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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 1.

 
前書き
『第2次スーパーロボット大戦Z 破界篇』第38話直後に実はもう1エピソード存在した…という捏造ストーリー。どのルートのパイロットにとっても未知の敵が、クロウやアイム達スフィア・リアクターとZEXISに挑む!! 

 
 青みがかった月の光が、凹凸の少ない夜の地上を遍く照らしている。
 さながら太陽の真似事でもしているかのように。しかし、決して同じ光景を描き出そうとはせず。
 元々そこには、開発から見捨てられた無人の岩砂漠が広がっているだけだった。日のある時刻に眺めても、500メートル先と3キロ先にある景色の違いなどは無いに等しい。視界を遮る自然物は見当たらないのだから、降り注ぐものが陽光であろうと月光であろうと、位置と距離を確認する為にクロウ達は機械の表示のみを頼る。他の選択肢は無かった。
 確かに密会向きの時刻と場所ではある。演習や実戦に適した地理的条件を備えた所で日付が変わる直前に会おう、というのだから。
 但し、その密会が穏便に始まり終わると信じている者は、ZEXISの中に1人もいなかった。接触を望んだ者のメールが、実に怪しげなもので満たされていたからだ。
 故にクロウも、EAGLEをブラスタの右手に握らせたまま空中に留まっている。
 地上からの精密射撃は、ロックオンとミシェルの担当だ。
「わざわざこんな時刻を指定しやがって。自分の命が危なくなるとわかっていねぇのか?」
 朧気な像を結ぶだけの月光下の景色に、クロウは些か不満だった。
 レーダーと高精度の狙撃システム。それらが絶大な効果を発揮するといっても、レンジ内に突然現れる次元獣に反応するなら夜より昼の方が当然いいに決まっている。母艦3隻、友軍機20機以上で合流希望ポイントとその周囲を固めていても、コクピットに体を収めているクロウは神経が張りつめている激しい緊張状態を自覚していた。
 この闇の中に何者かの印が現れると確信しているのだから、当然の対応だ。接触を望んでいる相手は味方とは限らないし、もし敵でないとしても他の襲撃者が無残な肉塊にしてしまう前に保護してやるべきだろう。
 インベーダーにイマージュ、ヘテロダイン、次元獣といった異形から、インペリウム帝国に、GNドライヴを搭載したトリニティのガンダムまで。人類の平和とやらを脅かす脅威は、何と種類が豊富になった事か。
「こいつぁ、待ちぼうけを食ってる男の気分だぜ…」
 現地時間の表示が、ふとぼやきたくもなるクロウの心境を僅かに逆撫でした。既に日付が変わった後なので、時分共にとても低い数値に置き換わっている。無為に過ごしている時間は積み増される事なく、日付の加算に吸収されていた。
 そろそろ、時計が時刻を刻むところを見るのが嫌になってくる。接触希望者に何かが起きたかさもなくば相当にずぼらな性格なだけ、と思い始める自分がいる。
 人革連側は、ZEXISの侵入を既に感知している筈だ。その領土の主をなるべく刺激せずに済むよう、スメラギは指定時刻5分前に到着という気配りの調整をやってのけた。
 間違いなく、その配慮は無に帰している。
 ZEXISを牽制する為のMS隊が上空にさしかかる前に、密会を終わらせたいのは山々だ。こちらとしては両者に出来うる限りの誠意を示しているというのに、熱源体が接近する様子もなければ通信一つ入って来ない。
 ブラスタの足下500メートルには、大地に溶け込んだ長道が1本、直線とは言い難い線を描いて地平線と地平線を繋いでいた。無灯火で走行できる場所ではない為、もし車両の接近があるのなら、ZEXISとの合流の10分以上前からヘッドライドがその接近を知らせてくれるだろう。
 そんな変化を期待しつつ、何も起きないが故の疲労感に包まれる。クロウは、コクピットの中で上空の映像に目をやった。
 月齢の事はよくわからないが、よく太ったレモンがいよいよ満月に近づきつつあるという頃だ。雲を生む事のできない砂漠地帯で、月光は実に健気に地上を照らしてくれている。
「来るなら空か。…と言ってもなぁ…」
 ブラスタのレーダーだけでなくトレミーやマクロス・クォーター、ダイグレンのレーダーも何一つ発見できてはいないようだ。
『なんか眠くなってきたぞ。俺は』砂地に適したウォーカーギャリアで、欠伸を噛み殺しながらジロンが虚ろな半眼顔になる。『もう30分は待ってるんじゃないか?』
『まだ20分も経っていない。しっかりしろ!! 全員、集中力を切らすな!!』と、指揮官専用メサイアからオズマが各機に気合いを入れる。
