アイドレスト!
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ステージ1 ひよっこ、世にはばかる!
ここはアイドルたちが集う戦場、コンサート会場!各地に計16存在する内の1つ、藤ヶ丘ステージ!
「わぁ……大きいなぁ」
血なまぐさい地に降り立ち、頂上を見上げる少女がいた。その名も、
「二ノ風 舞菜、コンサートバトルに出ます!」
「畏まりました。受理します」
今ここに、舞菜は大きな1歩を踏み出した。
「さーって、まだ時間ありそうだね」
受付を終えた舞菜は、観光客のような気楽さでコンサート会場をグルっと巡っていた。
(なんだろう……みんなの心、救われてない)
舞菜が目にしたのは、絶望の面持ちで項垂れる少年少女達だった。
「ねぇねぇ」
舞菜はその中の1人に話しかけた。
「……何?」
「なんでみんなこんなに落ち込んでるの?」
話しかけられた少女はのったりと顔を上げた。
「あ、ごめんいきなりだったよね。私、二ノ風 舞菜。あなたは?」
「……私は、宵滑 久夜。あなたこそ、なんでそんなにヘラヘラしてられるの?」
「ギリシャ神話のことはよく分かんないけど、アイドルするの、楽しいじゃん?」
「じゃあ、あいつに勝てるの?」
「あいつ……?」
その刹那、舞菜は冷たい覇気を感じた。それはまるで、上から服の中に雪を詰められたような。
その覇気のする方を向くと、1人の少年がいた。
その少年がゆっくり歩いてるのが、スロー映像のように見える。まるで時間が凍りついたようだ。
少年は、ふと舞菜を一瞥した。
舞菜は背中につめた~い缶ジュースを当てられた時のようにゾクリと震えた。
少年はすぐに視線を戻すと、去っていった。
「……あいつが、峰山堂 金剛よ。あいつも、出るの」
「え、有名人?」
「はぁ!?知らないの!?」
久夜は素っ頓狂に叫んでから、大きな溜め息をついた。
「呆れた。3英雄のことも知らないんでしょ?」
「何それ?」
「……道理で笑ってられるわけよ。いい?この世界にはね、どうやったって勝てないアイドルグループが3つあるの」
「どうやったって、勝てない……?」
「『ブラックオパール』、『歩くサンドリア』、そして、『ジェットツイスター』。この3つのアイドルグループは、どのメンバーのレベルもとっても高くて、私達なんてスッポンのようなものなのよ」
「スッポン」
「それであの金剛は、『ジェットツイスター』の中でも1番アイドル才に優れていると言われてるわ。あんなのとまともに戦えば、勝てないどころか自信をすっかり奪われちゃう。あいつはまさに鬼才よ」
「鬼才……」
「さーぁ!コンサートバトルが始まります!熱き闘志と誇りを胸に、勝ち上がるのはいつどこの誰がどうやってかぁあああああああ!!!」
……
しかし、歓声は巻き起こらない。客は皆、金剛の圧倒的な勝利と、他のアイドルがその未来に絶望しまともなパフォーマンスの出来なくなることを決めつけているからだ。
「……イエーイ!って誰も言わないの?」
その沈黙を破ったのは、舞菜だった。
「折角だから言おうよ。イエーイ!イエーイ!」
……
「盛り上がらないなぁ」
舞菜はすねたように口をすぼめた。
「いくぞ野郎共アマ共!コンサートバトル、開幕だぁぁああぁぁぁぁああ!」
「おぉーーっ!」
舞菜は無理矢理盛り上げようとしたが、客は反応しなかった。
「先陣を切るのは、四万十 最上だぁああ!」
「風邪なので休みます」
「そ、そうか。残念だな。では次のアイドル、富士 赤城いぃぃぃい!」
「祖父の十三回忌なので休みます」
「それは前々から分かってただろ?と、とにかく、次の……」
ジャーン!
「あ、今ので曲終わりました。私の番終わりっす」
「ええい!次!」
「じゃんけんぽい。じゃあ、またねー」
「次!」
「頭痛の痛みがペインペインで……」
次!
次!
次!
