定された。子守をされているのはむしろ星河のほうで、珠希と昴はクラスの空気よりも星河という存在を介せば他者とのコミュニケーションは十分に取れる。

 そして自己批判ができる知性派の少年は、この世には広く浅く人づきあいを好む人と、深く狭い人づきあいを好む人がいることを知っている。
 実のところ、珠希も昴も壁があるために他のクラスメートがあまり近寄れず、友人もできない点は共通しているものの、その原因は全く違っている。小心者の珠希は人づきあいの障壁を乗り越えたくても乗り越えられず、口の悪い昴は意識的かどうかは別にしても俺に近寄るな的オーラを発しているためだ。


「それじゃね匂坂くん。お風呂のとき、傷口に気を付けてね」
「そ、それじゃあ、お先に失礼します」
「じゃあな匂坂。って待てっつってんだろ!」

 雅紀に三者三様の挨拶を残し、珠希と星河、それにやや遅れて昴は靴を履きかえてその場を後にしていく。
 そんな三人が校門を出て姿が見えなくなるまで見送っていたクラス委員の少年は、遠くから野球部の上げる声だけが響く、しんと静まり返った昇降口で、もう一度だけ右肘に張ってもらった絆創膏を軽くさすると、わずかに口元を緩めて部活に戻っていった。



 
 

 
後書き
 

 なお初代ポケ○ン(赤・緑)の発売された年は1996年。
 なんだ来年で20周年じゃん……(卒倒)


 作者はWi○以外のすべてのハードでポ○モンをプレイしてきたけれど、やっぱり思う。


  かがくの ちからって すげー ( こなみかん )

  
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