少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
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第二話:月日は流れる。
前書き
呟きにも書いたとおり、
一話を二つに分けた後半部分ですので、内容は以前乗せていたモノと変わりません。
では、本編をどうぞ。
またも月日が流れ、未だに《親》と距離感を感じる……逆に別の人間なのだと、悪いモノが実感出来始めてきた時、俺は十五歳……中学三年生となっていた。
今は、机の前にある椅子に座り、とある古ぼけたノートを見ている。
話は飛ぶが……中学に入り、まず最初に味わった感情は―――『最悪』の一言に尽きた。
まず俺には兄貴が居ると説明したが、彼は運動神経も良く頭も良く、学校ではいえに居る時からは信じられない程品行方正でもある。
対して俺は、運動神経こそ前世の引き継ぎと今の体が合わさったのか、それなりに良い方ではあるのだが、やはり兄と比べれば一歩劣る。
勉学方面は言わずもがな、普通にみれば良くも悪くもないが、彼と比べれば惨敗に近い。
そんな優秀 “すぎる” 兄を持った所為だろうか……初期の授業では事ある事に先生に当てられた。
当然俺にとっては分からない部分が多く、分かりませんと素直に答えるのだが、教師たちは口々に、
『君の兄はとても優秀だっただぞ? 弟の君がそんなんでどうする』
―――こう言ってきた。単語単語の違いこそあれど、基本これと変わりはしない。
シチュエーションによってはこれよりひどい時もあり、『兄に比べて弟がこんな者だとは……』などと言ってきやがった奴も居た。
“うるせぇ、兄貴は兄貴だろうが……! 勝手に期待して勝手に失望して、勝手に比べて勝手に見下すんじゃねぇ……! ”
何度その言葉を心の中で回したか、何度出来る限りソフトに直してその言葉を口に出したか、正直覚えていない。
口に出す方は、出す度に兄が如何だのと何時も言われた。
アホウ共には俺の言葉の意図する所が、全く分かっていないらしい。
こんな生活が続けば、嫌でも最悪になるのは自明の理だ。
……幼馴染の態度も親父の厳しい躾も変わらずとくれば、余計に嫌になってくるだろう。
これでは理解するどころか、最悪今より心を閉ざしても文句は言われまい。徐々にこの新しい命を受け入れられている分、マシだと思って欲しい。
そんな生活を続けた俺はストレスのせいなのか、元々全色素が薄かった髪の色が薄れて、漫画キャラ並みの歪なグレーになっている。
初めて見た時は脱色したのかと父親にしこたま殴られたが、後に自然にそうなったのだと、そしてストレスから来たと医者経由で分かると、途端にしおらしくなった。
これで自分の非を認められなかったのなら、今度こそ立場を考えず反逆してやろうかと思ったぐらいだ。
今までは(一応の)優しさがあるからこそ、マイナス方面でも耐えきれた。仮にも親なのだし、世話になって居ない訳では無く、恩から耐えきれると言うのもある。
見知った者達なら、慣れ始めてきている事も相まって、まだいいと言える……だが教師達は普通に傷付けているだけ。状況が良くなる事などありえない。
耐えきれなくなり両親に相談したが、父親には努力が足りんと突っぱねられるわ、母親はその心の傷を癒す為にラブコメってこいとぬかすわ、結局状況は改善しなかった。
そんな俺が、今しがた手にしているノートに、恨み辛みを全部ぶち込んでドロドロとした感情をぶちまけ、中二病真っ只中とも言える設定を書き出したのも、ある意味では仕方無かろう。
前世で読んでいた漫画の設定を少し真似し、更にその頃特に捻くれ曲がっていた俺は、どこぞの最強設定のような能力にはせず、甚振る事も出来る設定を作り上げた。
書いている内に負の感情からでは無く、純粋に楽しくなりバランスをある程度―――どころか完璧に無視して、継ぎ足し続けたのは完全な余談である。
が、そんな生活ともようやくお別れ出来そうだ……何故なら、俺の年齢や学年から分かる通り、もうすぐ受験だからだ。