(……こんなの、アイドルじゃない。アイドルは、みんなの心を救うものなのに……)
戦わない者、戦ったふりをする者、その人達を見て、舞菜は逆に意志が硬くなった。
(みんなを、心に巣食ってる諦めの気持ちから、私が救ってみせる!)
「次はまともに頼むぞー!峰山堂 こんごおおぉぉおぉぉおぉおおう!」
シン……
その言葉を聞いた途端、元々静かだった会場が一気に静まり返った。
パッ
スポットライトが一筋、金剛を照らす。
「……」
金剛は全く動かない。
(え……?)
金剛は動かず、曲も何も流れない。
(…………なんでだろ?何もしてないのに、凄い迫力)
金剛は、その動かない様で、全ての客を、判定員を、そして、対戦相手を圧倒していた。
その様子が2分続いた後、金剛はゆらりと左腕を伸ばした。
そして親指を下に向けた、サムズアップを上下逆にしたような手を、一気に振り下ろした。
ズン!!
(!!!!)
舞菜は一瞬、呼吸が止まった。
見ると周りの人も、一瞬の圧力に撃たれているようだ。
(強い…………、この人は…………、本物の………………アイドルだ)
「だから言ったでしょ。尻尾巻いて逃げなさいって」
久夜の生気の無い目が舞菜を見つめる。
「……私、」
「さぁさぁさぁ!次は期待の新星、二ノ風ぇええぇぇえ 舞菜あぁあぁあぁあああ!」
舞菜はフラフラと舞台の中央に上がる。
スポットライトが舞菜を照らす。
「……あれぇ?どうしたぁ?舞菜ぁ?」
(私……棄権しよう。棄権して、お母さんの言う通り、実家のヘチマ農家を継ごう……)
舞菜の心は空気の抜けた風船のようだった。
「こ、これはぁ、棄権かぁ?」
金剛は舞菜のその姿を見ると、踵を返して帰り始めた。
「では、次のアイドルに……」
「諦めるんじゃないワン!」
重い空気を破ったのは、何者かの声だった。
その声に、舞菜はハッとなる。
(……私の馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!半周回って天才!)
舞菜は自らを奮い立たせる為に、自分の頬をパンパンと叩いた。
「私、やれます!」
舞菜は高らかに宣言した。
「おぉーっとぉ!舞菜!復活だぁあああぁぁあああ!!」
「そんな……!」
久夜が、信じられないものを見る目で舞台を見た。
「……」
金剛が、舞台の方に振り向く。
(私が諦めちゃいけないんだ。私が投げ出したら、みんな死んじゃう。私が絶対に……)
舞菜は息を深く吸った。
「救ってみせる!」
ピィィン!
すると、舞菜の目の前で、小さな何かが光りだした。
「その勇気、優しさ、やっぱり……」
舞菜の目の前にあるものが何かなんて分からない。だが舞菜は躊躇いなくそれを掴み、唱える。
「セイバーチェンジ!」
舞菜の周囲にピンク色のスーツが現れ、舞菜の服は一瞬でそれに変わる。
「こころとからだ、にんげんのぜんぶ、セイバーピンク!」
「おぉぉおおぉおおおっとぉおおおおお!舞菜が、セイバーピンクに変身したぁあぁぁあぁああああぁぁああああ!!」
観客が騒然となる。絶望の雲に、一筋の穴が空いた。
舞菜は、圧倒的な身体能力を以て、大量のゆでたまごを宙に飛ばした。
「バンデージウィップ!」
シパパパパパパパ
そしてそれを全て武器で裂く。
大量に地面に落ちたゆでたまごは、それぞれがおしゃれなぎざぎざ模様で2つに割れていた。黄身は半熟だ。
ワァァァァァ!
観客達が、歓声で湧いた。
「才能が……、孵化しただと…………!?」
金剛は、目を見開いた。
「優勝は、二ノ風 舞菜だぁああぁぁぁあぁあああああああぁぁぁぁぁああぁああああ!!!!」
亡者の空気を振り払い、歓声を巻き起こした舞菜の優勝は、誰も疑わなかった。
「やったあああああああああああ!!」
舞菜が喝采を上げると観客も、他のアイドル達も惜しみない拍手を送った。
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