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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§4 転校する魔王

 エルはベランダに居た。万が一管理人にバレたら黎斗はこの住居を追い出されてしまう。周囲をよくみて誰も見てないことを確認、隣の大木に飛び移る。

「丸一日暇ですし、探検しますか。マスターの故郷とやらを」

 そう言ってこそこそ走り出す。認識阻害等が使えれば堂々と走れるのだがないものねだりしてもしょうがない。車に気をつけて道路を渡る。妖狐が出歩いたらマズい気もするが妖力を抑えているのでカンピオーネとその彼女、もしくは恵那並みの実力が無ければバレないだろう、多分。
 もっとも恵那曰わくこの町は諸事情で術者が多いらしいので油断は禁物だが。

「お魚屋ないかなー」

 山吹色の毛並みを風に靡かせてエルは足を商店街に向けた。




「水羽黎斗です。よ、よろしくお願いします……」

 同じ頃、転校生として黎斗は若干緊張しつつ自己紹介をこなしていた。護堂と同じクラスである。正直これは予想外だった。席は右端の最後尾。流石に教科書を1日で全て揃えることは出来なかったので、授業は隣の人に見せてもらうことになる。
 幽世ひきこもり時代から暇つぶしに受験勉強をしてきたため、大学入試レベルならそこそこ解けるであろう彼にとって学校転入は勉強目的ではなく青春、もとい学生生活をエンジョイすることが目的である。授業なんて楽勝だ。元受験生舐めんな。そう、思っていた。

「……やっべぇ」

 正直、舐めていた。舐めていたのは自分のほうだった。勉強楽勝だと思ってましたゴメンナサイ。黎斗は自分の甘さに絶望する。カンピオーネの特性もあり言語は楽勝。問題は、理系科目、特に数学、確率がヤバい。学習指導要領が変わったとしか思えない。実際は忘れているだけなのだろうけれど。重複組み合わせ? 二項定理? 期待値? 問題集を眺めて脳が硬直する。解ける気が全くしない。

「なんてこったい」

 気合いを入れないと赤点生活だ、と危機感を強める。言語は適度に点数を落とすべきだろうか?妖狐を連れている上言語ペラペラだと警戒されたりしないだろうか? こんなことで怪しまれたらたまらない。不信の目は徹底的に摘み取るべきだろう。テスト時はほどほどに間違えて八十五点くらいを狙えば大丈夫だろうか? いや待て、狙って間違える器用な真似が出来るか? なんだか自分が敏感になりすぎている気もする。まぁ用心に越したことはないだろう。

「これで問題は……まぁ、大丈夫か」

 勉強という予想外の強敵の出現に慌てふためいたが、それ以外に彼に困る事態は発生しなかった。
 違うクラスに強大な霊視能力を持つ巫女がいるらしいが、彼はバレることを心配しない。
 「流浪の守護」———大天使ラファエルの権能。能力は単純明快、彼の持つ神力の類といった気配を消失させ、存在を一般人と同化させる。副次的な効果もいくつかあるが、根本はこれだ。
 彼が永きにわたり生存してこれた最大の理由。”戦いを避ける”力。神々が本気になって探ったところで、彼をカンピオーネと気付けるかはわからない。直接顔が割れている須佐之男命やアテナを別とすれば、彼をカンピオーネと見抜ける者はおそらくいないだろう。
 だから、警戒するのは日常からの露見。妖狐と言語で怪しまれ、護堂に探索魔術を使われたら叶わない。
 須佐之男命の話では現在のカンピオーネもやっぱり基本的に組織を作っているらしい。そんな真似は自分には無理だ。政治のゴタゴタは勘弁願いたい。バレて組織作成とか罰ゲームすぎる。

「護堂に黙ってるってのも心苦しいけどねー……」

 須佐之男命、エル以外にも愚痴れる仲間は欲しいものだ。そんな呟きは、休み時間の喧騒にかき消されすぐに消えた。




「ご、護堂先生流石です……」

 一見すると正統派ツンデレのオーラが見えるエリカがデレ100% しかも周囲の女子から彼に対する熱烈な視線を感じる。これが彼の権能なのだろうか?