 しかし、クロウの見立てでも仲間達の緊張は明らかに緩み始めていた。それを如実に表しているのは通信の内容だ。
『まさか、こっちが大所帯すぎて帰っちゃったのかしら。人を呼びつけておいて逃げ出すなんて最低』
 ソルグラヴィオンの中で琉菜が口を尖らせれば、『もしその方がお優しいメッセンジャーさんなら、こちらの強そうな顔ぶれに引っ込んでしまわれるのも無理ないかもしれませんよ』とニア姫がぼけをかます。
『その強そうな顔ぶれに、「重装備でお願いします」とわざわざ時刻に場所まで指定する酔狂なんだ。悪戯以上の意図はあるんだろうよ』
 やれやれと竜馬が話を軌道に戻す。その推理を後押ししたのは、νガンダムで上空に待機しているアムロだった。
『僕も、竜馬の意見には賛成だ。そもそも龍牙島自体、安易に名を知る事のできる場所ではないだろう。ソレスタルビーイングのヴェーダをみだりに使用できなくなった今、僕達は自分達で推論の精度を上げるしかない。全員の考えを持ち寄って、得た結論を全員で信じる。それしかないんだ』
「流石ZEUTHの頭脳派、いい事言ってくれるぜ」
 クロウも相槌を打つと、『ごめんなさい、みんな』とスメラギが通信で謝罪をした。『ヴェーダへのハックと内通者の事を考えると、私達ソレスタルビーイングもヴェーダを頼る訳にはゆかないの。どんな情報を受け取っても今の状況では裏を取る術はないし、アムロの言う通り私達は自分達が持つ全てを集め工夫で乗り切るしかないわ。龍牙島の名をほのめかしながら私達をここに誘導した誰かを、もう少し待ってみましょう』
『そうですね』優しい声で肯定するのは、ストライクフリーダムを駆るキラだ。『人革連のMS部隊も現れないところを見ると、少なくとも僕達の危機は望んでいない筈ですから』
『なるほど。確かにここは、静かすぎるくらいだね』
 アレルヤの指摘に皆が頷き、一度は全員の心が引き締まった。
 ところが、その後更に10分経ち20分が経過しても、地上や空から合図を寄越す者は現れない。
『これは一旦退くしかなさそうだな』
 マクロス・クォーターで、ジェフリー艦長が低い声で決断した。
 沈黙に意気込みを吸い取られる中で、現地到着から40分少々。その間、ライノダモンを含む次元獣の群れさえ駆逐する事のできるZEXISが、決して歓迎されないアジアの砂漠で哀れな待ちぼうけをくった事になる。
『そろそろ人革連も動く頃ね。必要な警備措置と衝突するの事は、私も望まないわ』スメラギもまた、ジェフリーと同じ結論に達した。『帰還しましょう。但し、龍牙島ではなくバトルキャンプへ』
 直後、『え?』という驚きと戸惑いが一部のパイロットやクルーから上がった。
『俺、土産を部屋に置いたままなんだけど』そう零すのは、ダイ・ガードに登場する赤木だ。
『あ、俺も部屋に宿題の絵を置いたままにしてきた!』
 トライダーG7のコクピットで宿題という言葉を持ち出すのは、義務教育課程にある小学生パイロットのワッ太しかいない。
 ところが『それがどうした』と、やや不服そうにゼロが突き放す。『この謎の呼び出しが何を意図しているかわからない今、龍牙島に直行しリスクを負う訳にはゆくまい。帰還先はバトルキャンプだ。ZEXISのパイロットならば、大事と小事を混同するな!』
『確かにそうなんだろうけど…』青山がその先まで言いかけて、言葉を飲み込む。
 クロウは、青山の心中を代弁できる程彼の心境を理解していた。
 最近のゼロは、小事の扱いに容赦がない。クロウ達との合流前に彼らが見た光景を思えば無理からぬ事かもしれないが、小事が飛び出すと、共に戦う仲間に対しても非常に高圧的になる。
 扇やカレンもそうだが、黒の騎士団のメンバーは今とても過敏な状態にあった。
 いや。彼らだけではないか。
 ホランド達の離反、そしてロックオンの失われた右目の件では、クロウも親友の眼帯姿を見かける度に悲しい気持ちになってしまう。その原因は自分にあると自らを責めるティエリアの心中も、察して余りあるものがあった。
 幸いにも、連れ去られたエウレカを取り戻す事ができた。ニルヴァーシュも更に強化した機体となり、ZEUTHのリーダー格3人がクロウ達と合流するなど良い話題も幾つかある。しかし、エリア11での大惨事とロックオンの件がZEXIS内に暗い影を落としている。
 戦士とて人間。今は沈痛な空気の方に全員が引っ張られていた。
 そこにきて、謎の呼び出しに応じたが空振りとなれば、一気に脱力する者、腹の立つ者も現れる。
 バトルキャンプに帰還した後、気の回る者達が何かの手を打つのと、隊の中で何事かが起きるのと。どちらが先になるのだろう。
