お母さん狐の冒険
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4部分:第四章
第四章
「これで大丈夫ね」
お母さん狐は完全に酔い潰れて寝てしまった蛇さんを見て呟きます。それからその横を通り抜けて町へ入って行きます。ようやく町に入ることができました。
町に入るとすぐにお店が見つかりました。お店に入るとお馬さんの店員さんがいました。
「いらっしゃい」
顔が長くて愛想のよい店員さんでした。店員さんはお母さん狐に顔を向けて歯を剥き出しにしてにっこりと笑いました。
「手袋を欲しいのですけれど」
お母さん狐はお馬さんの店員さんに言いました。
「いいのはありますか?」
「丁度いいのがありますよ」
お馬さんはそう言って手袋を出して来ました。
「ほら、これなんかどうです?」
「それはちょっと」
けれどお母さん狐はその手袋を見て不満そうでした。見ればその手袋は指が一つしかありませんしおまけにやけに大きいのです。その手袋がお馬さん用なのはもう言うまでもありません。
「狐用のはないんですか?」
「おっと、これは失敬」
店員さんはそう言われてはたと気付きました。
「狐用ですね。それでしたら」
店員さんは自分の後ろを振り返って手袋を探します。
「これなんかどうですか?」
「これですか」
見れば黄色い小さな手袋でした。狐の色に合った可愛らしい手袋です。
「これならどうでしょうかね」
「子供用ですけれど」
「ええ、お子さん用のもありますよ。ほら」
お馬さんはそう言って別の手袋も出してきました。見ればその手袋は最初に出したのよりも小さいものでした。二つ並べられるとまるで親子みたいでした。お母さん狐はそれを見て何か温かい気持ちになりました。
「いいですね、この手袋」
「でしょう?人気あるんですよ」
店員さんはそのつぶらな目を細めて言います。お馬さんの目はとても綺麗なのです。
「今ならセットでお買い得ですし。どうですか」
「わかりました。それでは」
「毎度あり」
こうしてお母さん狐は目出度く子供達の手袋を買うことが出来ました。そして一緒に自分の手袋とお父さんの手袋も買ったのです。
「自分のなんて買うとは思わなかったけれど」
店から出たお母さんは紙袋に入れられた手袋を見て呟きます。
「けれどいいわ。お父さんのも買えたし」
「おや、母さんじゃないかい」
そこで聞き慣れた声が聞こえてきました。
「あら、あなた」
見ればお父さん狐でした。どういうわけかお父さんも町に来ていたのです。
「どうしたの、こんなところで」
「うん、今日は寒いだろう」
お父さんは言いました。
「子供達もそろそろ辛いだろうと思って。それで揚げを買いに行ったついでにと思ってマフラーを買いに行ったんだ」
「マフラーを?」
「ほら、これさ」
お父さん狐はそれに応えて自分の首をさします。
見ればそこには赤い大きなマフラーがありました。とても綺麗な、お洒落なマフラーでした。
「皆の分も買ったよ。母さんの分もな」
「いやだわ、お父さんたら」
お母さんはそれを聞いてその細い頬を赤くさせました。
「私は寒いのは平気なのに」
「ははは、けれど悪い気はしないだろう?」
お父さんはそんなお母さんに笑ってこう言いました。
「もらうのは」
「ええ」
お母さん狐はにこりと笑ってそれに頷きました。
「特に。あなたにもらえるとね」
「そう言ってもらえると有り難いな。それじゃあ今着けるかい?」
「今?」
「そろそろ寒くなってきたしね」
お父さん狐はそう言いながら袋からマフラーを出してきました。それはお父さんが今着けているのと全く同じの赤い大きなマフラーでした。
「これでどうかな」
「同じ赤いマフラーね」
「夫婦だからね。ペアでどうかと思って」
お父さん狐は言いました。
「気に入ってもらえたかな」
「そうね」
お母さん狐はマフラーを首に巻きながら答えます。
「とても温かいし。それにあなたと同じのだし」
「嬉しい?」
「嬉しくなければこんな顔しないでしょ」
お母さん狐はこの時は昔の顔に戻っていました。まだ結婚する前の、お父さん狐がまだお父さんになる前でお母さん狐もまだ娘だった頃の顔に戻っていました。
「知ってる癖に」
そして悪戯っぽく笑ってこう言いました。
「確かにね」
それにはお父さん狐も笑いました。
「子供達のマフラーも同じ色なの?」
「そうだよ」
お父さんは答えました。
「皆の分を買ってあるよ、ちゃんとね」
「そう。それじゃあ私と同じね」
「君も手袋はお揃いなのかい」
「黄色い手袋をね。買ってあげたの」
「子供達に」
「そして私達のを。私達のはついでだけれど」
「やっぱり子供達が第一なのか」
「だってそうじゃない。私達は親なのよ」
もうお母さんの顔に戻っていました。さっきの娘の顔は完全に消えていました。
「子供を第一に考えるのは当然じゃない」
「だから手袋を買いに来たんだね」
「それはあなたもでしょ」
お父さん狐に顔を向けて言いました。
「マフラーを買ったのは。子供達の為でしょ」
「それはね」
やっぱりそうでした。見ればお父さん狐の顔もあの頃の若い時の顔からお父さんの顔になっていました。二人はもう若い顔ではなくなっていました。
「やっぱり子供達が寒いだろうと思ったから」
「そうよね。きっと今でも寒い思いをしているわ」
「じゃあ戻るか、家に」
「すぐにね。じゃあ帰りましょう」
「うん」
二人は手を握り合って家まで帰りました。お母さん狐の子供達の為のささやかな冒険はこうして思いもよらぬ温かい結末で全てを終えたのでした。
お母さん狐の冒険 完
2006・3・17
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