「ったく、どこのギャルゲ主人公だよ……」

 思わず口に出してしまった。まぁ、あの二人に聞かれていないしいいや。などとぶつくさ言いながら自席で昼食を再開する。護堂に誘われてはいたものの、馬に蹴られて死ぬのは御免だ。他人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られてなんとやら、そんな単語が頭をよぎる。だいたいあの中に割り込む勇気など黎斗は持ち合わせていない。

「これか、これが勝ち組か」

 感傷に浸っていれば肩に手が置かれる感触。振り向けば三人の男子がそこにいた。

「オレは高木、こっちは名波、そして反町。我らは草薙護堂による美少女の独占に抵抗する非モテ同盟だ。男子転入生と聞いてどんなイケメン野郎かと警戒したが思ったより普通で安心した」

 さり気なく酷いこと言われてる気がするが高木と名乗った少年の雰囲気に黎斗は反論を諦めた。

「そして君の瞳に宿る嫉妬の炎…… 共に草薙護堂に対して天誅を下さないか?」

 ようはモテる男にモテない男共の嫉妬をぶつける、と。護堂と三人、どちらをとるか。
 黎斗は、迷わなかった。無言で手を差し出す。
 護堂、恵那の他に三人のメールアドレスを黎斗はこの日に入手することになる。ちなみに須佐之男命は適当ににかけても繋がるから登録の必要無し。神様万歳。

「……?」

 アドレスを交換している最中にふと、妙な気配を感じ廊下を眺める。美少女と目があった。彼女は驚くと慌てて目を逸らし立ち去ろうとする。最後に護堂の方を一目見て、彼女は立ち去った。ピンポイントでカンピオーネを見ていたということは彼女が件の巫女だろうか?
 しかし、ありえない。「流浪の守護」が展開されているのだ。現に護堂もエリカも気づいた気配は無い。それなのに彼女は気づいたとでも言うのか。

「マジか…… いや、まさかね」

 彼女の事は、後でエルに相談しよう。

「……? どうした? 水羽」

 高木の声。急に調子が変わったので困惑しているようだ。

「ん、ごめんごめん」

 苦笑いと共に返事をする。

「しかし万里谷さん、いつ見ても素晴らしいよなー」

「万里谷さん?」

「……あぁ水羽はまだ知らないのか。さっき廊下からこの教室を覗いていたのがこの学校のアイドル万里谷祐理さんだ。我がクラスのエリカ様と並ぶ二大美少女」

 反町の解説を受けて先の巫女の名前を知る黎斗。万里谷裕理という名をしっかりと脳裏に記憶する。帰ったら恵那に聞いてみよう、同じ巫女どうし友達かもしれない、などと考えながら彼は次の授業の準備をする。
 次は数学。油断禁物だ。赤点カンピオーネなぞ須佐之男命辺りに爆笑されてしまうだろう。




「マスターの気配が察知された? そんな馬鹿な。いかにその巫女様とやらが強大な力を所有していたとしてもまつろわぬ神々にすら通じる、神殺しの権能を突破できると思えないんですが」

 下校時間にエルと合流し黎斗は昼の件を相談したが、エルも見解は一緒だった。では、彼女がこちらを見ていたのは偶然だったのだろうか?