流石にずっといびり過ぎて反発が起きたのか、教師も最近は大人し目で何処を受けるかなどは厭味ったらしく言って来ず、俺は悠々と受験勉強に集中できるようになっている。
どこでも良いから進学出来れば、晴れて奴等ともおさらばと言う訳だし、やる気も湧く。
オマケに兄は大学へ行っていてこれから先も長期不在。出来れば髪の毛の色が変わる前に出て行って欲しかったが、あのサディストが居なくなっただけでもありがたい……これ以上は贅沢だ。
目の前の『半黒歴史ノート』を置くと、机の上で開かれていた数学のノートを閉じ、明日もまた慣れてきた……否、慣らされてきた境内の掃除を、早起きさせられてやらされるのかと溜息を吐いた。
元より早起きと嫌々で心身ともにダメージがあるのに、断ったら物理的ダメージが増えるので、渋々従うしかない。何とも理不尽なことである。
俺は自らにすら見なくても分かるぐらい、表情にアリアリと嫌悪の色を浮かべた。
……そして、次のノートに手を付けた、正にその瞬間だった。
「お兄にちゃあん♡」
「……」
かチャリ……とドアから音が聞こえ、猫撫で声を上げながら、妹である楓子が入ってきたのは。
こいつの今の俺の中での立ち位置は『アホウ』か『邪魔者』の一言に尽きる。
昔はアレだけ癒しのオーラを振りまいていたと言うのに、時間の流れは残酷である。
見た目は母親に似て美少女なのだが、そちらに全部栄養を吸い取られたか頭の中がとにかく残念だ。オマケに矢鱈とひっついてくる。
それは例え、相手が美人の彼女だったとしてもウザったくてたまらないのに、コレが家族で有ればどれだけ嫌なのか、程度の大小あれ一部除けば誰にだって分かるというのに。
尤も俺の場合、生まれたころから見知っているという理由が為か、家族と言うより出産時に立ちあった年下という印象が強いのだが……。
だったら女性として意識できるかと言えば、特殊な性癖を持たない限り赤子の頃から見てきた者に、恋愛感情を抱いてみてくださいと無茶ぶりされている様なモノ。
肉体的な実年齢からすれば二歳違いだが、意識的な違いの所為で恋愛など無理なのである。
しかしながら、馬鹿が故に他の家族より近寄りやすいのも否定できない事実であり、これでもう少し良識があればと俺的に悔やまれる。
そんな残念娘こと楓子は、何か裏のありそうな笑み(俺からしてみれば)を浮かべ、態とらしく涙を目じりに溜め(多くも少なくもない微妙な量)て、両手を顎の下に当てて身を縮めながら近寄ってきた。
嫌な予感しかしない。
「あのねお兄ちゃん? お願いがあるの」
「……で?」
「このラノベ―――『エレメントⅩⅢ』のぉ、裏主人公の黒崎水城のコスプレ……して? ねぇ、お願い♡」
「失せろ」
やはり碌な事じゃあ無かった。
言葉で切り捨てさっさと勉強に戻るべく、机の方を向いてシャープペンシルを持ち上げるが、楓子はしつこく食らいついてくる。
ウザイ。
「お願い! 読めばわかるから! ハマるから! コスプレしたくなるから! ほら此処の『この魂に刻まれた “孤独” の業が、俺をまた強くさせる……』とか言いたくなるから!」
「……」
聞き流そうとしていたのに、その台詞を聞いて俺は動きをピタリと止めた。
勘違いしないよう言っておけば、別段その台詞が格好いいなどと思った訳ではない。ひどく癇に障るが、台詞の一部分が今の俺の状況を説明している様だったからだ。
思えば前世だって、友達が居た訳では無かった。学園祭の割にクラスメイトで打ち上げに行く際、暇だからと俺も参加したりはするものの、終ぞ三年間声を掛けられなかったのだ。
明らかに気弱な者達でもそこでコミュニティを形成しており、要するに何のグループにも入っていなかったのは、俺一人だけだった訳である。
そして此方に転生してから友達が出来たと思えば、俺自身の価値観や家族に知り合いの行いもあり、家族とも親しい者達とも中々距離を縮められない毎日。
いっそ魂にまで『孤独』の二文字が刻まれているのではなかと、世迷い事ながらその言葉を浮かべて立場を錯覚する。