 空中に待機する機体が地上専用機の着艦を手助けし、友軍機で腹を満たした3隻の母艦がその場から離脱を図る。
 トレミーの格納庫でブラスタから降りたクロウがまず目にしたのは、ノーマルスーツ姿で「ああーっ!これからこんな事が増えるのかしら」と大きく伸び上がるルナマリアだった。
 続いて、キラ、アスラン、シン、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターと、各ガンダムのパイロットが自機から降りロッカー・ルームへと向かう。
 今回もロックオンが一番最後になったようだ。目に障害を負ったスナイパーは、40分間の緊張で最も体力的なダメージを受けている。他のパイロット達もロックオンの心配をしている事をクロウは知っていた。それでもその場に留まらないのは、クロウが残っているからだ。
 ようやくデュナメスのコクピット・ハッチが開くと、努めて平静を装っているロックオンがハロを抱えてクロウの前に立った。
「よ、お疲れさん」クロウは、軽く片手を挙げる。
「いちいち出迎えてくれなくていいんだぜ、重傷者じゃあるまいし」
「お前の事を気にしてるんじゃないさ」クロウは敢えて嘘を口にする。「俺はこいつを労いにきたんだ。こいつをな」
 ポンと叩かれるオレンジ色のハロが、小さな目を点滅させて淡々と応じる。
『クロウ、ヒマジン。クロウ、ヒマジン』
「おいおい。暇だからここに残ってるんじゃないぜ。それに、仲間の労いは有り難く受けておくもんだ」
「へいへい。それじゃ俺が代わりに受け取ってやるさ。お前の労いってやつを」ロックオンが一旦笑顔になった後、ふと真顔に変わる。「なぁクロウ…」
 気遣いがあからさま過ぎたか、とクロウは1歩退いた。ロックオンの左目が、僅かだが怒りを宿している。
「別に、大丈夫ってんならいいんだ。ただ、治りかけって時期は誰だって気を遣われるもんだろう」
「そうか? お前が腹を抉られた時は、早々にベッドから追い出されてトレミーの外にポンだったろう。もう忘れたのか?」
「うっ!」クロウの眉間に皺が寄った。どちらかというと痛い思い出の方に属する記憶が、否応なく脳裏に浮上する。
 それは、サンクキングダム攻防戦の最中に起きたクロウの敗北をも掘り起こしてくれた。エメラルダンの速攻により中破したブラスタと負傷したクロウは、一旦トレミーに収容されたものの、インペリウムの動向を探る為の餌としてブリタニア・ユニオン上空に単独で放り出されたのだ。
 実際には仲間達の監視下にあったとはいえ、囮としてアイムやライノダモンMDに狙われたのだから扱いが良かったとは思っていない。
 更にロックオンが念押しする。
「いいか、クロウ。そもそも細胞活性化装置なんて代物は、パイロットとクルーをきりきり働かせる為トレミーに積んでるんだ。ソレスタルビーイングの俺達にお優しい気配りをするくらいなら、他のチームの連中に気を回してやるんだな。少なくとも俺は遠慮しとくぜ」
 頑固だな。諦めて、クロウはふっと小さく息をついた。
「なら、ティエリアにコーヒーでも差し入れてやるか」
「ああ、その方がいい」
「わかった」
 それ以上は、思っている事を言葉にできなかった。コクピットを降りて尚流れ出る汗が、ロックオンの強がりを如実に語っている。或いは、痛みが蘇っているのかもしれない。
 しかし、手を差し伸べれば、彼はその手を払いのけ更に激しく怒るだろう。
「ほら。そんな顔をするなって。これでも少しづつ回復してるんだ」
 こちらの顔色を読んだらしく、ロックオンが汗の流れる顔で口端を上げた。
「そうか。なら俺は、先にシャワーを使わせてもらうぜ」
 くるりと背を向け、クロウはいつもの歩速で歩き始める。
 呆れつつも敬意が湧く。ロックオン・ストラトス、全く大した精神力の持ち主だ。
 と、背後から件の男の声がする。去ると決めたクロウを、不意にロックオンが呼び止めた。
「どうした?」
 慌てて振り返るが、小さく見えるガンダムマイスターは片手で否定を示しそのまま行くようクロウを促す。
 明らかにロックオンは、何かを言いかけてやめた。それを訊きに行かなくてもいいのだろうか。
 クロウは自らに問いかけ、NOと結論を出す。誇り高き名スナイパーをこれ以上刺激する事は避けたかったからだ。もし必要を感じれば、後々向こうから言い出すに違いない。
 そしてクロウは、ロックオンが何がしかを叫んでいた事そのものを記憶の引き出しにそっと収納した。
 「2月」のラベルを張った引き出しの中へ。いつまでも覚えておくつもりで。


              - 2.に続く -
 
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