「偶然にしても確率は天文学的でしょうね。マスターの外見って冴えない高校生ってカンジですし。一目惚れとかあり得ないし。現実考えたら目が合った幸運噛み締めてりゃいいんじゃないですか?」

 ……この狐様はいつからこんなボロクソ言うようになったのだろう? 事実っぽいのがまた反論をさせない雰囲気で少し悲しい。

「……て、ちょっとまって。マスター、”流浪の守護”弛んでます。僅か、ですが」

 しばらく静かにしていたエル、突如爆弾発言。

「……へ?」

 思考が止まったのは1秒にも満たない間。すぐさま感覚を研ぎ澄ませる。風船の内側から、小さな穴を探すイメージ。

 ———見つけた。穴を塞ぎ急ピッチで修復、他の箇所も探すが漏れている所はこの場所だけのようだ。

「……あ、大丈夫です。もう漏れてません。しかし、この程度の弛みで察知とかその巫女さん尋常じゃありませんよ」

 エルの言うとおり、彼女の霊視能力は危なすぎる。下手を打てばすぐにバレてしまいそうだ。脳内要注意人物筆頭にその名を記す。

「マスター、平和ボケしすぎです。展開の仕方がいい加減だから気配が外に漏れるんです。ここは幽世とは違うんですから。……まぁ、私も言われるまで気づけなかったんですけどね」

 しかしそのエルに言われるまで術者たる黎斗すら気づかなかった。安穏と過ごしすぎたか。

「今まで引きこもってたのが裏目にでたのね。あっちじゃ適当ですんでたからなー……」

 寧ろメンドクサイから展開していなかったまである。須佐之男命に大口をたたいておきながらこれは少し情けない。気落ちした自分を励ますように自販機で紅茶を購入。景気づけに一気飲み。心機一転。

「うし、もうヘマはしない!」

「ま、私としてもそれを願ってますよ。缶ジュースを一人で買って一人で飲んでせっかく気合い入れておきながらヘマしたら情けなさ過ぎますしねー」

「……」

 この狐は淡白だった。紅茶を一人で飲み干したのがお気に召さなかったらしい。そういえばこの狐様は紅茶が好物だということを忘れていた。今から買おうにもさっきので最後だったらしく売り切れ。

「……ちゃっちゃと帰って休憩しますか」

 どうやら帰宅してからの最初の仕事はエルのご機嫌とりになりそうだ。きっとキツネに頭が上がらないカンピオーネも、やっぱり自分だけだろう。自由奔放をしていると噂に聞いた後輩達を想像して、ほんのり切なくなる。いつか自分も彼らのようになれるだろうか? ……なったとしたら自分は何を望むだろう?
 傍若無人の例としてもっとも一般的(だろう、と黎斗がかってに思っている)酒池肉林を想像してみる。要素として挙げられるのは酒、食料、好みの異性達、それらを用意する経費。こんなところだろう。
 資金……マモンの権能があるから問題外。「金をよこせ!ぐへへへ〜!!」なんて馬鹿な真似をする必要がない。寧ろ多すぎて使いきれない。純金の宮殿を全ての国に建造することだって余裕なのだから。
 食料……ありあまる財に任せて買い漁る。流石に食料を作り出す権能は持ち合わせていないが少名毘古那神の力で農業するのも悪くない。
 酒……少名毘古那神の権能によりやっぱり問題外。好みの酒を作れてしまうので買う必要もなし。まぁ、問題にはならないだろう。
 好みの異性、もとい女。暴君の必須事項にして歴史上の亡国に学ぶまでもない最重要項目……無理。美女侍らせるとかそんなキャラじゃないし。数人居るだけでお釣りがくる。っか心臓が破裂する。気後れするレベルの美女によるハーレムとか精神が耐えられない。土下座して逃げ出す自信がある。まぁ、実現可能か不可能か、という事なら余裕で可能だったりする。恐るべしディオニュソス。

「あれ……?」

 なんだ、全部実現可能ではないか。天上天下唯一独尊を普通に出来そうだ。もしかして自分は位人臣を極めた全てを超えしもの?

「HPは1000万〜♪」

「……マスターが壊れた」

 失礼な発言を繰り返すエルにデコピンをお見舞い。黎斗は帰り道を意気揚々と歩き出す。狐との力関係、というそもそもの考えの出発点を、忘れてしまったお気楽モード。

 天気がいつの間にか崩れていることにも、闇が濃くなってきていることにも、気づかない。

―――神の気配が、強まっていることにも。 
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