心ばかり振り切れてはいけない方向に強くなっていく。
何か得したか? いや、得していない。
この俺の沈黙と挙動の停止をどう汲み取ったか、楓子は早口に『エレメントⅩⅢ』の魅力とやらを語り始めた。
しかしこの娘、空想を妄想の域まで昇華できる無駄な才能の持つ代わりに、それを他者へと伝える能力は全くない。
……詰まるところ、何を言っているのかが分からない。
向こうからすれば評論家張りの弁舌を述べているのだろうが、此方からすれば不可解な単語を羅列されているだけだ。
この文句は二度目になるが、文句が自然に浮かぶぐらい普通にウザったい。
「とにかく一度読んでみて! これも置いてくね! じゃっ!」
「あ…………おい」
一頻り語ると嵐の如く去っていき、しかし『エレメントⅩⅢ』の既刊五つと、コスプレセットらしきモノは置いて行ってしまった。
ちなみに鬘は無いがワックスはあった。恐らくその “黒崎水城” とかいうやつは、俺と髪の色が同じなのだろう。……ラノベキャラと同じとは、泣いたらいいのか喜んだらいいのか……。
「……まあいいか、暇潰しだ」
これ以上ストレスを増やさない為に身の丈に合った、比較的入試が楽な学校を受験する予定なのだし、受験勉強ばかり続けて煮詰まっても仕方ないと、取りあえず一巻から読む事にした。
「……へぇ、これは中々……」
意外とはまった。読んでいる内に、心に張り付いてきた負の思考は、段々と晴れて行った。
この本が思わぬ第二の癒しをくれた事は、少しばかり彼女に感謝できる事柄である。
まぁ……だからと言って、コスプレはしたくないが。
結局置いて行った五巻全部―――今のところ七巻まで出ているので、二巻分読んでいない―――読み終える頃には、既に深夜一時を回っていた。
「……寝るか」
そばに置かれたコスプレセットを見ながら、明日の朝も早いのだとベッドへ横になる。
特に夢を見ない方である俺だが、その日は珍しく超能力を使う夢を見たと言っておこう。
敵に向かって炎の球体を投げ付けた所で目ざましが鳴り、俺は日の光を顔に受けながら目を覚ます。
まぶしい、うるさい、まだ寝ていたいの不快感三コンボを払いのけ、さっさと私服へ着替えて境内へ向かい、箒で払い清める。
……と、ふと見てみると、何時の間にやら絵馬が奉納されている絵馬掛が一杯になり、次の絵馬が掛けられない事に気がついた。
これも一応役割なのだし、今燃やしてしまうか……。
「いや、ちょっと待てよ……」
焼却場へ向かおうと踏みだした先、俺はある事思い出してそこで踵を返し、家へと走って戻ってから『半黒歴史』ノートを持って戻ってくる。
元々鬱憤晴らしのために書いたものだ。用などとっくにないし、見られれば当然恥ずかしい。今ここで燃やしてしまえば、誰にも見られる事は無い。
嫌に勘の鋭い父親に何か感付かれる可能性もあったが、どうせいつもと変わらぬのだと割り切ろう。
俺は袋を手に持ち絵馬を次々放り入れ、境内の端で焼納し始める。
内容など見ることではないのだからと、機械的に清めの炎(と言う名の勢いが強い焚火)に次々くべてやり、最後に自分のノートを放り込む。
パチパチと紅い炎が上がり、煙が静かに点に上っていく様は、この朝方の境内に流れる独特の静けさも相まって、俺の好きな光景でもあった。
材質が材質なのかなかなか燃えないノートも、段々と形を失い炭となり、最後は欠片も残こさず消えて行った。
これで朝のお勤めは終わりだと、朝食を食べるべく俺は踵を返す。
―――――その時だった。
「うぐっ!?」
突然体中に猛烈な痛みを感じ、思わず蹲ってしまった。
痛てぇ……何だこれは……!? 何が起きてんだ……!?
治まれ治まれ治まってくれ……っ!!
思考すら出来ず吹き飛びそうな激痛の中、ただただ俺は願ったが……一際大きな激痛と共に気を失ってしまう。
意識が唐突に、急速に暗転していく中、等の俺はただの一言も、本当に何も考えられなかった。
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